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第26話:修羅場デース!

「ふんふふ~ん、ですわ~♪」


 春休みも終わりに近付いてきた、とある日の昼下がり。

 晴人の暮らすアパートに向かいながら、鼻歌を歌う少女がいた。


「ふふっ、晴人君。驚くかしら?」


 晴人のアルバイト先の先輩で、彼の新しい姉を自称(本人公認済み)するミスティ・クラウディウス。

 彼女は昨夜、晴人がバイト先に忘れたスマホを届けるべく、彼の家を訪ねようとしているのだった。


「本来なら先に連絡を入れるところですけれど、そのスマホを忘れたのでは仕方ありませんわよね!」


 だからこうして、彼の履歴書から住所を調べて、やってきたのだ。

 男の一人暮らしはさぞ大変だろうと、お弁当まで作っちゃったりして。


「……流石に重箱は大きすぎたかしら?」


 5段重ねの、もはやおせちとでも言うべき大量のお弁当。

 まぁ、男の子だからこれくらいペロリだろうと思うミスティ。


「ふふふっ、喜んでくれるといいのですけれど」


 アパートの階段を上がり、晴人の部屋の前まで到着したミスティ。

 彼女は意を決し、インターホンを鳴らした。


「……どきどき」


 初めて訪れる、愛しい男の人の部屋。

 いけない事だとは分かっているが、興奮を抑えられずにいる。

 万が一の時の為に、身を清めてきたし……ちゃんと大事な部分も整え、勝負下着も履いてきた。

 抜かりは無い。後は出てきた彼に、とびっきりの笑顔をみせるだけ。


「はーい」


 ガチャリと、扉が開かれる。

 それと同時に、ミスティは微笑む。


「晴人君、アナタのお姉ちゃんがやって……!」


「どちら様かな?」


「え?」


 そこにいたのは、ミスティの良く知る少年ではなかった。

 青色の長髪をうなじ辺りでひと結びにしている、中性的な美少女。

 そんな少女がエプロン姿で扉を開き、ミスティを不思議そうに見つめていた。


「えっ? あれ? 間違えましたの」


 いけない。どうやら自分は部屋を間違えたらしい。

 そう思ってミスティは、表札へと視線を向けた。

 そこに書かれているのは【晴波】の文字。

 合っている。ここは確かに、晴波晴人の部屋だ。


「ククク……もしかしてアナタは、ミスティ・クラウディウスさんかな?」


 ミスティが動揺していると、目の前の少女がくつくつと笑う。

 そして何故か、ミスティの名前を口にした。


「ど、どういう事ですの!? まさかアナタが! 晴人君を虐めている姉妹なのかしら!?」


 もしかしたら、例の姉妹達が晴人の部屋に押しかけてきたのかもしれない。

そう考えて、シュバッと身構えるミスティだが……少女は首を横に振った。


「いいや、違うよ。勘違いでも、あんなゴミクズ以下のメス豚どもと一緒にしないで欲しいねぇ」


「それなら……誰なんですの?」


「んー……今のところは、彼の幼馴染、といったところかな」


「幼馴染……? なぜ幼馴染が、彼の部屋に?」


「そりゃあ、元々はボクの家だからね。もっとも、今はボクと彼の愛の巣だけれど」


「あ、愛の巣ぅっ!?」


 ガビィーンとショックを受けるミスティ。


「まさか、彼が女の子と同棲していたなんて……」


「とりあえず、中へどうぞ。今、彼は留守にしているけどねぇ」


「……わ、分かりましたわ」


 本音を言えば、今すぐにでもここを脱げ出したかったミスティ。

 ここで中に入ったところでどうだというのだ?

 彼が、他の女と一緒に暮らしている場所なんて……居心地が悪いに決まっている。


「狭い場所で申し訳ない。コーヒーでいいかな?」


「いえ、お構いなく」


「じゃあ、コーヒーにしようか。ちょうどボクが飲みたかったところでね」


 そう言って、少女はコーヒーを淹れ始める。

 台所に立つその後姿は、やけに様になっていて。

 なんだか、新妻のようだ……と、ミスティはぼんやり思う。


「あの、えっと……アナタは」


「おっと。そう言えば、まだ名乗っていなかったね。ボクの名前は根島来夢だよ」


「そう、来夢さん。それで、あの……彼は?」


「昨晩、アルバイト先に携帯を忘れたみたいでね。今、取りに向かっているよ」


「あら、そうでしたの。では、入れ違いになってしまいましたわね」


 ポケットからスマホを取り出し、テーブルの上に置くミスティ。

 来夢はそれを見て、わずかに苦笑する。


「本当についさっき出たばかりなんだが、彼は本当にタイミングが悪いねぇ」


「ええ、本当に」


 本当にタイミングが悪い。

 だって、こんなのあんまりじゃないか。

 大好きな人に会える口実を見つけて、ウキウキでお弁当まで作って、こうして家までやってきたのに――彼は留守で、出迎えてくれたのは見知らぬ彼女。


「……」


 じわりと、ミスティの目尻に涙が浮かぶ。

 悔しい。悲しい。恥ずかしい。

 色んな感情が彼女の胸の中でぐるぐると渦巻いている。


「おや、コーヒーは嫌いだったかな?」


「……砂糖をくださいまし。それと、ミルクも」


「甘党なんだねぇ。フフフ、晴人も同じだよ」


 そうだったのか、とミスティはぼんやり思う。

 彼と味の好みが一緒だった嬉しさよりも、彼の好みを知り尽くしている彼女に対してほんのちょっぴりの嫉妬心を覚える。

 そんな自分の器の小ささに、ミスティは嫌気が差して堪らない。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございますわ」


 頂いたカフェオレに口を付ける。

 苦い。

 いや、砂糖もミルクもたっぷりと入っている。

 それでも、このカフェオレは……苦いように思えてならなかった。


「……ミスティさんには、晴人がお世話になっているようで。彼の家族に代わって、お礼を言わせて貰うよ」


「当然の事ですわ。彼のように良い子は、報われて然るべきですもの」


「ククッ……全く同感だよ」


「でも、彼はすでに幸せ者かもしれませんわね。こんなにも可愛らしい彼女がいるんですもの」


「……?」


「ワタクシなんて……彼に、何も……」


「……」


 自分は何をしているのだろうか。

 頬を伝う涙を見て、来夢が戸惑うのは分かりきっているのに。

 

「アナタは、彼の事が好きなのかな?」


「……っ!」


「だとしたら、ボクと彼の関係を壊さないで貰いたいものだね。ボク達はもう、心も体も愛し合っているのだから」


 それは、恐ろしく冷たい声だった。

 彼に手を出せば容赦しない。彼を奪う者は排除する。

 そんな意思が込められているようにも感じられた。


「……質問しても、よろしくて?」


「なんだい?」


「アナタは、彼を幸せにしてくれますの? 彼が二度と傷付いてしまわないように。支え、守り、愛し続けてくれまして?」


 涙をゴシゴシと拭い、ミスティはキッと真っ直ぐな瞳で来夢を見る。

 視線はもう逸らさない。これだけは、ハッキリと確かめなければならない事だから。


「ああ。当然だとも。天地神明に誓って、彼を幸せにしてみせる」


 一方の来夢もまた、まっすぐな瞳でミスティの瞳を見つめ返す。

 濁りのない、澄み切った瞳。

 それを見て――ミスティの決心は付いた。


「……そう。なら、決まりですわね」


 立ち上がりながら、ミスティはフッと笑みをこぼす。


「彼の事、よろしくお願いしますわ」


 ペコリと頭を下げ、そのまま部屋を出ていこうとするミスティ。

 しかし、その手を来夢は掴み……引き止めた。


「待ってくれ。まだ、話は終わっていないよ」


「え?」


「というより……申し訳なかった! すまないっ!」


 ガバッとその場で土下座を行う来夢。

 その行動の意味が分からず、ミスティは困惑するばかりだ。


「はい???」


「ボクが彼と付き合っているというのは、嘘なんだ。いや、そうなってくれれば最高だと思っている事は間違いないのだけれど……」


「へ? じゃあ、どうして?」


「アナタを確かめたかったのさ。自分の欲望よりも、晴人の幸せを何よりも考えられる人なのかどうかを」


「……そうでしたの」


 それで納得した。

 さっきの冷たい声色。挑発するようなセリフ。

 そのどちらも、彼女にはあまり似つかわしくないものだったから。


「本当に申し訳なかった」


「いいんですの。ワタクシも、アナタの立場なら同じ事をするかもしれませんし」


「……そう言って貰えると、少しは気が楽になるね」


 顔を上げて、はにかむ来夢。

 同じ女の子だというのに、その綺麗な笑顔には思わずミスティもドキッとしてしまう。


「それで? テストに受かったら、どうなるんですの?」


「……アナタは晴人の事を深く愛している。それなら、ボク達に協力して欲しい」


「協力?」


「晴人を幸せにする。それが果たせるなら、ボクは彼が女の子を何人愛そうとも構わないと思っているのさ」


「!!」


「当然、相手は厳選させて貰うけどね」


「なるほど。ワタクシには、その資格があると?」


「ああ。彼がアナタを選んだとしても、ボクは納得出来る。出来れば、愛人枠でボクや、彼の親戚に当たる女の子も一緒に暮らさせて貰えると嬉しいけど」


「……」


 どうやら既に、自分の他にテストに合格している少女がいるらしい。

 ならば、自分の答えは決まっている。


「分かりましたわ。大切なのは晴人君の幸せですもの」


 自分が一番でなくても構わない。

 彼が幸せなら。彼に愛して貰えるのなら、順番なんか関係ない。


「だってワタクシは、彼のお姉ちゃんなんですもの」


「ククク……これで、妹枠と姉枠が埋まったねぇ。願うなら、お嫁さん枠はボクが手にできると嬉しいのだけれど」


「あら? 両取りしても構わないのでしょう?」


「もちろん。だけど、そこだけは絶対に譲るつもりはないよ」


 スッと、右手を差し出す来夢。

 ミスティはその手を、躊躇う事無く掴んだ。


「これからよろしくお願いしますわね、来夢さん」


「こちらこそよろしく、ミスティさん」


 晴人を愛する幼馴染。晴人を愛するお姉ちゃん。

 そして――もう一人。


「来夢おねーちゃーん。真凛、お腹が空いちゃったー」


「あら? なんて可愛らしい女の子ですの!」


「おやおや、真凛ちゃん。ちょうどいいところに来たねぇ」


「うゆ?」


 晴人を愛する妹も加わり。

 彼のハーレムはますます、賑やかさを増していくのだった。

お読み頂いてありがとうございます。

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