2.7.Side-落水-大口との一騎討
旅籠が異形と共に移動を開始したのを横目で確認した後、大剣を押し返す。
大口は想像以上の力で押し返された大剣に振り回され、たたらを踏んで後退した。
体幹がなっていない。
力だけは一丁前に有しているようだが、碌に鍛錬していない肉体だとすぐに分かった。
相手にもなりそうにないな、と嘆息気味に息を吐く。
ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえた。
見やれば体中に冷や汗をかいている。
今にも逃げ出したそうな表情を携えているが、逃げたとしても同じ末路が待っていることを理解している様だ。
次のことをこの状況で把握できる余裕は未だに持っているらしい。
少しばかり評価を上げる。
「異形人……!」
「ほう、知っているのか」
二口の口から聞くことはないだろうと思っていた言葉を聞いて、眉を動かす。
この反応……どうやら異形人とは本来何なのか、よく理解している様だ。
そう。
二口程度の妖が、人間に勝てるはずがないのだから。
「どいつから聞いた」
「い、言える訳ねぇだろ!」
「そうか」
二口は妖の中でも下級の存在だ。
百体が束になって掛かってこようと、勝てる自信しかなかった。
落水は腰を落とす。
ただ小さくかがんだように見えるだけなのに、その動きは非常に遅く感じられた。
彼の持つ日本刀の切っ先がこちらへと向けられる。
距離は大きく開いているのに、既に間合いの中にいるような錯覚を覚えた。
刃が喉元に当てられ続けているかのようだ。
じり、と地面をにじった。
「まっ待て!!」
「……」
「こっ、交渉だ……! 話をしよう!」
「愚かな……」
落水を包み込もうとしていた強大な気配が霧散する。
呆れたように大きくため息を吐くと、捲し立てる様に大口が叫ぶ。
「手を組もう! さすればお前らの要求などなんでも……」
「従うと思うのか? 踏みにじられ続けていた貴様らに」
「そこは……何とか誠意を示す!」
「そこまで言うならいいだろう。だが要求は本当に通るのか?」
「! も、もちろんだ! 当たり前じゃねぇか!」
大口は、大きな賭けに出るしかなかった。
異形に仲間を殺されたというだけでも他の妖からすれば笑い話だ。
手を組もうなど、気が狂ったかと言われても反論はできない。
しかし、この場で戦っても結局殺される。
逃げたとしてもこの話はすぐに広まり、妖の恥だとしていつか殺される日が来るのは目に見えていた。
であればここで異形と手を組む他逃げ道はない。
生きていればなんとかなる。
最悪もう一つの異形の村を手放す結果になるかもしれないが、それでも構わない。
妖が攻めてくる可能性もある。
だが、異形人が仲間にいるのであれば返り討ちにできるはずだ。
これだけで生き残れる可能性は格段に上がる。
「では、要求を聞け」
「なんだ!?」
「人間の領地に連れていけ」
全身を覆っていた熱気が一気に冷める感覚を感じた。
その要求は……実質死刑宣告のようなものだったからだ。
妖が人間の領地に踏み入ったら、殺されるのは目に見えている。
鬼の領地に入るだけで危険だというのに、そんなことできるはずがなかった。
無理難題を突き付けられた大口は、言葉を失った。
結局死んでしまうではないか。
そんなための協力関係を築きたいわけではない。
生きていなければ意味がないのだ。
到底聞き入れられる内容ではない!!
大きく大剣を振りかざし、落水に振り下ろす。
「ぬぉああ!!」
「それでいい」
ひょっ……と大剣の腹を切っ先で撫でる。
金属がこすれる音が一瞬聞こえ、落水の真横を大剣が通り過ぎて地面に突き刺さる。
崩れた。
一歩前に出て三連突きを繰り出し、巨大な腕に三つの穴を開ける。
大口は歯を食いしばって武器を握る手に力を入れる。
力を入れた腕から血が噴き出した。
根性はあるらしい。
地面ごと引き抜いた大剣が、無理矢理横凪に振るわれる。
上段に大きく振り上げられた日本刀が、接近してきた大剣の腹を思いきり殴りつけて地面に叩きつけた。
勢いのない力技の攻撃など、恐るるに足りない。
「ぐっぬうぅ……!」
「終いだ」
叩き落した大剣の腹を、日本刀の切っ先で押さえつける。
持ち上げようとするが一向に持ち上がらないらしい。
刃を切り返し、大きく踏み込む。
大剣の腹を日本刀の切っ先が移動しながら大口に接近した。
ずっ……と指さきから侵入した日本刀が、腕にまで届く。
手と腕の肉をそぎ落としながら凄まじい速度で大口の上半身に向かっていく刃が、ついに肩まで到達した。
鮮血が飛び回り、スライスされた肉が宙を舞う。
「ギッ……!」
「我が“渡守”は錆びつかぬ」
大口の横を通り過ぎ様に右足の腱を斬る。
ガクンッと膝をついた瞬間、支えに入った腕を斬る。
流麗な足捌きによって体を運び大口の肉体を斬る様は舞の様だ。
支えを失った大口は肩から地面に叩きつけられた。
地面に頭を打つ。
その先にいたのは、既に日本刀を振りかぶっている落水だった。
「やっやめ──」
「シッ」
シパッと簡単に首が切られ、ごとりと地面を転がった。
血振るいをして刃を拭っている間に、大口の肉体から魂蟲がぽこぽこと飛び出してくる。
だが食い破ったような穴はない。
体の中をすり抜ける様にして出てきた魂蟲は、もぞもぞと地面に逃げていく。
大口も、幾分か魂蟲を喰らった渡り者を食べたことがあるようだ。
それにしては、弱かったが。
「向こうも終わったようだな」
遠慮なしに弩を二口に放った旅籠を見た。
ずいぶん違う人格が表に出てきているようだが、問題はないだろう。
これも一つの代償だ。
喰らった魂の願いが全面的に正確に表れる。
「さて、次だ」




