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ミソサザイの歌  作者: 和泉ユタカ
第二章 〜 煉
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泪君の式神

【其の壱】


 初夏の午下がり。

 ぱたぱたぱた、と廊下を走る軽やかな足音が(るい)の部屋の前で止まった。障子をからりと開けて、煉が部屋を覗き込む。端正な横顔に微かな憂いを浮かばせ、文机の前で腕組みをしていた泪が振り返った。

「兄者、勉強中? 邪魔してごめんね」

「構わないよ。どうしたんだ?」

「今朝ね、川に網を仕掛けておいたからさ、夕飯になりそうなものが掛かってないか見てくるね。夕飯の支度、俺が帰って来るまで待っててくれる?」

「わかった。気をつけて行っておいで。良いものが掛かってるといいな」

 勇んで駆け去っていく弟の足音を聞きながら、再び机に向かう。

「……川か。水の生き物と言えば、やはり魚……」

 泪が紙に筆でさらさらと魚を描き、ふっと息を当てた。と、描いた魚がぴしゃりと跳ねて現れた。

「おっと、こらこら」

 机の上で暴れ、墨を倒しそうになった魚を慌てて掴む。

 泪が捕まえた魚をつくづく眺めた。魚はすぐに大人しくなり、やがて苦しそうに口をぱくぱくと開け閉めし始めた。

「あぁ、やはり魚なだけに……」

 少し考えてから、指先ですいっと丸い輪を描くと、宙に人の頭ほどの大きさの水の珠が浮かびあがった。珠の中に魚を入れてやると、魚がほっとしたように泳ぎだした。

「ふむ」

 さらに幾つか水の珠を創り、それぞれに一匹づつ魚を入れた。畳に寝転がって宙に浮かぶ水の珠を眺める。泪が珠を動かせば魚は珠について移動するが、自ら珠を動かしたり珠の外に出る気は無いらしい。開いた障子からそよそよと初夏の風がはいり、珠が涼しげに煌めき揺れる。

「これは……」寝転がったまま思わず呟く。「式神としては全く役に立ちそうにないが、夏には涼しげで中々風流だなぁ」


 最近水の術師として覚醒した泪は、己の力に合った式神を考案中なのだ。ひとえに面使いと言っても、力の強弱からその種類、得手不得手まで様々である。面を貰い受けた面使いは皆、普通の人間とは比べようもない強い霊気を持っている。その中でもごく稀に泪や煉のように霊気に水や炎などの属性を持つ者が現れ、その属性に適した術においては他に並ぶ者のない使い手となる。しかし属性の不便なのは式神を選ぶところだ。普通の霊気であればどんな式神でも使えるのに、何故か霊気に属性があると、その属性に合ったモノでなければ使い辛い。泪の式神も、以前使っていたモノは皆使い物にならなくなった。


「ごめんくださーい」

 水の珠の浮く部屋で少しうとうとしていると、表で人の声がした。煉が家にいない事を思い出し、慌てて起きて表に出る。双子の従姉妹の桜と椿が午後の日差しの中、大きな風呂敷包みを抱えて立っていた。

「叔父様達に以前頼まれた薬草と香が手に入ったので持ってきたの」

「それから煉ちゃんに、少しだけどお菓子のお裾分け」

「暑いのにわざわざ済まなかったね。冷たいものでも用意するから、良かったら上がってくれ」

 おっとりとした桜と少々気が強いがハキハキした椿は、泪にとっても可愛い妹のようなものだ。三人であれやこれやと歓談しているうちに陽も西に傾き始め、どこからともなく魚を焼く芳ばしい匂いが漂ってきた。

「あら、もうこんな時間。そろそろお暇しなくちゃ」

「泪兄様、今度お暇な時に、陰陽術を教えて頂戴ね」

 二人を表まで送って出た泪が辺りを見回した。どうやら魚の煙は家の裏から漂ってくるようだ。煉の奴、いつの間に帰ってきたのだろう。

 裏にまわろうとした矢先、表の道から煉がパタパタと走って帰ってきた。

「ただいま~」

 背中に紐でくくった魚をどっさり背負っている。

「あれ?」煉が鼻をひくつかせた。「兄者、もう夕飯の支度始めちゃったの?」

「?」

 数秒の間、ぼんやりと煉を見つめていた泪が、突如はっとした表情で家を振り返った。

「ま、まさか……!」

 泪が家の裏に駆けつけると、父がのんびりと七輪で魚を焼いていた。

「……父上、一体何を……」

「おう、泪。桜と椿はもう帰ったのか?」

 父が泪を振り返り、ニコニコした。

「いやなに、腹が減ったんで、お前に夕飯の催促をしようとしたんだが、楽しげな若者の団欒の邪魔をするのもなんだと思ってな。仕方無いから食い物を探してウロついていたら、お前の部屋でこれを見つけた」

 呆然とする泪の目の前で、父が焼き上がった魚をむしゃむしゃと食べながら機嫌良さげに笑った。


「これぞ夏の風物。やはり初物の鮎は最高だな」



【其の弐】


 翌日の早朝。村の道場で泪が同い年の従兄弟の伊吹(いぶき)と手合せしていた。道場の窓辺には(からす)がとまり、のんびりと二人を眺めている。泪の技の切れ味に伊吹が舌を巻いた。

「また一段と腕を上げたなぁ。悔しいが、お前とは差がつくばかりだ」

 泪が浮かぬ顔で溜息をつくと額の汗を拭う。

「そんなことないさ。お前はいいよ。なんたって風使いだもの」

 伊吹が不思議そうに首を傾げた。

「しかしお前の得意とする陰陽術や方術では風より水の方が使い易いだろう? 今だって俺はお前にやられっ放しだったじゃないか」

「いや、俺はお前が羨ましい。なんと言っても風は爽やかだ。初夏の薫風にしろ、吹き荒ぶ野分にしろ、風というものは実に良い」

「は?」力説する泪に伊吹が目を白黒させる。「いや、でも水というのは、実にお前の水っぽいというか湿っぽい性格にあっていると思うが……」

 泪がじろりと伊吹を睨む。

「一体それはどういう意味だ?」

 と、窓辺で二人の遣り取りを眺めていた鴉が低く喉を鳴らして嗤った。

「泪、お前が羨ましいのは伊吹の式だろうが」

「式?」

「うむ」首を傾げる伊吹に鴉が頷く。「泪は最近式創りに悩んでいる。水の術師として覚醒してから、以前使っていた式が使い物にならなくなったからな」

「あぁ、霊気に属性があると、それに見合った式神でないと使いづらくなるからな。水のモノというと、やはり魚などが良いのでないか?」

 伊吹の提案に泪が首を横に振った。

「魚は駄目だ。昨日試しに創ってみたが、初物の鮎と間違えられて親父に喰われた。第一、魚など、陸では使いにくい」

「しかし、大山椒魚でもイモリでも蛙でも、水の性を持ち陸に棲むモノは幾らでもいるではないか」

「……お前のように恵まれた奴には俺の悩みはわからん」

 泪が溜息をつくと、羨ましげに伊吹の後ろに控える式神を見た。金色の瞳を持った凛々しい鷹の尾羽が、朝陽に艶やかに光る。

「そうそう、式神といえば、俺も最近新しいのを手に入れた」

 伊吹が嬉しげに懐から竹筒を出すと、中から目付きの悪いイタチのようなモノが飛び出し、泪に向かって唸りながら牙を剥いた。

「な、なんだそれは?」

 引き気味の泪に向かって伊吹が得意げに笑う。

鎌鼬(かまいたち)だ。風使いの式神にはぴったりだろう? 前々から目を付けていたんだが、こいつら結構すばしっこくてさ。煉に罠を仕掛けて貰ってやっと捕まえたんだ。どうだ、良いだろう?」

 自慢気な伊吹から泪がげんなりした顔で目を逸らした。

「鎌鼬など全然羨ましくない。そんなもの、さっさと仕舞え」

「わからん奴だなあ……」

 不満気に口を尖らす伊吹を見て鴉が嗤った。

「伊吹よ、物の怪嫌いの泪がそんなモノ羨ましがるわけなかろう」

 伊吹が飽きれたように溜息をついた。

「泪、式神なんぞ、使えればなんでもいいだろう。選り好みするな」

 鴉がニヤつきながら伊吹に加勢する。

「伊吹の言う通りだ。泪、お前は色々と神経質過ぎるぞ」

「さっさと絵に好きなモノを描いて式神くらい創れ。それが出来んなら、煉に水蛇でも蛙でも捕まえてきてもらえ」

「そうだそうだ」

「俺は!」

 突如泪がキレ気味に怒鳴った。

「俺はね! もふもふ及びふわふわの生き物が好きなの! ぬるぬるとかねっちょりとかは嫌なの!」 泪の肩がふるふると震える。「なのに! 絵に描こうが捕まえてこようが、水に棲むモノは、まるで嫌がらせのようにどいつもこいつも……」


 伊吹と鴉の大爆笑が道場に響いた。



【其の参】


 数日後。泪が外から戻ってくると、内庭で何やら楽しげな人の笑い声がする。庭を覗くと、伊吹、煉、じじ様、父上、それに鴉が縁側に腰掛け井戸で冷やした瓜を食べていた。

「おう、泪か、噂をすれば何とやら」

「は?」

 じじ様が泪の顔を見て何やらにやにやしている。キモチのワルイじいさんだ。このヒトがこんな顔で俺に近付く時は、碌でもないことを思いついた時と決まっている。

「おぬし、毛の生えとらん式神は嫌じゃと伊吹と鴉に泣きついたそうじゃな」

 泪が軽く舌打ちした。ちっ、伊吹め、また余計な事を……。しかしここで狼狽えるわけにはいかぬ。泪が平静を装ってじじ様を見返した。

「そんな事で泣くわけないでしょう。私は見目の悪い式神は好まぬと申しただけです」ちらりとじじ様の輝く頭部に目を遣る。「……まぁ、毛の薄いモノを目にすると何故か数々のおぞましい記憶が蘇るので、出来れば遠慮したいのは確かですがね」

 泪の嫌味など全く意に介さぬじじ様が楽しげに笑った。

「泪よ、妖魔も水辺のモノも嫌なら、ヒト型の式神を使えば良いではないか」

 じじ様の言葉に泪が考え込んだ。ふむ、それも一理あるな。


 式神の作り方は大きく分けて四つある。


 ひとつ。術者が紙に絵を描き、それに己の息を吹き込んだもの。これは姿形など術者の想像によるためかなり自由が効くが、術者にある程度の画才が無いと、出来た式神も歪で覚束無いものとなる。また式神の強弱は術者の力に比例するため、術者が力を失うと式神も消えてしまう。

 じじ様の式神の殆どはこの方法で作られている。じじ様の多大な霊力 (泪曰く妖力)で作られた式神は強力で、その姿はじじ様のセンスを反映して、実に “蟲” としか言いようのないオリジナリティーに溢れたモノが多い。夜中にじじ様の後ろを式神達がぞろぞろとついて歩く光景は、泪にはさながら百鬼夜行か悪夢にしかみえない。


 ふたつ。生きた動植物に術者が自分の力を分け与えて式神とするもの。この方法で作られた式神は、真面目で大人しく、身の廻りの世話などに使いやすいものが多いが、動物の種類によってはあまり戦いなどには向かない。例えば、虎ならまだしも、兎などでは如何に式神と言えども妖魔相手に尻込みしてしまう。しかし、長年使った式神は元はただの動物でも、齢と共に霊力を帯び知能も発達し、大事に使えば使うほど良い式神となる。ちなみに死んだ動物を式神として使うのは真っ当な術者の間では御法度。


 みっつ。術者が捕らえた鬼・妖の類いを力で抑えつけて式神として従わせるもの。鬼の力が強ければ強い程に戦闘向きの式神となる。ただし無理矢理式神化された鬼共は内心腹に据え兼ねていることが多く、術者が力を失い式神化が解除されると、ここぞとばかりに仕返しをしてくることもあるので要注意。父の式神の殆どはこの方法で作られている。しかし陽気で磊落な性格のせいか、荒ぶる鬼共もこの男には結構懐いているようだ。


 そして、四つ。ヒト型の式神である。


 ヒト型の式神は基本的に絵に描くものと似ているが、作り方は少し異なる。泪が懐から取り出した和紙を小刀でヒト型に切ると、それを縦にふたつに折り、折り目に自分の髪を一筋挟んでふっと息を吹きかけた。と、淡い水色の水干(すいかん)を着た一尺程のヒト型の式神が現れた。


「お、流石泪の式神だけあるな。中々の優男風だ」伊吹が感心した声を上げた。

「うん、兄者に似てて、なんか綺麗だね」兄好きの煉がうっとりとする。

「ヒト型の式神は作った術者に似るからな」父がふむふむと頷いた。

 確かに式神の涼やかな目元や細面の顔立ちはどこか泪に似て、凛々しく美しい。

「そうでもないさ」などと言う泪も満更でもなさそうだ。と、鴉が首を傾げた。

「でも、こいつ、こんなに大人しそうで、鬼相手に役に立つのか? おい、じーさん、ナンゾけしかけてみろ」

「そうじゃの」と言ってじじ様が頷くと、懐から出した短冊にさらさらと何か描いて息を吹きかけた。と、式神の倍はありそうな毒蜘蛛が現れた。

「よし行け!」

 じじ様が妙に嬉しげに毒蜘蛛を泪の式神にけしかける。

「いくらなんでも、それは余りに悪趣味では……」と泪が止めかけた矢先、突如式神の頭が数倍の大きさに膨らみ、毒蜘蛛の頭に噛みついた。あっという間に鋭い牙で毒蜘蛛の頭を引き千切り、びくびくとのたうつ蜘蛛を捕まえ、むしゃむしゃと喰い始める。全員が息を呑んで見守る中、綺麗に毒蜘蛛を平らげ、喰い尽くすと同時に式神の頭が元の大きさに戻った。式神が何事も無かったかのように、泪に似た涼やかな瞳で呆然としている人々を見上げ、べったりと血のついた口許で優しげに微笑んだ。

(こ、こわい……)


 鴉:(ヒト型の式神とは術者の本性を具現化するモノらしいな。)

 伊吹:(これはもう、似てる似てない以前の問題だろう。)

 煉:(こんなのがいたら、兄者が二人いるみたいで気が休まる時がないかも……)

 父:(こいつは小言も泪並に多いのだろうか。だとすると、うるさくて仕方あるまいて。)


 ひっひっひっ。凍りついた部屋の沈黙をじじ様の嗤いが破った。

「これは中々の上物じゃな。術者本人より頼り甲斐があるのではないか?」

 泪が無言でじじ様を睨むのを見て、父が慌てて取りなす。

「いや、まぁ、何と言うか、その、泪に似て中々骨のある式神と言うか……」

「骨あり過ぎでしょう?! コレの一体どこが私に似ているというのですか?! 冗談も休み休み言ってくださいっ」

 泪が舌打ちと共に解除の術を使い、式神がただの紙に戻った。それを見て、じじ様以外の全員が露骨にほっとした表情を浮かべる。

「使わないの?」と煉が尋ねると、泪が忌々しげに紙を破きつつ首を横に振った。

「コレでは鬼を使役するのと変わらないからな。いや、ヒトの姿の分、何やら不気味で鬼よりタチが悪い」

「なんじゃ、己の影に怯えるような奴じゃな」

「放っておいて下さいっ! 己の式神は己で決めますゆえ、しばらく私に構わないで下さいっ」

 機嫌を損ねた泪が縁側を立ち、ぴしゃりと障子を閉めて自分の部屋に引き籠った。



【其の四】


 さて、不貞腐れて部屋にこもってはみたものの、一向に良い考えも浮かばぬ。式神とは面使いにとっては必要不可欠のモノ。式神なしでは不便で仕方ない。身の廻りの世話から、ちょっとした用事、術者同士の連絡手段、結界内の見張りから戦闘まで、式神は多くをこなす。式神を持たぬ面使いなど、煉だけだ。しかしアイツの場合、何かと言うと周囲の物の怪やら獣やらが、あれやこれやと世話を焼き、手助けしている。つまり今の泪ほど不自由している面使いは他にいないのだ。

 悔しいが、己にじじ様ほどの創造力と画才があればヌメリケ無き水のモノも創れよう。しかしそんなモノは想像できぬ。たとえ思いついたとしても泪の画才では覚束無い。泪は非常に真面目で修行熱心だが、此の世には努力ではまま成らぬモノもあるのだ。

「あぁ……」

 畳に寝転がって天井を眺めているうちに、うとうとし始めた。


 夜更け。どれ程の間寝入っていたのか。ほとほとほと、と障子を叩くモノがいる。眼をこすりながら行灯に火をいれ、「入れ」と外に声をかけた。障子が細く開き、その隙間から幾つかの小さな影がそろそろと入ってきた。

 猫を一回り大きくした程の獣が泪の前で深々と平伏する。

「畏れながら、泪殿が式と成るモノをお探しと聞き及び……」

 歳を経た(かわうそ)であろうか。物の怪とまではいかないまでも、人語を喋ることができるらしい。柔らかな毛皮にふさふさの尻尾、丸い眼にも中々愛嬌がある。

(なるほど、水に親しいモノか。煉の奴……)

 獺の背後には、白鷺(しらさぎ)翡翠(かわせみ)、やませみ等、見目麗しい水辺の鳥がいる。煉にしては趣味が良い。それから翡翠の背後の暗闇で何やらきらきらと輝くモノ。あれは何だろう。


「こちらとしては有難い申し出、しかし式神と相成れば生き物としての自由もきかなくなる。お前達、煉の知合いだろう? あいつに義理立てして無理をしているのではないか?」

 獺が慌てて首を振る。

「いえいえ、煉殿からは何も……」嘘だ。煉は己の口利きでは兄が気分を害するのではと、気を使っているのだろう。

「泪殿の御人徳はかねがね聞き及んでおりまする。義を重んじ、弱きに優しく、清廉潔白なお人柄とか」

「イヤイヤそれ程でも……」泪が思わず口許を緩めた。

「また雇用の暁には衣食住の保証、手柄への特別報酬、盆と大晦日、正月三ヶ日は休み、休み時の緊急出仕の場合は残業手当付きと聞き申した」

「……あ、そう」煉の奴、一体どこの世に式神に休みを呉れてやる術師がいるというのか。しかし背に腹は代えられぬ。

「では、その条件で良いなら盟約を結びたい」


 泪が次々と式神の盟約を結んでゆく。最後に、翡翠の背後の暗闇からきらきらしたモノがするすると近寄ってきた。真近に見たその姿に思わず息を呑む。

(これは水蛇……)

 盟約の術を結ぶ手を止めた泪を水蛇が光る眼でじっと見た。

「泪殿はぬめるモノが苦手だとか」蛇が低い声で泪に話しかける。ヒトのみならず、獣の間にまで噂になっているのか。やや憮然とする。

「毛皮は無くとも、蛇の皮にぬめりなどありませぬ。お手を触れて御覧じれ」絶対いやだ。後退りする泪を見て、獺が気がかりそうに声をかけた。

「水蛇は水ノ神の眷族、泪殿の力を受けるのにこれほど適したモノはないかと存じまするが」

 そうなのだ。だから水は嫌なのだ。

「この水蛇は見目形も麗しく、これなら泪殿もお気に召すかと……」

 白銀にうねる鱗、紅く妖しく光る眼。如何にも煉が好みそうな容姿だ。やはりアイツとは趣味が合わぬ。しかし弟の心遣いを無下にするのも些か気が引ける。目を瞑り、恐る恐る手を触れてみた。見た目はともかく、ひんやりとした鱗は意外にさらりとしている。仕方が無い。全自動の光る紐だと思うことにする。


 全てのモノと、無事盟約を結んだ。これで明日からは雑事も捗り、修行にも打ち込める。障子を開け、庭に出て月を眺めながら伸びをした。と、柱の陰からそっと此方を窺う気配がする。

「煉……」影がぴくりと動いた。

「ありがとう。助かったよ」


 軽やかに廊下を走り去る足音を聞きつつ、泪が自室に戻った。


(END)

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