262.親近感が湧きました
俺が新たなる剣を受け取り、早く振りたくてウキウキワクワク治療を受けている間にアストラエはDブロックの覇者となった。世界的な大会の上位ブロックな訳だから相手も当然のように七星だったらしいが、やはり八咫烏のように何かしらの極致に到達した者と到達していない者の差は大きいのか、試合はアストラエの快勝に終わった。魔物討伐が評価の主軸である星評価は、そのまま対人評価に直結するわけではないということだ。
最初は槍相手に互角の打ち合いをしたそうだが、一分後には形勢は完全にアストラエに傾き、相手も頑張ったが及ぶことなく八咫烏の一撃で仕留められたという。残念な事に俺は治療中ゆえに見られなかったが、アストラエもこの試合で更に八咫烏を体に馴染ませたようだ。
「いや、ヴァルナが使いこなせなかった理由が少しわかった気がする。この奥義には『流れ』がある。竜殺しマルトスクほど極まったら自分から流れを生み出せるんだろうが、開幕でぶちかますのは何と言うか、最適な出し方ではないと感じたよ」
「へぇ、成程なぁ。知れば知るほど難しい奥義だ……」
そう考えると元王国筆頭クシューと俺の勝敗を分けたのが何なのか考えてしまう。あの男は八咫烏を出したい時に出せていた。流れを作る才能は威力とは別のものなのか、単に修練した年月の差だったのだろうか。
やはり細かい点を思い返すとマルトスクは怪物だ。八咫烏のコントロールという点で言えば恐らく最強だろう。俺との試合では俺が剛柔併せ持つ剣術だったから僅かな綻びを突けたが、マルトスクのあれは剛と剛の衝突で生まれたもの。俺と相性が悪かっただけで、ガドヴェルト相手だと愛剣ハバフツリに物を言わせて八咫烏を容赦なく連発しただろう。
「君の時は連発しなかったのは何故だい?」
「俺の八咫烏と威力が同等だったから出来なかっただけだろうな。いくらガドヴェルトが最強ったって拳の一つ一つが八咫烏を超える訳じゃねえ。となると、俺とは全然違う試合運びになったろうよ」
「観客のその予想を君がぶち壊した訳だがね。で、傷はどうなんだい?」
「今晩には一通り傷は治る。それまでせめて体がなまらないよう氣を練るだけさ」
俺は現在会話しながらもベッドの上に胡坐をかいて氣を練っている。流石に喋りながらなので練りは甘いが、それでもこれ――正式には座禅と呼ぶらしい――は体に負担をかけずに出来る貴重な鍛錬だ。もちろんその間に治癒を受けているので傷は塞がりつつある。
「……時にヴァルナ、背中に真っ赤な女性の手形が張り付いているが、これは何だい? バジョウが見せてくれた絵にあった紅葉に似てるが」
「よく見ろ、首筋にも歯型あるぞ」
「あ、ホントだ。ははぁん、セドナに許して貰えずやられたな?」
「いや、セドナはいい子だから噛んだりしねぇ。やったのはシアリーズだ」
剣を受け取った後、病室に戻るとムスっとしたシアリーズが待っていたのだ。どうやら彼女もまたガドヴェルトに負けかけた俺にモノ申したかったらしい。が、物を申すより先に手が出たか、傷のない場所とはいえ思いっきり背中を引っぱたかれた。痛みを我慢するのはそこそこ得意なつもりだったが、何せ相手は七星でも更に上位と噂されるシアリーズである。それはもう悶絶する痛みだった。
「で、背中の痛みに気を取られてる間に背後から首噛まれた」
「吸血鬼かな?」
「皮膚突き破ってはねぇよ。ただ結構強く噛まれたから痕がな……戦闘には全く支障はないから治癒で無駄に時間使うわけにもいかず、しょうなしに放置よ」
曰く、「アタシの信頼を裏切るかもと思わせた罰」だそうだ。挙句の果てに「次の試合で負けたらひどいことするわよ」とサラっと怖いことを言って去っていった。
「俺負けたら何されるんだろう……不安しかねぇ」
「う~ん、何となくそうかもと思ってはいたが、予想以上に愛されてるね、きみ。告白される準備くらいした方がいいかも」
「えぇ、これ愛なの……? 分からん、俺には分からん……」
噛まれた場所が疼いて首をさする。食べちゃいたい程愛してるってことか? 恐ろしい愛情表現もあったものだ。
しかし、言われて思い返すとあの時のシアリーズの顔にはいつもの余裕がなく、年相応にむくれていた気がする。それだけ感情的になる理由はあった筈だ。
「シアリーズは何考えてるか分からないっていうか、天邪鬼な所あるからなぁ……」
「まぁいいか。次の試合で君が負ければ彼女の愛も冷めるかもしれないし」
「はっはっはっ、立ったまま寝るとは器用だなアストラエ。俺は負けんぞ?」
「ふふ、そうかな? これまでの僕らの模擬戦の傾向からしてそろそろ僕が一本奪う頃だぜ」
「やってみやがれ。全力でぶちのめすから」
「やってみるとも。いざ起きてしまうと存外に呆気ないものだよ」
にやりと笑うと、アストラエもにやっと悪い笑みを浮かべた。
次に喋るのは明後日のステージ上だと言わんばかりにアストラエは「邪魔したね」と言い残し、治療室を去っていった。一つ言えることがあるとすれば、今度の奴との模擬戦は過去に例がないほどの激戦となるだろう、ということだ。
その後、日が沈んだ頃には歯形と背中の紅葉以外の傷が治った俺はそのまま剣を振って鈍った体に喝を入れつつ剣の具合を確め、明日に備えて床に就いた。ネメシアに「首のそれは誰の歯形よ!」と浮気調査する新妻みたいなこと言われたが、治癒で相応に消耗していたのか返事せずに寝てしまった。
そして、翌日。
素振りを終えての食事がてら屋台料理を手にコロセウムに向かうと、既に準決勝開始の時間が迫っていた。今回の試合はAブロック覇者のリーカ・クレンスカヤとBブロック覇者のシアリーズだ。
冷静に準決勝に進んだ四人を見て、嘆息する。
全員まだ二十歳に届かない剣士。しかも半分大陸、半分王国。更に言うとシアリーズ側は元パーティメンバーで、俺とアストラエは今も交流のある同級生だ。まさか観客たちも最上位の戦いがこんな青春なノリになるとは予想していなかったろう。
客席をぱっと見渡すとピオニー、ベビオン、ウィリアム、知らないお姉さんが並んで座っているのを発見したのでピオニーの横に座る。
「おっす。隣座るぞ」
「あっ……ヴァルナさん」
「ピオニー、少しは気分が晴れたみたいだな」
「ええ、はい……鍬を修理するアテが出来たんで、なんとか」
「鍬っていうと、駄目なのは取っ手なんだろ? 生命樹の枯れ枝なんてよく都合がついたなお前」
「ヴァルナさん……女のヒトって、悪い人ばかりじゃないんすね」
「???」
そういえば女性不信だったか、彼は。ちらりとベビオンに視線を送ると、代理で説明をしてくれた。
「あー、ピオニーを騙してたっつー悪い奴が逮捕されたことで感謝してる人がいまして。その人が鍬を破壊した本人のリーカちゃんとお金を半分ずつ出し合って買う都合がついたみたいです。ほら、ウィリアムおっさんの隣の方です」
「ごきげんよう、騎士ヴァルナ。アイリーン・プレステスと申します。弟が大変お世話になっています」
丁寧にお辞儀する女性は、見るからに育ちがよく上品な女性だった。それでいてしっかりとした芯を感じ、頼りなさや弱さを感じない、大人の女性だ。が、しかしそんなことより猛烈に気になる台詞が聞こえた。
「プレステス……弟?」
「ええ。ウィリアム・プレステスは私の弟なのです。定職につかず鞭を持って大陸をフラフラとしていたと思ったら今度は王国で騎士になると言い出したり、世話の掛かる子でして」
「ヘイ、マイシスター。やめてくれ」
心なしかウィリアムの帽子の被りが非常に深く、口元がひくひくしている。成程、立派な家族と実家に対する劣等感か、逆に良家のお坊ちゃんだと思われたくないのか。
「もう、生活に困っているなら私が養ってあげるのに! どうしてお姉ちゃんから逃げてばっかりなの? 悲しいわ、私の可愛いウィル……昔はあんなに可愛くてお姉ちゃんと結婚するって言ってくれたのに……でも今のウィルもお姉ちゃんとっても素敵だと思うの!! ハードボイルドって言うんでしょ、そういうの!!」
「マイシスター。本当に勘弁してくれ……」
違ったらしい。心底げんなりした声からして、むしろ姉から逃げて態々王国まで来た可能性さえある。俺は一人っ子なので気持ちはいまいち分からないが、ウィリアムにとって実家の姉はなかなかにキツイ存在なのかもしれない。
確かにあれと一緒にいたら少なくとも彼女は出来なさそうだ。
「……とまあブラコン大爆発のアイリーンさんですが、自国の領地付近で阿漕な商売をしたマルヴェールってのを探してとっちめる為にここまで来たそうです。そしたらマルヴェールはピオニーが試合でぶちのめした挙句に逮捕されたわ弟と再会出来るわで上機嫌になりまして、お礼ということでプレステス家の伝手で枝の都合を付けちゃったんですよ」
「はぁ、数奇な偶然もあるもんだ」
「偶然ではありません、弟を愛する気持ちが呼び寄せたのですわ」
「やめて。もうやめてくれ姉さんお願いだからマジで」
自分の姉がどうしようもないほどオープンなブラコンであるのが辛いのか、ウィリアムは涙目になってアイリーンさんを俺から引き剥がす。確かにこんなのが近くに居たらハードボイルドもへったくれもない。王国に逃げ込むのもむべなるかな。
「あ、そうだヴァルナさん。これあげます」
「ん? 木の棒……?」
「俺の愛鍬の取っ手です。つまり生命樹の枝ですね。切れてしまった以上は鍬のパーツとしては使えませんし、なんか俺が凹んでる間にヴァルナさん大変なことになったって聞いたんで、お詫びと言いますか何と言いますか」
「お、おう」
使い道が思い浮かばないが、貴重品だし一応受け取った。彼なりに騎士団の一員の自覚が出てきたのか、前に会ったときよりはしっかり前を見据えているようだ。彼はそれっきりステージの方に釘付けになった。
「リーカさん負けろリーカさん負けろリーカさん恨みはないけど全然全くないけど負けろリーカさん負けろ……」
ダメっぽい。
「おい、心の闇を抑えろ。溢れ出てるから」
「えっ、違いますよォ。だってシアリーズさんこっち側の人間でしょ? もし万一ヴァルナさんが決勝で負けてもシアリーズさんが勝てば騎士団に多少はお金が入る訳ですし、決勝はヴァルナさん対シアリーズさんでヴァルナさんが勝てば理想の賞金になるでしょ? だからリーカさん負けろリーカさん負けろリーカさん負けろリーカさん粘ってシアリーズさんを可能な限り消耗させて願わくば過失による負傷とか負わせた上で負けろリーカさん負けろリーカさん負けろ」
前を見据える代償に人間性を喪失したらしい。ダメだこいつ。
隣でずっと呪詛を唱えられると堪らないのでそっと首筋の動脈を締めてピオニーを眠らせた俺は、ホットドッグを齧りながら試合の開始を待った。
「まぁ、ウィルのお友達はみんな個性的ね! 良かった、本当に良かったわぁ!! お姉ちゃんウィルが寂しい思いをしてないか心配で心配でご飯が上手く喉を通らない日が幾日あったことか……!!」
「姉さんもう勘弁してくれ! 分かった、分かった!! 意地を張って通常席で見るって言い張った俺が悪かったよ!! 一緒に姉さんの取ってるVIP席で観ようか、姉弟水入らずでさ!! なっ、なっ!!」
「嗚呼、可愛いウィル!! お姉ちゃんにそんな気遣いをしてくれるだなんて……身も心も本当に大きくなって!!」
(そりゃあんた、これ以上同僚にこんな姉見せられるか!! 他の騎士団メンバーに聞かれた日には俺ぁ明日からどんなキャラで生きていけばいいってんだッ!?)
お前も家族で苦労してんだな、ウィリアム。
俺もタイプは違うけど家族で苦労したからちょっと親近感の湧いた俺であった。




