486.するだけ無駄です
打てば響く。
それが俺がアルディスと戦っていて思った、彼を評する言葉だ。
隙を見せて釣りを仕掛けると、逆にどのような罠を放つ気なのか探りに来る。その中で釣りの極意を盗み、今度は戦いの最中で自己流の釣りを仕掛けてくる。それを掻い潜ると、アルディスは嬉しそうに釣りの内容を修正していく。
睨み合いで焦らすと、最初はあちらから突っ込んで来たのに段々と焦らしが駆け引きだと気付いてきたのか向こうも待つ動きを取り入れてくる。ぶつかる瞬間を心待ちにするかのように。
歩法を駆使して死角を取る動きはとっくに習得していたのか、完璧に対応してきた。それどころか機を伺う時の動きは下手をすると俺より上手いかもしれない。彼に眠る野性味がそうさせるのか、嗅覚のせいかは分からない。
激しく攻め立てるアルディスに二刀流で応酬するが、彼は二刀流の利点と欠点を正しく理解して更なる猛攻を仕掛け、遂には俺と同じく鞘まで武器として自らも疑似二刀流を使い始めた。
「もっと、もっとだ!! お前の剣技を見せてくれ!!」
(これは、洒落にならん……動いた側から動きと行動思想が盗まれる!)
ロザリンドに剣を教えたときも技術吸収が早かったが、アルディスのそれは早いなんてものじゃない。吸収を通り越して奪い取られているような気分だ。アルディスの呼吸や隙を読み取る為に何度も攻め込むが、彼の戦法はリアルタイムで更新されていくのでこちらが掴む前に先に進んでしまう。
流れを取り戻そうと新たな札を切ると、それも吸収されてどんどん攻めるのが難しくなり、ならばいっそと多くの札を切ってもそれをまた糧にしてしまう。何度か与えた切り傷も既に再生能力の高さから塞がり始めており、こちらは馬鹿力で振るわれる腹立たしいまでに緻密な剣技に消耗を強いられる一方だ。
「八咫烏!!」
「またかっ、八咫烏!!」
最終奥義同士が激突し、地面が罅割れ壁が強かに震える。
既に幾度とない激突でガラスの類はとっくに全てが粉々になり、奥義の余波で騎道車整備用のあらゆる設備がひしゃげ、折れ、切断されていく。
(八咫烏の威力が段々と高まっている……!)
アルディスが放つそれが高まれば、それを相殺する俺も威力を高めざるを得ない。
逆にこちらから八咫烏を仕掛けると、アルディスも呼応して更に奥義の威力を上乗せする。
先について行けなくなった方が負ける、至極単純なパワーゲームだ。
(だが、それじゃ駄目だ。そもそも普通に敗北する可能性がある。熱くなるな。自分が何の為に戦うのか脳裏にしかと刻んで動け!)
俺はハイにならないよう理性のブレーキを調整しながら、しかしアルディスに気迫で負けないよう心を奮い立たせる。
「軽鴨、二連!!」
壁際の整備用リフトにアルディスを追い込んで連撃を放つと、アルディスはそれをフィジカルにものを言わせて躱しつつ、回避不能なものだけ二の型・水薙で逸らしていく。だが、逸らした先で俺の斬撃がリフト近くの設備を切断し、鉄骨の柱がバランスを崩してアルディスの方に倒れ出す。
「そっちが狙いか! 面白い!」
アルディスは驚いたというより感心したように声を弾ませると、倒れる鉄骨めがけてふわりと跳躍。絶妙な力加減で空中で横に一回転しながら柱に乗ると、そのまま全力で跳躍して上部の騎道車整備用の足場に飛び乗った。
あの動きは裏伝二の型・紙鳶を自己流アレンジしたもののように思える。右か左に避けると読んで準備していたが、彼のフィジカルなら上も下もありえると思っていた俺はアルディスと同時に跳躍して一刀流に戻り、空中で彼に縦振りの斬撃を放つ。
「せあぁぁッ!!」
「そんな追撃ではぁッ!!」
身を捻ったアルディスがカウンター気味に剣を合わせ、刃が衝突。
パワーで劣る俺は吹き飛ばされるが、別にそれでいい。
アルディスの攻撃の勢いを上手く利用して飛んだ俺は上部作業場の鉄パイプを掴んで勢いを殺し、着地する。互いに離れた足場同士、距離のある睨み合いだ。無論、アルディスは楽しそうだが。
「吹き飛ばされるために攻撃したのか! そんなことは思いつきもしなかった!」
「お前の方がパワーが上だからな。力ある相手にはこういう動きもある」
相手が筋力というシンプルな力において優位だからこそ出来た芸当だ。アルディスも相手の勢いを利用する術は心得ているようだが、彼はオーラ、氣、人外の筋力を掛け合わせた攻撃をしているのだから、吹き飛ばされる機会は今まで殆ど無かっただろう。
互いに走り出した俺たちは、遠距離に氣を乗せた斬撃を飛ばしたり、そこらにあるアイテムを蹴り上げたり投げ飛ばしたりしながら平行に走り出す。ちまちまと埒のあかない応酬だが、アルディスは物を投げるという動きに興味を持ったのか、様々な投げ方を試して狙ってくる。当たれば死にかねない威力なので全力で先読みして最低限の動きで躱すと、いつのまにか俺とアルディスの足場は一直線で繋がる。
「またぶつかり合おう!! 六の型・紅雀ッ!!」
めきり、と金属製の足場が軋む音を立て、アルディスが一直線に疾走してくる。
「やだね。ちょっと休ませろ」
俺はそれに対し、足場に斬撃で切れ目を入れるとそこに蹴りを叩き込んだ。
ぱきぃん、と、甲高い音を立てて足場が折れ曲がり、下に落ちていく。
「ぬあっ!?」
完全に正面からぶつかると思っていたアルディスの足が空を切り、彼の奥義は不発に終わる。落下しながらも足場を蹴ってなんとか上に飛ぼうとしていたようだが、俺が足場を蹴って落下速度を速めていたので足があと一歩で届かなかったようだ。
ダメ押しにその辺で拾ったスパナを全力でアルディスに投擲する。
ボ、と、空気を貫いて迫るスパナをアルディスは剣で斬るが、投擲速度が予想より速いことと姿勢の不安定さが災いして上手く弾けず、斬ったスパナが二つの投擲物に化けて彼の体に命中した。
「……ッ!! これは、痛い、ものだな。学習した」
「これで刃物だったら刺さってるところなんだが、丈夫な肉体に救われたな」
「ならば……コツが知りたい!!」
アルディスが近くの工具箱に走り、中にあるものを片っ端から投げつけてくる。
(やはり……こいつ、今は好奇心が強く出てるな)
俺のスパナ投擲もやつの工具投擲も、互いの技量を考えると決定打になる可能性の低い応酬だ。俺は敢えてそこに誘導して小細工をしているのだが、小細工に興味の向いたアルディスは全力でそれに乗ってきた。
遮蔽物として鉄骨や鉄パイプを利用して攻撃を凌ぎながらこちらもガラクタを投げ返す。投擲物が鉄に食い込むほどの威力を見せていること以外は子供の遊びのようだ。イスバーグ村の雪合戦を思い出し、ふ、と笑みがこぼれる。
(あいつが雪合戦したら、雪の威力次第では失神しかねんな)
アルディスは一面の銀世界を見たことがあるだろうか。
鬱蒼と茂る針葉樹林の高さを、凍り付いた湖を、雪原をそりで滑り降りる爽快感を知っているだろうか。きっとまだ知らないのだろうな、と思う。
戦いの最中の息抜き。
戦闘中に気を抜くのは本来褒められた行為ではないが、一度落ち着けば自分を俯瞰的に把握し、状況をより正確に把握できる。なにより張り詰めすぎた弦は切れてしまうものだ。これからどれだけの長丁場になるのかも分からないのだから、少しは肩の力を抜こう。
アルディスは暫く楽しそうだったが、自分の投擲が上手く当たらないのを見て、俺が上を取っているという地の利の差に思い当たったのか重量級の設備や道具を投げて足場の破壊にかかってきた。
ここいらが潮時かと鉄骨を蹴りながら地上に降りると、アルディスは待ってましたと言わんばかりに剣を構える。
「鼻先ににんじんを垂らされた馬のような気分、なのだろう。焦らされることでヴァルナへの愛が更に高ぶっている。今ならばもっと、もっと凄い八咫烏が放てる!!」
「そいつは怖いな」
戦いですり減るものもあれば高まるものもある。
特に抑圧からの解放によるカタルシスや、怒りの爆発はそうだ。
もはや素人目に見たとて分かるであろう、アルディスの中に蓄積された氣も、感情も、爆発寸前だ。怒りの爆発は注意力の散漫にも繋がるが、アルディスの場合は正の感情による爆発だろう。
彼には戦いの長期化や事が上手く運ばない事に対する苛立ちや忌避感がない。
全てを正の感情で捉え、負に偏ることがない。
セドナも似たような性質があるが、アルディスの場合はより純粋だ。
彼にとって戦いは会話と同じ位置に存在する。
いや、下手をすると会話以上のものかもしれない。
食べる、寝る、戦う――それが今のアルディスの三大欲求なのかもしれない。
彼はどこまでも、とことん、貪欲なまでに戦うだろう。
戦いの中で刃を交え、足捌きを見て、身のひねりを見て、それらを吸収して反映する。彼にとって戦いは、赤子が大人の喋っている言葉を聞いて意味や発音を模倣することで言葉を覚えるとの同じレベルで行われている。
そこが、本当は重要なことなのだと気付いた。
「こいよアルディス。その愛、俺に届くかな?」
アルディスの肉体から莫大な氣が、気配が、圧が、感情が爆発的に放出される。
シアリーズやガドヴェルトの全力ですら感じたことのない戦慄が走る。
今まで一度も味わったことのない、桁外れの大爆発が起きる。
アルディスは愛おしそうに剣の腹を指でなぞると、構えた。
視線が俺を貫き、逃げるのは不可能だと本能が悟る。
「届く!! 届かせてみせる!! 万象を呑み込み、想いよ舞え――八咫烏ッ!!」
「八咫烏……」
万感の思いを込めるアルディスと、対照的に落ち着いた声の俺。
瞬間、世界は真っ白に染まり――アルディスの『八咫烏』は倉庫の内部を粉々に破壊し、壁と天井を抉り、幾つもの壁を突き破り、彼の眼前百メートルにも及ぶありとあらゆる物質を広域に亘って破壊し尽くした。
◆ ◇
外での戦いは、殆ど終了していた。
ギガントオークも息絶え、指揮官を失って精細さを欠いたオーク達は騎士団の決死の猛攻を受けて完全に気勢を喪失。あとはヴァルナがアルディスを仕留めて帰ってくればそれも終わり、残るは逃げ出したシェパーだけだと思っていた。
つい、先ほどまでは。
「なんだよ、これ……」
呆然と騎士の一人が呟く。
騎道車の倉庫から放出された凄まじい力は、石畳の地面が抉れて下部の地面が剥き出しになる程に深く抉り取られていた。咄嗟に騎士団は点呼を取って巻き込まれた者がいないことを確認するが、範囲の近くに一体どのような力を加えればこうなるのか聞きたくなるほど悲惨な形状になり果てたオークの死骸がいくつか転がっているのを見るに、犠牲者が出なかったのは本当に唯の幸運でしかないのだろう。
彼らの視線の先には、騎道車整備倉庫だったものがあった。
両脇、天井、床までもが斬撃とも打撃とも判別のつかない強力な、途方もなく強力な力で破壊され、その破壊が放射線上に外まで続いていた。
後れて天井に罅が入り、照明を固定していたであろう鉄骨等が下にガラガラと喧しい音を立てて落ちた。その金属さえ、見たこともないほどズタズタにひしゃげている。
「なんだよ、これ……なんだよこれは!?」
目の前の現実が余りにも理解を超えており、一度同じ言葉を繰り返す。
大砲の破壊でも、ましてドラゴンが暴れた後でもこうはならないだろう。
そしてなにより、この余りにも無駄な破壊を見た騎士たちは本能的にこれを放ったのがヴァルナではないことに気付いていた。彼がこんなむやみやたらとした破壊を行う筈がない。そもそも、如何なる彼もここまでの破壊を個人で行えるのかという疑問がある。
巨岩を砕くとか、そんなレベルを通り越した破壊だ。
人間をミンチにして原型さえ止めさせない滅殺の攻撃だ。
ヴァルナは、相手がなんであれそんな方法を選ぶことはない。
現場に駆けつけた別動部隊たちも絶句する、常軌を逸した光景。
カルメはその両目に涙を溜め、縋るように叫ぶ。
「先輩……先輩!! 無事なんでしょ!? そうですよね!? 返事してくださいよ、先輩!! 先輩ぁぁぁぁぁぁいッ!!!」
カルメの悲痛な叫びが現場に木霊した。
そして――。
「いや、普通に無事だけど、死体処理とか手伝えないぞー! 今こっち忙しいんだから死体処理はそっちでなんとかしろー!!」
倉庫の中から急かされてると勘違いしたヴァルナの返事が返ってきて、全員その場にすっ転んだ。
どうやら心配するだけ無駄だったようである。
「今のはちょっとやられたっぽい雰囲気出したカルメが悪い」
「なんでぇ!?」




