393.業の焔です
冒険者セフィールは元々それなりに裕福な家系であり、女だからという理由で武術の才能を周囲に認められなかったが故に冒険者をしている。両親の心配はあったが、彼女は友人に恵まれた。
相棒であり切磋琢磨するライバルでもある、ルル。
物静かだが好奇心は旺盛で、どこか妹のように感じるマナ。
三人の旅路は順調で、気付けば彼女は三星冒険者になっていた。
ところが昨日、オークなどというどこにでも居る魔物の異常行動のせいで順調な旅は足踏みし、セフィールは悪い流れを感じた。世の中には流れというものがあり、無理に逆らうと力尽きて流されてしまう。今回のそれは、自分の力では切り開けない悪い流れの前触れかもしれない。
先輩冒険者であるルートヴィッヒが余所者の見学者を二人連れてきたとき、その予感は確信に近づく。オークに詳しい騎士など意味が分からない。王国騎士の噂くらいは聞いたことがあるが、オークなど大陸屈指のどこにでもいる雑魚モンスターだ。そんなものを知り尽くして何が自慢できるのかと思った。
しかし、セフィールは思い知ることになる。
何事も、極めれば人に真似できない技術になることを。
騎士ヴァルナはゾンビのように彷徨うオークの群れに驚くほど静かな足音で接近し、僅か三回の刺突を放った。それらは三頭のオークの心臓を正確に貫き、他に何の無駄な破壊もなくオークは大量出血して絶命した。
角度を誤れば一撃で仕留められないばかりか剣がオークの肉に詰まって上手く抜けなくなったり骨に接触する所を、狙いをじっくり定める様子もなく三連続で成功。まさに神業――あの威力なら他の魔物の心臓も容易く刺し貫けるだろう。
「王国なら血は回収する必要があるが……今回は皇国ルールだ。あとはっと……」
「ギャッ、ギャッ、ギャァアアァアアア!!」
仲間が殺されたことに気付いたオーク達が一斉にヴァルナの方を向き獣の雄叫びを上げるが、ヴァルナは慌てず殺したオークを一匹ずつルートヴィッヒとセフィールの居る場所に投げ飛ばし、接近するオークの足に貫くような鋭い蹴りを放つ。オーラを纏ったその蹴りは的確にオークのバランスを後ろ向きに崩し、後続オークに倒れかかるよう調整してある。彼は二匹目のオークの死体を投げた後に最後の一匹を丸太のように抱え、叫ぶ。
「死体抱えて撤収! 死体はなるだけ損壊させないように衝撃に気をつけろ! 引きずるのは多少は構わんから!」
「は、はい!」
「オークの死体まるまる運ぶのかね!?」
「丸々じゃないと解剖できねーだろうが!!」
オークの体重はサイズにも依るが基本はゆうに一〇〇キロを超える。それをヴァルナはいつの間にか死体を紐で括って背の裏あたりに持ち手を作り、平然と引きずっていた。しかもオークの追撃速度を上回る早さでだ。
慌ててセフィールもオーラを全開にして引きずるが、運び慣れていないこともあって苦戦する。ルートヴィッヒも五十歩百歩だ。そこにヴァルナがあとから合流し、不意に彼は後ろを見やる。
「……やつら日影まで追ってこないな。俺たちが木の陰に入った辺りで急に諦めやがった。明暗が認識できないのか、光に寄っているのか、場所に原因があるのか……鳴き声も変だ。メスを求めて争う時の声に似てる。フェロモン関連の線もあるか……?」
ぞっとした。
ヴァルナは死体の回収をしながら、オークの行動も分析する余裕があったのだ。
セフィールはこの巨大な肉袋と化したオークを運ぶのに必死でそんなことを並列で考える余裕は一切無かった。しかもオークが引いたことについて「諦めた」の一言で思考を終了させようとしていた。
(これがオークの専門家……えぇ、怖っ……)
これだけの技量と思考力をたかだかその辺のオークを調べることにのみ使っているであろうこの世界最強の騎士に、セフィールは狂気を感じた。俗に言うドン引きである。彼女はなるだけこの人には関わり合いにならないようにしようと思った。
◆ ◇
俺はあくまでノノカさんの横でオークの解剖を手伝っていただけなので、専門的な勉強などしたことはない。ただ、ノノカさんが解剖しながら色々と解説はしてくれたので、オークだけなら辛うじて解剖医の真似事が出来る筈だ。
と言うわけで早速解剖に取りかかる。
衛生上の問題があるのでマスクはばっちり。
川にはなるだけ血を流さないようにするが、既に心臓を貫いてある程度の血抜きは出来ている、あり合わせのアイテムとあのマナという冒険者の子から借りたナイフを手に、解剖を始める。
なお、助手には嫌がるアストラエを無理矢理つかせた。
「王族にオークの解剖を手伝わせるなど前代未聞だぞ。君の不敬は留まるところを知らないな。マジでこれは借りにしてやるぞ、借りに」
「イヤなら冒険者共のうちの誰かを口説いて代わって貰うんだな」
「誰も首を縦に振りはしないよ。いいかいヴァルナ、一般人というのは生物の解剖を行わないものなんだ。動物の開きなんてグロテスクで見れたものじゃないというのが健常者の感覚というもので……」
「いいからやれ。日が沈む前に終わらなかったらお前のせいだぞ」
「はーい。まったくなんで僕がこんな……無理矢理メンケントを連れてくれば良かった」
ぶつくさ文句を言いながら、アストラエはテントの骨組みなどを利用して魔力灯が真上からオークを照らすよう設置していく。これは皇国の冒険者から借り受けたものだが、ランプの性能はナーガ製の方がいいようだ。それでもあるのとないのでは大違いなのでありがたい。
手早くオークの体を確認するが、日焼け以外には目立った以上はない。
「紫斑なし。結膜炎なし。生前の感じからして運動障害はなし寄り。歯は……おいアストラエ、ライト」
「僕はライトじゃないよっと。輝かしき存在であることは否定しないけどね」
「じゃあライトに頼らずなんとかその歯か目を発光させてオークの口の中照らせ」
「やだよ臭そうだし。出来たとしても絶対やらないぞ」
実際臭いが、マスクで口を覆っているので後は俺の忍耐力次第。普段は浄化場の解剖室にある魔法が不清潔なものを打ち消してくれているが、ここにそんなものはない。こんなこともあろうかと持ってきていた解剖用ゴム手袋でオークの口をこじ開けると、歯に異常は無いが、少し違和感があった。
「……口の中がやけに乾いてるな。脱水症状か?」
「実際、わらわら集まったオーク達の中には途中で倒れるのもいたって話じゃないか。死んだら崖から蹴落とされてたようだけど。脱水症状なら動きが鈍かったのは当然じゃないか?」
「聴覚まで鈍くならんだろ。それにそれなら尚のこと暑い場所に留まろうとはしない」
ここからが本番だ、とナイフを持つ。
メスと同じように綺麗には裂けないだろうが、マナという子の持っていたナイフはかなりいいナイフだった。嫌がる彼女に土下座してまで借りたナイフは、予想通りの切れ味でオークの死体をかっさばいていく。
そこからは、黙々と作業を続けた。
あくまで簡易的なチェックまでしか出来ないが、異常がありがちな肝臓などは綺麗なもので、肺なども炎症のような症状の痕跡は見られない。胃と腸はオークによって差異があり、胃が空の者と内容物がまだ入っている者がいた。胃酸でぐちゃぐちゃなそれは俺も耐性のない人からすれば見るに堪えないだろうなと思う。臭いも胃酸やらガスやらでかなり酷い。案の定アストラエは即座に目を逸らして遠ざかった。
一通り見たが、どこも異常行動の原因となるような症状は見られない。
食べていたオークと食べていなかったオークの差だが、日焼けの感じからして単純にあそこに立ち尽くしている時間の差のようだ。
つまり、何らかの事情でオークは行動が変化し、崖の上に立ち尽くすようになる。そして何も食べないでいるためやがて胃は空になる、という訳だ。排泄物も軽くチェックしたが、現場での目視情報も含めて下痢の症状はないので、オークがかかりやすい感染症とは症状が一致しない。
ただ一つ、気になったことはある。
「三匹とも肝臓にほんのちょっと穴というか、痕跡みたいなのがあるんだよな……ほぼ再生して塞がってはいるけど」
「物言わぬ臓器、肝臓ねぇ。寄生虫にでも食べられたんじゃないかい?」
「俺もそう思って肝臓をかっさばいたが、何も出てこない。そもそもオークみたいな知能の高い魔物は寄生虫に感染しやすいものを避けるよう本能を働かせるから、寄生虫に侵されるのは珍しい。それが三匹全てってのはちょっとな」
そう言いながら、俺はオークの胃腸の内容物を検める。
木の実のタネや小動物だったもの、その他色々雑食で食べていたようだ。
洗っていると変なタネを発見する。
「なんだこいつ。ちょっと発芽してんぞ」
「……そいつは変だな。植物の種なんて生き物の胃腸の中で育つもんじゃないだろ」
植物の種を食べた場合、日光も浴びられない中で胃酸とアルカリ性の腸内をおよそ一日で冒険してあっという間に排泄される。そんな環境内で発芽する植物など論理的に考えてあるとは思えない。
或いはこのタネの変化こそがオークの体内で起きた恐るべき変化の原因かもしれないが、変化の内容を推測できないし発見もできていない以上、俺に出来ることはここまでだ。解剖を終了し、掘った穴の中にオークを放り込む。特に臭いのキツイところを優先して。
やっと解放されたとばかりにアストラエが大仰なため息をつく。
俺も流石に三匹もオークをほぼ一人で解剖するのは骨だった。
しっかり念入りに身を清めた俺たちは、少し離れた場所にいる冒険者たちに合流した。
あれからオークのいる断崖を見て回ったらしいルートヴィッヒが地面に敷物をして、座るよう促す。
「どうかね、成果は?」
「いくつか変なところはあったが、やっぱり助手の腕前じゃ無理があったよ。そっちは何か掴めたか?」
「こっちも微妙なものだ。とりあえず情報を突き合せよう。これでダメならこの依頼、中断するしかあるまいな」
冒険者歴の長いルートヴィッヒにも、この異常事態は頭痛の種らしい。
ルートヴィッヒはヴァルナたちが解剖に勤しんでいる間、オークの集まる高所周辺を調べ回った。そして判明したのは、異常行動オークを食い物にする魔物が高所周辺に集まりつつあることだった。このままではロックバードは余計に生活しにくくなるし、最終的に魔物達の標的はロックバードの卵になりかねない。
「なにせ栄養価の高い食べ物を求めるのは魔物共も同じことだ。親鳥のストレスにもなる。人間の都合とは言えロックバードがいなくなるのは困るね」
「生態系的に、問題はそれだけで済まないかもしれないぞ。ロックバードがいなくなれば、鳥が餌にしていた魔物が減りにくくなる訳だからな。まぁ、魔物の生態系の変遷は俺には専門外だけど」
「オークの異常行動の原因が不明な以上、自然淘汰と割り切るほか無いな……」
オークの専門家として口惜しいことだが、現状ではお手上げだ。
現地冒険者にとってもお手上げである以上、どうしようもなかったと諦めざるを得ない。
全ての苦労が結果に結びつくとは限らない。
悲しいが、仕事とはそんなものだ。
そういえば、と俺はオークの胃腸から出てきた発芽した種――もちろん洗ってある――をルートヴィッヒに見せる。
「これ、オークの腹から出てきたんだけどなんのタネか知ってるか?」
「ん? これは君も見たことがあるものだよ。アルラウネのタネさ」
「そういえばアルラウネ焼いた痕からタネ集めてたっけ……あれ何してたんだ?」
「目的はタネから採れる油でね」
曰く、成長したアルラウネは纏まった種が採れるので、昔は増殖しないように回収した種を利用して種油を作っていたそうだ。しかし今ではもっと安価な油が普及し、代わりに皇国学会の研究によりアルラウネの種に籠る魔力を利用して非延焼油の原料に使われているらしい。
「あの変異種は体だけでなくツルにもタネが入っていたが、魔物のタネだからこれも一種の魔物。余裕があるなら回収しておくのが冒険者の仕事だよ」
はっはっはっ、と快活に笑うルートヴィッヒだが、自分の子孫を残すためのタネで自らが焼かれるとは、アルラウネの心境は如何ほどか。いっそ魔物に食べられた方が幸せなのかも知れないと俺はしみじみ思いながら、マナから借りたナイフを沸かしてあったお湯で煮沸消毒した。




