9話 管理者ルーム1
巨大なモニターに、1人のプレイヤーが映し出されている。
「うわぁ、まさかあの厳しい条件をクリアしそうなプレイヤーが現れるなんて……。正直、全然予想してなかったですよ」
そのモニターを見たリスが、心底感心したように声を上げた。『鈴木』とデカデカと書かれたTシャツを着た、二頭身のちびキャラ化したマスコット的な可愛さのアバターだが、声の低さから考えて、現実世界では男性なのだろう。
「何言ってんのよ。3万人もいれば、あの条件をクリアするプレイヤーぐらい現れるわよ」
それに反論したのは、ゴリラだ。こちらはリアルなゴリラのアバターで、『神谷』と書かれたTシャツを着ている。声からして女性のようだ。
「いやいや、無理っすよ。まず大前提として、追加分を含めたパートナーの系統とタイプを決めないで、そのどちらもが卵じゃなきゃいけないんすよ?」
神谷の反論に呆れたような声を上げたのは、柴犬の獣人だった。獣耳と尻尾があるだけの獣人ではなく、コボルトのような二足歩行する人型の獣アバターで、着ているTシャツには『小田』と書かれている。蓮っ葉な口調の女性だ。
「小田の言う通りです。パートナーが卵になる確率だって、サービス開始の第一陣ということで、多少高くはなっていますけど、それでも低いことには変わりないんですから」
「その大前提に合致したプレイヤーは、50人ほどだしねぇ〜」
別のモニターを見ていた人物が、楽しげな声を上げた。
周りが獣や獣人アバターを選ぶ中で、彼だけは何の変哲もない男性アバターを選び、容姿も、男前とも不細工とも言えない、所謂モブ顔である。ラフな服装の上に白衣を羽織っており、その背中にはデカデカと『五十嵐』と名前が書かれていた。
「ほらぁ! たった50人しかいないじゃないっすか! 50人ってことは、600人に1人の割合ってことっすよ?!」
五十嵐から齎された情報に、小田は『我が意を得たり』と言わんばかりに声を上げる。
「しかも小田が言ったのはあくまで大前提であって、まだまだ厳しい条件が続くしな」
勢い付く小田を援護したのは、兎の獣人だった。こちらは小田と違い、獣耳と尻尾があるだけの獣人アバターで、見た目はほぼ人間だ。モノクルを掛け、執事服を着ている彼の胸元には、シルバーのネームプレートが輝いており、そこには『Sakai』と書いてあった。
因みに、AWO内でプレイヤーが選べる獣人アバターのタイプは、堺の方である。
「そうっす! 卵が孵化するまで【殺生は一切禁止】とか、【クエストを100回クリアする】とか、【新たなスキルを習得する】とか、【2人以上の住民に感謝される】とか、【こちらが配布した物以外口にしない】とか…。この5つの条件を全部クリアしなきゃいけないなんて、そんなのただの無理ゲーっす!」
「でもそれを彼はクリアしたわっ!」
堺と小田の直言に、神谷はモニターに映し出されているプレイヤーを指しながら、牙を剥き出しにして言い張った。アバターがリアルゴリラなので、その迫力は凄まじい。
「…………そーっすね。今2個目になる携帯食を口にしたっすから、孵化までの残り時間を考えると、全部の条件をクリアしたっすね」
ホントすげーっすわぁ、と反論の余地を失った小田は、大きく嘆息した。どことなく不貞腐れたような様子なのは、彼女の中に、無理ゲーをクリアした彼を素直に賞賛する思いと、無理ゲーは無理ゲーのままにしておいて欲しかったという相反する思いが混在しているからだ。
「ええ! これで彼のパートナーはあの子たちに決定よ!」
そんな小田とは違い、すべての条件をクリアするプレイヤーが必ず現れる、と信じて疑っていなかった神谷は、今まさにすべての条件をクリアしたプレイヤーの登場に、心底嬉しそうに破顔した。……リアルゴリラなので、少々分かりにくいが。
「それにしても……彼、スキルの数も凄いことになってるよね〜」
別のモニターでプレイヤー情報を見ていた五十嵐が、顎に指を当てながら、くつくつと愉快そうに笑った。
青年のステータスは、戦闘をしていないため能力値に変動はないが、所持スキルの数が既に10を超えていた。習得済みの術やスキルレベルが上がったことで習得したものを含めれば、20に迫るほどだ。
「まぁ、フィールドに出ずに、図書館で本を読み漁ってましたからね。鑑定も…自分の所持スキルと卵にしか使ってませんでしたし」
「そう言や、ポーション作りの時に、素材として薬草が提供されてたが、鑑定してなかったな。ポーションの品質向上に邁進してて、鑑定するのを忘れたのか?」
鈴木は感心しつつも小さく肩を竦め、堺は可笑しそうにくつりと笑った。
「そうかもしれないねぇ。でもそのおかげで、彼は《薬草知識》を習得できたんだ。薬屋で鑑定を使っていたら、読書で《薬草知識》は習得できなかったからね〜」
忘れてたのなら、それはそれで正解だったよ、と五十嵐は笑う。彼が言うように、《薬草知識》を読書で習得するには条件があった。
『〇〇知識』と名が付くスキルは、それに関連する本を読むことで習得できるスキルだが、習得する前に、薬草やモンスター、鉱物などを鑑定してしまうと、読書での習得が不可能になってしまうのだ。とは言え、読書以外の方法でも習得は可能なので、鑑定してしまっても何の問題もないのだが。
「私的には、心得スキルを習得したことに驚きだわ。あれって結構大変でしょう?」
「確かにそうですね。素養と素質を経て、心得になりますから」
神谷の言葉に鈴木は頷く。
心得というスキルは、正確には『〇〇の心得』という名で、〇〇に当て嵌まるスキル―――例えば、鍛冶や調理、調合などを習得するのに必要なSPを、減少させる効果がある。
このスキルには段階があり、素養から始まって、素質、心得の順にランクアップしていき、効果も高まっていく。SP節約に打って付けのスキルなのだが、心得になるまでランクアップさせるには、かなりの量の本を読まなければならない。
素養を習得するのは比較的簡単で、関連書籍を1冊読めばいいのだが、それを素質にランクアップさせるには、更に3冊読む必要がある。そして素質を心得にランクアップさせるには、関連書籍をあと6冊も読み漁らなければならない。
仮に、すべての本の読了時間が1時間だとすると、心得になるまでに10時間もの時間を要するのだ。
「んー、途中で速読のスキルを習得したようだし、それほど大変じゃなかったんじゃないかなぁ? それに彼が図書館に入り浸ってたのは、時間潰しのためだったわけだし」
「だな。本人にとっては、時間潰しのために本を読み漁ってたら、何かスキルがランクアップしたんだけど、…って程度の感覚なんじゃないか?」
「確かにそうかもしれないわね。でも過去の映像を見たら、スキルがランクアップして喜んでるわよ」
スキルのランクアップに喜ぶ姿をモニターで見ながら、神谷はうふふ、と小さく笑う。
「取り敢えず、あの子たちをパートナーに持つ彼の動向をこれから見守っていきましょう!」
モニターに映るプレイヤーを指しながら、神谷はビシッと言い放つ。満面の笑みを浮かべる彼女は、とても楽しそうだ。……楽しそうのだが、如何せんアバターがゴリラなのである。リアルゴリラだからこそ、違和感が半端ない。更に言うなら、リアルだからこそ、表情や動作が人間臭くて気持ちが悪い。まぁ、中身が人間なのだから当たり前だが。
「………ところで、ずぅーっと気になってたんすが、何で神谷チーフのアバター、リアルゴリラなんすか?」
もっと可愛いアバターあったすよねぇー?、と小田は尋ねる。今更感な問いではあったが、それはここにいる全員が気になっていたことでもあった。
「え? 可愛いでしょう?」
「…可愛いっすか? ゴリラ」
キョトンとした様子で小首を傾げるリアルゴリラに、小田は若干引いた。現実世界の神谷の容姿なら、その仕草も可愛かったかもしれないが、ゴリラでは可愛くない。
「ええ、可愛いわよ。だってゴリラは、とっても繊細で、平和主義な生き物なんだから。ストレスでお腹壊したりするのよ」
「いやでも、ゴリラに襲われたら一溜まりもないっすよね。リンゴとか簡単に握り潰せるんすから」
真剣にゴリラの可愛さをアピールする神谷に、小田は呆れてジト目になる。
実のところ、ゴリラの握力は400〜500kgと推定されているので、リンゴどころか、頭蓋骨すら握り潰せるのだが。
「人間だってリンゴを握り潰せるじゃない!」
「…まぁ、マッチョならできるんじゃないっすかね」
「マッチョじゃなくても潰せるわよ!」
「握力70kg以上ある人が、一般体型なわけねーっす」
小田は呆れ顔で首を振った。彼女の言う通り、握力が70kg以上あって、一般的な体型をしている人はそうそういないだろう。
「ま、取り敢えず…神谷チーフがゴリラ好きってことが、よぉーく分かったっす」
大きく頷きながら、しみじみと言った小田の言葉は、この場にいる全員の総意だった。




