第21話:俺は君と一緒にいたい
早朝。
まだ朝日も完全に上らない時間帯から、俺は行動を開始していた。
「えっほえっほ……!」
それは新聞配り。
ミスティさんから紹介して貰った、誰にも邪魔されずにこなせるアルバイトの一つだ。
「ふぅ……」
本来なら自転車やバイクがあれば楽なんだろうけど。
まだ始めたてでこなす件数が少ないのと、春休みで運動不足になりがちな体を動かすのにちょうどいいと……ランニングでこなす事にしたのだった。
「今日の配達は終わり。急いで帰るか」
額の汗を拭い、そのまま帰路につく。
かなりお腹は空いているが、ここで寄り道はしない。
なぜなら、アパートに帰り着けば……
「やぁ、お帰り。お疲れ様だったね」
「ただいま。めちゃくちゃ腹が減ったよ」
「ああ。朝食はもう出来ているとも」
来夢が俺の為に、ちゃんと朝食を作ってくれているのだ。
わざわざ俺に合わせて、早起きまでして……なんて優しい奴なんだ。
「ねぇ、アナタ。ご飯にする? お風呂にする? それとも……ボクかな?」
「え?」
「クク……月並みだが、こういうセリフを一度は言ってみたくねぇ」
「ああ、なるほど。それじゃあ……来夢にしようかな」
「……ほぇ?」
俺はそう答えると、俺を出迎えてくれたエプロン姿の来夢の手を取る。
そしてそのまま彼女をこちらへ引っ張ると、そっと両腕で彼女を抱きしめた。
「は、晴人!? こここ、これは……!?」
「……ごめん。汗臭かったよな」
俺はすぐに来夢を解放しようと手を放したが、それは叶わなかった。
なぜなら、来夢の両腕が既に俺の背中に回されていたからだ。
「そんな事は無いさ。ボクは君の汗の匂いも、大好きだよ」
「なんだそりゃ。匂いフェチなのか?」
「ククク……どうだろうね」
朝早くから、玄関で抱き合う2人の男女。
傍から見ればバカップルにしか見えないだろうな。
「とりあえずシャワーにするよ。もう体がベタベタだ」
「そうしたまえ。ただし、あまり待たせないでほしいな。折角の朝食が冷めてしまうからねぇ」
「ああ、分かったよ」
俺は頷き、来夢から離れて風呂場へと向かう。
ふと振り返ると、ポニーテールの来夢が微笑みながらフリフリと俺に手を振っていた。
「……んしょっと」
汗に濡れた服を脱ぎ、洗濯カゴに放り込む。
そして浴室に入り、俺は蛇口をひねってちょうどいい温度でシャワーを浴びる。
「あー……生き返る」
「晴人。タオルと着替えはここに置いておくよ?」
「あ、忘れてた。ありがとう、来夢」
「気にしないでくれ。君の世話を焼くのは、ボクの生き甲斐のようなものだからねぇ」
浴室の扉越しに、来夢と会話する。
ここ最近、来夢は随分と俺に甲斐甲斐しく接するようになってきたと思う。
俺としてはありがたい話なのだが……
「なぁ、来夢」
「ん? どうしたんだい? 背中を流して欲しいなら、すぐにでもそちらへ行くよ」
「それはまた今度にしてくれ。そうじゃなくて……一つ、言いたい事があってさ」
「何かな?」
「こんなタイミングで言うのもどうかと思うんだけど。面と向かって言うのは、少し恥ずかしいから……」
「んん?」
何を言われるのか見当がつかないのか、来夢の悩む声が聞こえてくる。
付き合いが長いと、今頃アイツがどんな顔をしているのかも手に取るように分かるもんだな。
「春休みが終わったら、俺は隣の部屋に住めるようになるんだよな?」
「ああ、そうとも。改修工事はもう始まっているし、なんなら数日後からでも……」
「それ、無しに出来ないか?」
「……えっ?」
俺の言葉を聞いて、来夢の声色が変わる。
驚愕というよりは動揺……そんな感じだった。
「おやおや。ボクの隣の部屋で暮らすのは嫌になったのかな?」
「あー、ある意味では、そうだとも言えるかもな」
「……」
ほんの少しの沈黙。
ジャーッというお湯の流れる音だけが響く中。
俺は誤解を招かないよう、言葉を続ける。
「俺はこのまま、お前と一緒に暮らしていたい。隣の部屋に分かれるのは嫌なんだ」
「……へっ?」
「だから、春休みが明けても。高校生活が始まっても……俺、ここに暮らしていたいんだけど……駄目かな?」
「何を言い出すかと……思えば。ククク……晴人、君はどうしたんだい?」
ギシッと、風呂場の扉が軋む音がする。
どうやら来夢が、扉により掛かっているようだ。
「君がそれほど寂しがりだとは思わなかったよ。ボクと壁1枚を隔てて生活する事さえ、我慢できないというのかな?」
「ああ。そうだ」
「……ク、ククク……! これはこれは。困ったものだねぇ」
「でも、急にこんな事言われても迷惑だよな。ごめん……嫌なら、いいんだ」
「嫌じゃないっ!」
「!!」
「嫌な、もんか……晴人。ボクも……ボクだって、君とずっと一緒にいたいよ。一秒だって、壁1枚だって離れたくなんかない」
「……ありがとう、来夢」
ここ数日、来夢と一緒に過ごして。共に生活して。
俺は来夢の事が好きなのだと自覚した。
でも、果たしてその好きが……どういう意味なのか。
異性としての愛情なのか。
親友に向けての好意なのか。
それとも――家族に向けるような親愛なのか。
「俺……お前に会えて、本当に良かったよ」
「ボクもだよ、晴人……」
その答えが出る日は、きっと近い。
だから今は――彼女と共に生きていこう。
たとえ最終的に、どんな結末が待っていようと……後悔しないためにも。
来夢さん一強過ぎてハーレムじゃなくなる問題。
さて、どうしたものか。




