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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
第四章 荒地と断崖の町

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25.小さくて大きな一歩です

 ふと、何か眩い明かりが顔に当たっているのが気になり目を開ける。


 明かりの正体は窓から差し込む陽光だった。

 寝ぼけ眼を擦って騎士団支給の時計を見ると、時刻は七時の最中さなかを刻んでいた。

 普通の生活ならば普通の起床時間だが、騎士団の人間としては二時間ほど遅い。


(あれ……なんでこんな時間まで寝てたんだっけ?)


 普段ならもう目を覚ましているか、そうでなくとも六時ごろには同僚に叩き起こされる時間帯だ。そう考えて体を起こすと、自分が安物のベッドでなく固いカーペットの上に寝そべっていることに気付く。

 上半身を起こすと、そこかしこから酒の香りと喧しいいびきの大合唱が響いている。周囲に転がる酒瓶、椅子、冷めた料理の残ったテーブル……そして壁際に見覚えのある装飾の槍が立てかけられているのを見て、やっと寝ぼけていた記憶が鮮明になってくる。


「やべ……一晩明かしちまったか? 急いで戻っても誤魔化し切れねぇだろうし、参ったな」


 恐らく既に俺がいないことは露見しているだろうから、戻ったら減給、反省文、そして暫く雑用を任される事だろう。いくら俺が騎士団の看板でも規則は規則。一応罰は受けなければいけない。


 ちなみに雑用の詳細は基本的に掃除……ではなく浄化場でノノカさんの手伝いをしたり道具作成班の金策を手伝ったりする。ノノカさんの手伝いはオークのモツを扱ったりオークを魔法で強制的に腐らせたりとメシがマズくなることで有名で、金策は悪夢のキジーム三兄弟と共同作業で精神崩壊必須なことに定評がある。


 俺は見慣れたオークの死骸を扱う前者の方が楽だと思う。

 ……そう言ったら周囲にドン引きされた。なんでだ。

 オークの腹とかぶった切ったらたまに内臓はみ出るし、見慣れてるだろ。

 ……そう言ったら周囲に黙って首を横に振られた。なんでだ。


「あ、あの……」


 ふと背後から声を掛けられて振り返ると、内気そうな女の子がお盆に乗せられた丸薬と水を持ってこちらを見つめていた。年齢は十歳前後だろうか。八の字眉なのはそういう顔なのか、それとも俺を警戒してるのか判別がつかない。

 少女はか細い声でお盆を差し出した。


「お薬……二日酔いに効きます……」

「あ、ああ……俺は大丈夫だよ。それより他の人にあげてやってくれ。あの辺の連中とか」


 多少の気怠さはあるが頭痛は特に感じないので、所かまわず寝転がる男たちの中でもひときわ酒臭く、そして一際脂汗をかいて呻いている情けない重篤患者を優先するよう促す。


「うう……あばぁ………」

「呻くな……あ、頭に響く……」


 数名は目を覚ましているが、あまりの頭痛からかテーブルに突っ伏している。

 よく見ると昨日木刀に唾をつけた男も混じっていた。

 が、少女はそちら側を見るや否や首を横に振る。


「あの人たち、ツケがあるから……サービスはなし」

「そ、そうなのか……もしかして君、この店の人かな?」

「君じゃなくて、バウム。パパが店長だから……朝の片づけだけお手伝い。ところで貴方、騎士ヴァルナなの? 新聞に載ってたし、パパや他の人が言ってた……」

「……地方の人が新聞を読んでいるのは珍しいな。そうだよ、俺がヴァルナだ」


 この国の新聞社は王都に集中しているため、地方では輸送に時間がかかる。

 内容も地方にはあまり関係のないことが多いので購読者は少ない。

 もしかしたら町の有志たるガーモン先輩の活躍をチェックするために買っているのかもしれない。

そう考えていると、少女は八の字眉を更に顰めてぼそっと呟いた。


「御前試合でガーモンさんの手柄を奪ったくせに大きい顔してる悪い人だって言ってた」

「ダイナミック悪口!? しかも濡れ衣だよ!?」


 先輩の手柄を取っているとは全く以って意味が分からない。

 もしかして最優秀騎士の座のことだろうか。

 確かに今年は試合勝利数だけ見ればガーモン先輩の方が多いが、それを人のせいにされても困ってしまう。最優秀騎士を決めるのはあくまで国王なのだ。


「あのね、バウムちゃん。俺は人生で一回だって先輩の手柄を我が物にしたことはないよ? それに新聞には載ってなかったかもしれないけど、先輩も優秀騎士として勲章賜っているからね?」

「うそ。パパが言ってた。ヴァルナって騎士は女好きでさぼりで酒ばかり飲んでて気に入らない騎士をイビって出世してるに違いないって。邪魔な先輩騎士を次々にクビにさせてるから『首切り』って呼ばれてるんでしょ?」

「事実誤認が甚だしすぎてどこから訂正すればいいか分からない!?」


 そんな絵に描いたような悪徳騎士、牢屋の中を探したって見つけるのが難しいレベルだ。

 尾ひれ羽ひれが付きすぎて二つ名とその意味まで変わってしまっているとは、人の噂とは恐ろしい。というか、子供に伝わる情報でこれなら、下手をすると俺は既にかなりの町民に嫌われているのではなかろうか。

 衝撃の状況に頭を抱えていると、ふとバウムちゃんが可笑しそうに笑った。


「本当は、あんまりパパの話を信じてない」

「そりゃあ今年一番のいいニュースだね……」


 どうやら半ばこちらをからかっていたらしい。

 女は喋れるようになったら大人の女なのだ、とは誰の言だったか。悪戯っぽい少女の演技にまんまと騙された俺は肩を落として溜息を吐いた。八の字気味の眉は生まれつきのようだが、微笑む姿に警戒や遠慮は感じなかった。


「ナギ兄ちゃんもいい人だって言ってたから、わたしヴァルナさんも信じるね」

「……なら信頼に恥じない結果を出さなきゃな。悪徳騎士と思われたままじゃ騎士の名が廃っちまう」

「もう信じちゃいねえよ。昨日のあれを見た後ならな……」

「あ、パパ……」


 バウムの後ろから昨日に見た厳つい店のマスターが顔を出す。

 その顔はどこか自分を恥じるような苦い顔をしており、テーブルを片付けながらぼやく。


「一対一の闘いに水差すのは男の恥だが、差された水をああも堂々と跳ねのけるのは並の男が出来る事じゃねえ。それに、お前さんがオークとの戦いに賭ける覚悟は昨日の『演説』で十分本気が伝わったよ」

「……演説?」

「オークと何故、何のために戦うのか。騎士の誇りを何のために守るのか。誇りを押し留めてでも通さなければならない筋……悔しいな。お前さんがこの町に生まれてたらこの自警団も変わってたかもしれん」

「……ヴァルナさん、そんな話したの?」


 バウムちゃんが好奇の目をこちらに向ける。

 彼女なりに騎士というものには少なからず興味があるらしい。

 俺は是非ともその密かな期待に応えて昨日の演説とやらを再現したいのだが、残念なことにそれは不可能だ。


「マスター。俺どれぐらい酒飲んでた?」

「顔色が全然変わらねえってんで散々飲まされてたが、結局最後まで起きてやがった。若い癖に酒に強いな、お前さん」

「わぁ、剣だけじゃなくてお酒も強いんだ。ヴァルナさんかっこいい……」

「いや、俺すぐ酔うぞ。その演説をしたときの俺、多分顔に出てないだけでベロンベロンだわ」

「………………」

「………………」


 酒場親子から注がれる視線から急激に熱が冷めていく。


「本当に覚えてないのか? あれだけ饒舌に演説しておいて?」

「酔うときれいさっぱり記憶が飛ぶんだ。欠片も覚えてない」

「ヴァルナさんかっこ悪い……」


 少女よ、夢を崩して済まない。これが王国最強騎士の現実である。

 俺は酒を飲むとすぐに酔っ払い、酔っぱらったまま更に酒を飲む悪癖があったりする。周囲曰く酒を飲むと俺は青臭すぎて聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいのバリバリ正義漢になるらしい。らしいというのは言わずもがな、翌日になると酔って行ったことをきれいさっぱり忘れているからだ。

 おまけに酒の分解が馬鹿に早くて二日酔いになったこともない。


「得なんだか損なんだか分からない体質だな……そうだ、朝飯食っていくか?」

「せっかくだから貰うよ。代金いくら?」

「昨日の分はナギの奢りだとよ。朝飯代は俺がサービスしといてやる。これで悪口言ってた分の借りはチャラってことにしてくれ」

「気にしてないよ。それより後でナギにお礼言いに行っとくか……あれ、そういえばあいつが見当たらないな。もう起きてんのかよ。なぁ、ナギって普段どこにいんの?」


 俺とマスターたちの会話に目が覚めたのか、周囲の酔っぱらにたちが口を開きだす。


「うぉぉ……リーダーならぁ……朝は川辺で走り込みだぁ……」

「いや、オークの監視してる連中に差し入れするのが先じゃな……あ痛ぁッ!?」

「ちくしょー、この騎士さんと言いナギと言い、最近の若者の肝臓はどうなってんだ……」

(……昨日の敵意がないな。酔っぱらって色々喋ったせいか?)


 余り褒められたものではないが、怪我の功名という奴らしい。

 戻ったら恐らく罰と説教が待っているが、一応ながら体を張った意味はあった。


(オークの出没した場所には人がいて、人の暮らしがあって、人の思いがある。退治してハイ終わりじゃあ多分いつか綻んじまう。だから、互いに互いの事を知ろう)


 知らずに悲劇が起きるよりは、知って遠回りした方がいい。

 少なくとも俺は、そう考えるのだ。



 ◇ ◆




 オーク出没によってこの町クリフィアは大きな被害を出している。それは農作物の被害もあるのだが、それ以上に致命的なのが採石場の閉鎖である。上質な石の出荷によって財を成したこの街は、産業の五割を石材に頼っている。

 クリフィアにとって石材産業は資金的な大動脈なのだ。

 だからこそ、オーク出没に伴う採石の停止が長引けば町にとって致命的な損害に繋がるという焦りがクリフィア民兵団にはあった。


「ちっ、騎士団の奴らが土足でチョロチョロと……俺たちがとっくに調べた場所を性懲りもなくウロついてやがる」

「地元の人間が調べて何もない所を何度調べたってなにも出てきやしないと思うけどね」

「くぁ~……眠い。非常食も尽きたし、メシと交代はまだなのかよ……」


 自警団全体の総意でオークの監視兼騎士団の監視として寝ずの番をしていた若者たちは、流石に疲労の色が隠せないでいた。


「しかしよぉ。俺達あいつらばっかり見張ってていいのかねぇ?連中を出し抜く為にもっと色んな所を探した方が良かったんでないの?」

「その話、先輩たちの前では絶対すんなよ。出し抜くために捜索範囲を広めたら、騎士団の方がもっと広く手堅く偵察してたってよ。面子を潰されたって相当お冠だぜ」


 あまり愉快そうではない顔で若者は溜息を吐く。


「騎士団と連携した方がいいとは思うけど、無理だろうなぁ……」


 騎士団と自警団は現在協力体制を示していない。

 理由は自警団のリーダーであるナギを始め、自警団が話し合いを始める前から騎士団に喧嘩腰だったからだ。話し合いの段階でもめることは目に見えていたため、トラブルを避けるためにリッキー町長は最初から相互不干渉という形で話を付けた。


 町長と予め会っていたナギはそれに同意した。

 あの聡明なリーダーが私情でそうしたのか、それとも荒くれ物の仲間たちを説き伏せるのは無理と判断したのかは不明だ。どちらにせよ、その決定を民兵団の年長組は「自警団の誇りにかけて話を突っぱねた」と判断した。

 その理由は、新人たちにもなんとなく理解できる。


「いくらオークが来たからって、ここは俺たちの町だ。税金だけ取って俺達には何の恩恵もくれない国の狗が真面目に仕事してくれるか分かったものか。世の中に無償の手助けなんぞあるか? 後でぼったくりみたいな仕事料を要求して来たらどうする?」

「そりゃそうだけど……騎士団にゃガーモンさんもいるんだぜ? そこまで酷い事になるかねぇ?」

「うっ、それは……でも、ガーモンさんだって騎士団で一番偉いワケじゃないだろ? 他の連中がどう思ってるかなんて分かったものじゃねえ!」

「そりゃ分かってるけどよう、現実はそう上手くいかねえって話だよ」


 血気に逸る若者は露骨な警戒心を剥き出しにするが、冷静な若者はそれに首肯しかねた。

 確かに全面的に信頼は出来ないが、相手は国中から集められたエリートで構成され、百年近くオークと戦い続けている生粋の魔物狩り集団だ。魔物対策に寄せ集められた村の力持ちとは違い、オークを倒す腕前だけは本物の筈だ。


「もし巣を見つけたら俺達はどうするんだ? 何匹かのはぐれオークを倒すことは出来るけど、やっぱり素人がオークの群れに突っ込んだら死人が出るって」

「だからあいつ等に全部任せるってか? そんなもん、今まで必死に町守ってきた俺らから手柄を横取りするようなもんじゃねえか!」

「手柄は欲しいけど、オラぁ死にたくねぇナァ……頭いてー」


 二人が会話に夢中になっている間も双眼鏡を手に騎士を見ていた若者が、訛りの強い言葉でそう呟いた。その言葉を聞いた二人がぴたりと口を止める。


「死んだら嫁さん貰えねぇし、ウメェもん鱈腹たらふく食えなくなるし、良い事無しダァ」

「……童貞で死ぬのは嫌だなぁ」

「……俺だって嫌だ」


 奇しくも二人は初めてオークに相対した時の事を思い出し、震えた。


 邪悪で残忍な意志が剥き出の充血した瞳に、骨をも容易く砕きかねない鋭い歯。しかも初めて出会ったオークはどこで手に入れたのか大きな斧を手に携えていた。それは伝え聞いた話より遥かに強大で恐ろしい――物語に登場する木っ端魔物だとは思えない程に明確な『死』を予感させる異形だった。


 人が生きる限り逃れえぬ、死への恐怖。

 平民と騎士を隔てる巨大な壁は、それを乗り越えて戦えるかどうかにある。


「オーク用に用意した盾が木製だと気付いた時、俺は初めて真っ二つにされる薪の気分を知ったよ」

「ナギ先輩があの斧をぶった切ったから何とか死人を出さなかったけど、先輩方も明らかに『聞いてねえ!』って顔してたよな?」

「後で聞いたら笑って誤魔化されたけどナァ」

「………」

「………」


 騎士団と先輩の面子、板挟みにされた時に自分たちはどうなるのだろう。

 死地へ向かえと命ぜられれば、逃げずに戦えるだろうか。

 果てしない不安が三人に伸し掛かる中、その沈黙を破ったのは聞き覚えのある快活な声だった。


「――そう島送りになる罪人みたいな顔すんなよ! 俺がそんなに信用ならねえか?」

「え……だ、団長!?」


 そこにいたのは、自分たちが憧れた自警団最強の戦士にして町の有志の弟――ナギだった。


「オウお前ら、メシ持って来たぜ! もうすぐ交代の連中も来るからよ、食いながら待とうや!」

「団長自らっすか!? 俺達みたいな新参の為に!?」

「たりめーだろ? お前らが一番キツイ仕事してんだ、団長の俺がそいつを労ってやれねえでどうするよ?」


 にかっと笑いながら敷物を敷いたナギは、抱えていたバスケットを開いて中に入ったサンドイッチを広げる。昨日の深夜以降水しか口にしていなかった若者たちは生唾を飲み込んでそれを凝視した。瑞々しい野菜や肉を挟んだ彩りのよい朝餉に、マヒしていた空腹感が一気に膨張して唾液が口の奥から噴出する。


「喉に詰まらせねぇように味わって食えよ?」

「ありがとうございますッ!!」

「ゴチになりますッ!!」

「おう、食え食え! 俺も朝飯食ってねえから一緒にだけどな!」


 ナギという男は威厳や威圧感とは違った、人を惹きつけ尊敬しようと思わせる器の大きさを感じさせる。彼の近くにいるのが心地よいのだ。さっきまでの陰気臭さはどこへやら、その場はすぐに賑やかな食事の雰囲気で温まっていく。 

 年上連中には腕前と豪快さで以って実力を認めさせ、同年代や年下からはその気さくで気遣いの出来る人柄から人気がある。元はそれほど質の良くなかった自警団がまとまり始めたのも、実はナギの尽力によるものが大きい。


「ムシャムシャ……あ、それとさっきお前らがしてた話だけどさ」

「うげっ、聞いてたんすか!?」

「いや、あれはその臆病風に吹かれたとかじゃなくて――」


 咄嗟に張った意地っぱりの見え透いた虚勢を、ナギに手で制される。

 サンドイッチを飲み込んだナギは、真摯な瞳で3人を見渡す。


「いいか、よく聞けよ? ……俺の率いる自警団だ、一人たりとて無駄死にはさせん。いや、させてなるものかよ」

「――っ!!」

「……ってな訳だ。いいな?」


 それだけ言ってニッと笑ったナギは、そのまま食事に戻った。

 息をするように自然に、彼は本心からそう思っているのだと確信させてくれる。


 はぐれオークとの戦いのとき、足がすくんだ自警団の中から一番に飛び出して戦ったのがナギだった。いつも無謀な作戦にストップをかけるのもナギ。皆を鼓舞して戦意を上げるのもナギ。そして、いつでも格好いいセリフを決めて「ああ、この人には敵わないな」と奇妙な安心感を与えてくれるのもナギ。


 「ガーモンの弟だから」、という評価では足りないだけの魅力がある。

 子供っぽくて威厳という言葉とは程遠いが、その背中が大きく見える。

 だからこそ、自警団は誰もがナギのことを頼りにしていた。


(……さっき言った言葉は嘘じゃねえ。だが、チクショウ。世の中俺一人じゃ上手くいかねえ事ばっかりなんだよ)


 その信頼がナギの重圧になっている事など、それこそナギ以外の誰も知る必要のないことだ。

H29.3.9 修正しました。

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