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ミソサザイの歌  作者: 和泉ユタカ
第三章 〜 Songs of Wren
115/123

蝙蝠(二)

      6



 此の世でたったひとつ、ヒトの持たぬモノを持ち、そしてそれを与える力がありながらも与えようとしない蝙蝠(オレたち)を、ヒトは恨み、憎しみ、蔑み、打擲し、懇願する。それでも俺が殺されなかったのは、鬼とは言え、あの頃はまだ姿形だけは幼かった俺を打擲することに、ヒトなりの後ろめたさでもあったのか。


 ヒトを恨み、憎むことができればよかった。けれども灰色の世界に生きる俺の中に、そんな激しい感情は無い。


 アザミが消え、俺は再び独りになり、長い時が経ち、ヒトはやがて俺の存在を忘れたかのように俺に構うこともなくなった。与えられる餌は益々間遠になり、俺は唯、気怠い飢えにうつらうつらと微睡み、(おわり)を待っていた。


      ✿


「……柊」

 真夜中、公園の砂場に死んだように横たわっていた影が、名を呼ばれてピクリと動いた。

「大丈夫?」

「……なにが?」

 ゆっくりと起き上がった柊の髪から、灰色の砂がさらさらと零れ落ちる。ふっと溜息を吐き、煉がブランコに座った。

「餓死寸前の吸血鬼を野放しにしておくほど、俺も甘くないんだけど」

「別にハラなんか空いてねぇし、心配されるほど死にかけでもねぇよ」

「知ってる? この世には献血って便利なシステムがあってさ、ちょっと裏から手を回せば輸血用の血液くらい手に入るよ」

「いらねぇよ」

 チッと舌打ちして顔を背ける柊の姿に、煉が再び嘆息した。

「あのさ、別にあんたの心配してるわけじゃなくって、我慢しすぎってのもよくないんだよね。空腹のあまり我を失って生身のニンゲンに噛みつくくらいなら、すでにパックされてる血液で腹を満たしてもらったほうが、メンドーがなくてお互いにラクだと思うんだけど」

「……そうじゃねぇだろ」

 煉から眼を逸らしたまま、柊が口許を歪めた。

「その……よく知らねぇけどよ、ユケツってのは、事故とか病気とかで、血が必要なヤツのためのもんなんだろ? 俺がその血を飲んじまったら、血が足りなくて死んじまうヤツがいるかも知れねぇだろ」

 まるで無言で自分を見つめる煉の視線を振り払うように、柊が苛々とした様子で髪についた砂を払う。

「勘違いすんなよな。別にヒトが死のうが生きようがどうでもいい。オレはただ、顔も知らねぇニンゲンの命の責任なんか負いたくねぇだけだ」

「じゃあ賞味期限切れで廃棄処分になる血ならイイ?」

「そんなもん飲んで、ハラ壊したらどうしてくれんだよ」

 きゃははは、と声を上げて笑い、煉がブランコを揺らす。錆びた鎖がキィキィと軋み、その耳障りな音を堪えるかのように柊が目を瞑った。

「……オレは鬼だ」

 誰かに言い聞かせるかのように柊が呟いた。

「オレは鬼だって、ヒトとは違うって、今日カズマに言ってやった。そしたらあいつ、今にも泣きだしそうな顔でオレのことを見やがった」

「カズマが泣きそうだったのは、別にあんたが鬼だからってわけじゃないと思うけど」

「……躰の奥が軋む」

 砂に汚れたシャツの胸元の爪を立て、柊が喘いだ。

「アザミの指先を思い出すたびに、オレを嘲る奴らの嗤い声が蘇るたびに、バカみたいなカズマの笑顔を見るたびに、あの子を……思い出すたびに」

 楽になりたい。唯、解放されたい。

「……ヒトを恨み、憎めばよかったのか?」

「あんたには無理だよ」

 艶やかな黒髪を夜風に靡かせ、煉が静かに微笑んだ。

「期待することを知らなければ恨みを知ることはなく、愛することを知らなければ憎しみを知ることもない」

「……世界はいつだって灰色だ。どんなに望んでも、オレの空は青くはなく、自由もなく、だから、オレは飛べない」

「あのさぁ、やっぱなんか食べたほうがいいんじゃない? ヒトも鬼も、血糖値が下がりすぎると思考が後ろ向きになるんだよ」

「……いらねぇって言ってんだろ」

「ねえ、柊」

 一際強くブランコを蹴り、その勢いのまま煉がふわりと柊の前に降り立った。

「俺の血あげようか?」

「ふざけんな。おまえの血なんか飲んだら、ハラ壊すくらいじゃすまねぇだろうが」

「あんた、とことん鬼に向いてないね」

 呆れたように肩を竦める煉に向かって、柊が血の気の薄い口許を歪めた。

「違うだろ」

 色の無い美しい髪に、月の光がほろほろと零れる。

「鬼に向いてないっていうより、きっと生きるのに向いてねぇんだよ。オレも……おまえもな」



      7



 生きるということの意味も知らぬまま死を待ちつづけ、どれほどの間、暗闇の中で独り微睡んでいたのだろうか。その光は、ある日突然俺の世界を照らした。


「……ねぇ、ねぇってば」

 鉄格子越しに伸ばされた手に肩を揺さぶられて目覚めた俺は、久し振りに見る光の眩しさに幾度も眼を瞬いた。

「あなた、ここでなにしているの?」

 柔らかなウェーブを描く栗色の髪が甘く香る。

「なんでこんなところに閉じ込められているの?」

 汚れひとつ無い白いワンピースの裾を床に広げ、跪いた少女が俺の顔を覗き込む。

「なんでって……」

 久方振りに見たニンゲンは、不思議なほど小さくて、俺が知っているどのニンゲンとも違っていた。子供というモノを見たことがなかった俺はひどく戸惑い、そして長い睫毛に縁取られた勝気な瞳やほんのりと紅い唇が直視できず、思わず俯いた。

「……わからない」

「わからないの?! 自分がなんでこんなところに閉じ込められているのかわからないなんて、そんなおかしなことってあるのかしら」

 なにか彼女の気に触ることを言ってしまったのだろうか。俺が怯えたように黙り込むと、彼女はついと手を伸ばし、目にかかる俺の髪を掻き上げた。

「あなた、名前は?」

「……コ……」

 蝙蝠、と言いかけて、ふと口を噤んだ。俺の名は蝙蝠ではないと、その時不意に思い出したのだ。

「……柊」

 ひいらぎ、ひいらぎ、と歌うような抑揚で彼女は幾度も繰り返し俺の名を口遊(くちずさ)み、細い指先で俺の髪を撫でた。それがあまりにも心地良くて、俺はうっとりと目を瞑った。と、誰かの話し声がして、足音が近づいてきた。素早く立ち上がった彼女が不意に腰をかがめ、ひいらぎ、と俺の耳元に囁いた。

「わたしがここからあなたを出してあげる。約束よ」


      ✿


 和馬が最後に柊に会ってから、すでに一週間が過ぎようとしていた。来るなと言われたから行かないのではない。本当は何度も公園の前まで行ったのだ。けれども中に入ることは出来なかった。

 なぜ彼は自分のことを鬼などと言ったのだろう。そして彼は自分のことを鬼と呼びながら、なぜあんなに悲しげな顔をしたのだろう。本当に、友達だと思っていたのは自分だけだったのか。彼に会って確かめたいのに、同時に答えを聞くのが怖かった。彼に拒絶されることも恐ろしかったが、それよりも、彼の心の内を知っても自分にはどうすることも出来ないかもしれないと思うと、不安に身が竦む。おまけに今日はさらなる頭痛の種がある。自分が何をするべきなのかわからないというのは、どうして人をこんなに不安にさせるのだろう。腕に抱いたダンボール箱を見つめ、和馬が溜息を吐いた。

「柊ならいないよ」

 背後から不意に掛けられた声に、和馬がびくりと身を竦ませた。恐る恐る振り返れば、肩に小さな狐を乗せた少年が腕組みして和馬を見ている。

「えっと、キミは……」

 以前に一度公園で出会ったことがある。確か、レンとか言う名前だった。

「レンくん……だよね? ヒイラギの友達だよね?」

「知り合いではあるけど、トモダチってのはちょっと違う」

「え? そ、そうなの?」

「そんなことよりさ、こんなところにぼんやり突っ立って、何してるの? 柊に会いにきたんじゃないの?」

「えっと……まぁそうなんだけど、でももう来るなって言われたし、それってもうぼくには会いたくないってことだろうし……」

「本当に会いたくないなら、わざわざ『公園に来るな』なんて言うわけないじゃん」

 くすりと笑って少年が肩を竦めた。

「キミに二度と会わないつもりなら、寝場所を変えればいい。行くアテのないアイツがこの町に留まる理由なんてない。ここじゃなくても、アイツが寝て起きてぼんやりするだけの場所なんて、いくらでもある。でもキミはどうなの?」

「どうって……?」

「キミはなんでアイツに構うの?」

「あの、別に、構うって言うか、そんなのじゃなくって……」

「構ってるじゃん。アイツのためにわざわざ本を借りてきて読み聞かせたり、街に連れ出したりしてさ。今日だってアイツを探して公園の周りをウロウロしてる。それってアイツが可哀相だから? 独りぼっちで、帰る家もないから、あわれんでるの? それとも、いかにもワケありな奴と友情ごっこして、そんな優しい自分に酔ってるの?」

「ち……違うッ!」

 少年の意地の悪い言葉なんて根も葉もない言い掛かりの筈なのに、なぜか恥ずかしさにカッと頬が熱くなった。

「ぼくは、別にそんなつもりは……ッ」

「うん、わかってる。キミが意図的に行動してるわけじゃないってことくらい。でもだからこそ、余計にやめといたほうがいいんだ」

 少年の口調はひどく冷たくよそよそしいのに、その眼差しは不思議なほど柔らかく透明で、それはどこか柊に似ていた。

「中途半端な同情や憐憫で傷つくのは、相手だけじゃないからね」

「ま、待って……!」

 立ち去ろうとする少年を走って追いかけようとしたが、腕に抱いたダンボール箱が邪魔でどうしようもない。突然の揺れに驚いたのか、ダンボール箱の中身が抗議するようにバサバサと羽ばたいた。

「……それ、なに?」

 振り返った少年が、訝しげに目を細めた。



      8



「ひいらぎ、ご本を読んであげるわ」


 鉄格子の向こう側とこちら側で、誰にも気付かれないよう息をひそめ、幼い二人は世界を分かち合った。彼女の白い指先が頁を捲るたびに、美しい挿絵と共に色鮮やかな景色が広がる。ある時は七つの海に生きる海賊と呼ばれるモノ達の唄が、またある時は竜というイキモノと旅する少年の冒険譚が、そして異国の姫君と騎士の恋物語が、俺の世界を彩る。


 終わりのない灰色の世界で見る夢の中、俺はいつしか海を旅し、竜に出会い、騎士になり、そして俺の隣には彼女がいた。


       ✿


 ダンボール箱の中身を丹念に調べていた煉が、溜息を吐いて顔を上げた。

「コイツ、どこで見つけたの?」

「家に帰って洗濯物を取り入れようと思ってベランダを開けたら、足下に落ちてたんだ。ぼくが近付いても逃げないし、ぼんやりしてて、くちばしも半開きで、目も瞑ったままで……。今はなんか元気そうだけど」

 煉の手の中でキョロキョロと辺りを見回している小鳥を見て、和馬が首を傾げた。

「よくわかんないけど、これくらい元気なら放してやっても大丈夫かな? 特に怪我もないみたいだし」

「ダメだと思う。今放したら多分死ぬ」

「え?! どうして?!」

「ベランダのガラス窓にぶつかったんじゃないかな。烏口骨が折れてる」

「ウコウコツ?」

「鳥の肩と胸骨をつなぐ骨でさ、飛ぶのに必要なんだ。翼に怪我がなくても、烏口骨が折れると浮力が出ない。鳥ってさ、ガラスとかにぶつかりそうになると、大体最後の瞬間に気がついて、正面衝突を避けて体を捻るんだ。上手くいけば軽いノウシントウ程度で済むんだけど、体を捻って肩からぶつかるせいで、コッチを怪我しちゃったりするんだよね」

「飛べない鳥……」

 なぜか不意に、空を見上げる柊の横顔が脳裏を過り、その寂しげな姿に息が詰まった。

「ど……どうしよう?! 動物病院に連れていけば治してくれるかな?! 治療費ってどれくらいかかるんだろう?! ぼくのお小遣いと、お年玉の残りを足せば……」

 煉がふと微笑むと、和馬の顔を覗き込んだ。

「なんで?」

「え……? なんでって、なにが?」

「なんで君は、この小鳥を助けたいの?」

「だって……もしコイツが飛べなくなったら、きっとヒイラギが悲しむから」

 ……そう。この小さな鳥のために、ヒイラギは泣くだろう。

「ヒイラギは、空が好きなんだ。それで、空を飛ぶ鳥も好きなんだ。だから……」

「どうして?」

 僅かに首を傾げた少年の艶やかな黒髪が、サラサラと零れる。

「どうしてキミは、よく知りもしないアイツのことがそんなに好きなの?」

「……ヒイラギはとても綺麗だから」

 口にした途端、我ながら可笑しなことを言っている気がして、思わず俯いてしまった。

「その、綺麗って言っても顔とかのことじゃなくて……もちろん顔も綺麗だと思うけど、そうじゃなくて、ヒイラギを見ていると、真っ白な鳥でも見ているみたいな気がするんだ」

 幼い頃、祖父の田舎で目にした白い鳥を思い出す。樹々の翡翠を映す透明な水鏡に舞い降りた美しい鳥は、その細い首を優雅に伸ばし、蒼い空を静かに見つめていた。

「そうだね。アイツは確かに色の無い雪みたいにまっさらで、綺麗だ。鳥じゃなくて蝙蝠だけど」

 煉がクスリと笑い、優しげに眼を細めた。

「ねぇ、教えてあげようか。俺が知っている、柊の過去」



      9



 鍵がみつからない、と彼女はよく嘆いた。


「アサカが持っているはずなのよ。アサカはお祖父さまのお気に入りですもの。目がヘビみたいで、わたしは好きではないけれど」


 彼女が俺の檻を訪れるのは、多くても月が巡る間に一度か二度のことだった。彼女は檻から俺を出せないことが不満のようだったが、俺はそれほど外に出たいとは思わなかった。

 鉄格子の隙間から俺の髪に触れる指先も、柔らかな曲線を描く頬も、長い睫毛にけぶるような瞳も、口遊(くちずさ)まれる歌も、笑い声ですら、彼女がそこにいる間はすべて俺のモノだったから。それだけで充分だった。それ以上は何も望まなかった。


 俺は幸せで、愚かで、満ち足りていて、失うということを知らなかった。


      ✿


「鬼とはヒトとは異なる(ことわり)に生きるモノ達の総称」

 和馬と並んで公園のベンチに座った煉が、コーラの缶を開ける。プシュッと軽い音が弾け、白い泡が溢れた。

「でもそれだけじゃない。ヒトは昔から、自分達に理解出来ないモノや、知りたくないモノ、厭わしいモノを総じて鬼って呼んだんだよ」

「……意味がわかんない」

 百歩譲って鬼というモノの存在を認めたとしても、やはり納得出来ない。なぜ柊が鬼なのか。息を呑むほどに美しい彼が、なぜ鬼などと呼ばれねばならないのか。と、まるで和馬の心を読んだかのように、煉の肩先で狐がふんと鼻を鳴らした。

「別に驚くほどのことでもない。鬼だから醜いとは限らん。ヤツの一族は殊更見目が良いので有名だ。血の気が悪くて、健康的とはお世辞にも言えんがな」

「……狐が喋った」

「コレも鬼の一種みたいなもんだから」

 つんと澄ました狐の耳を軽く引っ張り、煉が苦笑した。

「柊の一族は、ヒトから『蝙蝠』として知られた吸血鬼の一種なんだ」

「吸血鬼って、 あの、ドラキュラとかヴァンパイアみたいな……? ニンニクと十字架が苦手で、太陽の光を浴びると灰になっちゃうヤツ?」

「西洋のヤツらのことは俺もあんまり詳しくないから、そーゆー話のどこからどこまでが本当なのかは知らないけど、でも多分生態的にはだいぶ違うと思う。柊はめちゃくちゃ顔色悪いけど、でも別に陽に当たっても灰にはならないし、ニンニクが特に嫌いってこともないんじゃないかな。ただ、十字架だけじゃなくて、珠数とか護符とか、ヒトの念がこもっているモノは苦手だと思う。まぁこれは柊だけじゃなくて鬼一般に言えることだけどね」

「それで……吸血鬼って、やっぱり、その……ヒトの血を飲むんだよね?」

 思い出さないようにしていても、和馬の膝から流れる血をぞろりと舐めた柊の眼の色が脳裏を過る。あの瞬間、柊の眼は夕陽よりも濃く、紅く妖しく揺らめいた。

「うん、普通はそうなんだけど、でも蝙蝠の一族って少し変わっててさ。ヒトの血を飲むのは産まれたての赤ん坊の時と妊娠した時だけで、あとはネズミとか鳥とか、そんな小動物の血を飲んで飢えをしのいでたらしいんだ。でもそんなことしても本当にギリギリ死なない程度で、ヒトの血以外はあんまり栄養にならないらしいんだけど。鬼のくせに妙に草食系って感じでしょ? でもまぁそんな感じだったから、人間界でもヒトに紛れて目立たずそっと暮らしていけてたんだと思う。俺だって『蝙蝠』って一族の話はじーさんから聞いて知ってたけど、実際にそれと分かって出逢ったのは柊が初めてだったからね」

 深い山間の集落に、肩を寄せ合うようにしてひっそりと生きる一族。鬼でありながら、彼らは穏やかで、争いを好まず、稀にヒトと婚姻を結ぶこともあったという。

「この一族には謎が多い。鬼の棲む異界には蝙蝠達に似た鬼はいないし、そもそも蝙蝠は異界では生きていけないらしいんだ。鬼のくせに、異界の瘴気が身体に合わなくてダメなんだって」

「ふむ。蝙蝠ってのは鬼とヒトの間に産まれた子の末裔だって話を聞いたことがあるぞ。大昔の話らしいがな」

 鬼と人の間に産まれた子は、鬼なのか、ヒトなのか。そう和馬が訊ねると、煉は僅かに首を傾げ、さあ、と言って優しげに眼を細めた。

「その子が望むなら、鬼でもあり、ヒトでもあるのかもしれない」

「鬼にもヒトにもなりきれん半端モノってのが妥当だと思うぞ」馬鹿にしたように狐が鼻に皺を寄せた。「獣にも鳥にもなりきれんコウモリみたいなもんだ」

「人界に暮らす蝙蝠の一族には、ひとつ大切な秘密があった」

 狐を無視して、煉が先を続ける。

「鬼だから成長が遅くて異様に長生きってのはもちろんだけど、蝙蝠達は、その命を他のモノに与えることが出来たんだ。って言っても、別に蝙蝠に命を貰ったからって数百年とか生きれるわけじゃなくて、ヒトなら百歳ちょい、猫なら尻尾の先が二股になるくらい、つまりその種族としては長生きってくらいの延命なんだけどね」

 煉がひとつ咳をすると、ぬるくなったコーラに口をつけた。

「最近は医療が発達して長生きするヒトもそんなに珍しくないけど、でも昔は違った。人生五十年とか言われてる時に百年とか生きれたら、やっぱすごいじゃん。金のある権力者たちにとって、蝙蝠達のチカラはものすごく魅力的だった。どこからか漏れた蝙蝠達の秘密はヒトを魅了し、そのうち話に尾ヒレがついて、蝙蝠の血を飲んだら不老不死になるとか、死んでも生き返るとか、そーゆー無責任で蝙蝠達にとってはメイワクセンバンな噂が立っちゃったんだ」

 空になった缶をくしゃりと潰し、煉が小さく溜息を吐いた。

「良くも悪くもヒトは己の欲望に忠実だ。長生きってだけで、鬼と言っても身を守る術ひとつ持たない蝙蝠達を狩り出し、追い詰めるなんてヒトにとっては息をするよりも簡単だった。そうして捕えられた蝙蝠達は、知る人ぞ知る不老長寿の妙薬として、裏社会で高値で取引された。でもさ、鬼にしろ獣にしろ、イキモノが『妙薬』として扱われるって、どういうことかわかる?」

「どうって……?」

「血を絞り、肉を削ぎ、臓物を磨り潰し、骨は砕いて丸薬にする」

 無表情に言い捨てられた煉の言葉に、和馬が顔をこわばらせた。

「蝙蝠の活き造りってのもあったらしいな」ふんとつまらなそうに狐が鼻を鳴らす。「わざわざそんな不味そうなもんを喰うとは、まったくもってヒトってのは理解不能だ。しかし不老長寿の妙薬といえば人魚だが、ヤツラは個体数が少ない上に用心深く、おまけに凄まじく凶暴だからな。人魚がヒトの餌食になることは滅多にない」

「柊の母親もヒトに狩られて売られ、死ぬ間際に柊を産み落とした。だから柊は生まれてから一度も外の世界を見ることなく、自分の生い立ちすら知らないまま、ある金持ちの屋敷の奥深くに閉じ込められていたんだ」

「ひどい……」と和馬が呟くと、煉が優しげにまなじりを下げた。

「ヒトは、ヒトに対してですら時として酷く残酷になれるんだ。相手が鬼なら、なおさら歯止めは効きにくい。でもそこまでしたのに、蝙蝠のチカラで長寿を手に入れる人間は現れなかった」

「どうして?」

「それは――」

「オレ達は、オレ達自身が心から望んで選んだ誰かの幸せの為にしか、命をくれてやることはできねぇんだよ。ヤツラがそれを知ったのは、ほとんどの蝙蝠達が殺された後だった」

 背後からの声に振り向けば、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ柊が、形の良い口許を皮肉に歪めていた。

「一体誰が死にかけの小汚ねぇニンゲンの幸せを望むってんだよ? 仲間を生きたまま切り刻んでナマスにしやがったヤツらの幸せをさ」



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