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ミソサザイの歌  作者: 和泉ユタカ
第三章 〜 Songs of Wren
101/123

霜の花

 みし秋の千種(ちぐさ)はのこる色なくて霜の花さく野辺の朝風(飛鳥井雅親)


     ❀


 胸の中で白い小鬼が踊る。

 小鬼がその爪先で触れたモノが、ピシリと音を立てて凍る。

 ピシリピシリと硬く無機質な音と共に、わたしの胸の内側が、白く凍えてゆく。



     1



 塾帰りの道で足元の小石を蹴りつつ、どんよりと灰色の空の下で十数度目の溜息を吐く。

 今日は学校で、ものすごく嫌なことがあった。と言っても、誰かにイジメられたとかではない。どちらかと言うと、相手をイジメてしまった……いや、イジメるつもりなんて全然なかったのに、相手を泣かせてしまったのは沙夜香のほうなのだ。

 絵筆を握りしめたまま、ボロボロと大粒の涙をこぼす少年の横顔が瞼の裏を過る。その残像を振り切るように頭を振り、沙夜香がギュッと眼を瞑った。



 事の起こりは一枚の絵だった。

 図工の授業で、『冬』という題で絵を描けと言われ、沙夜香は細やかなタッチで白い雪に埋もれた街と、窓から溢れる淡い橙色の光と、人の影を描いた。

「うわあ、さすがサヤカちゃん! 上手いねぇ」

 クラスメイト達が次々と寄って来ては沙夜香の絵を褒めそやす。

「沙夜香さんは目の付け所が違うわね」なんて先生まで言ってる。

 誰だって褒められて悪い気はしない。人々の賞賛に、沙夜香は少しばかり得意げに頬を赤らめた。けれども、それを手放しで喜ぶことは出来なかった。なぜなら、この絵は以前にテレビか何かで観た印象派の絵の模倣品でしかなかったから。

 沙夜香はいわゆる『出来る子』だった。勉強が出来て、運動神経も悪くなく、小器用で、なんでもソツなくこなす。その反面オリジナリティーというモノに欠けていることは、自分でも気付いていた。だが有名な絵画や彫刻を見て、他人にはそうと気付かれない程度に模倣するのは得意だった。そんな沙夜香の描いた絵を、クラスメイトのみならずオトナ達までが褒めちぎる。沙夜香はそんな自分が得意で、でも時々なんとも言えない寂しさと疎ましさを感じた。

「サヤカちゃんの絵って、すごく細くってキレイだよね」

「え〜、そうでもないよぉ」

 自ら招いたこととは言え、幾度も繰り返される似たような褒め言葉に流石にうんざりとする。胸の中で、白い小鬼がチラリと頭をもたげたのを感じて、慌てて周囲を見回した時、隣の席の少年の絵が眼についた。

 小柄で、おとなしくて、クリクリッとした目の少年は、友達も少なく、クラスでも目立つ存在では無かった。そんな彼の描く絵に、沙夜香は一瞬にして目を奪われた。

 淡い菫色から蓮華色、そして深い濃紺へと移りゆく空に、無数の氷の結晶が舞う。空と氷。それだけの絵だった。それだけなのに、その空は吸い込まれそうなほどに広く、風に舞う結晶達のイキイキと愉しげな笑い声や歌声までもが聞こえてきそうだった。

 それだけではない。沙夜香が適度な水分で丁寧に尖らせた絵筆の先を使って、煉瓦の割れ目まで神経質に描き込むのに対し、少年は特別に購入したのであろう細い絵筆を持ちながら、その毛先を揃えることには無頓着で、たっぷりと絵の具を含ませた筆を自由自在に動かす。

「あのさぁ、その筆って、そんな風に使うもんなの? せっかく極細の筆なのに、勿体なくない?」

 一応断っておくが、沙夜香は純粋に疑問を口にしただけだ。決して彼を貶そうなどという気があったわけではない。沙夜香の質問に隣の少年は驚いたように顔を上げ、そして数秒後、少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、ただ気弱そうに微笑んだ。けれども彼はその大胆なタッチを変えようとはしなかった。

「あ、ほんとうだー、竹中くんのほうが細い筆使ってるのに、サヤカちゃんのほうが細かいねぇ」

「竹中さぁ、それってカーチャンに買ってもらった新しい筆だろ? タカラノモチグサレってやつじゃねーの?」

 沙夜香に追従するようなクラスメイト達の笑い声にも答えず、少年はただ無言で絵筆を動かし続け、沙夜香も特に気にすることなく自分の絵に戻った。

 しかしその数分後。

 絵の具を洗う水を取り替えようと立ち上がり、何気なく隣を見た沙夜香はぎょっとして、思わずバケツを落としそうになった。隣の少年は、大きな眼に涙をいっぱい溜めて、細い絵筆を折れそうなほど強く握りしめ、ガシガシと画用紙に氷の結晶を描き殴っていた。

「あ、あの……」

 少年が瞬きした途端、大粒の雫がパタパタと零れて淡く優しい色の空に滲んだ。少年は、呆然と突っ立っている沙夜香を見ようとはしなかった。そして無言のまま絵を描き終えると、グイッと袖で涙を拭い、汚れた絵筆をバケツに放り込んで教室を出て行った。


 サイテーサイテーサイテー。


 小学五年にもなった男の子が人前で泣くというのにも驚いたが、それよりも沙夜香は彼に何も言えなかった……いや、言おうとしなかった自分がつくづく嫌になった。


 サイテーサイテーサイテー。


 横断歩道に流れる単調な音が、沙夜香を責める。あんな大人しい子を傷つけてしまうなんて、わたしはなんて無神経で意地悪なニンゲンなんだろう。


 サイテーサイテーサイテー。


 クラスのみんなだって、本当は内心そう思っているに決まってる。良い子ぶって、得意になっている、イヤな奴だって……


 サイテーサイテーサイテー。


 横断歩道の曲に合わせて胸の内に白い小鬼が踊る。

 残酷な小鬼が愉しげにステップを踏むたびに、その小さな爪先に触れたものが白く凍える。

 沙夜香は、白く凍える――


「危ないッ」

 不意に誰かに腕を掴まれ、強く引っ張られた。よろめいて尻餅をついた沙夜香の目の前を、盛大にクラクションを鳴らしながら車が通り過ぎる。

「大丈夫?」

 突然のことに驚いて声も無い沙夜香の顔を、見知らぬ少年が覗き込んだ。

「ぼんやりしてたら危ないよ? もうちょっと気をつけないと、ここは結構交通量が多いからね」

 ほら、立って、と言うと、少年は呆然としている沙夜香の腕を掴んで立たせ、まるで小さな子供にするようにスカートの泥を払った。

 どうやら自分は車に轢かれる寸前だったらしい。我に返ってそう気付いた途端、遅ればせながらやって来た恐怖に膝が震えた。

「ほ……放っといてよッ」

 おない年くらいの少年相手に強がって、恐怖を押し隠そうとしたせいか。口を開いたら、お礼の代わりに自分でもびっくりするような金切り声が出た。

「あんたに関係ないでしょ?! わたしが死んだって、どうでもいいでしょ?! どうせ誰も本当には悲しんだりしないんだからっ! 余計なお節介よッ」

「……そうだね」

 沙夜香のスカートを払う手を止めて立ち上がった少年は、全く動じるふうもなく、正面から真っ直ぐに沙夜香を見返した。

「確かに君が死んだって、俺の人生には何の物理的影響もない」

 怒っているわけでも、呆れているわけでもない。唯、長い睫毛に縁取られた吸い込まれそうなほど大きな眼で沙夜香を見つめ、少年は淡々と語る。

「でも、心理的影響はあるかも知れない。君が目の前で死んだりしたら、きっとすごくイヤな気持ちになる。そして夜中にふと目が覚めた時なんかに、内臓破裂で血ヘドを吐いて白っぽい豆腐みたいな脳ミソがグチャグチャに潰れて眼玉が片方飛び出した君の顔を思い出したりするんだ」

 少年の必要以上に微細な描写に気分が悪くなった。蒼ざめて黙り込んだ沙夜香を見て、少年が目元を和らげた。

「だから、やっぱり君は生きていたほうがいい」

 それだけ言うと、少年はくるりと踵を返した。

「ちょ、ちょっと待って、待ちなさいよっ」

「なに?」

 振り返った少年に、ごめんなさいと謝りたかった。それよりも、ありがとうと伝えたかった。でもそれを口にしてしまえば、なんだか何かに負けたような気持ちになって、自分の中の張り詰めた何かが緩んでしまい、きっと涙が零れてしまう。

「……名前」キュッと下唇を噛んで、上目遣いに少年を睨んだ。「その……一応イノチノオンジンなのに、名前聞いてない」

 沙夜香の言葉に驚いたように少年は一瞬眼を瞠り、続いてプッと吹き出した。そして大仰にお辞儀すると、妙に真面目くさった口調で、

「名乗るほどの者ではありません」

 と言い放った。



     2



 それから幾度も、暇さえあれば沙夜香はあの少年のことを考えた。名前も住んでいる場所も通っている学校すら知らない少年になんて二度と会えないだろうと思うと、なんとなく残念で、少しだけ安心して、そして寂しかった。

 沙夜香が二度目にその少年に出会ったのは、ピアノのレッスンの帰り道だった。道路の反対側で信号待ちをしている人々の中に、見覚えのある艶やかな黒髪を見つけてドキリとしたのも束の間、少年がいきなり道路に飛び出した。

 悲鳴じみたクラクションの嵐の中、一瞬にして道を走り渡った少年の腕には、毛糸で出来た小さな鞠のようなモノが抱かれていた。

「ちょ、ちょっと……ッ」

「あぁ、また君か」

 涼しい顔で少年が微笑む。

「ま、またって何よまたって?! て言うか、あんた馬鹿じゃないのッ?!」

「なにが?」

「何がって、たかが猫一匹の為に道路に飛び出したりして、自分が轢かれたらどうするのよ?!」

「別にどーでもいいじゃん、そんなコト」

 仔猫の喉をくすぐりながら、少年が肩を竦める。そんな少年の姿に眩暈がするほどの怒りを覚えて、沙夜香は思わず目を瞑った。

「ねぇ、なんでそんなに怒ってるの?」

 少年が不思議そうに首を傾げ、沙夜香の顔を覗き込んだ。

「俺のこと、心配してくれてるの?」

 ……違う。自分はこの少年の心配をしているわけでは無い。自分はそんなに純真な人間ではない。唯、きっと、嫌だったのだ。この少年の中で、自分が野良猫と同等に扱われていると認めるのが。

 不意に少年がニヤリと笑った。

「もしかして、ヤキモチ?」

「なっ、ち、ちが……ッ」

「君さ、なんかのお稽古の帰り?」

 少年があっさりと話題を変えた。

「……ピアノ」

「ふうん、じゃあ明日は?」

「……明日はバレエで、明後日は塾」

 そしてバイオリンと、英会話教室。お母さんは茶道教室も勧めてくるけど、もう本当にこれ以上は無理。「あなたの将来のため」っていうのは聞き飽きたし、「サヤカなら出来るでしょう、頑張り屋さんなんだから」って言葉にはもううんざりで、「サヤカはすごい」って言われる度に、胸の中の白い小鬼が踊り出す。

「へえ、最近の小学生って忙しくて大変だね」

 まるで他人事のように少年が唸った。

「今度の日曜日は予定ある?」

「……別に」

 日曜日は全てのオサライの日。予定はないけど、自由も無い。

「じゃあさ、朝の六時にそこの先にある公園で待ち合わせしよう」

「……待ち合わせって、なんで私があんたと待ち合わせなんかしなくちゃいけないのよ」それも朝の六時なんて、そもそも日の出前ではないのか?

「デートしよう」

「は……はあっ?!」

 一瞬にして冬の夕暮れの寒さも忘れるほど顔が熱くなった。

「な、なんで私があんたとデートなんかしなくちゃいけないのよっ?!」

「だって俺、野良猫とはデートしないよ?」



     3



 全然ワケの分からない理由で一方的に待ち合わせの約束をすると、少年は実に楽しげに手を振って駆け去っていった。

「わたしは行くなんて一言も言ってないのに、あんなにはしゃいじゃってバカじゃないの」

 少年の後ろ姿に向かってそう呟いてみたものの、いざ日曜日になると、自分でも嫌になるくらい早く目が覚めてしまった。



 ひと気の無い公園のベンチに腰掛け、少年は薄暗い空を見上げていた。少年の吐いた息がとても白くて、でもそれは彼の温かさの象徴のようで、寒そうにはみえなかった。

「ああ、サヤカちゃん。早かったね」

 砂利を踏む沙夜香の足音に気付いたのか、振り返った少年が沙夜香に笑いかける。

「ちょっと、なんでわたしの名前を知ってるわけ?」

 なぜか、この少年を前にすると口調がつっけんどんになってしまう。けれども少年はそれを気にする風もなく、相変わらずニコニコと屈託無い。

「サヤカちゃんの名前だけじゃないよ? 俺は、色んなヒトの色んなコトを知っている」

 またしてもそんなワケの分からない言葉で沙夜香をはぐらかすと、少年は立ち上がって公園の奥を指差した。

「じゃ、行こうか」

「行こうかって、この公園って広いばっかりで何にもないよ? それに……そんな格好で寒くないわけ?」

 ハーフコートにマフラー、手袋と重装備の沙夜香に対して、少年は薄い長袖のシャツ一枚だった。

「俺? 俺は寒くないよ。コイツがいるし」

 少年の胸元から先日の仔猫がひょこりと顔を覗かせた。と、仔猫がシャツから飛び出し、公園の奥に向かって駆け出した。

「さ、もうすぐ日の出だし、早く行こう!」

「行くって、だからどこに?!」

「ちょいと花摘みに」

 走りながら振り返った少年が、イタズラ好きの仔猫のような顔で笑った。



 少年を追って走っている内に、かじかんでいた手足がホカホカと温かくなる。息が切れて、これ以上は走れないと言おうとした時、少年がようやく足を止めた。

「……なんにもないじゃん」

 目の前に広がる枯野に訝しげな目を向けると、「そんなことないよ」と少年が首を横に振った。

「ほら、眼を凝らして、よく見て」

 少年が指差した先で、不意に何か白くて小さいモノがチラチラと動いた。

「あ、あれ……!」

 それは、白い小鬼だった。

 朝陽に誘われるように、何処からともなく次々と現れた小鬼達が枯野に踊る。愉しげに踊る小鬼の爪先が触れた草葉は一瞬にして白く凍り、淡い陽の光にチラチラと煌めく。

「霜の花だよ」

 そっと屈んで触れた花は、指先が触れた瞬間に消えてしまった。

「……花って、こんなの、すぐ溶けちゃって、手で触ることもできないじゃん」

「手で触れないと駄目なの?」

 細められた少年の眼が、優しく微笑む。

「手で触れないモノには、価値がないの?」

「そ、そんなの……当たり前じゃん!」

「ああ、ほら、ここにも一匹」

 少年が沙夜香の耳許に手を伸ばし、何かをつまみ上げた。キキッと鳴く小鬼を、笑いながら少年が枯野に放してやる。

 なぜか、不意に心がふわりと軽くなった。少年の指先が触れた頬が、火傷をしたみたいにピリピリして、でも嫌な感じではなかった。


「ヒトは色んなモノで出来ている。学校の成績や、バレエの上手下手や、ピアノのコンテストの結果もヒトを形造るモノのひとつかも知れないけど、でもそれだけじゃないんだ」


 目に映らなくても、確かにそこに在るもの。

 手で触れることが出来なくても、感じるもの。

 わたしを、ひとという存在を形造る、大切なナニカ。


「サヤカはすごく色々と頑張ってて、すごいと思うよ? でも忘れないで。サヤカはそれだけじゃない。君の存在は、君が思う以上に深い」

「だ、だけど、わたしは、意地悪で、嫌味で、この前だって……」

「あ、もう一匹」

 少年が笑いながら小鬼をつまみ上げる。

「サヤカは意地悪なんかじゃないよ。俺が保証する。でも、口にしないと伝わらないことってのもあるからね。特にタケナカくんだっけ? あの子に関しては……あのさ、あの子、親の仕事の関係でもうすぐ引っ越すって知ってた?」

「え?! 知らない……って言うか、なんでそんなことまで知ってるの?!」

「言ったでしょ。俺は、色んなヒトの色んなコトを知っている。それが俺の仕事だから。……というのは置いておいて、優しいサヤカちゃんに俺からひとつお願いがあります」

 不意に改まった調子で少年が沙夜香に頭を下げた。

「コイツ、本当は俺が飼ってやろうかと思ったんだけど……」

 足元で小鬼達と戯れていた仔猫を抱き上げると、少年がくしゅんとワザとらしくひとつクシャミした。

「俺、実は猫アレルギーなんだよね」



     4



 我に返ると、公園の枯野には誰もいなくて、霜の花はすでに朝陽に解けて消えていた。もちろん白い小鬼なんて一匹もいない。あの少年が立っていたところには、折れた枯草があるだけだった。

 狐に化かされたのかも知れない。それとも習い事過多のストレスで、ちょっとアタマに不具合が……などと考えてヒヤリとした丁度その時、足元でニャアと甘えた鳴き声がした。



 日曜日の早朝に迷惑かと思ったけれど、意を決して玄関のインターフォンを鳴らす。出て来た少年は、びっくりした顔で沙夜香を見た。

「あの……ッ、竹中くん、もうすぐ引越しするって、本当……?」

「うん、そうだけど……誰に聞いたの?」

 先生にもまだ言ってないのに、と少年が首を傾げる。それに構わず、沙夜香は大きく息を吸って、言葉を継いだ。

「あの、この間は、ご、ごめん……ね」

 少年が小さく息を飲んだのが分かった。

「竹中くん……絵が上手だよね」

 返事はない。それはそうだろう。今更そんな事を言われたって、取って付けたようでお世辞とすら思えないに決まってる。

「えっと、わたし、本当は、竹中くんの絵が、その、すごく好きって言うか……」

 違う違う。いや、違わないが、でもこれでは言いたいことは伝わらない。

「あのねっ、わたし……小鬼を見たの」

「……え?」

「白くて、細い手足が生えてて、あばら骨がみえるくらい痩せてるクセにお腹だけ変に飛び出てて、全然可愛くないんだけど、でも、霜の精なんだって。それで、その小鬼が踊るとね、霜の花が咲くんだよ。知ってる? 霜の花……」

「猫、可愛いね」

 少年が手を伸ばし、沙夜香の腕の中の仔猫を撫でた。仔猫がうっとりと目を細め、喉を鳴らす。腕に伝わるその微かな振動が胸を震わせ、なぜか不意に涙がこぼれそうになった。

「……いつか、もし、竹中くんが霜の花の絵を描いたら、みせてくれる?」

 少年はそれには答えず、唯、恥ずかしそうに小さく微笑んだ。



      ❀



 冬が過ぎ、クラスメイトが一人減った。そしてその後、沙夜香が二人の少年に逢うことは二度となかった。

 ……そう。

 街角の画廊で、『霜の花』と名付けられた白い小鬼の絵を彼女が目にするのは、ずっと、ずっと先のこと――



(END)

霜月透子様の『言いたくても言えない』セリフ、「名乗るほどの者ではありません」を元に書かせて頂きました。

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