2.8.山城防衛
【横矢】敵の側面から矢を射ること
山城を完全に掌握することができた。
途中からの参戦したジャハツの指揮は的確で、どこから弩を射るべきかすぐに伝達されて配置につくと、見事な横矢となって二口に襲い掛かり、大打撃を与えられたのだ。
地形を把握してどこに兵を置くべきか一瞬で理解してくれたらしい。
この山城の抜け道も知っていたのだし、どう守ればいいかも理解しているようだ。
だが、麓にまだ残党が残っている。
流石に状況を見て下がったようではあるが、彼らは今後ここを攻めなければならない。
あの戦力では到底攻め落とせるとは思えないが。
「む……」
「空蜘蛛? どうしたの?」
「二口が『大声』を使っています。それに、まだ諦めていなさそうです」
空蜘蛛がじっと遠くを見ていた。
同じ方向を見てみると、確かに二口がいる。
だがそれだけしか分からず、二口が『大声』を使っているようには思えなかった。
しかしそれが事実なのであれば……。
戦力を隠しているという話が現実味を帯びてくる。
「じゃあなんでここに攻め入った時に戻さなかったんだ……?」
「戻せなかったのだと思いますじゃ」
背中を曲げたままこちらに歩いて来たジャハツがそう言った。
こんな状況になって戻ってこないとなれば、確かにそれしかない。
だが、彼らは何故戻ってこれなかったのか。
「大方、どこかに行っておるのでしょう。良い時に、ワシらは城を落とすことができた」
「……じゃあ、その戦力と今から戦わないといけないね?」
「うむ」
しわがれて今にも折れてしまいそうな細長い指を一点へ向ける。
視線を動かして指された方角を見てみると、二口の手勢らしき姿が確認できた。
ぱっと見る限り数は多くないが、明らかにこちらより戦力が多い。
もし警戒しすぎてあのまま森の中に隠れていたら……。
そう思うとぞっとする。
確実に挟撃されていたことだろう。
「あとは、いつ攻めてくるかじゃな」
「作戦は?」
「先程の布陣で弩を使い、横矢をかけ続けます。正面から射てもいいでしょうな」
「弩だけで戦うの?」
「足止めが必要ですから、ちょいと木樹を使いますじゃよ」
くしゃりと笑うジャハツは、近くにいた木樹の肩に手を乗せた。
任せろ、と言わんばかりに木樹からギシギシと音が鳴る。
ふと、周囲を見渡した。
この辺りは木々を伐採して山を削り、平地を作っている山頂だ。
あまり手入れはされていないのか、伐採されてそのままになっている丸太や、雷や風化といった何かしらの原因で折れた枝などが多い。
籠城のための設備も整えてあるが、これは二口が急遽拵えた物のようだ。
「ああ、なるほどね。なんだ木樹って強いじゃん!」
「ギシギシ」
「もうなにをするかお分かりに?」
「木樹の木工加工技術を見てたら、何ができるかくらい分かるよ」
単純なものではあるが、対処させなければ強力な攻撃になる。
彼らの能力は……やはり強い。
「てなると、あとは命中率の問題かな……」
「正面と横から射掛けます」
「盾持ってたらどうする?」
「木樹が」
「やっぱ強すぎん……?」
なにはともあれ、対策はバッチリらしい。
これはすぐにでも決着が着きそうな予感がした。
◆
仲間から『大声』の内容を聞いた瞬時に帰路についた二口の手勢は、既に落城した二口の城を見て驚愕した。
大口はあの山頂にいたはずだが、声が帰ってこない。
その腹心である老兵の声も聞こえなかった。
誰もが理解する。
大口は、異形に敗北してしまったのだと。
しかし諦めてはいなかった。
異形に敗北したまま終わることなどできない。
城を取り返し、異形共を殺し尽くさねば気が済まなかった。
増援に駆けつけた八十名の二口。
生き残りを合わせれば九十二名となる。
山頂での戦いで異形も疲弊しているはずで、数も減っているはずだ。
この人数で押し込めば勝てる。
長年過ごしてきた拠点だ。
そう簡単に開け渡したりしない。
「盾を持て! 山頂の蔵にある弓を使われては厄介だ! 大きいものでいい! 可能な限り盾を多く用意しろ! 接近すれば奴らに勝ち目はない!」
大口までとはいかないが、他の二口よりも一回りほど大きな体躯をした二口が指示を出す。
その横には戦士の面を携えた切れ目の女の二口が黙って様子を見ていた。
「丸太、転がってきたらどうする?」
「柵が邪魔でまともに転がってきやしねぇよ。来たとしても止められる」
「じゃあ石は?」
「異形が運べるとは思えねぇ。盾があればあいつらが運べる石など気にせんでいい。そもそも山頂に石は持って上がってねぇ」
「そっか」
本当は持って上がる予定だったが、それは増援が戻ってきてからと決まっていた。
弓矢の準備だけで手一杯だったのだから。
「準備できました口山様!」
「よぉし敵に準備される前に突っ込むぞ!」
大きな掛け声と同時に、三人係で持つ盾が何枚も持ち上がる。
ゆっくりと山城の入り口へと入っていく。
大きな盾の後ろには武器か弓を持った二口が待機していた。
盾の進軍に合わせて、ゆっくりと味方が山を登っていく。
完全に盾で体が隠れている為、弓が来ても怖くない。
そのことに二口も余裕が出てきており、進軍速度が速くなる。
武器を持って隠れている二口も歩みを早めた。
風を切る音が聞こえてくる。
その後に固い音が鳴り、大きな盾に小さな振動が伝わってくる。
どうやら弓を放ってきたようだ。
異形に弓を引くほどの力があるということに驚きこそしたが、盾を貫通するほどの威力はないらしい。
これであればそのまま進み、接近して追い詰めたところで一気に飛び出せばいいはずだ。
数の暴力で蹂躙してくれる。
そう二口たちは意気込んだ。
手に持つ武器に力を入れ、今か今かと横矢を掛けられる細道を通過する。
捻じれ曲がって固まった根っこを、二口たちが跨ぐ。
次の瞬間、捻じれ曲がって固まった根っこが動いた。
凄まじい速度で二口の脚を絡め、拘束してしまう。
「ぬぉ!? な、なんだ!?」
「こ、こいつ……! 異形か!?」
「ギシギシ……!」
「ぐおおおお!?」
凄まじい力で根がぞうきんの様に絞られ、二口の脚が潰されてしまう。
木樹は一体で四体の二口の動きを封じた。
そして……彼らの持っていた大きな盾に変化が現れる。
木材で簡易的に作られた盾が、全て割られてしまったのだ。
それはどんどん細かく割れていき、ついにはささくれの塊のような姿になってしまった。
指の隙間からボロボロと木材の破片が零れ落ちていく。
「た、盾が……!」
「第二射、構え!!」
遠くの方で号令が聞こえた。
バッと振り向いてみれば、小さなカラクリをこちらに向けている異形の姿が目に入る。
「放てぇ!!」
弦が空気を斬る音と、矢が風を切る音が重なる。
約百本の矢が、弩から一気に放たれた。
密集していた二口たちにそのほとんどが命中する。
再び矢を装填をする。
この時間の間に移動されると厄介だったが、二口たちの中で無傷だったものはそこまで多くないらしく、地面に転がって動けずにいた。
横と正面から矢を射たのだ。
命中率が悪い弩とはいえ、あれだけ密集していれば当たるというもの。
一体の二口が声を上げて指示を出している。
だが痛みに耐えることができない二口は、分かっていても体が思うように動いてくれないようだ。
一気に前進していく二口と、置いていかれる二口がいる。
「第三射! 動く敵に狙いを付けろ!」
旅籠の号令と共に構えられた弩は、駆け抜けようとする二口を狙う。
再び号令が出された後、矢が宙を舞い襲い掛かった。
悪態をつきながら何とか横矢を掛けられる通りを抜けた数少ない二口は息を切らしていた。
だがそこに待ち受けていたのは、最悪な現実だ。
「さて、やるか」
「……い、ぎょう……び、と……!?」
スラリと鞘の中から出てきた刃が、彼らの背筋を凍らせた。




