3.5.二人の立場
神社をの階段を降りて麓に辿り着くと、広大な田園風景が広がっていた。
今ようやく刈り入れが終わった頃らしく、畑の中にははさがけされた稲が数多く並んでいる。
畑仕事をしている百姓らしい人物が額の汗を拭う。
広がっていた田園風景の反対側。
そちらに萩間が歩いて行ったのでついていく。
すると景色が一変し、城下町と大きな城が二人の視界に飛び込んできた。
大きな平山城だ。
真っ黒な壁は松本城を連想させる。
五重六階の天守閣は雄大でこの国のシンボルとなっており、その周囲を守るようにして櫓が幾つも作られていた。
石垣も立派で真新しい。
その外に広がる城下町もずいぶん広い。
賑わっているということがここからでも分かった。
旅をしてここまでやって来たであろう人や、大きな荷車を馬に運んでもらっている者も多くいる。
本当によく栄えている国らしい。
「すご……」
「ここの地名は代果。奥に見える城は代果城」
「大きいですね」
「本丸から四の丸まである城郭だ。ここは妖共と戦う最前線ではないが、前線にいる者の多くが帰る場所である」
帰ってくる場所がある。
それだけで兵士は戦いに身を投じることができるし、この地を守るために尽力するのだ。
彼はそう説明してくれた。
話を聞きながら整備されている道を歩き、城下町へと入る。
通りすがる者たちは、見慣れない二人の服装を興味深そうに見ながら素通りしていく。
旅の姿をしている人や、日本刀を腰に差している武士らしき人。
長年使われて黄ばんでいる暖簾を通り過ぎると、米俵を荷車に積んでいく大男とすれ違う。
満足そうにその姿を見ながら指示を出す商人。
目の前を歩く人を適当に捕まえて店の中に引っ張っていく看板娘。
よく映画やドラマなどで見る風景だ。
まるで江戸時代にタイムスリップしたようだった。
時々、見るからに良い和服を着た人物が、萩間を見て慌てたように頭を下げる。
彼はそんなことはしなくていい、というように無言で手を上げた。
「……有名人なんですか?」
「む?」
「あーっと……顔が広いんですね」
「昔のことだ。名がそこそこ知れている程度か」
また手を上げて肩を竦めた。
小さなため息も聞こえた気がする。
その後も数名から挨拶をされそうになっていたが、軽く流して足を速めた。
ここまで歩いてきたが、人々からの視線がとても痛い。
嫌悪されているようなものではないが、とても目立っていることが居心地を悪くさせた。
やはり知らない服装や髪の色に興味があるのだろう。
和で統一された異世界に来てしまったのだと、改めて思い知らされる。
城下町を通り過ぎると城との距離が近くなり、さらに大きく、鮮明に見えるようになった。
本当に大きな城だ。
そしてこの辺りは武家屋敷だろうか。
一つ一つが長い塀に囲われている屋敷の細道を歩いていく。
松の木が塀から飛び出しており、寒くなったこの季節でも青々とした色を見せつけていた。
「着いたぞ」
萩間が門をくぐりながらそう口にした。
どうやらここが彼の屋敷のようだが……その大きさを見て二人は絶句する。
門に派手さは一切なくシンプルな色合いではあるが、下から骨組みがよく見える。
支柱をはじめに屋根の瓦を支えている垂木が見事に並び、隅木に施された萩の花の彫刻は見事なものだ。
門をくぐって見えたのは広大な日本庭園。
今見えるだけでも三人の庭師が手入れを行っている。
自分たちがこんな所に足を踏み入れていいのか、と畏れたが萩間はずんずんと進んでいく。
彼に置いていかれないように、意を決して踏み出した。
武家屋敷に入ってしばらく歩きまわった。
これだけの広さなのだから、客間も少し遠いのかもしれない。
そう思っていると萩間が襖を開ける。
中に入るように促された。
そこは書院造りの一室だ。
使用人が二名現れて、高価そうな机の側に座布団を敷いてから退出していく。
萩間が座った後に二人も座った。
「さて……。お主らが友を救いたいという考えは分かった。可能性は限りなく低いが満足するまで付き合ってやろう」
「!」
「萩間さん!」
「だが……ちと面倒なこともあってな」
使用人が茶を持ってきてくれた。
目の前に置かれたそれには、茶柱が立っている。
「面倒なこと?」
「お主らの立場のことだ。渡り者だということは風変わりなその服で分かる。雪野殿は服を変えれば問題はないだろうが、早瀬殿は珍妙な髪の色をしている」
「珍妙……」
茶髪の髪の毛をつまんで引っ張る。
似合っているとは思うが、やはりこの世界の人間からしたら異質なのだろう。
「そういえば渡り者って……?」
「先ほども話したはずだが……まぁいい。別の世から来た人間のことだ。お主らのことだな。ここに住まう渡り者は多いが、そのほとんどは元の世に帰る。まぁそれはいい」
茶をすすり、息を吐く。
「渡り者であることを隠すことは推奨せぬ。すぐに露見するし、既に知られている。我が萩間家としても何故渡り者の仔細を隠すのかと問われることもあるだろう。それは避けた方がいい」
「えと、それはまぁ、はい。大丈夫です」
「だがこの地に住まうとなるとな……確実に引き抜きを画策する者が現れる」
「……と、いいますと?」
あまり話の内容がよく分からない。
首を傾げて説明を求めると、萩間はまた茶をすすった。
「渡り者は別の世の知識を有し、それらには価値がある。そして、何かしらの特別な力も有している」
「つまり……俺たちの知識を欲しがってる人がいて、ギフト的な力があるってことですか?」
「……ぎふと?」
「恩恵的な力……?」
「その認識で間違いない」
このままふわふわとした立場にいると、何かしらの目的を持った者たちに引き抜かれる可能性がある。
そうなった場合、戦場に赴くことはおろか情報を収集することも難しくなるだろう。
彼はそれを危惧していたのだ。
二人は自分の手を見る。
特段何か変わった様子はないと思うのだが、本当に特別な力が宿っているのだろうか?
一度顔を見合わせる。
早瀬は首を横に振ったが、雪野は彼の横にいる存在を見ていた。
ぺこりと頭を下げる。
視線が合っていないことに気付いた早瀬は振り向くが、そこには何もいない。
しかし彼女の視線は未だに動いていなかった。
「……雪野? 何見てんの……?」
「え? いやあそこに女の子が」
「え?」
「なに?」
早瀬と萩間が、雪野の視線の先を追う。
だがそこには……やはり何もいなかった。
「雪野殿」
「はい?」
「あれは、何色に見える」
萩間が後ろにあった違い棚にある小枝を指さした。
なぜ枝だけが飾られているのか不思議ではあったが、それだけ特別な物なのかもしれない。
早瀬から見たその枝は、松の枝の様な色合いをしている。
「金です」
だが雪野は、金色に見えると言った。
この時初めて萩間が動揺し、目を見開く。
一拍置いて動揺を静かに鎮める様に、ゆっくりと息を吐いた後に雪野と視線を合わせる。
「雪野殿。お主は巫女の力があるようだ」




