表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミソサザイの歌  作者: 和泉ユタカ
第三章 〜 Songs of Wren
26/123

紅桜(中編)

     4


 翌日、勇人は学校帰りに本屋に寄道すると妹の欲しがっていた本を買った。母の監視が厳しく、当分は美春を外に連れ出すのは無理だろう。これで少しは妹の機嫌が直るといいのだが。

 公園を通りかかった勇人がふと足を止めた。しばし逡巡してから自動販売機でジュースを二本買い、公園へ入っていった。

 公園のベンチには煉が寝そべり、数羽の鳥と戯れていた。煉の胸の上で、焰狐が丸くなって眠っている。

「……おい」

 勇人を振り返った煉の手から鳥が飛立つ。煉が起き上がると、無言で勇人を見つめた。

「……その、昨日の礼、ちゃんと言ってなかったから。一応、サンキュな」

 勇人がジュースを一本煉に手渡した。

「……どういたしまして」

「ま、別にお前が手を出さなくったって全然平気だったんだけどよ。ところでお前、ここで何してんの? この辺りに住んでるわけじゃないだろ? 見たことねーもん」

「……別に。この近くに用があるだけだよ」

「ふーん。やっぱ退魔関係?」返事をしない煉に勇人が肩を竦めた。「言いたくなければ別にいいけどさ。ウチも仕事のことは基本口外厳禁だもんね」

「……君の妹、あの後大丈夫だった?」

「あぁ、うん」勇人が僅かに口ごもった。「……美春は生まれた時から身体が弱いんだよ。なんかウチってそーゆー家系なの。長子は元気で退魔の力を持って生まれてくるのに、その弟妹は全員病弱で早死することが多くてさ。俺の父さんなんか、7人兄弟のうち、残ってるの父さんだけだぜ? 近所では俺達一家が祓った鬼の祟りだとか言われてんだけどさ、祓われた鬼がどうやって祟るんだっつーの。これだから素人は困っちゃうよな」

 つまらなそうに笑う勇人の横顔を煉が無言で見つめる。

「煉だっけ? お前さ、兄弟とかっている?」

「……うん。兄貴がいるよ」

「お前と兄貴って仲いい?」

 勇人の問いに煉がふと遠くを見た。

「……うん」

「美春と俺って腹違いなんだ。今の母さんって父さんの後妻さんでさ。理由はわからないんだけど、俺って新しい母さんにはあんまり良く思われてないらしくって。本当は今日も美春と本屋に行く約束してたんだけど、母さんにみつかって止められたんだ。まぁ、美春の身体が弱いってのもあるとは思うんだけどさ……」

 空を見上げた勇人の目に穏やかに流れる白い雲が映った。暖かな春の陽射しの中、ふと妹が産まれた日の事を想い出す。


 妹が生まれた時、俺は妹を見せてもらえなかった。出産直後の母親は気が立っているから、と言われ、ならば少ししたら見せてもらえるのだと思い、ワクワクしながらその時が来るのを待った。一日が過ぎ、二日が過ぎた。三日目にも俺にお呼びがかかることはなかった。


「忠犬ハチ公って映画、知ってる?」

 黙って自分を見つめる煉に向かって勇人が疲れたように嗤う。

「 俺さ、ハチ公の大ファンだったんだ。主人をいつまでも大人しく待ってるなんて、なんてエライ奴なんだろうと思って感心してた。だからさ、俺も忠犬ハチ公のように妹に逢うのを大人しく、ただ心待ちに待ち続けた。そうこうするうちに数ヶ月が経ち、遂にその日が来た」


 勇人が廊下を通りかかった時、奥の間で赤ん坊の泣き声がした。しばらく廊下に突っ立っていたが、泣き声が止む気配はない。

「……どうしたんだろう、誰もいないのかな?」

 足音を忍ばせ、そっと母と妹が寝起きする奥の間を覗き込む。誰もいない部屋の揺り籠の中で、赤ん坊がひとりむずがって泣いていた。

(どうしよう……)

 どきどきしながら、そっと揺り籠に近付き、見様見真似で赤ん坊あやしてみた。赤ん坊はびっくりしたような顔で勇人を見ると、不意に泣き止んでにっこりと笑った。

「か、可愛い……」

 勇人が恐る恐る揺り籠から抱き上げてやると、赤ん坊がきゃっきゃと無邪気な笑い声を上げた。

「ねんね~ん、ころ~り〜よ〜、おこも~り~よ~」

 腕の中ですやすやと寝息を立て始めた赤ん坊に勇人がそっと囁いた。

「はじめまして。僕がお兄ちゃんだよ。みぃのことは、絶対に何があってもお兄ちゃんが守ってやるからな、安心していいんだぞ」

 からりと襖が開いて、部屋に入ってきた母が、勇人を見てぎょっとしたように足を止めた。

「……何してるの……?」

 妹を抱く喜びに顔を上気させ、勇人が母を見上げた。

「あぁ、お母さん。今ね、みぃが泣いてたからね、僕、抱っこして……」

 母が駆け寄ると妹を奪い、勇人の頬を無言で平手打ちした。勇人が床に倒れ、驚いた赤ん坊が火の点いたように泣き出した。呆然として殴られた頬を押さえた勇人は、言葉も無く母を見上げた。髪を振り乱した母が泣きじゃくる妹を強く抱きしめると低い声で呟いた。

「……あんたなんかにこの子はやらない。この子はあんたの為に生まれてきたわけじゃない」

 騒ぎに気付いた人々が部屋に駆け込んできた。春樹が勇人を抱きしめ、勇人の耳を塞いだ。

「勇人、見るな、聞くな、君は何も悪くない」

 母が狂気のこもった眼で勇人を睨むと叫んだ。

「そんな眼で見たって無駄よっ、この子は誰にもやらないんだからっ!!!」


 ……俺はその時ようやく気づいた。忠犬ハチ公が待ち続けたモノは、決してハチの元へ来る事はなかったのだ。

 俺はあの映画が大っ嫌いになった。


     ❀


 その夜。寝る支度をしながら勇人が机の上の紙袋に目をやった。

「みぃに買ってきた本、渡すチャンスなかったな。ま、明日でいいか」

 ベッドに寝転がって天井を見ながら、ふと煉の顔を思い浮かべる。

 ……俺、なんでアイツにベラベラとあんな話しちまったんだろう。あんな話、今まで誰にもしたことなかったのに。

 目を瞑ると、慰めるわけでも何か気の利いたことをいうわけでもなく、ただじっと自分の話に耳を傾けていた黒髪の少年の静かな瞳が瞼に浮かんだ。

「……煉か。なんか変な奴だよな。俺の知ってる他の陰陽師や退魔師達とは少し違う……」


     ❀


 深夜。しんと静まり返った屋敷の桜の樹の下に、足音ひとつ立てず、影のように煉が現れた。古木の幹に喰い込む錆びた鉄鎖にそっと手を触れる。腐った血のような色の樹液が手を汚した。その手を見つめ、煉が囁いた。


「……もうすぐだよ。もうすぐ、君は自由になる……」



     5


 煉に初めて出会った日から二週間程経ったある日。母がどうしても外せない用事で家を留守にしたのを見計らって、久し振りに美春と外に遊びに出た。美春の調子もここのところ良好で、春の陽の中、楽しげな妹の笑顔に勇人の心も軽い。

 塚の前を通りかかった時、不意に強い風が吹いた。

「あっ!」

 妹の声に振り返った勇人の目に、風に飛ばされ空に高く舞い上がる帽子が映った。帽子についた大きな白いリボンがふわふわと蝶のように風に舞い、桜の枝に引っ掛かった。

「げ、あんなとこに……」

 嫌なところに引っかかってくれたもんだ。ちらりと妹を見る。お気に入りの帽子を見つめて目に一杯涙をためた妹の顔に、勇人がはぁ〜、と溜息をついた。

「も~、仕方ないな。みぃは危ないからそこで待ってろよ」

 帽子の引っかかっている枝を見上げ、桜の太い幹に足をかける。勇人は運動神経が良い。幹に巻き付いている鉄鎖を足場にすれば、なんとか上まで行けそうだ。

 ふと、父が鎖がどうのこうのと言っていた事を思い出した。

「……確かに錆びてるけど、ま、大丈夫だよな」

 鉄鎖に手を触れた途端、べっとりと赤黒い樹液が手を汚した。

「げ、気持ちワリーな」

 ぶつぶつ言いながらも、なんとか一番下の枝に手が届きそうなところまで登る。

「よし、あともうちょっと……」

 枝に向かって手を伸ばし、足にぐっと力をいれた瞬間、腐った鎖が足元で切れた。


「いってぇ……」

 木から落ちた勇人が顔をしかめた。

「ちぇっ、ダッセ~な。こんなとこオヤジにみつかったらすっげー怒られるだろうな」

 ひどく擦りむいた膝と腕を抑えながら起き上がり、ふと妹の姿が見えないことに気付いて慌てて辺りを見まわした。

「みぃ?」

 少し離れたところに倒れている小さな背中を目にした途端、とくりと心臓が変な打ち方をした。

「み、みぃっ?!」

 抱き上げた妹の息は短く苦しげで、その身体は酷く冷たい。


 ひらり、と一枚の桜の花びらが風に舞った。


     ❀


「美春になんてことするのよっ!!!」

 美春が病院に担ぎ込まれて間もなく、血相を変えて駆けつけた母が勇人を思いっきり平手打ちした。ぼんやりと美春を見つめていた勇人は歯をくいしばる間もなかった。口の中に金臭い味が広がる。

 ……殴られても仕方が無い。意識の戻らない妹の白い顔をじっと見つめる。全て自分が悪いのだ。俺がみぃを連れ出したりしなければ……

 母が血走った目で何か叫び、勇人に向かって再び手を振り上げる。それを周りで見ていた人々が必死で止めようとしている。叩かれた時に鼓膜をやられたのだろうか。音がくぐもって、よく聞こえない。


 ひらり、と紅い花びらが一枚、眠るように目を閉じた妹の顔の上を舞い、消えた。


 紅い、紅い、桜の花びら……。

 その色に、みぃが生まれて一年もしないうちに亡くなった春樹叔父さんの葬式を思い出した。春樹叔父さんが亡くなった日はまだ寒く、桜は咲いていなかった。もちろん家の『咲カズノ桜』が咲くわけもない。でもあの時も、春樹の棺にすがって泣きじゃくる勇人の眼に一枚の紅い桜の花びらが映った。花びらは、ひらりひらりと、春樹の眠るように穏やかな顔の上をゆっくりと舞い、そして淡雪のように消えていった。


 ……桜。紅い桜。


 不意に、樹に登った足元で腐った鎖が切れた事を思い出した。勇人がふらりと立ち上がった。

「……桜だ」

 何故か強い確信があった。

「桜がみぃを喰っている……!」

 止めようとする人々を押し退け、勇人が病室から駆け出した。


(To Be Continued)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ