405.皆でひとつになりましょう
アルラウネたちは、必死に足掻いていた。
彼らには人間的な感覚は無いが、生物である以上は生きるために行動するのは大前提だ。たとえ、上手くコントロール出来ない豚のような生物の脳髄付近で発芽したとしても、それは変わらない。
しかし、アルラウネが寄生する形で根を張ったオークという生き物は、アルラウネとは生物としての感覚や行動が違いすぎる。
元々操られるようにこんな場所にやってきたアルラウネたちにとっては、水分などオークから吸い取ればいいし最終的にはオークを捨てて地面を見つければ良い。しかし、体から水分を吸い取られたオークは極度の口渇に襲われ、狂乱して水を求める。
互いに互いの命が懸っており、主導権を奪い合う。
こんな状況では共生など成立しない。
ただし、脳に侵入されている時点でオークに勝ち目はない。
アルラウネの言いなりになるか、共倒れするかの二択だ。
見ればオークの通る道は人間の道。
武器を掲げた人間たちが、上手く御せないオークの肉体を破壊していく。
「おーおー、流石は騎士様の武器! マジで切れ味いいな!」
「これ、騒ぎが終わった後は貰っていいんでしょ? 冒険捗っちゃうなー!」
「多少は使い潰しても構わないから、流れには逆らわず集団からはぐれた奴を確実に仕留めろ!!」
オークの欲望が勝り食料や水を求めて群れを逸れた存在から順に、人間に殺されていく。人間たちは大きな群れには手を出さなかったが、その数は確実に減少していく。人間たちを振り払って進んだ先には、また人間。
しかしその人間たちは無様にも逃げた。
「数が多すぎる!! 処理出来ない!!」
「ば、馬鹿者!! 持ち場から離れるな!!」
「だったらあんな奴どうやって倒せってんだよ! 無駄死にするくらいなら降格の方がマシだぁ!!」
「我々が退いては誰が民を守るのだ!! ええい、一人でも戦ってくれる!!」
勇ましいことを叫んだ男も、いざオークの集団が迫ると足が竦んで碌に動けず、結局正面の一匹をなんとか殺したところで後続に弾き飛ばされた。他、多少の抵抗で数は減ったが、まだ五〇近い個体が生き残っていた。
「……おい、先輩殿は生きてるか?」
「足がちょっと曲がっちゃいけない方を向いてるけど、死んではいない。鎧の頑丈さに助けられたか? あーあー言わんこっちゃない……兜なかったら死んでたぞこれ」
「勝ってなくても兜の緒はしっかり締めましょうってこと?」
「本当は締めてなかった俺らがおかしいんだがな」
人間たちは追ってこない。
しかし、オークたちの水への渇望が限界だ。
根を張れる地面に辿り着く前に、オークたちは水気を感じ取って水場に殺到する。人間が噴水と呼ぶ、しかし彼らにはやけに小さな泉にしか見えないもの。オークたちは呼吸を忘れて狂ったように水を飲むが、この際、彼らの脳に根を張る変異アルラウネたちは共通の認識を持っていた。
――このままでは、全滅する。
一度は見逃した筈のオークたちを追う集団が近づいている。
距離はまだ遠いし数も減っているが、オークの鋭敏な耳がそれを捉えた。
それでもなお、オークたちは喉の渇きを潤すのに夢中だ。
これは、アルラウネによって水分を全身から吸われているが故の異常な欲求であり、多少の危機感でどうにか出来る程やわな衝動ではない。オークの肉体は今、水のこと以外は考えられなくなっている。
――こんな場所では死ねない。
アルラウネには本来、他の個体と動物的なコミュニケーションを取る類の能力はない。アルラウネの蔓が動いて外敵を締め上げたりするのは、元々そういう動的役割を与えられた器官であるからに過ぎず、脳が統括している訳ではない。
しかし、人間により手が加えられ、『受信』という機能を与えられた変異アルラウネたちがその機能を長時間刺激されたことにより、近くにいるアルラウネ同士でも情報の受信が発生しはじめていた。
そして、植物には動物と違って脳がないため、個性もない。それが作用した結果だろうか、受信を繰り返して周囲の同族の状況を察知するアルラウネの行動原理や行動内容は、自然と全てが統一されたものとなっていた。
――オークの肉体から離れなければ、主導権は握れない。
この瞬間、アルラウネたちはオークという存在を競争相手から栄養袋に格下げし、一切の容赦なくその肉体から栄養素を吸い取った。
――ばらばらで行動しては外敵を退けられない。
オークが急速に栄養を吸い取られてミイラのようにしぼんでいく中、一気に栄養を取り込んでオークの頭部から本格的にせり出したアルラウネたちは、集合し、絡み合い、次第に個々の境界線をなくしていく。
――もっと大きく。もっと強固に。
必要なのは自力で移動する強靱な根。
必要なのは人間を退ける強靱な蔓。
必要なのは安住の地を見つけるまでの腹の足しにするオークという名の栄養袋。
目的は、ただ一つ。
彼らは植物としての本能に従い、生きようとしていた。
故に、セドナが自覚なく虜にした自警団アンティライツの一部を連れてオークの集団に追いついたときには、既にオークはオークという生物とは呼べない存在になっていた。そしてオークの肉体という栄養と噴水の水を吸い上げたそれは、周辺の建物にも劣らぬ巨大な樹木と化して外敵を見下ろした。
「なに、これ……」
「どうにも、新たなネームドモンスターの誕生のようだな……」
呆然と見上げるセドナをよそに、アストラエは一分の隙もない真剣そのものの表情で剣を抜く。
直後、巨大な樹木の如く生い茂った巨大アルラウネの蔓が彼らと自警団の元へ飛来した。
「来るぞッ!!」
『ギィィィィィィイイイイイイイイッ!!!』
『接ぎ木』、という技術がある。
植物と植物をつなぎ合わせ、一つの個体とする――園芸や農業で用いられるそれは、欠損した部分を補ったり、成長を促したり、品種改良をするときに用いられる。
しかし、着目すべき点はそこではない。
普通、人間が失った四肢を補う為に他人の四肢を無理矢理接合しても上手くはいかない。動物、魚、虫、大抵の生き物がそうだ。ところが植物はこれを驚くほどに上手く成功させ、まるで最初から一体の存在であったかのようにその後も生き続けることが出来る。
ましてそれが同種の植物であるなら、尚更に。
◇ ◆
俺が現場に辿り着いた頃には、既にそこには常軌を逸した光景が広がっていた。
「ぬぅぅぅぅぅッ!! この蔓ども、キリがないぞ!!」
「一回退いた方がよくない!?」
「そうしたいのは山々だが、僕たちが隙を見せず後退するより蔓の侵攻が速い!!」
そこには、流石と言うべき剣捌きで次々に殺到する巨大アルラウネの蔓を切り払うアストラエと、お得意の盾を振り回してなんとか蔓を弾くセドナ、そして余りにも予想外すぎる事態に泡を吹いて撤退するアンティライツの姿があった。
昨日まで異常行動オークを討伐しようという話だったのに、何をどうしたら大都市に朝日を浴びてめきめきと音を立てる巨大樹が出現するのだろうか。この世は未だに謎に満ちているようだ。
「……って感慨に耽ってる場合じゃねえ。一旦あいつらと合流だ!!」
オークが城に向かっているという話だったのに、運命の女神はどうしても事態をややこしくしてしまいたいものらしい。内心毒づきつつ、剣にありったけの氣を注ぐ。
これより放つは嘶黒烏・凶鳴と同系列の使い勝手が悪い技だが、こういう状況なら役立つ筈、と丹田に力を込め――一瞬のうちに解き放つ。
「名付けて合氣伝、『雪鷺』ッ!!」
これまでの飛ぶ斬撃とは違ってありったけの氣を纏わせた一閃の飛斬が空を薙ぎ、突如として風が爪を立てたのように巨大アルラウネの蔓を裂く。太い蔓は切断仕切れなかったが、広範囲に走った裂傷と切断、そして衝撃に蔓の動きが一時的に鈍る。
……ついでに石畳が切れてしまったのはもう後で謝ろう。あれ修理大変なんだよなぁ。
ともあれ、その隙を活かせないほどあの二人は鈍くない。
アストラエとセドナはその合間に一気に蔓から距離を取った。
俺も即座に下がった二人に合流する。
「無事みたいだな、二人とも!!」
「遅いぞヴァルナ! 思いっきり護衛失格だろ!」
「こんなバケモノ出てくると思うか!? てかメンケントどこいった!!」
「メンケントくんはこの場所に無謀にも突撃かまそうとした皇国騎士の説得に忙しいの!!」
「そうかい、それじゃ責められないなぁ!!」
叫びながら、尚も追ってくる蔓を切り払う。一定距離離れると蔓は追撃を諦めたように巨大アルラウネの幹らしき場所に戻っていった。
本来護衛としてはこの状況で護衛対象の側に居ないのは失格だが、その護衛対象である王族からの指示ではどうしようもあるまい。大丈夫、俺はお前の味方だぞメンケント。
「状況説明頼んで良いか?」
「無理だな。僕たちが来た時には既に『ああ』だった」
アストラエは肩をすくめ、セドナも頷く。
「あれはアルラウネ、でいいのか?」
「いいと思うよ。大きさはさておいて、植物的特徴からして共通項が多すぎるし。それと……どうやらあの木、オークを完全に取り込んでしまってるみたいだ」
アストラエが顎でさす先を見ると、数十匹はいると思われるオーク『だったもの』が巨大アルラウネに埋もれて干からびた手足や顔を覗かせていた。あれがもし人間だったらトラウマものの恐ろしさだ。一部微かに動いているオークもいるが、直後に頭頂部から伸びた蔓が巨大アルラウネの中に入りこんでいき、そのついでに栄養を吸い取られ尽くしたのか絶命した。
アルラウネの根は石畳に覆われている為に土の地面に到達出来ず、石畳と接地する根を用いて自力で立っている。ただ、根の一部が街路樹の植わる場所の地面に突き刺さってそこから栄養を吸い上げているようだ。
不幸中の幸いは、あれが大きな動きを見せないことだろう。
どちらにせよ、これは即座には対処できない。
「ここまで巨大化してしまうとなぁ……仮に幹を両断出来たとしても、薙ぎ倒された植物の質量で周りの建物を押し潰しそうだ。かといって放っておけば根を張って、余計に手がつけられなくなるだろうし……」
「流石に皇国の人たちに何の断りもなく強攻策はマズイんじゃない? アストラエくん」
「ううむ、事態が事態とはいえ軽率な行動は憚られるな。これは我々の手に負える範囲を超過している」
既にアルラウネの接地部分は石畳の隙間から地面に到達しようと細い根が伸びており、悪い予感しかしない。しかもあれが居座っているのは地図上では噴水の上であり、水が豊富に得られる場所だ。今は根が覆い隠して見えないが、今頃たっぷり水を吸っていることだろう。
こうして、規格外の侵略的外来生物は皇都に一時的な状況の停滞を齎した。
そして俺たち三人は、早朝から動きっぱなしの体に溜った疲労感に今更気付き、これからの事を話し合う為にも一旦退くことにした。
仕方ないじゃん。王国最強だって腹は減るんだよ。




