1.20.Side-落水-混ざっている
ジャハツからの報告を聞いた時、俺は胸の内で歓喜した。
まさか本当に二口を一匹始末するとは思っていなかったからだ。
怪蟲に乗って報告しにやって来たジャハツを置いて、体を水に溶かしてここまで移動してきた。
一体どんな面をしている渡り者なのか、実際に見たくなったからだ。
どの道会うことになるのだし、早い段階で挨拶をしておくのも悪くはない。
それに二口を打倒しようと策を巡らせているのだ。
手伝う以上、そこにも口を挟んでやらなければ早々に灯は消えてしまうだろう。
しかしこの移動方法はさすがに疲れる。
全身を水にしてしまうのは力を随分と消費してしまうのだ。
とはいえ異形の地は湿度が高く、力の回復はそこまで問題はない。
いざ渡り者がいる場所までやって来てみれば、早速軍議を開いているではないか。
感心しながら、少しばかり盗み聞いた。
年齢は容姿から察するに二十歳前後だろうか。
渡り者がよく身に付けている服を着ている。
あんな裾の絞られた服で動きづらくはないのだろうか?
一見優しそうに見える顔立ちをしているが、真剣に策を巡らせている姿は見事なものだ。
それだけで今までの渡り者とは別格だと教えてくれた。
どうやらジャハツが居なくて困っているらしい。
彼女の知識は確かに豊富で、情勢を理解するのであれば彼女の力は必須だろう。
その次に二口が攻め込んでくるかどうかの話をはじめる。
どうやら二口に『大声』を使われてしまった様だ。
そのため、策に慎重さが練り込まれているのがよく分かる。
あれは一声で随分細かい情報を伝達することができる二口の技だ。
恐らく、ここで起きているすべてのことと、二口をここに誘い込んだ手口も本陣に筒抜けになっているはずである。
これはあとで教えておいた方がよさそうだ。
もう少し様子を見ていると、クロボソが地図を描いて説明を始めている。
相変わらず地図に関しては見事に描くものだ。
「小川の奥には“怪蟲の森”がありやす。木々はまばらで起伏が激しい。そんな所でさ」
「防衛するならここかな?」
クロボソの説明に、渡り者が提案する。
だがそれは愚策である。
「違う」
思わず前に出てしまい、自らの意見を口にした。
ツギメとクロボソには驚かれてしまったが……軽く流しておく。
それにしても、何故異形は怪蟲を使役できるのに怪蟲のことを深く知らないのか。
呆れつつも渡り者には説明をしてやる。
「怪蟲の子は騒音を嫌う。踏み入れるだけで足音が地中に鳴り響き、怪蟲の子が騒ぎ出す」
「子……?」
「故に、先手は怪蟲に任せればいい。俺らはその生き残りを討つ。防衛するならば、やはり小川だろうな」
怪蟲の森は移動するだけで警戒される。
走るとなればもっと危険性は増すだろう。
あそこは自然の要塞だ。
いくら怪蟲が弱いと言っても、自らの子たちの苛立ちを放置していくわけにはいかない。
少なからずその原因の排除をしようとするはずだ。
そこで二口が巻き添えとなり少しでも減れば御の字だが、その中に異形共が紛れて被害を被る訳にはいかない。
小川であれば、敵の人数も確認できる。
それに木の異形、木樹がこちらにはいるのだ。
彼らの能力をうまく使うことさえできれば、二口など相手にもならない。
だがそれも、異形共が戦う意志を持っていればの話。
この渡り者は……それを呼び覚ましたようだ。
大したものである。
またツギメに問われたが、適当に流してジャハツに説明を求めるようにさせた。
すると、渡り者が今度は問うてきた。
「えと、落水さんだっけ?」
「ああ」
「私たちに……協力、してくれるってことで、大丈夫ですか……?」
「ああ、そのつもりだ」
首を傾げてやりながらそう口にする。
俺の口から、その言葉を聞きたかったのだろう。
久しぶりに、無き血が滾る。
ようやく俺の理想ともいえる渡り者に出会うことができたのだ。
そう簡単に、こいつは殺させはしない。
「して渡り者よ。名を何という」
「あ……旅籠守仲です……」
「旅籠か」
旅籠の目を見た俺は『やはり混ざっているな』と思った。
いい目をしているが、どうにもこの目は本物ではないように感じられたのだ。
昔、ここに来た渡り者は『自分とは違う自分が知らない間に出て来る』と言っていたことを思い出す。
それもそうだろう。
とはいえ、それは渡り者がここで生きていく為に必要なことだ。
悪い事ではないので、黙っておいてもいいだろう。
さて、二口を始末する術を考えなければ。
「よし、旅籠」
「は、はい」
「まずは何を成すべきか大まかに幾つか決めろ。そうすることでせねばならぬことが明確化される」
「え、えっと……二口を、倒す……?」
「そのためには何が必要だ」
「……あ、あの攻撃速度から見て……接近戦は異形たちでは難しい……。罠とか、遠距離武器とかあればいいんですけど」
確かに二口の攻撃速度は速く、その範囲も広いのが特徴だ。
その代わり攻撃中はまともに前を見ることができない。
なにせ攻撃に使用する口は後ろにあるのだから。
因みに奴らの持つ髪の毛を操る力は無視でいい。
人間を持ち上げる力はないし、拘束できる力も有していないからだ。
危険なのは……あの後頭部の口を使った攻撃である。
なので旅籠の言う通り、接近することなく倒すのが最も倒しやすい。
だが……そんな武器や罠をこの異形たちが作れるとも、扱えるとも言い難い。
彼らはまだ弱いのだから。
「それでは勝てん」
「まぁそれはなんとなく解ってました……。ですので木樹に力を貸してもらおうかと」
「ほぉ」
同じ存在に着眼点を当てたか。
来たばかりで右も左も分からないと言うのに、よく木樹の名前が出てきたものだ。
いいぞ、面白くなってきた。
「そいつをどうする?」
「一度武器を作ってもらったことがあります。木材であればどんなものでも加工してくれそうだったんで、手で持てる弩を作ってもらおうかと思ってたんです」
「いしゆみ、とはなんだ?」
「簡単に言うと、片手で扱える小さな弓です。小型化すればなんとかなりそうだなって思ったんですけど……」
渡り者が持つ知恵が出てきたようだ。
こればかりは俺では介入できない。
しかし話を聞いている限り、片手で扱える弓と言うのはよい物だ。
無論、作ることができればの話ではあるが。
とはいえ作れたのならば、異形たちは自らの力量を問わず戦える。
異端村にある小川は幅は狭いが急に深くなっている。
普通に渡ろうものなら胸辺りまで浸かってしまうはずだ。
唯一の架け橋も幅が狭く、渡っている最中に射ることができれば確実に傷を負わせることができる。
戦略の幅が広がった。
さすが渡り者……いや、流石旅籠だと誉めるべきだろう。
「それで、作れるのか?」
「木樹次第だと思います」
「よし、いいだろう。時は一刻を争う。これより先の話は移動しながらするぞ。まずは木樹に会いに行く」
「分かりました!」
二人は立ち上がり、外へ出る。
その後ろをわたわたとツギメとクロボソが追いかけていった。
残り一週間。
攻めて来る、来ないに関わらず、準備は整えておいて損はない。
落水が見る旅籠の背中は小さいものだが、この正念場を潜り抜ければ大きくなることだろう。
(頼むぞ旅籠守仲。俺を人間の領地まで連れていけ……!)




