2.9.防衛成功!
あとは作業だった。
命からがら無傷で山頂に登った二口は落水が簡単に処理し、怪我をして動けない二口は異形たちで始末した。
最初の突撃で数名犠牲になったが、それでも生きている異形の方が多い。
これだけ生き残って妖怪の二口に勝利した。
誇ってもいいことだ、と落水は皆を褒めた。
完全に城を掌握し、勝鬨を上げたテンションもそこそこに、今は後片付けに追われている。
妖怪とはいえ死体は消えてくれないらしい。
なんとか一箇所にかき集め、火をつけて燃やしておく。
もちろん誰も手など合わせることはないのだが。
しかし、戦死した異形の仲間は丁寧に埋葬してやることにした。
本当であれば異端村に持ち帰るべきなのだが、申し訳ないが戻っている時間はない。
であれば最後に共に戦った場所に埋葬するのが良い。
この意見には全員が賛同してくれた。
この世界では、異形は土葬が一般的とされている。
そもそも火など使うことのもなければ、見ることもほぼないからだ。
埋葬する場所は私も手伝い、木樹の作ってくれた鋤で一生懸命穴を掘った。
異形の遺体をその穴に丁寧に寝かせ、土を被せていく。
その間にジャハツがお経を読んでくれたが、私の知っているものではなかった。
蛇特有の『シャー』という言葉しか零れてこないのだ。
彼らなりにやり方があるのだろう。
ここは何も言わずに皆に倣い、頭を下げて手を合わせ続けた。
埋葬が終わった後、異形たちはそっとその場を離れる。
少し意外だったのだが、誰も泣いている者はいなかった。
「……強いな」
「異形は死者を称えます。『よくぞここまで生きた!』と褒めるのです。過酷な現実と、困難な生を全うしたのですから」
「そうだね。うん」
彼らは、私の為に戦ってくれたのだ。
こんな人間一人を人間の領地に送る為、ここまで努力し、戦い、命を落とした。
私にとってはありがたいという言葉だけでは足りない程、彼らに感謝している。
やはりそうだ。
今一度気付かされた。
姿が違うからなんだ。
弱いからなんだというのだ。
人間と姿が違ったって、最弱だとされていたとしても、彼らの心には“良心”があり“性格”がある。
人間の持っているそれと、何ら変わらないではないか。
しかし、ふと思う。
異形たちは私に対し真摯に接し、危険を冒してまで人間の里に連れて行こうとしてくれている。
妖からの束縛を解くためとはいえ、私からすれば貰いっぱなしだ。
私は、彼らに何ができるのだろうか。
「どうした」
体中から水滴を落としながら歩いて来た落水が首を傾げていた。
地面が濡れているので、どこからやって来たのかよく分かる。
「何を悩んでいる」
呆れたようにそう口にする。
割と真面目に考えていたので、なんだか少し傷ついた。
重心を右足に寄せて手を腰にやる。
困ったような笑みしか返せなかった。
落水は木樹の言葉もなんとなく理解するが、人間の心も何かしら読み取ることができるのだろうか。
だとすれば羨ましい能力だ。
私は黙ったまま異形たちを見た。
彼らに何をする事ができるのか考える。
貰ってばかりいては悪い気がして、息がつまりそうなのだ。
どうすればいいだろう。
「異形共に何かしてやりたいのか?」
「……まぁ、そんなところです」
エスパーか何かなのではないだろうか。
落水の正体が時々分からなくなる。
「どれ程のことをしてやりたい?」
びしょ濡れになった着物をピシッと伸ばす。
水滴が少し地面に散らばった。
「身を危険に晒してまで私を人間の領地に連れて行ってくれようとする覚悟くらいには……」
「そうか。であればよい案がある」
漠然とした回答のつもりだったが、落水は最初から決めていた言葉を口にする様に一つ提案をした。
「名を与えるといい」
「……名前を?」
「漢字を宛がうだけでもいい。だが数名にしておけ」
それに何の意味があるのか。
訝しむような視線に気付いたのか、濡れた髪の毛をがしっと掻き上げた。
「異形は古来より従属に秀でていると文献で読んだことがある」
「……はぁ」
「主がいることで真価を発揮する。主従関係を構築するに最も有効な手段が名付けだ。だが多少の代償を伴う」
「ふぇ」
恐ろしいことを口にする。
だがそれを聞いて、先ほどの問いの意味を理解した。
この代償を払うだけの覚悟があるか。
そう聞きたかったのだろう。
落水からしても私の言葉はその代償を払うに十分な覚悟だったと判断されたようで、こう提案してきたのだ。
最初から説明してくれないあたり、いつも試されているように感じる。
だが不思議と嫌な感じはしなかった。
「……代償ってなんです?」
「魂の繋がりを強くする。それだけだ」
「……? 支障はあるんですか?」
「ほぼない。だが繋がりが強くなると、相手が何処にいるのか分かるようになる。最も辛いのは強い繋がりを持った者が死んだ時だ」
魂の強い繋がりが切れた時、苦痛が与えられる。
だがそれは痛みとか、苦しさといった肉体へダメージが入るものではないらしい。
要は感情の苦痛だ。
それがどういったものか分からないが……危険なのは確かだろう。
今の状況だと、異形は殺されやすい。
二口を倒すことができたのは、ほぼ奇跡だと言ってもいいかもしれない。
今回はそれほどの偉業を成したのだ。
彼らの為に何かしてやりたい気持ちは非常に強い。
旅籠は少し考えたが、このまま順調に事が運べば別れの時も間近だ。
その前にやはりできることをしてやらなければ。
「分かりました。具体的に何人くらいまでなら大丈夫ですかね」
「まずは三人」
「てなると……クロボソとジャハツと……ツギメかなぁ……? 落水さんは異形人だから大丈夫ですよね?」
名前を上げて彼の顔を見てみると、目を少し見張っていた。
何か変なことを言っただろうか、と思って聞こうとしたが、落水はその前に首を横に振る。
「いや、俺には適用されない。名は覚えているからな」
「……? 分かりました」
本当であれば空蜘蛛にも名前を付けてやりたいところだったが、落水の言うことは聞いておこう。
私は三人を探しに向かった。




