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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第一章 異形の地
23/179

1.23.Side-二口-絶対にぶち殺す


 殺気の込められた足音が山の中を進んでいた。

 草花は踏み潰し、自らが歩む道を邪魔する枝や石などは乱暴に蹴り飛ばされる。

 以外にも力は強いのか、それらはへし折られるか、遠くの大木に当たった。

 良い音が森の中に響き渡る。


 手入れのされていない長い髪の毛の裏から、ぎらぎらと不気味に輝く瞳が二つ。

 ギリ、と食いしばる歯の音は前にある小さな口と、後頭部にある大きな口から聞こえてきた。

 各々が最も得意とする武器を持ち、それらを振るう場所へと向かっている。


 妖怪二口、総勢四十二名。

 先日届けられた異形の反乱。

 既に数名の二口が異形の手によって仕留められていることを、ここに居る彼らは全員把握していた。

 あんな弱い存在に、殺されてしまったのだ。


 そして最も嫌悪するのはあのクロボソだ。

 今の今まで渡り者を献上して恩を売っておきながら、それを逆手に取って見回りを担当していた二口を殺害した。

 今まで殺された仲間は、声も出せない程のやり方で殺されたに違いない。

 そう思うと、彼らの腸は煮えくり返った。


 あれだけでは支配することは叶わなかったようだ。

 こうした反乱を抑えるために、異形には最弱という決定的なレッテルを張りつけ、その身を持って理解させるために定期的に嬲りに行った。

 これが二口をまとめる総大将、大口の指示である。


 毎度赴く度、奴らは恐怖の色を目に浮かび上がらせた。

 知らない間に増えるのだから、別に殺そうが関係はない。

 いつまでも従わせるために恐怖を植え付けさせるのは良い案であったし、なんならここ数百年その関係性は覆っていない。


 だがそれが……今、覆ろうとしている。

 あれだけ追い詰め、体に覚えさせ続けた恐怖をどうして払拭できたのか。

 なにか新たな存在の介入があったに違いないが、それだけは分からなかった。


 なんにせよ。

 なんにせよ!

 異形共は、我ら二口を完全に裏切った。

 特にクロボソには、死を望むほどの殺し方をしてやらなければ気が済まない。


 あの地は二口の領地とする。

 異形の村が一つなくなったとしても、どこの妖も気にも留めないはずだ。

 領地が増えるとなると問題が出てくるかもしれないが、そこは渡り者を確保する要所として管理することを願い出れば、何とかなるだろう。


 あの方に申し出れば、問題はないはずだ。


 四十二名の二口が一つの森の中に入った。

 起伏の少ない森は珍しい。

 だが警戒しつつ、前へと進む。

 次第に開けていく木々に道案内をされているような錯覚を覚えるが、武器をしっかりと手に持ち何が来てもいいように気を張った。


 だが、あの異形共が自ら前に出て戦うとは到底思えない。

 と、いうより戦っている姿が思い浮かばなかった。

 そのため、最初の『大声』での報告も悪戯だと思ってしまったのだが、確認してみれば本当に他の見回り組からの『大声』が帰ってこない。

 そこでようやく、異形共が武器を手に取ったと知ったのだ。


 何かうまい策でも考え付いたのだろうが、この数で攻め込めば一網打尽である。


「ん?」

「どうした」

「なんか……揺れてないか?」


 一体の二口がそんなことを口にした。

 足の裏から伝わってくる振動は意外とよく分かる。

 確かに、大地が揺れていた。


「これは……! 怪蟲だ!」


 大きな声を出した瞬間、大地が盛り上がって巨大なムカデが飛び出してきた。

 蜘蛛の様にある複数個の目をで二口を捉える。

 真っ赤になったその眼球は……怒り狂っている証拠だ。


 怪蟲を使って襲って来た。

 やはり異形たちはこれくらいしかまともな攻撃手段を持っていない。

 それに怪蟲は……総じて弱い。


 一体の二口が槍を手にしながら怪蟲に走っていった。

 しっかりと握り込み、捻じりながら槍を突き刺す。


 硬い殻には刺さらなかったが、当たっただけで怪蟲の動きが止まった。

 それはゆっくりと倒れていき、最終的には動かなくなる。

 突いてみても微動だにしない。


 だが怪蟲が倒れた衝撃で数名が負傷してしまった様だ。

 怪蟲は弱いのだが、体重は重いので倒れた時の被害を最も危険視しなければならない。

 しかしそれだけだ。

 数が多くても遠距離武器で仕留めればこちらの被害は抑えられる。

 今回は地面から出てきたため、少し被害が出てしまった。

 それだけのことである。


「大丈夫か?」

「これくらいならなんともない。動けない者はいなさそうだ」

「では進もう。もうすぐ目的地だ」


 二口たちはそのまま進み、原を越える。

 あと少しで異形共の里が見えるのだが、やはり偵察は必要だ。

 一体の二口が先行して様子を見てくることになった。

 他の者たちは、合図があるまで待機する。


 先行した二口が草むらの中からひょっこりと顔を覗かせた。

 小川を挟んで村がある。

 だが人っ子一人いないようで、もぬけの殻のように見えた。


 しばらくはそのままの体勢で異形を探すが、ついに立ち上がって見渡した。

 だが、やはり誰もいない。


 逃げたか。

 それに気づくと、突然怒りが込み上げる。

 殺すだけ殺して逃げていくか。


 先行していた二口が合図を出す。

 それを受けて後方で待機していた二口が立ち上がり、ガサガサと草を掻き分けて集まってくる。


「逃げたか?」

「かもしれない。想定はしていたんだがな」

「ではどこに移動したか調べるか。絶対に逃がすわけにはいかん」


 それはそうだ、と全員が頷く。

 ここで逃げられてはいそうですか、と終わって満足できる二口は一体もいない。

 目を皿のようにして異形共の痕跡を見つけ出し、どこまでも追いかけて始末する。


 二口たちは小川に架かっている唯一の架け橋へと近づき、渡っていく。

 足元が若干滑っているので、すこしばかり慎重に足を進めた。


「おい、早く行けって」

「滑るんだよ……急かすな」


 先頭が止まると、後続がつっかえた。


「今だ! 放てぇ!!」


 誰かが放った叫び声に、二口は少なからず驚いた。

 その場でしりもちを着いてしまうものもいる。


 掛け声と同時に風を切る小さな音が近づいてきていることに気づく。

 嫌な予感がして身を屈めたと同時に、頭上すれすれを幾つかの矢が飛来した。

 反応の遅れてしまった二口を貫き、致命傷を与える。


 今までの経験したことのない一斉掃射。

 大量の矢が前方から飛来し、架け橋に当たれば固い音が、地面に刺されば低い音が、二口に命中すれば鈍い音が聞こえた。


 今ので多くて半数は負傷した。

 精度はそこまで良くないようだが、これだけの数となると話は変わってくる。


「ボォオオエ」


 二口が『大声』でこの事を本拠に伝える。

 そのあとすぐに、力なく倒れている仲間をどかして武器を抜刀した。


「怯むな野郎共! 小川を飛び越えろ! 異形を殺せぇ!」


 ワッと一気に動き出した二口は、架け橋を渡るのを止めた。

 あそこは狙われやすい。

 すぐさま助走を着けて小川を飛び越える。

 近づきさえしてしまえばこちらのものだ。


 だが……小川を飛び越えようとしている最中……。

 水面から強い殺気を感じ取った。

 しかし、気づいたときにはもう遅い。


 小川の水が意思を持ったかのように動き、空中にいた二口を貫く。

 だが水が二口の体を貫いたのではなく、水の中にあった竹槍によって貫かれた。

 水は竹槍を動かしただけである。


 しかしそれだけでも十分だった。

 二口はこの二手だけで半数が死亡し、残り過半数が負傷するか深傷を負っている。

 この状況で勝つのは不可能だ。


「て、撤退! 一度引け! 引くんだ!」

「背中を見せても良いのかな? 第二射、構え!」


 待機していた異形たちが立ち上がり、予め用意していたもう一つの弩を手に取った。


「放てぇ!」


 引き金を引き抜いて装填している矢を発射させる構造の弩が、一気に声を上げる。

 逃げていく二口の過半数をそれで仕留め、最後は全員が武器をもって丁寧に一体ずつ止めを刺していった。


「大したものだ」


 二口の屍を見ながら、落水は小さく笑った。 


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