472.肉を切らせず骨を砕きます
作戦の第四段階、王宮の制圧。
王宮内に持ち込まれた大量の爆弾を無力化しつつ、敵主力を掃討しなければならないという無茶なミッションに一つ有利な点があるとすれば、脱出した王宮騎士団とメイド部隊の話からおおよその爆弾の位置を割り出せたことだろう。
『オークたちの運搬の様子からして爆弾は単純に会場周囲の廊下等に設置されていると思われます。威力は王宮を倒壊させるのに充分でしょうが、さしもの犯人も帝国製の信頼度と威力の高い爆弾を大量に入手するのは足がつくため出来なかったのか、質より量を優先して自作の爆弾を使っているようです。そこが作戦の狙い目になります』
農産大臣を務めたシェパーからすれば火薬の原料を怪しまれずに手に入れるのは簡単だっただろう。最古の火薬と呼ばれる黒色火薬の材料は、彼なら簡単に手に入れられるものばかりだ。
もしも王宮の上から侵入すれば爆破されて王宮諸共全滅。
正面からの攻撃でも敵の迎撃部隊を相手にしている間に王宮は爆破される。
地下室からの侵入にしても、脱出の際に存在を知られているため最大限の警戒をされているだろう。
考えれば考えるほど、王宮を制圧された時点で詰みのように思えるが、それでも作戦は立案された。
唯一の懸念として、王宮にシェパーがいれば爆破を強行するのではないかというものがあったが、セドナがこれを否定した。
『シェパー議員の計画はテロではなく革命です。戦いの後のことを考えて自分が死ぬリスクの少ない比較的安全な場所――すなわち王宮の外から指示を飛ばしている筈。爆破するにしても貴重な味方オークを巻き添えにする訳にはいかないので段階を踏んで爆破せざるを得ないでしょう。ましてオークの統率が滅茶苦茶になった状況では状況把握を優先するのが基本。第四段階を速やかに実行すれば、勝機はあります』
彼らのアドバンテージであった遠隔通信が不能になった今、現場は混乱して爆破の指示などしていられない状況になっている。この一瞬の隙を突く。
ネメシアはミラマールに指示を出し、王宮の庭園に着地させる。
王宮敷地の出入り口と王宮そのものは警備されていたものの、まさか敷地内に着地してくるとはオークも予想していなかったらしい。しかも王宮内は放送設備を多く設置していたのが仇になり、未だに混乱から回復しきれていない。
「これなら行ける――」
『ガウッ、グルルルルル……!!』
ミラマールが突如として警戒と怯えの入り交じった警戒の鳴き声を上げる。
気付けば、王宮からローブを深く被った謎の剣士が凄まじい速度で接近していた。あの姿、あの速度――嫌な予感がする。
「絢爛武闘大会の襲撃犯!! くっ、やはりハイブリッドヒューマンには効き目が薄い!! でもッ!!」
直後、上空から別働隊のワイバーンが飛来して敵に対してブレスを叩き込んだ。鮮やかに姿勢を立て直して地上すれすれで持ち直すワイバーンから二人の人物が飛び降りる。
王宮騎士の生き残り、メンケント。
そして王宮メイド長のロマニーだ。
「ここから先には行かせるか!!」
「屈辱晴らさせていただきます!!」
ロマニーが残像さえ見える速度で敵と距離を詰めたかと思うと流れるような連撃を叩き込んでいく。それらを的確に躱し、剣で防ぐ敵だが、メンケントが盾で殴りかかるとそれを足で払い、その隙をロマニーに更に攻め立てられる。
二人とも既に国内では上位に位置する戦士であるにも拘わらず一撃たりとも直撃を受けない体捌きは恐怖を覚えるが、二人の猛攻を相手に即座に反撃に移れないのも事実だ。
二人の懸命の援護を無駄に出来ないネメシアはミラマールに命じる。
「庭園の噴水を尻尾で破壊して!!」
「ギャオォッ!!」
ミラマールがその巨体をぐるりと回し、凄まじい遠心力を乗せた尻尾で美しい庭園の大噴水を破壊する。弁が壊れた噴水は凄まじい勢いで水を噴出し、濡れたミラマールは嫌そうに身震いする。
この水が、どうしても必要だったのだ。
「みゅんみゅんちゃん、くるるんちゃん、ぴろろちゃん!!」
「みゅーあ!! おみず、あちゅまれーーー!!」
ヴィーラのみゅんみゅんが両手にぎゅっと力を込めて天に掲げると、噴水の水や下に溜まっていた水が持ち上がり、巨大な水塊となる。子供であるみゅんみゅんとはいえ時間の経過やキャリバンとの魔力の特訓、更にファミリヤ契約も相まって彼女の能力は格段に向上している。
更に水の動きをくるるんとぴろろが手伝うことで、みゅんみゅんは大人のヴィーラでも実現出来ないほど大量の水をコントロールしていた。彼女は大好きなキャリバンの言葉を思い出し、その水をぶつける場所を見極める。
指示されたのはここから見て三階に位置する外に露出した渡り廊下の奥の通路。
「ぴろろろろ、もーげんかい!!」
「急いでみゅんみゅん!!」
「みゅー……みゅあああーーーーーーーッ!!!」
狙いを定めたみゅんみゅんが前方に勢いよく腕を振り下ろした瞬間、水塊が凄まじい勢いで王宮に噴出された。水塊は膨大な質量を持つ塊だ。勢いよく発射されれ場あらゆる物を薙ぎ倒す抗いがたい威力を持つ。
水塊は窓や壁がない渡り廊下に飛び込むと、そのまま絨毯や調度品を巻き込んで突き進み、曲がり角やT字路を沿うことで逆に勢いを増し、水はとうとうオーク達が火薬の設置と点火の準備をしていたエリアまで到達する。
今も昔も火薬には一つ大きな弱点がある。
それは、湿気に弱いことだ。
オーク達は自分たちが苦労して並べた火薬たちが次々に荒れ狂う波に呑まれていく光景を呆然と眺め、そして火薬樽を満載した波が自分たちに直撃することを悟って悲鳴を上げる。
『ブギャアアアアアアアッ!!?』
『ワレラノ、シゴト、ムダニぃぃぃぃぃぃッ!!?』
上司に頼まれてやった仕事が与り知らぬ事情で無駄になってしまう。
オーク達はこのとき、初めて仕事というものの儚さを知った。
その様子を確認したファミリヤが、声高に叫ぶ。
『第四段階成功!! 作戦、成功ォォォーーーー!!』
その知らせは、反抗勢力との戦いが大きな分岐点を迎え、風向きを騎士団側に呼び込む一陣の風となって王都内に響き渡った。
◇ ◆
それは、一から人とオークを混ぜて作られた存在だった。
ハイブリッドヒューマンの殆どは、元々いる人間にオークを混ぜた存在だ。
しかし彼とルーシャーだけはそうではない、真のハイブリッドヒューマンだ。
ルーシャーは人間の文化の模倣に興味を持ったが、彼はそうではなかった。
彼は人でもオークでもないがために、一つの特性が強化されていた。
それは、闘争心――戦いを求める心だ。
敵を食べるためでも、敵を排除する為でもない。
ただ強くなりたい、強い己でありたい。
誰に刷り込まれた訳でもない純粋な意志が、彼の胸には常にあった。
最初は同年代のオークと、それが終わると死刑囚と、段々と雄牛などの命の危険がある相手とも戦いたくなり、経験を重ねて倒せるようになってきた。不思議な力の使い方を覚え、それがオーラであることを知り、自信を重ね、遂には絢爛武闘大会という強い人間が集まる人の儀式のことを知り、行って戦いたいと『親』にまでねだるようになった。
彼は、ここで一つの学びを得た。
筋力、速度、闘争心――彼が戦いに必要だと思っていた三要素は、実は初歩的なことだったということを。戦略や技術といった要素を更に複合的に学ばなければ越えられない『壁』を、彼は感じた。
彼は戦う以外のことを学習しはじめた。
武術の本を必死に読み解き、自分が敵と戦うだけでなく他者同士の戦いから情報を読み取り、『親』の連れてきた指導者と手合わせしながら教えを受けるようになった。
自分より身体能力に劣る存在だと切り捨てるのではなく、そこから知識や技術、思想を取り込むことで彼は格段に強くなり、その上で根拠のない驕りを切り捨てることが出来るまでになった。
部下を使うことで勝利を得る非情な戦術も学び、今日はとうとう過去で最も強いであろう老人を撃破することにも成功した。
彼は正直なところ、人ではなくオークの社会を作るという理想が分からない。
人を支配したり退ける必要性を感じないほど、強くなった。
しかし、この都市を支配した後に始まる人類とオークとの覇権を賭けた争いには興味があった。
今、彼は二人の敵と戦っている。
人間の騎士と、メイドとかいう職業の……男か女かよく分からない存在。
二人とも強く、鍛錬を重ねているのが分かる。
男は刺突や盾による妨害が上手い。
女はあの老人と戦い方が似ているが、まだ攻めに全力を出していない。
面白い。
男の動きを真似て一気にメイドに詰め寄り、肩からの体当たりで姿勢を崩す。
「うっ……!?」
「ロマニーさん!!」
するとすぐさま騎士が割って入るが、この入り方も何度も見て学習した。
相手より一瞬早く、メイドの真似をした蹴りを放つと、騎士は盾でのガードが不完全になり、蹴りの重みが全て相手の腹に盾越しに命中した。
「ぐ、ぶ――ッ!!」
それでも男はオーラを用いて耐えた。
あのオーラの動きはまだ彼の知らないものだ。
面白い。
あの動きも有用だから取り入れよう。
「……こいつ、なんだ。段々と動きがよくなって」
「違う。戦いを通じて私たちから戦闘技術を盗んでいます! いけない、このままでは――!」
二人の背後からテイムドワイバーンという巨大な空飛ぶトカゲに乗った女が叫ぶ。
「第四段階成功です! 急いで撤退を!!」
あの女は他二人よりは弱そうだが、大きな槍でどう戦うか興味がある。
二人は女の声に頷きあい、即座に撤退を始める。
まだ付き合って欲しいので追うと、風に乗って土や破片などが飛来する。目に当たらないよう防ぎつつ、本で学んだ歩法で踏み出す。
「八の型、踊鳳」
ぼう、と、耳元で大気を切る音が響くと、みるみるうちに逃げる相手と自分との距離が縮まっていく。そろそろ射程範囲だ、と、彼は剣を突き出した。
「あの動き、抜剣術の六の型か!? まずいッ!!」
男が立ちはだかるように盾を構えるが、構わず叩き込む。
ごぎり、と、何かが折れ、外れるような音がした。
彼の剣は、盾ごと騎士の腕と肩を破壊していた。
「がァァァァァァッ!?」
「メンケントさん! そんな、きちんと受けていたのに技術と力で無理矢理押し切ったの!?」
「私が回収します! 先に飛んでくださいネメシア様ッ!!」
先行していたメイドが踵を返すと男のひしゃげた盾を蹴ってこちらに飛ばす。こしゃくな目眩ましだと思って体を反らして躱すと、逸らした場所を目がけてナイフが飛来する。彼は感心する。盾を投げて動きを制限したうえで、先読みして仕留めるとは面白い考え方だ。かつて一度は破り、コロセウムクルーズで再戦した鎖の男も然り、戦いにはいろんな動きがある。
あの女は戦い上手だ、まだ逃げられると困る。
そう思った彼は、ホバリングで浮き上がるワイバーンに飛び乗ったメイドを自らも跳躍して追跡した。が、あまりにも直線的であったためかワイバーンに乗った女が気付いて槍を振り回す。
「近寄るな、下郎っ!!」
『グオオオオッ!!』
女の槍を弾こうとして、ワイバーンも首を振って横合いから殴りかかりにきていることに気付く。どちらか片方だけでの対処では不完全だと思い、先にワイバーンの首を蹴って身を反らすことで槍を躱す。結局彼は地面に着地し、メイドは無駄のない動きでワイバーンに乗り移った。
ワイバーンはそのまま人間達を連れて去って行く。
彼はふと王宮を振り返り、ここでこれ以上の戦いはないと感じる。
ならば、別の戦場を求めよう。
そこにまた自分の知らない戦い方がある筈だ。
もっと見たい、もっと体感したい、会得して強くなりたい。
そしていずれは――自分の世界の壁を教えたあの男、ヴァルナと相まみえたい。
「そのときまで、ただ戦うのみ」
彼は王宮を出て戦場と化した王都へと駆け出す。
彼の名はアルディス。
オークの身体能力と人間の学習能力を併せ持った、戦いの申し子だ。
つまりはオーク化したヴァルナみたいなもん。




