第9話:お昼ごはんは親友(新妻フォーム)と
「あー……なんかすっげぇ疲れた」
重たい旅行カバンと同じように、どことなく気分も重苦しい。
いくら毛嫌いしているとはいえ、元は家族だった姉妹達を冷たく突き放した事への罪悪感が……今になって襲いかかってくるとは。
「っと、いけない。こんな顔してたら、来夢に心配されちまう」
俺はピシャリと頬を叩いて、アパートの階段を上がる。
そして来夢の部屋の前までたどり着くと、インターホンを鳴らした。
「はーい。今開けるとも」
「ああ、ありが……」
ガチャリとアパートの扉が開かれ、中から出てくる来夢。
俺はそんな彼女の姿を見て、思わず言葉を失ってしまった。
「……おや? そんな素っ頓狂な顔をして、どうしたんだい?」
「いや、なんつーか……」
今の来夢は長い髪を頭頂部辺りで一束にまとめ、服の上にエプロン。
片手にはお玉を持った……まさに、新妻のような格好である。
「不覚にも、少しグッと来たかも」
「何をわけの分からない事を。いいから早く中に入りたまえ。折角このボクが、君の為に昼ごはんを作ってあげたのだからねぇ」
「へぇ? やっぱり、一人暮らしを始めるとしっかりするもんだな」
俺は部屋の中に入ると、まずは運んできた荷物を居間へと持っていく。
それから台所の方へと戻ると、来夢が頬を膨らませながらこちらを睨んでいた。
「さっきの言葉、どういう意味だい?」
「いや、他意は無いよ。ほら、お前って家庭科の成績が……アレだったからさ」
小学校から、来夢とは同じクラスであるが……コイツがまともに料理をしている姿を見た事が無い。
小学一年生の時、コイツが先生に言い放った一言。
~「この現代社会。料理が出来なくても、簡単に生きていけるとボクは信じているよ」~
その後、先生から長い説教をくらい、後から俺に泣きついて来たんだっけか。
「嫌な事を思い出させるねぇ。あれからボクだって、多少は成長しているのさ」
「そうなのか?」
「ああ。昨晩は急な来訪でコンビニ弁当だったし、今朝は君が作ってくれた。だからボクの成長ぶりを見せる機会が無かったとも言える」
そう言って、来夢はビシッとお玉の先を俺に向けてくる。
「しかし、君はすぐに恐れ慄く事になるだろう。そして頭を垂れ、懇願するといい。是非とも、俺のお嫁さんになってください、とね」
「なんて自信だ……!」
あの来夢がここまで言い切るなんてな。
これはもしかすると、ひょっとするのか?
「さぁ、君はテーブルの前で待っていたまえ!」
「了解っ!」
俺は来夢に言われた通り、テーブルの前で座って待つ事にした。
そして少しして、来夢はお盆に乗せた料理を運んでくる。
果たして、その見た目は……
「お、おおおおおおっ!」
俺の目の前に広がる、来夢お手製のお昼ごはん。
まず、ツヤのある山盛り白米ご飯。
その隣のお皿にはこんがりと焼き目の付いたウィンナー。
見るからにジューシーそうな唐揚げ。
綺麗な形で仕上げられた卵焼き。
反対側の小鉢には、ほうれん草のおひたし。
そして最後。豆腐とワカメのスタンダートなお味噌汁。
「来夢、パーフェクトだ……!」
「クククッ……アーッハッハッハッ! どうだい!? これがボクの真の実力さ!」
思わず俺が拍手を贈ると、来夢は上機嫌に高笑いを始める。
いやはや、そうなるのも頷ける程の力作だ。
特に彼女の過去を知る俺から見れば、これは凄まじい進歩だと言えるだろう。
「さぁ、味の方も確かめてくれたまえよ!」
「ああ! じゃあ、いただきます!」
俺は両手を合わせてから、まずは唐揚げに箸を伸ばす。
そしてそれを口に運び、パクリ。
「もぐもぐ……ごくん。すっげぇ、うまい」
「ほ、本当?」
「おう。揚げ時間が完璧だな。ちゃんと下味も付いていて、噛めば噛むほどに肉汁と旨味が口の中で暴れ出すぞ」
それから俺は来夢の手料理を次々と口にしていく。
当然ながら、その一品一品。どれを取っても、最高に美味しい出来栄えだった。
「うーむ。我ながら、これは美味しいねぇ」
遅れて食べ始めた来夢も、頬を緩めて美味しそうに味わっている。
「ひょっとしたら、俺よりも料理上手かもな」
「どうだろうねぇ。一度や二度では、実力などそう簡単には測れないし」
「まぁ、そういうもんか」
「だから……その。これからも何度か、君の為に……料理を作ってあげたいんだが。構わないかい?」
「え?」
「か、勘違いしないでくれたまえよ。ボクはただ、自分の料理の上達ぶりを、君に見せつけてやりたいだけなのさ」
顔を赤くしながら、やけに早口でまくし立てる来夢。
「そっか」
「ああ、そうだとも。それとも何かい? 君はボクが、愛情や好意で料理を作りたいと言い出したとでも?」
「気にしないでくれ。そうだと嬉しかったんだけどなーって、ちょっと思っただけだ」
「ふーん? なるほどねぇ。案外、君もそういう……えっ?」
「さぁ、早く食っちまおうぜ。折角の料理が冷めちまう」
「……うん」
「?」
「(クククッ……全く。晴人、君という男は本当に……はぁ、しゅき。しゅきしゅきなのだよ)」
その後、さっきまでの威勢はどこへやら。
なぜか来夢が借りてきた猫のようにおとなしくなったのだが。
その理由は正直、俺には良く分からなかった。
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