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ミソサザイの歌  作者: 和泉ユタカ
第二章 〜 煉
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ある日の泪君

【其の壱】


 煉0歳。首が座って寝返りが打てるようになった頃。

 家の片付けをしつつ、しっかり者の(るい)が煉のお守りをしている。

 そろそろ夕餉の支度をしないと……。茜色に染まり始めた空を見上げて泪が立ち上がった。と、煉がだぁだぁとよだれを垂らしつつ泪に向かって手を伸ばした。こいつは実によくよだれを垂らす。煉の洗い物が多くて水が足りないから、夕餉の支度の前に水も汲んでこないと。 泪が隣の部屋で書き物をしている父に声をかけた。

「父上、ちょっと水を汲みに外に出ます。申し訳ありませんが、煉の世話をお願いしてもよろしいでしょうか」

「おう、任せておけ」

 熱心に書物を読みふける父の上の空の返答にやや不安を覚えつつ、外に出る。まぁ、父上も初めての子というわけでもない。滅多なことはないとは思うが。ついでに夕餉の食材などを買いに行ったりして、思ったよりも帰りが遅くなった。

「遅くなりまして申し訳……」

 入り口の引き戸を開けた泪が凍りついた。一尺程もあるヤモリと遊んでいる煉が、あろうことかヤモリの尻尾に吸い付いている。ヤモリが泪を見て慌てて逃げようとしたが、煉が尻尾に吸い付いているため逃げられない。尻尾を切ってようやく逃げ出した。

 煉の口からはみ出た尻尾の切れ端がぴくぴくと動く。煉がゴクリとそれを呑み込んだ。


「ぎ、ぎゃ~~〜〜ッ」


「なっ何事だ?!」

 泪の金切り声に、隣の部屋から父が転がり出て来た。 涙目の泪の話を聞いて父が大笑いする。笑い事ではない。青褪めた泪が父を睨むと、熊の如く大柄な父が笑いながらと泪の肩を軽く叩いた。軽くとも熊に叩かれれば肩が痺れる。

「心配するな、あの家守は経立(ふったち)になりかけておるからな、尻尾など二日もあれば元通りだろう」

「家守の心配などしておりません! 煉が尻尾を呑み込んでしまったのですよ?!」

「家守の尻尾のひとつやふたつ、食ったからとて害はあるまい。ヤモリの黒焼きは生薬にもなろうが」

「それはイモリの黒焼きです! 煉はまだ歯も生えていないのですよ?! 喉でも詰まらせたら……っていうかナマのヤモリなんてキモチワルイじゃないですかっ! まだ動いてたし!」

「まぁまぁ、そんな細かい事に神経を尖らすな。ヤモリの尻尾など可愛いものだ。お前など、赤子の頃、俺がちょっと目を離した隙に……」

「やめてくださいッ!!! ソレ、絶対に聞きたくないです!!!」


 父の煉に対する放置プレーを見て、自身の知られざる過去に恐怖とトラウマを覚えた泪であった。



【其の弐】


 煉0歳。はいはいが出来るようになった頃。

 初春、北の最果ての地に祓いの仕事にやって来た。北の春は遅く、泪は風邪気味の煉が心配だ。折悪しく、逗留する小屋は浜辺にあり、風も強い。小屋を片付けていた泪が、不思議な獣の声に惹かれて浜に出た。無数の子連れアザラシが浜で日向ぼっこをしている。見渡す限りアザラシで埋まった浜に感心していると、地元の猟師が通りかかった。背中にアザラシの幼獣の死体を担いでいる。

「すごいもんだろ。こいつらの毛皮は暖かく、肉も油も良質じゃ。わしらの生活を助けてくれる、海からの恵みよ」

 泪に話しかけた猟師が、肩に担いだ幼獣をじっと見つめる泪の視線に気付いて溜息をついた。

「わしらは子持ちの雌と子供は殺さん。こいつは浜辺で死んでおったんだよ。大方母親とはぐれてしまったのだろう。アザラシは、決してよその子を育てんからな。ヒトも獣も、育てるもんがおらねば、子は生きてはいけぬ。哀れだがこれも自然の摂理。捨て置かれるよりは使って供養してやった方がマシだろうて」

 その仔アザラシ、煉と同じくらいの大きさに見える。

「もしよろしければ、その仔アザラシの毛皮、譲って頂けませぬか?」


 綺麗に舐めしたうえ、安くで譲ってもらった毛皮を家に持って帰った泪が、煉の着ぐるみを作って早速着せてみる。

「はわわわ……可愛い♡」

 かつてこれ程弟を可愛いと思ったことがあったであろうか。暖かなアザラシ着ぐるみにゴキゲンな煉に泪が頬ずりする。

「安心しろ。母無くとも、お前は兄が育ててやるから……」

 突如乱暴に戸が開けられ、父が小屋に乱入してきた。全く落ち着きのないヒトだ。

「泪! 焚き上げに使う香が足りん! 予備の香はどこにしまったかな?!」

「父上の行李の中でしょう」

「探してくれ!俺じゃ無理だ」

 ぐちゃぐちゃの行李を覗き込んで父が泣き言をいう。

「だからいつも申し上げているのです。整理整頓は常日頃から……」

「小言は後で聞く! 早くせねば捕らえた妖魔が目を覚ます!」


 泪がようやく探し出してやった香を持ち、父が嵐のように飛び出していく。げんなりしながら泪が父の後片付けをする。

「全く父上ときたら……安心しろ、煉。間違ってもお前を父上なぞに任せたりしないから……」

 振り返った泪が蒼ざめた。煉がいない。小屋の戸が開けっ放しである。おそらく父がちゃんと閉めずに出て行ったのであろう。

  泪が煉を探して小屋から走り出た。よくよく見れば、小屋から浜に向かって砂の上に這ったあとがあるではないか。

「この跡を辿れば……」

 アザラシの群に行き着く。

「コレ絶対無理」


 母とはぐれて死んでしまった仔アザラシを思い出し泪がおろおろと涙ぐんだ。

「煉……どうしよう……」

 ふと気づくと、群れの一角で何やら騒ぎが起きている。見に行ってみる。アザラシの仔を押しのけて母アザラシの乳を貪る煉を発見。


「…………」


 野生動物よりも逞しい弟は自分などいなくとも元気に生きていくであろうことを確信し、ちょっとショックな泪であった。



【其の参】


 北の国での祓いを終えて、久し振りに面使いの村に戻ってきた。自宅でのんびりと煉と日向ぼっこしていると、母方の祖父が茶菓子を持って訪ねてきた。


「これはこれは、おじい様、お久しぶりです」

「うむ……」

 泪の丁寧な挨拶に祖父が気難しい顔で頷いた。この祖父、痩せて背が高く、額に年中シワを寄せ、口数が極端に少ない。別に怒られた記憶など無いのだが、泪は何となくこの祖父が苦手である。

「茶などいれて参ります。少々お待ちを……」

 祖父の相手は煉に任すことにして水屋に一時避難。お茶の用意をしながら考える。時々思うのだが、どうも自分はこの家族と血がつながっているとは思えないフシがある。


 母 = 天上天下唯我独尊。

 父 = ズボラ・大雑把・無神経。

 弟 = 野生。

 母方の祖父 = 気難しい変人。

 父方の祖父 (じじ様) = もはやヒトであるかすら疑わしい。


 泪が暗い顔で呟いた。

「俺はもしや拾い子だったのでは……」


「きょえぇぇぇぇ~~」


 突如響いた絹を切り裂くような悲鳴に、泪が慌てて居間に駆け込んだ。

「如何なさりました?!」

 部屋の隅で祖父が腰を抜かしている。ぶるぶると震える指で煉を指差し、「あわわわわ」と言葉にならない声を上げる。一体何が起きたのか。煉はきょとんとしている。

「煉が何か……?」煉に別状はなさそうだ。

「れ、れ、煉が家守の尻尾を……く、く……」

「あぁ、またですか」泪が溜息をついた。「以前一度切れた尻尾を飲み込んでしまって以来、どうも味をしめてしまったようで。普段は吸い付くだけなのですが」

 祖父が咳払いして居住まいを正した。

「……家守を家から追い出せば良いではないか」


 泪が考え込んだ。祖父の言う事には確かに一理ある。しかしながらあの家守、煉のお守りをしてくれて実は結構便利なのだ。父より役に立つことだけは確かだ。

 泪が微笑みを浮かべて祖父を見た。

「まぁ、家守は縁起物、そこまでしなくても……煉も腹を下すわけでもないようですし、家守も別段嫌がっているふうでもないので。そんなことよりおじい様、湯が沸きました。お茶にしましょう」

「……泪」

 祖父が残念そうに溜息をついた。

「お前は一族の中では繊細で、一番ワシに似ていると思っていたのだが……やはり血は争えんな。段々そなたの父に似てきたようじゃ」


 何故か、ここ最近で一番嫌な事を聞いてしまった気がした泪であった。


(END)

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