451.いまだ分かっていません
シュラース氏は狼狽したように彼らの血なまぐさい戦いに後ずさる。
ピア氏は口元を手で覆い、声も出ないようだった。
「なんなんだこれは……」
「戦場ですよ」
フレミング夫妻が昼間に見かけた騎士達が、悉く違う顔をしている。
少女と見紛う華奢なカルメは、冷たい射手の瞳でオークの頭蓋をクロスボウで淡々と打ち抜いていく。
昼間はいつもバカ話で盛り上がっっているアル・ベン・カツェの三馬鹿が抜群のコンビネーションでオークを確実に減らしていく。
何故貴族令嬢がと驚かれていたロザリンドはその可憐さを苛烈さに変え、怒濤の剣技でオークの急所を正確に貫いていく。
工作班も群れの本隊から散ったオークの足を止め、注意を分散させ、急所を突いて絶命させる。
激しく人と魔が入り乱れる戦場の中で、騎士団全員が無駄なく敵を仕留めていく。
これこそが、王立外来危険種対策騎士団。
王国の民を守り、王国最大の敵であるオークを屠る最前線。
俺一人が抜けたところで、彼らの覚悟と連携が揺らぐことはない。
でも、ガーモン班長が急に抜けたら、多少は揺らいでいただろう。
当のガーモン班長は誰よりも勇猛に敵を槍で貫きながら四メートル級のボスオークの前に躍り出た。
ボスオークはガーモンめがけて村の家屋を破壊して作った角材を豪腕で振り回す。ゴウッ、と、大気を抉るような音を立てた必殺の攻撃を、ガーモン班長は躊躇いなく踏み込んで躱すと即座に敵を槍の間合いに捉える。
並の騎士なら迫力に怖じ気づくし、そうでなくとも決定的な隙を探るために様子見をするだろう。しかしこの乱闘の場においてそれは他の騎士の巻き添えの可能性を意味し、相手を勢いづかせることとなる。
故に、班長には前に出る実力と胆力が必要となる。
「ブギョッ!?」
「消え失せろ害悪!! 一撃決殺――落華ァッ!!」
王国式槍術の奥義にしてガーモンの最高の業。
オークの皮膚を貫き、骨を砕き、心臓を抉り取る豪槍の刺突は巨大なオークを一撃で仕留めた。誰よりも危険の高い大型オークとの戦いに一歩も引かずに豪腕を振るうその背中こそ、現場では何よりも大きく、そして頼もしく見えるものだ。
――それから全てのオークが自分たちの血に溺れるまで、時間はかからなかった。
「ふぅぅ……各自、死亡したオークの場所を確認し、回収班と連携して死体と血を回収しますよ! 今夜は徹夜です!」
「「「了解!」」」
敵を仕留めれば、後始末が始まるのは当然だ。
土壌汚染を抑える為に出血を抑えて殺すなど、緊急時には気にする余裕もない。その後処理も含め、ガーモン班長は一息つく暇もなく部下達に事後処理の指示を飛ばしていく。誰もが真剣勝負の後で疲れている筈だが、他ならぬガーモンの指示に不平も不満も漏らすことはない。
ミスをせず仕事をするなんて当たり前だと思うかも知れないが、過酷な環境では見落としも疲労による判断力の低下も起きる。俺が今すぐ同じことをやれと言われても、あれほどてきぱきと指示を出して現場を管理するのは難しいだろう。
フレミング夫妻はガーモンの元へ向かおうとしない。
それがどういう感情なのか、俺には分からない。
余りの光景へのショックか、息子のまったく知らない側面を見たショックか、それともまだ頭がついて行かないのか……一つ咳払いすると、二人はびくりと震えてこちらを見た。
「さっき、俺たちの仕事をこう言いましたね、『こんな時間にこんな場所で命を無駄に削って働く低俗な仕事』だと」
「そ、それは……」
「別に怒ってないですし、否定もしません」
特権階級からすれば低俗な仕事だろう。
もっと楽で儲けの出る仕事も世の中にはある。
事実として騎士団の仕事は命が懸っているし、削っているかもしれない。
そのことにはもう納得しているし、その上で自分たちの地位を向上させるためにひげジジイを含め多くの人が動いている。なので、そこはいい。
俺は後続の騎士達に担架で運ばれる負傷者たちを指さした。
苦悶の表情で冷や汗をだらだらと流す様は、痛々しい。
「突然の脅威に晒された民たちが怯える場所が、貴方方の言う『こんな場所』です。彼らが恐ろしいと感じている時間が『こんな時間』です。そして彼らの命や財産を可能な限り護る為に騎士団は命を削っている」
がさり、と背後から気配。
村で同胞が殺され尽くして全力で逃げてきたらしいオークが狂乱の様相で迫ってくる。
他者に向けられていた獣の恐怖を間近にフレミング夫妻は互いを抱きしめて悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁ!! 化物ぉぉぉぉ!!」
「いやぁぁぁーーーッ!!」
「ブギャアアアアアアアッ!!」
「――話の途中だ、豚野郎」
抜刀、一閃。
煌めく刃は一撃でオークの眉間を貫き、脳を破壊した。
フレミング夫妻の前に、今まさに自分たちの命を脅かした外来生物の亡骸が転がる。
もしこの場に騎士がいなければ、フレミング夫妻は立場、財産に関係なく死んでいたかも知れない。そして、死なせない為に騎士はいる。
「俺はこれを国や人々には必要な仕事だと胸を張って言えますし、ガーモン班長も同じ志で戦っています」
二人は海外に長くいるらしいが、魔物と遭遇したことは恐らくほぼないだろう。あるとしても護衛越しに遠くに見かけた程度ではないだろうか。今、彼らは初めて魔物の脅威をその身で感じた。これを感じた者は、その事実をなかったことに出来ない。
「ナギの住んでいたクリフィアでオーク被害があったとき、俺たちはあの地を守るために出撃しました」
「え……」
「そんな、ガーモンもナギもそんなこと一言も……」
言わなかった理由は、言っても意味がないからだろう。
「ガーモン班長もナギも、既に自分のすべきことを世界に見出してます。貴方方が面倒を見るべき時間はもう通り過ぎてるんですよ。あの人は、自立した大人なんです」
シュラース氏は何か言い返そうとして、言葉にならずに地団駄を踏む。
ピア氏は自分の服をきつく握りしめて微かに震えている。
遠くでは、回収班のネルトン班長に「派手にぶちまけやがって……」と低い声で唸られてしきりに恐縮する遊撃班と、謝罪するガーモンの姿があった。そこには人の上に立つ人間としての責任感と誠実さが溢れているように、俺には思えた。
――翌日の昼まで、騎士団はフル稼働だった。
任務予定外のイレギュラーな戦闘なので即座にスケジュールの調整が必要だったし、正式な討伐依頼がないので通常と違う形で書類処理や現場管理をしなければならない。何よりオークの出血が多く、回収班と浄化場はフル稼働。土を回収するのが難しい場所は薬品で毒を中和し、村人や物損の被害を確認し、はぐれオークが残留していないか偵察を繰り返し、一段落した頃には昼になっていた。
シュラース氏、ピア氏はあれ以降、割り振られた部屋から殆ど出てこなかった。
野蛮な光景にショックを受けたのかもしれない。
漸く現場指揮から解放されて戻ってきたガーモン班長は、両親のその様子を聞くと「良い薬になるといいですけどね」と投げやりに呟いた。
「ま、難しいですもんね。特にウチの騎士団の業務内容は」
「そうですね。目の当たりにしたところで現実を見つめてくれるとも限りませんし」
互いにコーヒー片手に会話する。
俺としては周囲の手助けもあってフレミング夫妻の護衛からなんとか外れて後半の力仕事だけ手伝えたのだが、周囲には「あの夫妻を黙らせてくれた」と認識されたのか文句はそれほど言われなかった。もちろん、互いに徹夜なので目の下の隈は騎士全員がおそろいだ。
と、騎道車に豪華な馬車が近づいてくる。
恐らくフレミング夫妻が手配した馬車だろう。
ほどなくして、フレミング夫妻が騎道車から出てくる。
――アキナ班長と談笑しながら。
「「は?」」
俺たちは頭が真っ白になった。
なんであの二人、一番ソリの合わなさそうなアキナ班長と仲良くなってんの? と。
「いやー、やり手の貿易商人は違うなぁ! さっきの話絶対実現してくれよな!」
「勿論だとも! スポンサーになった暁には君たち道具作成班の年間コストを一割浮かせて見せよう!」
「現場をよく知るお方とお話できて幸いでしたわ?」
俺とガーモンが唖然としていることに気付いたフレミング夫妻は、こちらに近づいて恭しく礼をする。
「世話をかけたな、ガーモン。仕事を辞めろだの何だのと、よく知りもせずに頭ごなしに言ってすまなかった」
「寂しいけど、ガーモンはもう私たちの手の届かない所に行っちゃったのね……」
「……はぁ」
「騎士ヴァルナ、君にも随分迷惑をかけてすまなかった」
「あのとき、危険な現場につれてこられて初めて自分たちの甘さに気付かされました。如何なる仕事であっても、誰かが必要とするからそれを仕事と呼ぶ。商売人としてこれは警句にさせていただきます」
「構いませんよ。こっちも仕事ですしね」
さしもの二人もあの鉄火場を見て考えが少しは変わったらしい。
かなりの荒療治だったが、上手くいったなら結構なことだ。
しかし、アキナ班長との談笑は一体何なのか、ガーモンは尋ねる。
「で、アキナ班長と何を盛り上がっていたのですか?」
「道具作成班の使用する道具を色々見たのだが、もっと安くて機能が同じ部品の仕入れルートがあることに気付いてね。そのことで朝からすっかり盛り上がってしまったよ」
「同じ機能の部品でも、地理的な繋がりや工場の知名度なんかで値段が変動するの。フレミング貿易商事では特に海外製品の品質と値段に一家言あるんだから」
「いやぁ~何だよガーモン話の分かる二人じゃねーかなんで早くオレに紹介しなかったんだよ~~~!!」
笑顔でばしばしガーモンの背中を叩くアキナ班長の機嫌がいい理由が分かった。
彼女は自分に利益を齎す者には優しいからだ。ブッセくんにも比較的優しいけど。その優しさを欠片くらいザトー副班長に分けてあげて。
(……しかしなるほど、ひげジジイがこのモンスターペアレントを引き入れようとした理由はそこか)
王国は確かに豊かな国だが、工業製品の質では帝国に遠く及ばず、特に金属部品類はまだまだ海外の輸入に頼りがちなところがある。勿論王国商人のスポンサーはいるが、国籍を王国に置きつつ海外を拠点に活動するスポンサーは殆どいないだろう。海外に長くいるからこそ知る独自の伝手をひげジジイは手に入れたかったのだ。
「騎道車内もまだまだコストカットの余地があるな!」
「列車部品を流用すればもっとメンテナンスが楽でスペースが空くわ!」
「あの壁のフック、あれも変えた方が良いな。もっと安全性が高くて利便性に優れた部品がある」
「寝具類はメーカーではなく素材を考え直した方がいいわね! 睡眠の質を高めればあの居心地の悪い車内をより快適に過ごせる筈よ!」
「ううむ、こうなったら騎道車開発にも一枚噛むか! 我らのコストカット力を見せてくれよう!」
「可愛い息子の職場を今のみすぼらしい状態のままにはしておけませんものね!」
いや、有り難い。
有り難い話なのだが、やっぱりちょっとずれてる。
ガーモン班長も毒気を抜かれたような、不満を言いづらくなって気持ちに行き場がないような微妙な顔をしている。結局二人は相変わらず「愛しているよ、我が子供!」と認識を改めたんだか改めてないんだか分からないモヤッとする言葉を残して騎士団を去って行った。
「……」
「……」
「寝ましょうか、班長」
「さっきコーヒー飲んじゃいましたよ」
――今回の件で俺が学んだ教訓は一つ。
考えを変えることより、考えを逸らすことの方が説得には有効かもしれない。




