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転生令嬢、もふもふと前世の社畜スキルで領地改革〜没落領地の立て直しなんてホワイトすぎて余裕です!〜  作者: こうと


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第5話 残業ハイ令嬢、伝説の厄災獣と出会う

異世界に転生して、ちょうど一ヶ月。


 私の生活サイクルは完全に固定された。

 夜十時にハンスさんに「おやすみなさい」を言い、部屋で三時間の急速充電をおこなう。


深夜一時にパチリと目を覚まし、そこから夜明けまでの五時間を、すべて魔法の『デバッグ』と領地の『環境構築』に充てる。


 一ヶ月で積み上げた深夜残業時間は、合計百五十時間。

 前世なら過労死ラインだが、今の私には最強のブースト期間だ。


日が昇っている間も魔法の自主練習には取り組んでいるが、夜中の方がハイなのか魔法の練度が上がるようなそんな感覚に陥る。

前世も夜行性だったしな、とか勝手に納得しておく。


「……よし。回路の伝道速度、一ヶ月前に比べて約三〇〇%アップ。最適化も進んだわね」


 私は暗闇の中で自分の手を見つめた。

 最初は一本の細い光を灯すだけで、指が焼けるような激痛に襲われていた魔法回路。

 けれど、毎朝、毎晩数百、数千回の「破壊と再生」を繰り返した結果、私の回路は今や光ファイバーのように強固でしなやかな魔力の通り道へと進化していた。


「才能がないなら、回数で殴ればいい。……エンジニアの基本よね」


 私は屋敷の裏に広がる、絶望的なまでに荒れ果てた「荒野」の前に立った。

これまでは魔法の錬度を高めるいわば先行投資だ。


これからが私の本当の領地改革だ。


 ルベリット領の食糧難を解決するための第一段階。まずはこの石ころだらけの死んだ土地を、一晩で耕作可能なレベルまで引き上げる。


「デプロイ開始――初級魔法『ライト・マルチスレッド』、および『振動波バイブレーション』、同時並列起動」


 パッ、と指先から数百本の細い光の糸が伸びた。

 一ヶ月前なら一発で気絶していたような多重起動。それを私は、平然とこなせるようになった。


 光の糸は「レーザーカッター」となり、地面に転がる巨大な岩石をサイコロステーキのように細かく切断していく。同時に、足元から地中に流し込んだ魔力が、特定の周波数で土を震わせる。

 ズズズ、と地面が唸る。

 土の中に埋まった石が地表へ弾き出され、カチカチに固まっていた土壌が、まるでケーキのスポンジのようにふっくらと砕けていった。


「あはは、すごい……! 一ヶ月前は一メートル耕すのが限界だったのに、今は百メートル先まで一気に処理できるわ!」


 真っ暗な荒野で、幼い少女が一人、光を振り回しながら地面を激変させていく。

 普通なら恐怖を覚えるような光景だが、私には「進捗管理表」のタスクが次々と塗りつぶされていくような、最高の快感しかなかった。


ごめんなさいハンスさん、地震じゃないから安心して眠ってて。











 二時間。

 深夜残業の集中力は、気づけば領地の景観そのものを書き換えていた。

 屋敷の裏手には、八歳の子供が作ったとは到底思えないほど見事な「田畑の素地」が出来上がっていた。


「……ふぅ。これで一旦、一次開発は完了ね。水源のチェックに行きましょうか」


 私は少し欲が出て、裏の森の入り口まで足を伸ばした。

 一ヶ月間の特訓で身体能力も少し上がっている。深夜の森は魔物の巣窟だというけれど、まぁ大丈夫だろう。


 その時だった。


「…………クゥ、ン…………」


 茂みの奥から、弱々しい鳴き声が聞こえてきた。

 近づいてみると、そこには鋭い鉄製の罠に足を挟まれ、血を流して倒れている「真っ黒な塊」があった。


「あら、ワンちゃん?」


 体長は五十センチほど。全身が漆黒の毛に覆われた、仔犬のような生き物。

 けれど、その瞳は燃えるような金色で、周囲の空気をピリつかせるほどの禍々しい雰囲気を纏っていた。


 普通の人が見れば、即座に「魔物だ!」と叫んで逃げ出すか、武器を構えるだろう。

 後世の歴史家がこの場にいれば、「伝説の災厄獣フェンリルと聖女の邂逅」として震えながら記録したに違いない。


 けれど、月百五十時間の残業ハイ状態にある私の判断は、あまりにも安直だった。


「……魔物? ああ、野生の『マナ消費型クリーチャー』ね」


 私のエンジニアとしての眼は、その仔犬から立ち昇る「魔力の乱れ」だけを捉えていた。

 出血によるエネルギー漏洩。回路のショート。

 死にかけているけれど、その「ハードウェア」のポテンシャルは異常に高い。


「よしよし。魔物なら、魔力を流せばなんとかなるわよね。……というか、魔力って万能のエネルギー源でしょ? とりあえず『リチャージ』してみましょうか」


 私は仔犬の殺気――本人は必死に威嚇しているつもりなのだろうが――を完全に無視して、その小さな体に手を置いた。


「じっとしててね。今、身体を元に戻してあげるから」


 私は一ヶ月間の特訓で磨き上げた「極限の精密魔力操作」を起動した。

 私の魔力を、仔犬の体内に直接流し込む。

 本来、人間と魔物の魔力は拒絶反応を起こすものだ。だが、私の魔力はこの一ヶ月で徹底的に「ノイズ」を削ぎ落とし、どんな環境にも馴染む「純粋なエネルギー」へと磨き上げられていた。


「コネクト成功。……さあ、受け取って。私の蓄積した『一ヶ月分の残業代』よ!」


 ドクン、と仔犬の体が跳ねた。

 仔犬――伝説の災厄獣は、目を見開いて硬直した。

 傷口が瞬時に塞がり、折れていた骨が魔法のような速度で結合していく。それだけではない。流れ込んできた魔力が、仔犬のスカスカだった魔力タンクを、満たしていく。


(……な、なんだこの人間は!? 私が弱ってるとはいえ、こんな人間の幼女が私の魔力タンクを少しでも満たすことができるとは……この魔力、不純物が一切ない……温かくて、底が見えないほど深くて……ッ!!)


 仔犬が震えながら私を見上げる。

 私は罠を「ライト」のレーザーで焼き切り、軽々とその体を抱き上げた。


「よし、致命的なエラーは修正完了。あとは安静が必要ね」


 抱き上げた仔犬の毛並みは、驚くほど柔らかかった。

 そして、その禍々しい魔力のオーラは、私の腕の中で安心しきったように霧散していった。


「決めたわ。あなた、今日から私の相棒兼癒し担当ね。深夜作業って、やっぱり一人だとメンタル削られるから、モフモフした福利厚生が必要だと思ってたの」


 仔犬はもはや抵抗する気力も失ったのか、それとも私の魔力の心地よさに屈したのか、呆然としたまま私の腕に収まっていた。


 東の空がゆっくりと白み始める。

 私は「モフモフの塊」を大事に抱え、一晩で激変した領地を悠然と歩いて屋敷へ戻る。


「さて、ハンスさんが起きる前に、朝食の準備を手伝わなきゃ。お腹空いたでしょ、クロ? ……あ、名前は『クロ』でいいわよね。黒いから」


 安直なネーミングをつけられた伝説の災厄獣が、「キュゥ……」と情けない声を出す。

 一ヶ月の特訓を経て、ついに「相棒」を手に入れた社畜令嬢。

 彼女の「ホワイト(自称)な領地改革」は、ここからさらに加速していくことになる。

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