人魚姫(一)
みな人をおなじ心になしはてて 思ふ思はぬ なからましかば(和泉式部)
プロローグ
「……これあげる」
あれは誰だったのだろう。
「……まで、大事に……」
紅い着物を着た女の子に、水晶の欠片のように透明な飴玉を貰った。氷砂糖に似て仄かに甘いそれは、ほんのりと薄紅色に染まり、舌に乗せるととろりと溶けて、桜の蜜のように薫った。
美味しいと褒めると、紅い着物の女の子はニィッと笑い、もうひとつ飴玉をくれた。それは秋の陽射しを集めたような薄い黄色で、口に入れると梨のように爽やかで瑞々しい香りが弾けた。
1
「……ミ。ナルミ」
柔らかで生温かいモノが顔を踏んだ。むぐぐ、と呻って鳴海が布団に潜り込んだ途端に針のように鋭い歯が足に突き刺さった。
「イタッ! ってちょっと朝っぱらからやめてよ!」
続く猫キックに盛大な悲鳴を上げて飛び起き、足を振り回す。
「あんたがサッサと起きないからでしょ」
ベッドの下に飛び降りた三毛猫が前脚を伸ばし、尻を上げて優雅に伸びをする。顔を洗おうと洗面所に向かう鳴海の足の間を八の字に歩き回る三毛猫に躓きそうになり、鳴海が顔を顰めた。
「もうミケってば、危ないなぁ」
「早くしてよ。あたし、お腹が空いてるの」
「お腹空いてるって、朝ゴハンはお母さんに貰ったんでしょ?」
「コリコリは嫌なの! 缶詰が欲しいの!」
「缶詰は歯が汚くなるからダメだって、獣医さんが言ってたじゃん。毎日歯磨きするならいいけど……」
歯磨きと聞いた途端にミケがツンと顔を上げて鼻を鳴らす。
「あんなヤブ医者に何がわかる」
「ヤブ医者って失礼だなぁ。そもそもミケ、最近太り気味だよ? 缶詰なんかより少し運動しないと」
屈んで腕を伸ばし、足元の猫の腹肉をたぽたぽと揺らした途端に怒った猫が手に噛みついた。
「イタタタッ! ちょっと痛いってば!」
廊下で騒いでいるとダイニングルームの戸が開き、弟の拓海が顔を覗かせた。
「姉ちゃん、朝から元気だね。でも早くしないと、また学校遅れるよ? 姉ちゃんはただでさえ寄り道が多いんだからさぁ」
「べ、別に寄り道なんかしてないわよ」
「うん、でもしょっちゅう道端でぼんやりしてたり、なんかブツブツ独りで喋ってたりするじゃん」
「独りで喋ってなんか……」
「あのさ、俺は姉ちゃんの独り言には慣れてるからいいけど、中学では結構有名だったからね」
「……知ってるわよ。根暗で不気味なオンナで悪かったわね」
「いきなり拗ねるなよ。ってか、根暗で不気味とか誰も言ってないじゃん」
弟の屈託無い笑顔に憮然としつつ、パンにジャムを塗る。
「ま、俺は姉ちゃんの味方だし。姉ちゃんが夜中に暗がりでブツブツ言ってても気にならないし」
「……味方って言うなら、家に変な動物を持ち込むのやめてくれない? 食い意地の張った野良猫とかさ」
舌舐めずりして甘いジャムパンに首を伸ばす三毛猫を膝から押しのける。
「え? だって姉ちゃんは動物好きじゃん」
「別に特に好きってわけじゃ……」
「ああ、そうだね」笑いながら拓海が立ち上がった。「姉ちゃんが動物好きってわけじゃなくて、動物が姉ちゃんを好きなんだよね」
「……人間以外の動物はね」
一足先に家を出て行く弟を見送りつつ、鳴海がぽつりと呟いて肩を竦めた。
2
ウロウロしている内に七時二十分を過ぎた。鳴海が通う高校は家から徒歩と電車で四十分程のところにあるが、拓海の言う通り、鳴海は四十分で学校に着いた試しはない。口の中の食べ物を紅茶で流し込み、歯を磨いて適当に髪をゴムで結ぶ。ゴムの色は黒。もちろん化粧なんてしない。中学生の拓海の方が余程オシャレだろう。
朝食の皿に残っていたソーセージとパンの耳をビニール袋に放り込み、鞄を掴んで靴を履こうと屈んだ途端に、「これはこれは鳴海殿、お早う御座います」と頭上から妙に早口で金属質な声が降ってきた。
「お早うと言っても今日もまた一段と遅いようですな。やはり拓海殿とは貫禄が違いますな。重役出勤とか言うヤツですかな」
舌打ちと共に顔を上げ、水槽のガラス越しにこちらを眺めている亀にパンの耳を一切れくれてやる。
「ぱんの耳ですか。ぱんの耳と言うモノは中々美味ですな。しかしワタクシ、最近メタボなるモノが気になっておりまして、炭水化物の摂取は控えようかと思っておるのです。しからばぱんの耳よりも、厚めに削った鰹節なんぞを所望したいのでありますが」
鰹節なんぞ悠長に削っている暇はない。そんな事をしていたら完全に遅刻だ。
「今時間ないから、学校から帰ってきてからね……って言うか、そんな事は拓海に頼んでよ。あんたは拓海の亀なんだからさ!」
「しかしですな、拓海殿は残念ながらワタクシの言葉を解しませぬ。以前はしばしば公園のお供として外出に連れて行って頂きましたが、最近はとんと音沙汰がありませぬな。最後に家の外に出てから二千飛んで三十六日程になりますかな。そう、あれは麗らかな春のある日、小学四年生だった拓海殿のお供として、満開の桜の花見に参りました。麗かな陽の光が甲羅を暖め、ハラハラと散る薄紅色の花弁が風を染め……」
「わかったわかった! たまにはあんたと散歩に行くように拓海に言っとくから!」
滔々と語り出した亀を慌てて遮る。亀がこんなにお喋りな生き物だとは思ってもみなかった。こんな事なら、小学生だった弟が亀を飼いたいと言い出した時に猛反対しておけば良かったと、今更ながらに悔やまれる。
「それはそれはかたじけない。ついでと言ってはナンですが、鰹節の事もお忘れ無いようお願い致しまする。それからですな……」
まだ何か言いかける亀を無視して玄関を飛び出す。
「よう、鳴海!」
玄関を出た途端に、門灯に止まっていたカラスが嬉しげにバサバサと羽ばたいた。鳴海が無言で投げたソーセージを空中キャッチして、そのまま一飲みにする。肩に舞い降りようとしたカラスを邪険に振り払うと、カラスが驚いたように黒い眼をパチパチと瞬かせた。
「なんだ、今朝はやけに機嫌が悪いじゃないか」
「だってクロってば、昨日私の肩でフンしたじゃない!」
「……何のことだか」
塀に止まり、鳴海から目を逸らして空を眺めるカラスを睨みつける。
「とぼけないでよ! クロってばサイテー!」
肩から背中の中程までペンキでも垂らしたかのようにベットリと白く汚れた制服を洗面所の鏡で見た時の衝撃。カラスの糞、許すまじ。
「なんだフンくらい、お前だってするだろう。出物腫れ物所嫌わず、だ」
「私は他人の肩をトイレ代わりに使ったりしないわよ!」
視線を感じて振り返ると、箒を手にしたお向かいの小母さんが慌てて目を背けた。あぁ、これでまた「朝っぱらからカラスと会話している変な女子高生」って議題で井戸端会議に名前が挙がるな。祖母が御近所さんに懸命に言い訳している姿を想像し、頭が痛くなる。離婚した娘が子供二人を連れて出戻ってきたってだけでも噂になりやすいのに、その子供が奇行に走るようでは祖母も肩身が狭いだろう。気をつけなければ……ってかこのカラス、本当にウザイな!
カラスを肩から払いのけるのを諦め、通学路の途中にある公園に駆け込む。市民の森だか何だかって言う名前だけあって、街中の公園にしては広々として大きな樹も多く、風が爽やかだ。
「ナルミ! ナルミ!」
「ナルミ、オッハヨ〜」
「ナルミちゃ〜ん」
無数のナルミコールの中、千切ったパンの耳を撒く。騒がしい歓声と共に雀や鳩が地面に舞い降りる。
『野良猫に餌をやらないで下さい』と書かれた看板を横目でチラリと眺めつつ、辺りに人の目が無いことを確かめ、ベンチの下に置かれたプラスチックの皿に猫の餌を素早く盛る。
「いつも済まないねぇ」
「大したことじゃないし、気にしないで」
喉を鳴らして擦り寄ってきた白黒のブチ猫をひと撫でして、駅へ向かって駆け出す。あぁ、今日も遅刻ギリギリだ。
3
帰宅部は暇だ。
朝っぱらから走り過ぎたせいか、今日は一日中脱力気味だった。放課後になっても真っ直ぐ家に帰る気もせず、かと言って独りで街をぶらつくほどの元気もなく、鳴海は校庭の隅でベンチに腰掛けてぼんやりと空を見上げた。
目を瞑ると、校舎に残る生徒達のざわめきがより鮮明になる。笑い声、運動部の掛け声、鋭い笛の音。風に微かに香るカルキの匂いは、校舎の屋上にある水泳部のプールだろうか。その懐かしい匂いに胸の奥が微かに騒めく。そして何処からともなく聞こえてくる勇ましい軍隊マーチと微かな悲鳴――
……ん? 悲鳴?
慌ててベンチの下を覗き込む。そこには規律正しく列をなす蟻の群れと、蟻に襲われて今まさに運び去られようとする緑色の芋虫の姿があった。甲高い悲鳴を上げ、逃れようと必死に身悶えする芋虫と彼に集る無数の蟻達の戦いは、自然の掟とは言え、見ていてあまり面白いモノではない。鳴海が眉をひそめて舌打ちした。
「ヤメロォォォ! オイラはまだ恋を知らないんだーッ」
そりゃそうでしょうよ。アンタまだ幼虫だもん。
「はなせぇぇ! オイラなんか食ってもウマくなんかないぞーッ」
いかにもジューシーで柔らかそうな腹肉をよじらせつつ、芋虫が喚く。
「オイラは! あの青い空を飛ぶ夢を叶えるまでは! 死ぬわけにはイカンのだーッ」
ああ、分かったよもうウルサイナ。再び舌打ちすると、鳴海が嘗めていた飴を吐き出し、蟻の群れの真ん中にコロリと落とした。そして蟻達が飴に気を取られた隙に芋虫をつまみ、しつこく噛みついていた数匹の蟻を傷付けないように飴のそばにそっと払い落とす。
「ナンダ?! ナニが起こったんだ?! あの黒いヤツらはどこにいったんだ?!」
混乱している芋虫をそっと花壇の葉の上に置いてやる。
「ほら、黒いヤツらに見つかる前に早く逃げな」
蝶になればまた別なのだが、多くの幼虫達は「幼い虫」と言うだけあって、人間のなんたるかが理解出来ていない。だからこの芋虫も、自分の窮地を救ったのがまさか人間だとは思ってもみないのだろう。
「ナンダ? ナンダ? 葉っぱだ! 葉っぱだぞ! ハラが減ったぞ!」
黒いヤツらによる襲撃など一瞬にして忘れ、ワシワシと緑の葉を食べ始める芋虫の姿に苦笑が漏れた。とりあえずコイツには心的外傷の心配は無用らしい。単純であることは時として天の恵み。羨ましいことだ。
ほっとしたのも束の間、足元からやけに陽気な歌声が聞こえてきた。慌てて地面を歩き回る黒いヤツらを観察する。いくら言葉が理解出来ると言っても、蟻なんざ鳴海にだってどれも同じに見える。しかし足元の蟻達には、軍隊マーチを歌うモノと、ハイホーハイホーと軽妙なリズムに乗って体を動かしているモノがいる。これはつまり、同じ種類でも違う巣に住む蟻達なのだろう。巣が違えば蟻のカルチャーも違ってくる。このまま放っておけば彼等の衝突は必須。無駄な死闘が繰り広げられる様を想像してウンザリする。
「仕方無いなぁ、もう」
溜息と共に鞄から新しい飴を取り出してハイホー隊の真ん中に落としてやる。そして二つのグループの間に拾った小枝で溝を掘る。こんな事をしても蟻ならこんな溝くらい十秒足らずで渡るだろうから、あんまり意味は無いんだけどね。まぁ気休め程度にはなるだろう。
突如天から降って湧いた飴に狂喜する蟻達の歌声にぼんやりと耳を傾けていると、いつもの疑問がむくむくと頭をもたげた。自分は一体いつから生き物の言葉が解るようになったのだろう。生まれた時から彼らの声が聞こえていたのか、それともある日突然解るようになったのか、どうしても思い出せない。ちなみに哺乳類、爬虫類、両生類、そして蝶や蜘蛛、ムカデなど一般的な虫の言葉は解るが、魚や貝の言葉は解らない。それは彼らが単に無口な生き物だからなのか、それとも普通の人間に蟻や芋虫の声が聞こえないように、鳴海に魚の言葉が聞こえないだけなのか、それすらよく解らない。
ふと視線を感じて顔を上げると、見知らぬ男子学生が呆然と鳴海の手元を見つめていた。目が合った途端にそそくさと逃げるように立ち去る少年の背中を見送りつつ、思わず嘆息を漏らす。独りでブツブツと何やら呟きつつ、芋虫を手掴みし、蟻と遊ぶオンナ……キモイって思われただろうな。
高校入学から一ヶ月。学校周辺ではなるべく人外生物達とは喋らないように気を付けてきたつもりだが、やはりボロが出る。だって聞こえちゃうものは仕方無いじゃない。私だって聞きたくて聞いてるわけじゃないよ――
笑いさざめきながら目の前を通り過ぎてゆく、同じ制服を着た少年少女達。彼等のうち、一体幾人が動物や虫の言葉を理解しているのだろう。やはりそんな人間は自分だけなのか。それとも本当は聞こえているのに聞こえない振りをして、上手くヒトの間に溶け込んでいるのだろうか。
逃げる様に足早に去っていった少年の目を思い浮かべる。
寂しくなんかない。
切なくなんかない。
怖くなんかない。
自分が他人と違っていることで気味悪がられることには慣れている。しかしそれを理由に虐められるようなことは恐らく無いだろう。中学時代、友達もいなくてクラスで浮いていた鳴海を、生意気だとか言うワケの分からない理由で校舎の裏に呼び出した女生徒達を思い出し、ふと口許を歪めた。
話し掛けても無視するとか、靴に画鋲を入れるとか、うっかりした振りをしてトイレ掃除用のバケツの水を浴びせるとか、そんなクラシックな校舎内の嫌がらせで済ませておけば良かったのだ。そうすれば、彼女達の受ける報復は精々弁当箱からムカデが這い出てきたり、教科書をネズミに囓られたり、体操着にゴキブリが卵を産みつける程度で済んだ筈だったのに。校舎外に話を持ち出したりするから、必要以上に大事になったのだ。
ひと気の無い暗く湿った校舎裏で鳴海を囲んだ女生徒達は、口々に生意気だとか臭いだとかムカつくだとか、そんな意味の無い罵詈雑言を鳴海に浴びせかけた。その背後では、だらしなく制服を着崩した見知らぬ男子学生達がニヤニヤと笑っている。
幼い頃から友達と言える友達も無く、クラスでも何と無く無視されたり軽い嫌がらせを受けるのが当たり前だった。しかしこんな風に面と向かって大勢に囲まれたのは初めての経験で、鳴海もどう反応すれば良いのか解らず半ば呆然としていた。けれども頭の隅がどこか一点酷く冷めていて、自分が置かれた状況を冷静に分析していた。
そこに立っているのは誰でも良かったのだ。鳴海である必要はなかった。彼女達はきっと自分の意のままにならない世界にウンザリとしていて、その鬱屈をぶつける格好のターゲットとして『普通じゃない』鳴海を選んだだけなのだろう。
「なんとか言えよ!」
たかが十四〜五の少女から出たとは思えないドスの効いた声音でリーダー格の女生徒が鳴海を突き飛ばした時だった。
「……オイコラ、てめえら何してやがる?」
殺気立った低い声が空気を震わせた。我に返って辺りを見回した鳴海は、思わずギョッとして息を呑んだ。頭上の木の枝が無数のカラスの重みに今にも折れそうに撓んでいる。それだけではない。校舎の屋根、塀、電柱にカラスや鳩、雀が隙間なく止まり、鳴海達を見下ろしていた。集まって来たのは鳥達だけではない。猫やネズミ、蛇、切れた鎖を引きずった犬までもがいつの間にやら鳴海達を取り囲み、瞬き一つしない冷たい眼でジッと少年少女達を見つめている。
「前々からナルミに嫌がらせしてるってのは、アンタ達かい?」
ンマオ〜と金色の眼を光らせた猫が無気味な鳴き声を上げる。
「ナルミに手出しして、タダで済むと思ってるのか?」
グルルルル、と犬が低く唸った。
「な、なにこれ……?」
鳴海を突き飛ばした少女が血の気の引いた顔で一歩後退った瞬間、一際大きなカラスが戦闘機よろしく少女の顔目掛けてダイブした。よろめいて地面に尻餅をついた少女の顔から鮮血が噴き出すのを見て、少女達が一斉に甲高い悲鳴を上げた。
殺せ!とカラスが喚いた。
殺せ!と猫が叫ぶ。
泣き叫びながら逃げ惑う人間に、血の匂いに狂った動物達が情け容赦なく襲いかかる。ヒッチコックの『鳥』もかくやと言うような壮絶な光景の中、鳴海は声の限りに喚き、必死で動物達を止めようとした。とりあえず死人だけは出してはならないと、咄嗟の判断で犬の鎖は死守したが、結果は惨憺たるものだった。
その場にいた少年少女達は手足を裂かれ、顔に一生残る傷を負い、一人は失明したらしい。夕方のニュースに出る程の大騒ぎになったが、一体どうして動物達が突如狂ったように『罪の無い』中学生達に襲いかかったのか、真相は分からずじまいのまま有耶無耶にされた。何が起こったのか知っているのは鳴海だけだ。
「変なウィルスに感染してたのかなぁ。新しい生物兵器だったりして」
「怖いわねぇ。これって鳴海の中学の同級生だったんでしょう?」
「うん……でも、あんまり話したこととかない子達だったから。違うクラスの子もいたし」
鳴海を心配する優しい家族と共に温かな夕食のテーブルを囲み、カラスに襲われた少女が失明したと悲痛な表情で語るニュースキャスターの造り物じみた顔を冷たい目で見つめる。
言葉が通じたから動物達は鳴海を助けようとした。言葉が通じたのに、鳴海は彼等を止めることが出来なかった。当たり前だ。言葉が通じる程度で諍いが収まるなら、此の世に戦争なんて単語は存在しないだろう。
自分にこんな『能力』さえなければ、自分が『普通』であったならば、誰も傷つかずに済んだのであろうか。言葉の壁と聞くたびに、鳴海は笑い出したくなる。言葉は鳴海を独りぼっちにする。無数の言葉が溢れる世界で、鳴海は独り膝を抱え、何も聞こえない振りをする。
寂しくなんかない。
切なくなんかない。
怖くなんかない――
(To be continued)




