4.3.九つ山
異形たちがいそいそと出立準備をしている中、私は落水をはじめとする最も貢献してくれている者たちでこれからの動きを確認していた。
黒細がガリガリと地図を地面に描いていく。
これから向かう先は九つ山という九つの山が連なった山脈だ。
ここを横断するのには大体一ヵ月ほどかかるらしい。
そしてその先にあるのが……。
「人間と鬼が共に妖と戦う最前線がある」
「そこまで行くことができれば……!」
「旅籠が元の世に戻れる一歩を踏み込める」
この世界の人間と出会うことができなければ、元の世界に帰ることができる神社、富表神社に赴くことは叶わない。
まずは出会うところから始めなければならないのだ。
だがその時……異形たちとは別れることになってしまう。
しかし、彼らはそのために命を賭してここまで付いてきてくれたのだ。
全員、それは分かっているはず。
そう遠くない別れの日の想像を頭から振り払い、今に集中する。
「……よし」
一つ頷き、決意を固めた。
まずはこの九つ山を越えなければ話は始まらない。
落水は人間と鬼が合同で妖と戦っていると言っていた。
ということは……この道中、妖が出現する可能性がある。
「九つ山を拠点にしてる妖ってどれくらいいるんですか?」
「俺が知っている限り、九」
「山と同じ数……」
指を折りながら、一体ずつ簡単な特徴と共に妖の名前を出していく。
「砂かけ衆、様々な毒を含んだ砂を投げる。一つ目衆、目が良い。垢舐め衆、肌を溶かす唾液を持つ。ろくろ首衆、頭のある位置に体を即座に移動する。口裂け衆、鉄でも何でも喰らう。手の目衆、雑魚だが賢い。化け猫衆、変化を得意とする。猫又衆、火の玉を扱う妖術を使う。そしてそれらを束ねる山姥がいたはずだ」
聞いただけでも碌な奴がいないということは分かる。
最も面倒くさそうなのは、妖術を使うという猫又だ。
火の玉を操るということだが……あまり想像がつかない。
それから落水は山について教えてくれた。
九つ山は東から一山、二山、三山、四山、五山、六山、七山、八山、九山という名前がある。
山の管理と見張り、防衛を任されている妖は……。
一山にろくろ首衆、二山に砂かけ衆、三山に一つ目衆、四山に口裂け衆、五山に垢舐め衆、六山に化け猫衆、七山に手の目衆、八山に猫又衆が居て、九山に山姥が居を構えている。
ここから一番近い場所は九山。
そのため、入山したら最初にエンカウントする可能性が高いのは山姥となる。
「あっしらで勝てやすか?」
「トントンだ」
「「トントンなの!?」ですか!?」
意外過ぎる評価に私と月芽が驚いた。
勝てる相手だとは思っていなかったのだ。
だが落水は勝てる『可能性のある相手である』と明言した。
確かに武器も潤沢になったし、名付けした三名は自身の能力が少し向上しているはずだ。
黒細はそれが非常に分かりやすい。
それにこちらには異形人の落水もいる。
彼が前を張ってくれるのであれば、勝率は高い。
少しばかりの自信をつけたところだったが、落水が首を横に振る。
「勘違いしているようだが……。山姥は一体しかおらん」
「……え?」
「ええっと? つ、つまり……あっしら約百名が束になって、トントン?」
「そうだ」
「強すぎんだろ山姥!!」
全然評価上がってないやんけぇ!!
序盤からそんなのと戦って戦力失ったら今後どうするんだよっ!
山姥なんて回避だ回避!
黒細と月芽は私の案に力強く頷いた。
勝ち目はあるかもしれないが、損耗が激しい勝利は望まない。
そういう場面はいつか来るだろう。
しかし今ではないのは確かだ。
私の意見を聞いた落水と蛇髪だったが、二人は首を横に振った。
「いえ、仕留めるべきかと」
「俺もそう思う」
「ええ!? いやだって、生き残り少なかったら意味ないですよねぇ!?」
「それはそうだ。だが……恐らく勝てる。今の異形共であれば」
「……どういうことです?」
二人の考えがよく分からない。
眉を顰めながら呆れ気味に聞いてみると、蛇髪が一歩前に出る。
「旅籠様は異形に戦利品を譲られた」
「……へ? あ、うん。それは確かにそうだけど……」
「それが褒美になった。異形は従属を得意とし、主からの賜り物を己の糧とする」
「……え?」
出立の準備を着々と進めている異形を見る。
心なしか、異端村にいた時よりも動きが機敏になっている気がした。
落水が立ち上がる。
すると居合切りの要領で黒細に斬りかかった。
「ほえっ!!?」
キィインッ……と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
咄嗟に細い腕で身を守った黒細だったが、なんとその細腕で落水の斬撃を受け止めていた。
本人が一番驚いているようで、口をパクパクと動かしている。
「反応よし。硬度よしだな」
「落水様ぁ!!? 驚いたでやすよぉ!?」
「お前の異形としての能力は浮遊と硬質化だ。その手は鋭い針となり、敵を突き刺せる」
「へぇ……?」
「……つまり戦えるのだよ。旅籠の為に」
「なんとぉ!!」
大袈裟に驚きながら、ピシっと伸ばした指先をまじまじと見る。
落水の斬撃を防ぐだけの硬度があるのだ。
それであれば黒細の細腕は武器として使うことも可能。
背中に背負っている二振りの日本刀はどうする、と言いたくなったがぐっと堪えた。
「凄いね黒細……!」
「そ、そうでやすか? いやはや、あっしも今知ったんで驚きやしたぁ……」
「蛇髪は?」
ふと気になった話を振ると、蛇髪は自分の手を見た。
「元より治癒の力はございました。それに加え若返りと、多少であれば術返しなるものが扱えるかと」
「術返し?」
「妖の妖術を無力化しますじゃ」
「へぇ!?」
それはすさまじい力だ。
とはいえ蛇髪は治癒の能力の方が高く、強すぎる妖術だと術返しが使用できない場合があるらしい。
範囲も狭いとの事なので、自衛程度にしか使えないと口にした。
他にどんな術が使えるようになったかは、今後検証していくとのこと。
強み、弱みがあるのは致し方ないことだ。
あとはそれを、どううまく使うかである。
と、ここまで来ると月芽の能力も気になってくるところだ。
ちらりと彼女の方を見てみると、待ってましたと言わんばかりに自分の能力を教えてくれた。
「兄様から教えて頂いたんです! 私は継目移動なるものが使えると!」
「継目移動?」
「見ていてください!」
タンッと足を鳴らすと、そこから継ぎ接ぎが地面に伸びる。
足元にあった継ぎ接ぎがべりっと音を立てて開くと、月芽はその中に飛び降りた。
驚いて声を掛けようとしたが、その時には月芽はいなくなっていた。
だがすぐに肩をトントン、と叩かれる。
ばっと後ろを見てみれば、ニコニコと笑っている月芽が立っていた。
これ……ワープだ!
「どうですか?」
「え、すごー!!」
「因みに継ぎ接ぎは移動だけではなく、破壊にも使えます」
足元に広がっていた継ぎ接ぎが一本の木に纏わりつく。
月芽が手を叩くと継ぎ接ぎからバギバギと音が鳴り、ざっくばらんになって瓦解した。
「……ええ……!?」
「どうですか?」
「凄すぎない!?」
褒められたことで上機嫌になり、また照れくさそうに笑った。
可愛らしい顔をしているのに、やっていることは凄まじく恐ろしい。
もしこれが敵に使用できるのであれば……その後の末路は考えたくない。
少しだけ名付けが怖くなった。
名前を付けるだけでこれだけの力の変化があるのだ。
もしかすると……黒細にもしっかりした名前を与えてやれば、もっと強くなるかもしれない。
だがこれだけの戦力になったのならば……。
山姥もそこまで怖くないのではないだろうか?
落水が勝てるかもしれないと言った理由もこれで分かる。
「山姥に勝てるかもな……!」
「山姥は九つ山をまとめる長ですじゃ。それを仕留めれば、配下は力を削がれましょうぞ?」
「確かに」
いきなりちょっとした大物と戦うことになったけど……メリットは大きい。
ハイリスクだけどハイリターン。
でも今は、リスクの方が少ない。
「旅籠様ぁー! 出立準備整いましたぁー!」
「お、りょうかーい! そんじゃ山姥討伐向かいますかぁ!」
「はーい了解で……山姥討伐ぅ!?」
空蜘蛛の叫び声が想像より大きく、思わず耳を塞いだ。




