450.まだ何も分かっていません
突然湧いて出た迷惑スポンサー候補、フレミング夫妻――シュラースとピア。
現場を知らない身勝手な権力者たちに騎士団は辟易し、どうしようもなく話の噛み合わない両親に付き合わされるガーモン班長のストレスは嘗てない域にまで上昇。職場の空気は率直に言って最悪だ。
古今東西、お偉いさんの職場視察は疎ましいものだ。
それが部外者ともなると余計に面倒臭い。
せめて最初から来ることが分っていれば一日程度は取り繕いようがあるが、息子をいらつかせる天才の二人は息子の為という大義名分を振り翳して突撃してきたのでどうしようもない。周囲からはため息の声が多くなりつつあった。
「とはいえ、視察期間は明日の正午にバンザイ終了ぉ。明日の朝なんてあっという間さぁ」
騎道車の屋上で月見酒と洒落込むロック先輩に、俺は余計に重いため息をついた。
「そりゃ貴方は騎士団の誰よりも時間が短いでしょうよ。酔っ払いは見せられないからって自室待機を命ぜられてるのをいいことにしこたま飲酒しまくってたんですからね。明日の正午まで寝るつもりでしょ」
「イヤイヤ、ヴァルナ君! これもオジサンの涙ぐましい節制なんだよ! 朝起きなければ朝飯一食分食費が浮くだろぉ? 若い連中の為に身を削るのが先達の務めってものよぉ!」
「消費される酒と釣り合い取れてないでしょーが」
既に一体幾つの酒瓶を空にしたのか、ロック先輩の顔はいつにもまして赤い。
しかし彼の言うことも尤もで、有限なる時間はきっちり前方に向かい続けている。このまま何事もなく時が過ぎれば仕事は終了。フレミング夫妻がスポンサーになってくれるかどうかは微妙な所だが、縁が切れるならそれはそれでいい。
「にしても、ここまで鬱陶しいスポンサーならひげジジイは欲しがらない気がするんですけど。あのひげもたまには見誤るってことでしょうか」
「そりゃどうかねぇ? 商人として有能なのは間違いないんじゃないの? 一代で特権階級に上り詰めて海外を股にかけてバリバリ働くなんてオジサンは羨ましいねぃ。貿易業っていろんな国のお酒飲めそうじゃん?」
「はいはい……ん?」
「お?」
そのままダラダラ話を続けようとしていた俺とロック先輩は、ふと気配を感じる。
騎道車の下を見下ろしてみると、平民らしい人間が何人か大慌てでこちらに近づいてくるのが見える。
「オジサン、いやーなヨカンする」
「徹夜ルートの気配ですね」
今、騎道車が停車している場所の近くには農村がある。
彼らがそこの人間であろうことはいいとして、こんな夜中にいきなり騎士に駆け寄ってくるというのは尋常ではあり得ない。そして王国においてそのような緊急事態は自然災害かオーク出現のどちらかと相場が決まっている。
――結論から言うと、俺たちの予感は的中した。
数分後、けたたましい鐘の音で叩き起こされて召集された騎士団にローニー副団長が命令を下す。
「近隣の村、クランベール村をオークが襲撃しているとのことです! 正面からの直接戦闘を前提に速やかに出撃します! 遊撃班は先行! 工作班は遊撃班のサポートをしつつ村人の安全確保を!!」
「「了解ッ!!」」
遊撃班長ガーモンと工作班長ロンビードの両名が勇ましく返事をすると、部下達が手に持った剣や槍を一斉に構えて戦意を示す。
無駄な雄叫びはいらない。
全員がやるべきことを覚悟している。
「出撃!!」
ローニー副団長の号令と共に、騎士団の精鋭たちが現場に向けて疾走する。
そして、俺はそれについて行かずに見守っている。
理由は二つ。
一つは、既に先頭を突っ走っているロザリンドがいれば自分がいなくとも結果は変わらないであろうこと。もう一つは、ガーモン班長不在時のフレミング夫妻の対応を俺がしなきゃならないからだ。後者の方がローニー副団長に頼まれた本命である。
案の定というか、鐘の音で眼が覚めたらしいパジャマ姿の夫妻が不機嫌そうな顔で現れる。シュラース氏は睡眠を邪魔されたことへの不満を隠そうともしない。
「何事かね? もう仕事時間は終了して就寝時間の筈だが?」
「私なんてもうお化粧を落としてしまいましたよ……あら、ガーモンは? 貴方だけですか?」
「ガーモン班長ならたったいま出撃しました」
その一言を聞くや否や、二人の眉が吊り上がる。
「どういうことかね!? この騎士団は基本労働時間も守れないのかね!? 劣悪だとは思っていたが、睡眠時間も確保されないとは想像以下だぞ!!」
「夫の言う通りです! このような職場にガーモンを置いておくのはやはり間違いだったのでしょう……! 今すぐあの子を呼び戻して!!」
「出来ません」
俺の即断に対し、二人の反応はとうとう激怒に変わる。
「なっ、ふさけるなよこの平民上がりがッ! 出来ないではなく出来るよう動くのが仕事というものだ!」
「あの子の部下と思って今まで抑えてきましたが、もう我慢なりません! これは命令よ、あの子を呼び戻しなさい!! あの子はこんな時間にこんな場所で命を無駄に削って働く低俗な仕事をすべき人間ではないのよ!!」
集合した騎士達の空気が凍り付いた。
まったく以て、ここまで嫌な予感を的中させてくる人間も珍しい。
今この時にこんな感じで出てきてこういう事態になったら最悪だな、と思っていたことをこの二人は全て踏み尽くしてくれた。ここまで行くといっそ清々しくて怒る気にもなれなかった。
なので、俺は全部一から懇切丁寧に教えてあげることにした。
「では、班長の説得のためにご同行をお願いします。道すがら、説明しましょう。おーい、そこの大型荷車一つ借りていいですか? それに乗せていきますんで」
俺の声に、横で鼻くそをほじりながら興味なさそうにしていたアキナ班長は「壊すなよー」とだけ言って大あくびをした。意外に思うかも知れないが、この人は自分に直接売られた喧嘩以外では恐ろしく煽り耐性が高かったりする。
フレミング夫妻は「そんなみすぼらしいものに」とか「人力車を用意して」などと勝手なことを抜かしていたが、俺が「息子の為なら多少は我慢できますよね?」と言うと、渋々ながら荷台に乗り込んだ。
ローニー副団長はその様子にしばしおろおろしていたが、やがて一つため息をつくと「これも必要な視察ということにします」と諦めたように護衛を増やすという条件付きで許可を出してくれた。今度肩でも揉んであげようと思いつつ礼をして、出発する。
ゴトゴトと揺れてあまり乗り心地がいいとは言えない荷台に座るフレミング夫妻に、俺は淡々と説明します。
「確かに騎士団の基本労働時間は決まってますけど、例外もあります。それは緊急時です。そして騎士団に於いて緊急時とはそれすなわち民の命が懸っているとき。ガーモン班長は近隣の村を襲う外来危険種を撃滅する為に部下を引き連れて出撃しました」
「それは! ガーモン以外にも出来る仕事ではないのかね!?」
シュラース氏の言い分も分らないではないが、騎士団はいろんな意味で普通の仕事ではない。
「ガーモン先輩は、班長です。部隊を統率し、敵を蹴散らす実力と判断力を現場で遺憾なく発揮してこそうちの騎士団では班長と呼ばれます。責任者不在の現場なんて論外ですよ」
「それは、そうね……責任者のいない現場は荒れるわ」
「ピア! こんな男の味方をするのか!」
「でも貴方、質の良い仕事には質を保証する責任者がいないと上手く回りませんわ」
「ぬぐ……」
冷静さを欠くシュラース氏は口ごもるが、夫より幾分か冷静なピア氏の言っているのは当たり前のことだ。
そして、騎士団においては更なる意味を持つ。
「騎士団は命懸けの仕事です。命令に従っていても命の危機に晒される可能性は否めない。怖くて逃げたくなる奴もいるでしょう。そんなときに部下を助けられる力を持ち、強いリーダーシップを発揮する柱がないと部下は揺らぐ。俺たち騎士団には、折れない柱を体現する現場指揮官が必要なんです」
単に実力だけでリーダーを決めるなら俺でもロザリンドでもいい筈だ。
しかし、そんな話は一切挙らず、ガーモン班長はその座にいる。
誰もが彼こそ適任だと安心して背を預けられると思うから、そうなっている。
「とはいえ、今回のように夜中にいきなり出撃するのはごくごく稀なケースです」
そもそもオークは普通、家畜や農作物を奪えば満足して群れの拠点に帰っていく。しかし村人の話ではオーク達はそれで満足せず村に居座っているという。ノノカさん曰く「人間の恐るるに足らずと考えているか、丁度拠点を探していたかのどちらか」だそうだが、どちらにせよ人が襲われるのは時間の問題だ。もう襲われている、なんて可能性もありうる。
だからガーモン班長は部下を引き連れて出撃した。
この二人はその「だから」が分っていない。
ならば見せてやれば良い。
「見えてきましたよ、被害を受けている村が」
そこは、修羅場であった。
「こちらAチーム、兵士オークを二頭撃破! 民間人に負傷者なし!」
「こちらBチーム、民家に押し入られた平民が一名負傷! 保護と処置を工作班に引き継ぎます!」
「Cチームより伝達! 村の外れにも民家があるとの情報があったため急遽確認中!」
「おい、包囲網どうなってる! 群れの規模は!?」
「二〇匹程度からなる群れです! ボスオークがいる、四メートル級だ!」
「メスがいる可能性もある! 徹底的に探せ!」
「村民の皆様、避難はこちらです! 押さないように前の人に歩調を合わせて! オークが出たら我々が請け負います!」
皆、懸命だった。
一杯一杯で、一生懸命な人々がせわしなく行き交い、時に怒号を、時に真摯な声を、時には言葉すら交わさず阿吽の呼吸で連携して眼前の問題を処理していく。
負傷して苦しむ平民に、不安でげっそりした女性、それに泣きじゃくる子供。
冷静さを失わず報告する騎士の握る剣から滴る血。
夜の闇を照らす松明の下に転がる、目を開けたまま絶命したオーク。
そしてそれらを全て把握し、適切に指示を飛ばすガーモン班長の背中。
騎士団として出来れば出くわしたくないが、来る時にはやってくる
これは、そんな鉄火場だ。
押し寄せる圧倒的なリアリティに、フレミング夫妻が絶句する。
俺は二人が妙な行動をしないように牽制するような位置取りをしつつ、皆の様を指さす。
「これが俺たちの為すべき仕事。これが王立外来危険種対策騎士団の――この国の最前線の姿です。俺たちがやらなきゃ人が死ぬ。そういう現場です」
「死ぬ、って」
「そのままの意味です。オークは強い。一般人がまぐれで一匹二匹倒せても、集団で攻められれば凌ぐこともできない。貴方方には襲われた人達の気持ちが分りますか?」
突然日常を奪われた悲しみ、怒り、恐怖、不安――それらがぐちゃぐちゃにかき混ぜられて出来上がる、一言で言い表せない感情。中には騎士に八つ当たりのように掴みかかったり、パニックになって逃げては危険な場所に逃げていく人もいる。
村人の一人がガーモンに掴みかかった。
「騎士だろ!? あんたさぁ!! だったら俺らをとっとと助けろよ!! オーク共を殺せよ!! 何でそこで突っ立ってるんだよぉ!!」
「落ち着いてください。今、部下が村人の保護とオークのボスの居場所を探っています。我々騎士団は必ずオークを撃滅します」
「口だけで動かないじゃねえかよ!! クソっ、騎士がなんだってんだ!! 役立たずが!!」
「よせよお前! いいから逃げるぞ! すいません騎士様、うちの者が!」
罵詈雑言を吐き散らした男は他の村人に腕を引かれて無理矢理避難させられた。
ガーモン班長は、それに反論の一つもせず、感情をざわつかせもしない。
フレミング夫妻は息子が謂れなき責めを受けたことに憤慨したが、やがてガーモンの静かな様に気がついて困惑していた。
「どうして何も言い返さない、ガーモン……」
「騎士の仕事を妨害した平民なんて逮捕すればいいのに……」
「言い返してなんになります。人手が一人でも多く必要な状況で逮捕している余裕がありますか? ガーモン班長はそれら全てを分っているから何も言わないんですよ」
騎士団の最前線で指揮官が感情に振り回されて判断力を鈍らせるなどあってはならないことだ。責任感が人一倍強いガーモン班長とて、出来れば敵陣に突っ込んでオークを蹴散らしたい筈だ。それでも動かないのは、彼が指揮官としてうろうろしていい立場ではないからだ。
民の保護という重要な仕事を終えないうちは、殊更に。
と、梟のファミリヤを飛ばしていたキャリバンが叫ぶ。
「いました、ボスオークとメスオークです!! 地図にある村の広場の脇にある倉庫前にいます!!」
「班長、全班の避難誘導完了しました!!」
「行きましょうぜ、ガーモン班長!!」
皆の声を受け、ガーモン班長は遂に背中の槍を構えた。
「包囲、殲滅します!! 工作班は取りこぼしを警戒し、遊撃班は私に続きなさい!! ――王立外来危険種対策騎士団の名の下に、オークを悉く撃滅せよッッ!!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」」」
一つの意志の元に戦意が統一され、激流となってオークの群れに雪崩れ込む。
自分たちより一回りも二回りも巨大なオーク達と、罠も遮蔽物もない場所で真正面からぶつかるなど、他の騎士団では腰が引けるだろう。外対騎士団でも怯える者がいるかもしれない。
しかし、ガーモン班長率いる遊撃班には躊躇いも怯えもない。
否、許されない。
シュラース氏も、ピア氏も、騎士団の雄叫びに気圧されていた。
自分たちに関係ないと思っていた世界なのだろう。
俺は今回あそこに混ざれないから、その分だけフレミング夫妻に騎士団が言いたかったであろうことを言ってやる。
「ガーモン先輩が向き合ってきた世界から目を逸らさないことです。貴方方が海外でせわしなく仕事をしている間に、あの人が何を背負って戦ってきたのかを」
それが軽いものだとは、決して言わせない。




