第7話 朝礼と進捗報告
「……リリア様、おはようございます。お体に障りますから、どうかこれ以上のご無理は――」
朝六時。執事のハンスさんが、いつものように控えめなノックと共に、お盆に乗せた薄い粥を持って部屋に入ってきた。
彼の顔には「この幼い主をどうにかして休ませなければ」という悲壮な決意が張り付いている。
「おはよう、ハンスさん! 今日も最高の目覚めよ!」
私はベッドの上で、膝に乗ったクロをモフりながら満面の笑みで迎えた。まぁ1時に起きてはいたんだけど。
三時間の急速充電(睡眠)を経て、今の私のコンディションは最高だ。肌ツヤも良いし、魔力回路も一晩の酷使でさらに太くなった実感が……ん?
「…………リ、リリア様。……そ、そちらの……漆黒の、禍々しいオーラを放つ……生き物は……?」
ハンスさんの視線が、私の膝の上で「ふんっ」とそっぽを向いているクロに釘付けになった。
トレイを持つ手がガタガタと震えている。
「ああ、この子? 夕べ、裏の森で『中途採用』したクロよ。ちょっと訳ありだけど、私の『癒やし担当』兼『防衛ユニット』として働いてもらうことにしたの」
「お、おい! 誰がユニットだ! 俺は伝説の――」
「ひ、ひぎぃっ!? し、喋ったぁぁぁ!!」
クロが生意気に口を開いた瞬間、ハンスさんは文字通り飛び上がった。
トレイの粥がこぼれそうになるのを、私は指先一つ、無詠唱の『風』で空中で静止させる。昨夜一万回と繰り返した精密操作の応用だ。
「ハンスさん、落ち着いて。この子はクロ。ちょっと態度がツンデレなだけで、中身はただの可愛いワンちゃんだから。ねー、クロ?」
「誰がワンちゃんだ! ……あ、おい、そこを掻くな、力が抜ける……っ」
私が顎の下をカリカリしてやると、クロは一瞬で「ふにゃっ」とした顔になった。
ハンスさんはその光景を、泡を吹きそうな顔で見守っている。
「喋る魔獣……。しかもこれほどの魔力……。もしや伝説の厄災獣フェンリルでは……。それを、八歳のリリア様が手懐けておられる……。ああ、やはりリリア様は神の再来か何かで……」
「ハンスさん、仕様確認は後にして。それより、窓の外を見てくれる? 昨夜の『残業』の成果なんだけど」
「は、はい……?」
ハンスさんはふらふらとした足取りで窓際へ向かった。
そして、カーテンを開けた瞬間。
「…………なっ…………えっ…………あ、あれ?」
ハンスさんは何度も目をこすり、窓を三回開け閉めした。
無理もない。昨日まで、そこには石ころと枯れ草しかない「死の荒野」が広がっていたのだ。
それが今や、どうだ。
数十ヘクタールに及ぶ土地は、隅々まで黒々と柔らかい土に耕され、整然とした区画に分けられている。
さらにその間を、まるで幾何学模様のように美しい水路が走り、朝日を浴びてキラキラと輝いている。
それはまさに、現代であれば熟練の農夫が数百人で数年かけて作り上げるような「理想の農場」そのものだった。
「……ゆ、夢だ。私はまだ寝ているんだ……。でなければ、一晩で領地が『楽園』に変わるはずがない……」
「夢じゃないわよ。ちょっと一晩中、魔法でデバッグと環境構築をしただけ。あ、水路の勾配は三次元CAD的な計算を入れたから、排水効率もバッチリよ」
「デバッグ……環境構築……?キャド……?リリア様、一体何を……」
「要するに、気合と根性(不眠不休)よ!」
私が胸を張ると、ハンスさんはついにその場に膝をつき、嗚咽を漏らし始めた。
「ああ……あああ!! リリア様! なんてお労しいことを! この広大な地を一晩で耕すなど、どれほどの血を吐くような努力を……! この隈は! まさに領民のために身を削られた聖女の証……!」
「ハンスさん、だからこれは隈じゃなくて、ただの寝不足……いえ、充実感の現れなんですってば」
ハンスさんの私に対する「聖女」認定がさらに一段階加速した。
でも、まあいい。モチベーションが上がっているなら、次のタスクも振りやすい。
「ハンスさん、泣いている暇はないわ。インフラ(農地)は整ったけど、まだ『アプリケーション(種)』がないの。この領地に合う、高付加価値な作物の種を手に入れたいんだけど、近くに大きな商会はある?」
「しょ、商会……。隣領の『ベリング子爵』の街に、王国有数の商会がありますが……。あそこは、我が家を飲み込もうとしている子爵の息がかかっています。我らが行っても、まともに相手をしてくれるかどうか……」
「あ、そうなの? じゃあ、ちょうどいいわ」
私はクロを肩に乗せ、不敵な笑みを浮かべた。
「向こうが『買収交渉』を仕掛けてくるなら、こっちは『圧倒的な商品力』で市場を独占してやるまでよ。ハンスさん、今日はこれから、街へ『市場調査』に行くわ!」
「お、お嬢様!? お一人で行くなど、あまりに危険です!」
「一人じゃないわ。最強の『セキュリティ担当』もいるしね」
「ふん。まあ、俺の影に隠れていれば、羽虫一匹近づかせないよ。お前は俺の『魔力補給源』だからな」
クロが肩の上で生意気にしっぽを振った。
「そんなに魔力が漏れ出していても大丈夫なのですか?クロ様」
心配そうにハンスさんがクロに尋ねるが、
「魔力操作ぐらい心得てる、だから問題ない」
さすが伝説の厄災獣(自称)!頼もしいな!
一晩で農地を作り、伝説の魔獣をペットにした八歳の幼女。
その噂は、これから瞬く間に領内を、そして王国を駆け抜けることになるのだが。
当の本人は、前世の営業活動(外回り)に向かうような気軽さで、ボロ屋敷の玄関を蹴った。
「(さあ、次の残業……いえ、お仕事の始まりね!)」
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