10話 特殊クエストの終了
うぅ……。東区で何か買っておけばよかった…。
西区にある宿屋の一室で、俺は今、絶賛後悔中だった。
何を後悔しているのかと言えば、読書に夢中になりすぎていたことだ。
読書でスキルが得られると知った俺は、ひたすら本を読み漁った。
時間潰しと情報収集を兼ねた読書だったはずなのに、スキルが得られると分かってからは、目的がスキル習得に変わり、とにかく本を読んだ。
―――結果、俺は《薬草知識》と《モンスター知識》を含めて、8つものスキルを習得した。
……のだが。
その代償として、俺は携帯食を口にするハメになった。
と言うのも、昼食やトイレなどの諸事情でログアウトする以外、図書館に入り浸って本を読み続けていた俺は、空腹度のことをすっかり忘れていたんだ。
それに気付いたのは、孵化までの残り時間が20分を切った頃。そろそろ宿でも取って、そこで孵化を見守ろうと思った俺は、椅子から立ち上がろうとして、体が物凄く重いことに気が付いた。慌ててステータスを確認してみれば、何と空腹度が83! 思いもしなかった高さにビックリして、俺は2個目となる携帯食を口にした、…と言うわけだ。
…え、1個目はいつ口にしたのかって?
ポーション作りの時だよ。
あの時も空腹度が60を超えてたんだけど、品質向上の手立てを模索中だったこともあり、もう少し集中してクエストを続けたかったから、携帯食を口にしたんだ。
運営が配布してくれた携帯食は、1センチほどのキューブで、濃い緑色をしていた。
……味? 絶賛後悔中だって言っただろ。つまりそういう味ってわけだ。
え、詳しく知りたい? …なんて物好きな……。
…………たった1センチほどのキューブなのに、口に入れた瞬間、濃厚な苦味と舌を刺す渋みに襲われ、自然と眉間に皺が寄り、吐き出そうにも、綿飴のようにあっという間に溶けて消えてしまうから、どうすることもできない。なのに、苦味と渋みは消えないんだ。あまりの不味さに悶絶―――…とまではいかなかったけど、悶えた。口の中に広がった苦味と渋みは、約5分も消えず残り続けていたから、本当にツラかった。
…一応、覚悟はしていたんだ。携帯食の味は、まとめサイトでも酷評されてたし。ま、想像を絶するほどの不味さだったけどな。それでも何とか我慢できたのは、えぐみがなかったからかもしれない。
さっき言ったように、俺は携帯食が酷い味だってことを知っていた。知ってて食べた。
食べた理由は、勿論高くなった空腹度を下げたかったってのもあるけど、それよりも―――…まとめサイトに書かれていた味を、実際に体験してみたいという好奇心に負けたのだ。その結果は………まぁ、お察しだな。正しく『好奇心は猫を殺す』だったわけだ。
そして今も、口の中に残る苦味と渋みに悶えている。
……何か…1個目よりも苦味と渋みが長く続いてる気がする。もしかして…前より空腹度が高かったから、味が持続してるのか?
うぅ、やっぱり東区で食料買っておけばよかった……。
でも携帯食は、空腹度の数値を必ず0にしてくれる優秀な食料だから、バカにできないんだよなぁ…。
ゲームによって表記は様々だけど、空腹度はほとんどのVRゲームに組み込まれているシステムだ。大抵のゲームでは、空腹度が100になると動けなくなる程度なのだが、AWOは違う。
70を超えた辺りから、動作がだんだん鈍くなっていき、80を超えると、体が重くなって動きにくくなる。90を超えると、体の重さに加え、すべての能力値が4分1ほど減少する。そして100になると、すべての能力値が半減する。体の重さも増して、動くのが億劫に感じるようになるらしい。現に80を超えてた時、椅子から立ち上がろうとして、体が物凄く重く感じた。…100になるとあれより重く感じるようになるのなら、動くのが億劫になるのも頷ける。
ここまでなら、もしかしたら他のゲームにもある仕様かもしれないが、AWOには更に上がある。
空腹度が100になっても無視し続けていると、飢餓状態になるのだ。
飢餓状態になると、体が重くて立っていられずに、その場に座り込んでしまうらしい。戦闘中の場合は、物理攻撃が一切できなくなり、物理系スキルも使用不可。腕を動かすくらいならできるそうだが、全ての能力値が半減している状態だから、盾で防御したところでジリ貧でしかなく、大した抵抗もできずに死に戻ってしまうだろう。その他にも、全スキルのキャストタイムやリキャストタイムが、10秒ほど延びてしまうらしい。
この飢餓状態は、一種の状態異常なのだが、これを防ぐための装備やプレイヤースキルはなく、回復魔法も存在しない。例え死に戻っても、飢餓状態だけは治らない。更に厄介なのは、この状態異常はパートナーにも起きることだ。
パートナーが飢餓状態になると、マーカーの色が緑から赤に変わって、近くにいるものに襲い掛かる。それは敵味方関係なく、プレイヤーだろうがモンスターだろうが、手当たり次第らしい。
自分のパートナーが、突如モンスター化する絶望……。絶対に味わいたくない。
回復方法は1つだけで、ひたすら食べ続けることだ。ただし、確率で回復する仕様になっているため、どれだけ食べればいいのか分からない。
腕を動かすのがやっとな状態で、ただひたすら食べ続けるのって、結構キツイだろうな。
因みにパートナーは、一度倒して正気に戻す必要があり、その後はプレイヤーと同じように、ひたすら食べ続ければ治るそうだ。
―――以上、まとめサイトからの情報でした!
あ、パートナーを正気に戻すための戦闘は、自分でやる必要はなく、他のプレイヤーでもモンスターでもいいらしい。…まぁ、正気に戻すためとは言え、誰だって自分のパートナーを傷付けるのは嫌だよな。
あと、都市や村の中でパートナーが飢餓状態になった場合、戦闘は発生しないそうだ。ただし、回復のための食事は好物しか受け付けず、他のものは一切口にしないらしい。
――――飢餓状態ってホント厄介だな。
俺はパートナーが2体もいるわけだし、空腹度には気を付けるようにしよう。
△▼△▼△▼△
卵が孵化するまで、あと5分。
徐々に卵は大きくなっていき、今では元のサイズの2倍近く大きくなっている。
いよいよ待ちに待った瞬間が訪れたわけだ。
…と、その前に。
俺はステータスを呼び出した。
現在の俺のステータスは……
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名前:カーラエル
レベル:1
種族:ハイエルフ
クラス:付与魔法師
空腹度:0
HP:67/67
MP:102/102
筋力:6(+1)
体力:37(+7)
知力:34(+3)
器用さ:24
素早さ:27
運:50
【スキル】
付与魔法 Lv.1
・属性付与
・耐性付与
杖術 Lv.1
調合 Lv.13
・乾燥
言語学
植物学
採取
鑑定
薬草知識
モンスター知識
調理の心得
食材知識
速読
錬金術の心得
裁縫の心得
木工の素養
【装備】
武器:柊の杖
頭:なし
体:木綿のローブ
足:旅人の靴
アクセサリー:なし
アクセサリー:なし
アクセサリー:なし
アクセサリー:なし
アクセサリー:なし
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見よ! このスキルの数をっ!!
Lv.1でスキルの数が15個もある! 付与魔法2つと《乾燥》を含めれば18個だ!
そして何より、調合のレベル! ポーション作りのおかげで、レベルが13になった!
『???』表記ばかりだった調合薬一覧も、一部が開示されるようになったし、毒や麻痺、睡眠、混乱の状態異常薬の他に、継続回復型の丸薬も作れるようになっている。
それだけじゃない! ★4以上の薬草があれば、中級ポーションも作れるようになった!
いやぁ〜、ポーション作り頑張った甲斐があったなぁー。
読書で得た8つのスキルも、全部使えるものばかりだし。その中でも1番驚喜したのは《心得》のスキルだ。
これは元々《素養》だったものが、2回ランクアップして上位スキルに変化したもので、スキル効果もかなりいいものになっている。
《心得》のスキル効果は何と、スキルの習得に必要なSPを10ポイントも減らすことができるんだ!
スキルを《鑑定》した時は、本当にビックリした。SP節約にうってつけのスキルがあるなんて思ってもみなかったからな。
俺は今、《調理》と《錬金術》と《裁縫》の3つの《心得》を持っているから、この3つのスキルは、通常よりも少ないポイントで習得できる。《木工の素養》も取ってあるから、卵が孵化したら、また図書館に戻って読書でもするかな。どうせ今日は、23時にはログアウトしなきゃならないし。
…え? 《木工の素養》の効果?
《木工》のスキルを習得するのに必要なSPが3ポイント減るんだよ。因みに《素質》は5ポイントな。
8つものスキルを習得するのに、特に役に立ったのは《速読》だ。
このスキルは、一定数の本を読めば習得できるようで、《食材知識》と同時に習得した。読了時間が半減する、というスキル効果で、スキルのランクアップを狙っていた俺にとって、実は喉から手が出るほど欲しかったスキルでもあった。…あ、《速読》と同時に習得した《食材知識》は、調理する時に、食材の旨みを引き出せるようになるらしい。
「……っと、時間か」
ベッドの上に乗せた2つの卵が小刻みに震え出した。孵化までの残り時間は1分を切っている。
「やっと俺だけのパートナーが生まれるんだ。記念に撮っておかないとな」
俺はシステムを呼び出し、録画カメラを【目線】から【固定】に変更した。カメラの位置は、2つの卵が画面に入る場所にセットして、録画を開始する。
わざわざ固定カメラに変更した理由は、目線カメラだと、頭を振ったり顔を背けたりした時に、カメラもそれに合わせて動いてしまうからだ。もし、卵にヒビが入った瞬間、目も開けられないほどの眩しい光が溢れて、思わず顔を背けてしまったら、せっかくの孵化シーンが撮れずに終わってしまう。それを防ぐためにも、目線カメラは選べない。
カタカタと卵の震えが大きくなって、灰色がかった卵の方に、ピシリッ、と小さなヒビが入る。
カウントダウンが始まった!
―――5
―――4
―――3
―――2
―――1
――――ピカァッ!!
「ぅわっ?! 眩し…ッ」
目を開けていられないほどの眩い光が、大きく入ったヒビから溢れ出し、俺は思わず目を閉じて顔を背けてしまった。腕で光を遮っても、まだ眩しい。
――――目線カメラにしなくて本当によかった!
正に懸念した通りの展開だった。ホッと安堵しながら、光が収まるのを待つ。
暫くすると、徐々に光が収まっていくのを感じて、俺はゆっくりと目を開け、腕を下ろした。
背けていた顔を卵の方に向けると―――……
卵の殻から顔を出し、その頭にも殻を乗っけている子供が、2人。
じっと俺を見詰めていた。
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【お知らせ】
特殊クエストが終了しました。
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