425.歴史の音です
ドンロウ道場総本山は下手な代官の屋敷より遙かに大きく、その敷地も広大だ。道場という名目で存在する建築物としては国内最大で、下手をすれば世界中を探してもここに並ぶ規模の道場は存在しないかも知れない。
最大、最強、最優。
惜しみない資金が投入され、国中の門下生の中でも精鋭が揃い、内部も最高の機能性と修行設備が揃っている。
その道場に、これから国の立ち入り審査という名目の強制摘発が行われようとしていた。
「準備は抜かりないか?」
陣頭指揮を執るダーフェンの問いに、役士はきびきびと返答する。
「はっ!! 視察員三〇名、役士七〇名、有志連合一〇〇名、配置につきました!」
視察員は表向きの仕事役で、ドンロウ道場からしても顔なじみの役人達だ。
しかし、油断して役員を迎え入れた瞬間、有志連合一〇〇名が道場内に『道場破り』として不法侵入する。彼らはゴウライェンブ王の手で、ドンロウ道場と激突する前に一時的に道場を畳んで雲隠れした武人達だ。
彼らはドンロウ道場に勝つために、都に潜伏しながらずっとドンロウ派の動向や五行試合を遠くからつぶさに観察していた。ドンロウ派の拳法についても調べ上げ、今こそ彼らに鉄槌を下さんとする鋼の闘志を抱いている。
そして、有志連合による強襲で相手を錯乱しつつ攻め入れるところまで攻め入ったら、今度は役士の出番だ。
この役士たちはドンロウ道場にスカウトされるだけの実力があったにも拘わらず、既に役士となっていた為に勧誘を断念された精鋭たちだ。王への忠誠心はもとより、拳法だけでなく武器を用いた武術にも優れており、彼らの力で秘匿されたドンロウ道場の立ち入り禁止区画の秘密を暴く予定だ。
ダーフェン・ホンシェイ兄弟とバン・ドンロウの師弟関係も今日限り。
既にドンロウ流四聖拳もバン本人も道場を出立したのは確認済み。
残る問題は一つ、とダーフェンは困り果てた顔で振り向く。
「あの、セドナ様? それにロマニー殿? 本日は些か忙しいので日を改めていただけると……」
「やだーついていく~!」
「わたくしはセドナ様の護衛を任されておりますので」
そこには、まさかの集合場所を割り出して待機していたセドナと、ダーフェンの心を射貫いてしまった可憐な従者ロマニーがいた。
(困ったな、本当に……王になんと言い訳すれば良いか。今から確認を取っても突入までに間に合わないし!)
ダーフェンもホンシェイも、今回の突入作戦は情報が漏れないよう入念に準備していた。集合場所は当日発表したし、万一計画が漏れたとしても参加者には万一に備えてばらばらの決行日と理由を伝えるほど徹底した。
にも拘わらず、セドナとロマニーはここにいた。
集合してみたら、観光中の名目で既にいたのだ。
セドナ曰く、突入作戦の存在と決行日まで知っていれば割り出しは容易かったらしい。そして、二人はこのまま付いてくる気満々だった。
「ね? お願いダーフェンさん! 見つけた資料とかは全部教えちゃうからさ、私たちにも見せてよぉ!」
「わたくしからも、何卒お願いいたします」
「し、しかしですねぇ。我が国の要人の秘密をおいそれと教えることは……」
ダーフェンは困り果てた。
セドナもそうだが、まさか己が一目惚れしてしまったメイドのロマニーがやってくるとは不意打ちも良いところだった。もしかしたらセドナはそこまで理解して彼女を連れてきたのかも知れない。
王国のメイドの中でも、ロマニーの繊細な美しさは群を抜いていた。一切の隙がない所作の数々、引き締まりつつも女性らしさを残した体のライン、深い知性と品性を感じさせる声、氣で存在感を抑えてもなお分かる人には分かってしまう優美さと可憐さ。
そんな彼女といきなりの初会話ともなれば、ダーフェンも動揺を隠せない。
助けを求めるようにホンシェイに視線をやるダーフェンだが、彼も同じくいい言い訳が思いつかないようだ。部外者の介入は犯罪として取り締まるとでも言いたいが、海外の王族が連れてきたゲストに余り迂闊なことも言えない。
そもそも、今回の査察とて正規の手続きを経ていない、表沙汰にしづらいものだ。
ここで断っても二人が「観光中に道場内に迷い込んで、襲ってくる相手を正当防衛で倒した」としても、宗国としても責任を追及しづらい。かといって海外の人間を国内の政争に介入させるのも――と懊悩するダーフェンの手を、ロマニーがそっと包んだ。
「ろ、ロマニー殿!?」
「どうか、このメイドの頼みを聞き入れて貰えないでしょうか。我々の存在に少し目をつぶっていただけるだけでも構いません。その代わり、我が身に出来ることであれば、必ずやその恩に報いる奉仕をさせていただきますので……」
「うぅ……!?」
ロマニーの美しい顔が上目遣いにダーフェンを射貫く。
手の柔らかさと暖かさ。
微かに潤んだ瞳。
瑞々しい唇の艶めかしさ。
囁くような「奉仕」の甘美な誘惑。
その全てが、ダーフェンの男としての本能と感性を激しく揺さぶる。
「~~! せ、せめて我々の目の届く範囲で行動してください! 今回は荒事です。麗しい女性たちを傷つけさせたくない。後のことは……こちらでなんとかしますので」
「ご配慮、痛み入ります……ありがとう、ダーフェン様?」
その一言に。
メイドとしての奉仕精神とは違った、素の柔らかな感謝の言葉と、自分の名前を呼んで貰えたという事実に、ダーフェンは絶対にロマニーを傷つけさせまいと強く心に誓った。そして弟ホンシェイは、陥落した兄の心理を読み取って、目頭を押さえて静かに首を横に振った。
(でも男なんだよねぇ、ロマニーちゃんは)
(ふっ、メイドスキルを使えば男などこんなものォ!)
セドナは無邪気にはしゃぐそぶりを見せつつ、内心では彼の恐らく実ることのない恋を哀れんだ。
ちなみに二人でついて行くと言いつつ、実はセドナは予備戦力もこっそり用意してあわよくば出し抜こうとしていたりする。
王国には悪い奴しかいないのだろうか。
◇ ◆
宗国最大規模を誇る武闘会場、『武演館』には異様な熱気が立ちこめていた。
国内最大の道場、ドンロウ道場とそれに対抗する最後の大型道場、レイフウ道場の激突だ。世間にはレイフウ道場の実情を知らない者も多く、世紀の激突に胸踊らせている。
一方、事情を知る者たちの関心も深い。
というのも、レイフウ道場はもはや五行試合をする力も残っていないだけという前評判だったにも拘わらず、なんとレイフウ道場は海外の著名な格闘家を二人も引き入れて最後の戦いに挑むというのだ。しかもその二人は世界最強クラスだと言うのだから、それが自国の最強の武人と激突すればどうなるのかは気になるに決まっている。
宗国がやはり最強なのか?
それとも海外からの刺客が世界の広さを見せるのか?
これは、あまり外国人の武術を見る機会のない宗国人にとってはドリームマッチなのだ。
また、会場には少数ながらヴァルナとガドヴェルトの噂を聞きつけた外国人客も紛れており、誰もがこぞってこの戦いの行方を見守っている。
……おい、アストラエファンクラブとヴァルナファンクラブが王国から出張してきてるんだが、あいつらどんな嗅覚してるんだ。試合が決まってから情報を受けて渡航するのは間に合わなかったと思うから、先回りしていたことになるぞ。
「王国最強凄いぞヴァルナ! 最強騎士だぞふれふれヴァルナ!」
「ふれふれヴァルナ! 勝て勝てヴァルナ!」
「あの人達たしかヴェンデル公爵夫人と息子さん……」
「ファンクラブの渡航費全部出したらしいわよ」
「やべぇ、ガチファン過ぎる……」
ファンクラブも震える真性になりつつあるあの親子からは目を逸らそう。クシューはもう少し奥さんとの向き合い方を真面目に考えるべきではないだろうか。
並んで試合を待つ俺たちの前では、バン・ドンロウとショウ・レイフウが会場の熱気など聞こえないかのように言葉を交わしている。
「腑抜けと笑いはせんぞ、ショウ。随分と都合の良い偶然に巡り会ったようだが、その流れに乗じる為に余計な拘りを捨てたことは評価しよう」
「儂はもう疲れただけだ。勝っても負けてもこれで終わりにしようではないか」
「こちらにとっては通過点に過ぎぬ、が……ふふ」
獰猛な狼を思わせる気迫の籠った笑み。
彼は、自らが激突するガドヴェルトに戦士として期待しているようだ。
あの年齢になって尚も衰えない闘争心は、もはや魂を束縛する狂気だ。
どこかで誰かが止めなければ、死ぬまで暴走を続けるかもしれない。
俺たち参加者は視線を合わせる。
アストラエが拳の感触を確かめるように拳を握り、開き、再度強く握りしめた。
「ヴァルナとガドヴェルトは敢えて絶対勝つと仮定して、それでも残り三人が全員敗北すれば残りの結果は消化試合になる。まぁ、バン・ドンロウに土がついたとあらばその影響は大きかろうが、僕は奴が落ちぶれるかどうかより僕たちが勝つかどうかの方が興味がある」
アストラエは、何でもありの勝負なら勝つ自信があるのだろう。
しかし五行試合には反則も存在する正式な試合だ。
ここで強敵相手にどれだけ自分の力が通用するか、アストラエも予測がつかない。
(気持ちは分からなくもないがな。こいつが警戒しているのは――)
どういうわけか、今日に限って木行のユージー・ガオランが異様な気迫に満ちている。執念は時として人を盲目にするが、同時に強烈な勝利への執着をも生む。隣のレン・ガオランも何か前とは気配が違う気がした。
(兄弟の間で何かあったか……?)
この変化、吉と出るか凶と出るか、全く読めない。
また、ドンロウ道場総本山の強行摘発に関しては完全ノータッチだ。
俺に出来る唯一は、ただ勝つことのみ。
宗国の役人が、銅鑼を前に叫ぶ。
「ここに、ドンロウ流拳法道場、対、レイフウ流拳法道場の五行試合開始を宣言するッ!!」
銅鑼桴が強かに銅鑼に叩きつけられ、大気を揺るがす音が響き渡る。
宗国で連綿と引き継がれてきた真剣勝負を見守り続けていたそれが響かせた音は、会場を熱狂の渦へと案内した。
元々二十章は駆け足で行く予定でしたが、五行試合まで自分にしてはなかなか早く辿り着いたなって感じです。短編で終わらせようとしてたストーリーなので淡泊に感じてしまうかも知れませんが、ここからが本番です。




