471.統率を乱しましょう
王国の天空の覇者、テイムドワイバーンを駆る竜騎士達が帝都にその巨大な影を落とす。
地上から焚かれるモリョーテはワイバーンを酩酊したような快楽へと誘うものであり、本来ならこのような状況でワイバーンを飛ばすなど自殺行為だ。しかし、今のワイバーン達は二重の防壁に守られ、その影響をまったく受けずに雄々しく空を裂いて飛び続ける。
ネメシアはその防壁の一つ、ミラマールの口元に取り付けられた特別製の装備に視線を向ける。
「上手く機能してるみたいね」
『ヴォウ!!』
返事を返すミラマール。
ワイバーン達はテイムによって調教される際、噛み癖がつかないよう口元を覆う檻のような道具――騎士団ではマウスセーフティと呼ばれている――を装着させることがある。今回聖天騎士団が用意したのは、そのマウスセーフティを改良したものだ。
改良点は二つ。
一つは内部にモリョーテの効果を打ち消す薬草を加工したパックや、ワイバーンへの気付け効果がある香草を内蔵してあること。
もう一つは、本来のマウスセーフティはブレス癖の矯正機能もあったが、それを廃してブレスの噴射が可能になっていること。
完璧とまではいかないが、これで短期間ならモリョーテ成分の充満した空間でも戦闘が可能だ。出撃前の話し合いの際に聖天騎士団のヴァンが王立魔法研究院の人間に手伝わせていたのは、このマスクの装着準備であった。
そしてもう一つの防壁――それは。
「ぴろろろ……これ、まあまあつかれるぞ」
「ヴァルナのためだから頑張るの!」
「みゅーん! どりょく、こんじょー、しょーりーーー!!」
ネメシアの後ろに設置された子供用座席に乗るのは、外対騎士団が誇る究極の癒やしことキャリバン預かりの魔物娘たち――ハルピーのぴろろ、ナーガのくるるん、そしてヴィーラのみゅんみゅんである。
彼女たちは三人同時に魔法を展開し、互いに互いを補い合う合体魔法によってワイバーン部隊をモリョーテ成分から守る風の結界を張っていた。
ぴろろの風を中心にみゅんみゅんが対モリョーテの薬を溶かした水を巡らせ、その合間をくるるんが受け持って管理している。マウスセーフティの防護機能は過信できるものではないため、第三段階の途中までは確実性を期して彼女たちの協力を得ることになっていた。
幸か不幸か、三人とも子供故に一頭のワイバーンに乗れたために出来たことだ。
三人にはこの後、もう一つの仕事が待っている。
と――地上から突如として無数の火の玉が飛来する。
後方のヴァンが即座にその正体を看破した。
「祭り用の花火か!? まさかそういう使い方してくるとは! 爆音で耳をやられるなよ!!」
ひゅるるるる、と音を立てて次々に放たれる花火達がワイバーンたちの近くで次々に爆発し、美しい火花を空に撒き散らす。どうやら花火のある場所の近くにいたハイブリッドヒューマンの指揮官が咄嗟に行ったことらしいが、至近距離での爆発と爆音がワイバーン部隊を揺さぶる。
王都奪還部隊の一人、サイラードが忌々しげに呻く。
「観賞用とはいえ火薬は火薬かよ!! 魔物娘たちの防壁が崩れるんじゃねえのか!?」
「ぴろろ……はなびのきどうをそらしてばくふうをふせぐほうにきりかえる!! もりょーてとやらはふせげなくなるが、おちるよりいいだろう! くるるん、ちからをあげろ!」
「じゃあ調整はまかせたわよ! 代わりに晩ご飯ちょっと献上なさい!」
魔力のバランスが瞬時に変わり、花火の爆発による影響が軽減される。モリョーテの濃度が一気に上がるが、花火による迎撃は長くは続かない筈だ。ここを切り抜けられれば第三段階達成まであと少しだ。
一際近くで、特大の花火が弾ける。
爆音と衝撃に騎士の悲鳴があがり、ワイバーン達が動揺して隊列が崩れかけた。
そんな中、先頭を突っ切るネメシアはまばたき一つせずにミラマールの手綱を握る。ミラマールはそれに応えて即座に姿勢を正し、その冷静さを見た後続もそれに倣う。
「ヴァルナが……あのバカが、本当にバカだけど、バカなりの浅はかな考えで稼いだ時間なのよ……! そのバカを一刻も早く叱り飛ばす為にも時間を無駄に出来ないのよッ!!」
花火の発射角度や位置はそう簡単に移動出来るものではない。
やがてワイバーン部隊は花火の対空砲火を潜り抜け、王都中心に迫る。
「私の愛する都と人を、返してもらうッ!!」
『グオオオオオオオオッ!!!』
そのときネメシアの頭に浮かんだ人の中には、家族や友達の他にもう一人――空気の読めない、でも目を離せない男の背があった。
◇ ◆
ハイブリッドヒューマン率いるオーク部隊は阿鼻叫喚に包まれていた。
耳の奥を虫に食い荒らされるような耐え難い不快感が押し寄せ、訓練されたオーク達も次々に武器を取り落とし、隊列を崩し、人質を取り落として悶え苦しむ。しかしその中にあって、人の比重がまだ多い指揮官クラスは耳を劈く不快な音に耐えていた。
「うぅぅ、くそぉ!! 持ち場を守れ、オーク!!」
『ブギャ、ギギギギイイイイ!?』
「だ、ダメか……通信機と放送設備から垂れ流される高音と大音量の叫び声のせいで、耳が塞がれてる……!!」
オーク第三部隊を任されたハイブリッドヒューマン、ナレニアは焦る。
彼女はハイブリッドヒューマンになる前はただの平民で、戦闘訓練は受けてきたが実戦は初めてだ。咄嗟に何をすればいいのか判断に迷うし、音のせいで集中力もかき乱される。
そんな彼女の頭の中に真っ先に浮かんだのは、一ヶ月ほど戦いを教えてくれた外国人の冒険者――クロスベルの言葉。
『統率の乱れたチームほど弱いものはない。統率が乱れたら被害が少ないうちにすぐ撤退。できないなら統率を取り戻す努力をしないと。うん、リーカとシアリーズとか最初の頃はひどいもんだったからね……主にシアリーズの突撃が……』
「統率を乱す要因は……!!」
ナレニアは通信機を床に叩き付けて粉砕し、力を振り絞って近くの家屋の屋根の上に飛び乗ると遠隔拡声装置に武器を叩き付ける。
「この音!! 通信機と放送から流れる音さえ途切れれば……ッ!!」
ナーガ製の頑丈な装置は一撃では壊れず、しかも自分から音源に近づいているため不快感は更に増大する。それでも汗を流しながら必死に武器を叩き付けると、バギャッ、と小気味のいい粉砕音と共に装置が固定台から外れて道路に落下する。やっと音が途切れたことで息を整えたナレニアは改めて考える。
これは何らかの事故による音なのか、それとも騎士団による策謀なのか。
これほど綿密かつ隠密に用意した筈の計画に欠陥があったとは信じたくないが、結果的にシェパーとの通信は寸断された。指示を仰ぐことも受け取ることも出来ない。
非常時の対応マニュアルとして、上との連絡が途絶えたら即座に人質を殺すというものがあった。ナレニアの心にその事実が重くのしかかる。言うまでもなく、初めての殺人だ。他のハイブリッドヒューマンの中には経験者もいるが、大半が戦いに無縁な環境で生きてきた。
「でも……もうやらないと。新世界の、もっと豊かな未来のために……」
見れば人質は周囲の状況に戸惑いながら逃げているが、人質に選ばれたのはどれも高齢者であるため遠くへは行けていない。今なら間に合う、今なら――。
「――判断がおせえんだよッ!!」
直後、人質に近かったオーク達が槍による鮮やかな刺突で屠られた。
『ゴブッ……!?』
「な、敵襲――!!」
同時に建物の物陰から、遮蔽物の隙間から、或いは恐るべき速度で遠くから駆け寄ってきた騎士達が次々にオークの喉笛を掻き斬り、心臓を刺突していく。なんとか態勢を立て直して戦おうとするオークの顔面には容赦なく爆竹が投げつけられ、悲鳴を上げて悶えるオークが数人がかりで刺突され、死んでいく。
その下手人達――王立外来危険種対策騎士団は、一気に数を減らされたオーク部隊とナレニアに対してゆらりと殺意に満ちた目を向ける。
「油断したな。俺たちは罠、奇襲、卑怯上等だぜ?」
「オークさえ殺せればいいのよ。人が混ざってるとかなんとか、そういうのは後で考えれば良い。今の被害を食い止めるのが最優先」
「だからよぉ、無駄に抵抗すると痛い目を見るんだよなぁ」
いつの間にか、ナレニアのいた屋根の上にも数人の騎士が這い上がっている。
そのうちの一人――アキナは斧を担いでナレニアに凄む。
「ハイブリッドヒューマンは生け捕り、他は殺す。抵抗しないなら命は取らねぇが、抵抗したら殺す。オレはな、今日はすこぶる忙しいんだよ……分かるよな? 今、お前の運命は二つしかねえってこと」
「あ……あ……!!」
「救援なんぞ期待すんなよ? もう死んでるんだからよぉッ!!」
殺意――許可があるなら今すぐ殺してしまいたいという、相手の命をなんとも思っていない暴力的で残虐な意識が圧となって降り注ぎ、ナレニアの抵抗の意志を手折る。気付けば彼女はみっともなく震えて武器を取り落とし、その場にへたりこんだ。
彼女は、思い知ったのだ。
たとえ自分が人より上位になったからといって、元から強い人間には逆らえないのだと。
(……いやこれ完全に山賊では? 女は生け捕りだ、他は殺せーのやつじゃん)
(黙ってろ。アキナ班長はいまブッセ君が心配で心配で仕方ねえんだよ。俺だって心配なんだから)
音によってオークの耳を潰した時点で、王立外来危険種対策騎士団は王都に突入して各地の制圧を急いでいた。ナレニアが厳重に拘束され、残党のオークが皆殺しにされた今、アキナの率いる突入部隊も既に別の場所の制圧に動いている。
そして空では、ワイバーン部隊が順次散開を始めていた。
散開して王都の奥などへ向かうワイバーン達の背には、六星、七星クラス――単独で戦局を覆す実力者たちが相乗りしている。
この作戦では敵の位置が大まかに分けて三つに区分される。
まず、王都の大通りから堂々と突入して各地に散っていく騎士団主力部隊が制圧する近距離の敵。
次に、徒歩で制圧に向かうには余りに時間がかかるために実力者たちによって状況を覆して貰う王都対角の位置。
そして最後が敵の最高戦力がいると思われる王宮だ。
オーク部隊は小規模な巡回や地下を制圧している組、王宮を制圧している組を除けば全てが遠隔拡声装置の近くでいつでも指示を受けて動けるよう配備するシェパーの采配を逆手に取れたのは、外対騎士団たちにとって僥倖だった。
それでも、人質の安全確保をあくまで優先する騎士団は全てが上手く部隊を奇襲できた訳ではない。
「散開して騎士団共を蹴散らせ! 地下の部隊もかき集めろ! 爆竹の小細工も有限の筈だ、消耗を強いろ!!」
「ちぃ、オークのくせに賢しい!! 相互に連携を密にして、個人戦に持ち込ませるな!! 包囲網を固めろ!!」
実戦経験のあるハイブリッドヒューマンを相手にした組や、地形的に人質とオークを切り離すのに時間がかかった組は、早い段階で態勢を立て直したオークの軍勢相手に一進一退の攻防を繰り広げることとなる。
その最中で――ヒュコッ、と、鋭い音を立てて脳天から血を吹し、絶命するオークがあちこちにいた。指揮官の一部はそれが何らかの狙撃であると考えて動きを制限され、またある一部の部隊は新たな人質を取ろうと動いたオークが次々に突然の死を遂げていた。
オークを絶命させるものの正体は、特注の異常に細い矢。
「目標命中。次」
「十一時の方角、商店街のイチサン部隊。陣形を崩す為に端をやってくれ」
「了解」
騎士団一、否、世界一の狙撃手――カルメの狙撃である。
ドラゴンウェポン『チャンドラダヌス』を手に入れ、氣の鍛錬を積み、更にファミリヤ越しに情報を送るキャリバンというスポッターを得たカルメは、移動しながらあらゆる場所に対して淡々と援護射撃を行う。
敵からすれば、まったく見えない位置からいきなり不可避の死が襲ってくる状況だ。更に恐怖を加速させるのが、隠れても殺されることがあるということだ。
遮蔽物に身を隠し、盾を構えて縮こまりながらハイブリッドヒューマンを守っていたオークの心臓が、矢によって一撃で貫かれる。
『ガギャッ……』
「莫迦な……壁も防具も貫通して!?」
世界で最も優れた武具、ドラゴンウェポンが生み出す破壊力は絶大であり、太く頑丈な矢を使うと着弾した地面が円系に抉れるほどの副次被害を生み出す。
その問題を解決するために作られたのが細くて頑丈な矢だった。
極めて扱いの難しい矢だが、その代わりに一点に集中した破壊力は周辺の破壊でなく貫通力という形に変わる。民家の一軒程度ならばカルメの矢は軌道をずらさず余裕で貫通が可能だ。
「カルメ、残りの矢は?」
「貫通矢はあと十一本。でも制圧はどんどん進んでる。打ち切ったら通常の矢に切り替えて屋根の上を駆け回りながらの援護に変更するよ」
「おう。ついでにヴァルナ先輩とシアリーズさんの捕まってる場所もあぶり出さないとな。セドナさんの予想では候補地は三つ。近いところから回っていこうぜ」
「うん……先輩、無事でいてください!」
既に戦力の分配と制圧の開始という第三段階の目的は達成されようとしているが、最後に一つ問題が残っている。
それが、王宮をどうやって制圧するかだ。
王宮には大量の爆薬も仕掛けられており、もし制圧より先に自爆覚悟で点火されれば王宮は見るも無惨に破壊される。サミット終了直後の爆破に比べれば被害は減るが、通常空間に戻ってきたサミット会場に膨大な瓦礫が降り注いで大半が死亡する結果になるというのがセドナの予想だった。
勿論その中には国王イヴァールト六世も入るかもしれない。
爆破は絶対に阻止されなければいけない。
それこそが、これから始まる作戦の第四段階である。




