2.1.魂蟲
古くボロボロになった神社がその威厳を保ちながら奇跡的に建っていた。
茅葺屋根には苔が生えており、そこから新たな植物すら芽を咲かせている。
雨は凌げるが風は凌ぐことができないほどに壁は崩れており、縁側に座るのも苦労しそうなほどだ。
旅籠は魂蟲を見ながら嘆息した。
落水から色々話を聞いた後、少し落ち着く時間が必要だと思ったためこうして座っている。
もちろん隣には落水がいた。
耳をすませば遠くから異形たちが喜ぶ声が聞こえてくる。
「彼らは私が食べないと元の世界に帰れないのですか?」
「そう言われている。この世で死んだ渡り者は魂蟲の姿となり、地面に潜る」
「妖に食べられた渡り者もですか?」
落水の横顔を見て問いを投げる。
彼は遠くの異形たちの声を聴きながら、こちらに目を向けることなく口だけを動かした。
「いや、残念だがそうではない。妖は人間を喰らって力を増す。奴らを殺さぬ限り、その中にある魂は解放されぬのだ。この世の魂も、渡り者の魂も」
「妖は渡り者を好むと聞きましたが……」
「渡り者は多くの魂蟲を喰らう。一人喰えば、それだけの人間を食ったと同等の価値がある。好まぬはずがないだろう?」
「なるほど……」
相変わらずこちらを向かないまま、淡々と質問に答える。
今までこの世界に来た渡り者は、一体何人いるのだろうか?
魂蟲が人間一人の魂であれば、その数は計り知れない。
地面を掘ればすぐに顔を出すほど多いのだから。
あの神は……この世界の養分になれ、と言っていた。
この魂蟲が地面の中にいることが養分になるという意味なのか、それともここに呼んだ渡り者が魂蟲を喰らい、妖の糧になることが養分になるという意味なのか……。
どちらかは分からないが、あの神の姿からして妖寄りの思考は持っていそうだ。
なんにせよ、魂蟲は犠牲者だ。
こんな話を聞かされてしまったなら、是が非でもあの神に嫌がらせをする為彼らを可能な限り持って帰りたい。
だが帰ったら魂はどうなるのだろうか?
私の腹の中にいるわけではあるが……。
「この辺について知っていますか?」
「喰らった魂蟲は元の世に戻ると本来ゆくべき輪廻に戻される。今の旅籠は魂の器。とにかく魂を集め、彼らを元の世に戻すのがお前の仕事だ」
「分かりました」
現実世界に戻ったら解放されるのであれば、特別何かを考える必要はないだろう。
今はこちらのことが優先だ。
どの道食べられるものはそれだけしかないわけだし。
さて、ここからは今後のことについて考えなければならない。
今、異形たちにとって大きな存在である二口の襲撃を乗り切った。
これにより異形たちは大きな自信を付けた事だろう。
士気は上々。
だが問題はこれからだ。
「落水さん、これからどうすればいいですか?」
「簡単だ」
腰に携えている日本刀の柄に手を置いた。
「二口の城を攻める」
「わぁ……」
分かってはいたことだが、こうしてはっきり言われると尻込みしてしまう。
今回の戦いでは完勝したが、それで脅威が去ったわけではない。
根本的な解決のために二口を打倒するのは大きな目標の一つだ。
まだほかにも勢力はあるだろうし、この一件で異形たちが狙われる可能性も大いにある。
だが今目の前にいる大きな敵を何とかできなければ、どの道すり潰されて終わりだ。
それだけは何としても避けたい。
そこまで考えて、ふと懸念が湧いた。
「……私が帰った後は、どうなるんでしょう」
「俺がいるし、ジャハツもいる。問題はない」
「安心しました」
私が人間の領地に足を踏み入れることができたなら、彼らとは別れることになる。
その後のことが少し不安だったが、落水が後任を引き継いでくれるらしい。
であれば気兼ねなく別れを告げることができるというもの。
感謝しないとな。
うん。
さて、二口の城を攻めるためにもその位置関係を詳しく知っておく必要がある。
武器などもしっかり準備しておきたいし、やらなければならないことは多い。
まずは……。
「クロボソに話を聞きましょう」
「では皆の下へ戻るぞ。士気の高い内に、城攻めを伝える」
力強く頷いた後、皆がいる場所へと戻る。
戻ってみれば先ほどよりは落ち着いたが、まだ喜び足りない異形たちは両手を上げて喜びを表現していた。
賑やかなのはいいことだし、この状況であれば城攻めも容認してくれそうだ。
ここからが異形たちの大きな一歩となる。
「皆の者! 聞け!」
落水が腹から声を出すと、ゆったりと静かになっていく。
彼からの言葉を聞き逃さまいと、ほとんどの異形たちがこちらに集まって来た。
こうしてみると、やはり異形の種類は様々だ。
人の姿に近い異形はほとんどいない。
蜘蛛や蛇、蟻といった生物の異形が最も多いが、粘液質の体液を持つヘドロな様な異形や手足だけの異形、目玉が幾つもついている鹿の異形もいる。
最初こそ気持ち悪かったが、なんだか慣れてしまった。
それに彼らは、いい奴らだ。
静まったと同時に落水が息を吸う。
「よくぞ戦った。この結果は異形共にとって大きな歴史となる! 何世代にも渡って虐げられていた屈辱を己らの手で覆したのだ! 誇るといい!」
『『ロウ!』』
あ、それここで使うんだ……。
「だが! 己らも分かっておろう。未だに脅威は残っていると」
その言葉に、異形たちは曖昧に頷く。
そうだ、これで終わりではないのだ。
次……いつ敵が攻めて来るとも分からない状況で、この村で生活をするのは息苦しい。
誰もが分かっていることだ。
ではどうすればいいのか。
それもなんとなく察しがついているだろう。
武器を持っている手に力を込める者もいれば、少し震えている者もいる。
それぞれが自分の考えを持っているはずだ。
しかし彼らの目は、全員同じだった。
「二口の城を攻める。皆の者! ここが正念場だ! やるからには勝つぞぉ!」
『『ロー!!!!』』
数は大軍と呼べるものではないが、その掛け声は実際の数倍の人数を連想させたのだった。




