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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第4章 オペレーション 『ブラック・サンダー』
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第12話 『救援部隊』

ルルェド城塞本営

2013年 2月15日 03時23分



 〈帝國〉軍第一徴用兵団が、30ミリ機関砲弾によってぼろきれのように引き裂かれ続ける中、陸上自衛隊第1ヘリコプター団所属のCH-47JAとUH-60JAは、機内に完全装備の第1空挺団二個増強中隊を抱え、ルルェド城塞営庭上空へ進入した。

 周囲を威圧するような轟音と猛烈なダウンウォッシュを振りまきながら、夜空を覆い隠すように現れたヘリコプターの群れを見た徴用兵たちは恐怖におののき、『悪龍と共に魔王の軍勢が現れたのだ』と思った。

 もちろんそれは誤りであったが、少々の誤解は関係なかった。

 自分たちに死をもたらすものが悪鬼羅刹あっきらせつの軍勢なのか、異世界から来た〈ジエイタイ〉なのかなどということは、彼らに限って言えば全く意味を成さない事柄だったからである。

  


 そこはすでに地獄といってよい状況だった。地上の〈帝國〉軍は混乱の極みにあった。その混乱は、営庭上空でホバリングを開始したCH-47JA輸送ヘリコプターから太いロープがたらされ、空挺隊員たちが降下を開始するとさらに拡大した。


「降下一分前!」


 機上整備員の叫び声がかすかに聞こえた。キャビンの左右に向かい合わせに座る空挺隊員たちは一斉に立ち上がると、機体後部に身体を向けた。スリングで肩から提げた89式小銃折曲銃床式をウェポンキャッチで腰に固定する。後部のランプドアがわずかに開き、隙間から満天の星空が見える。

 ヘリの搭乗員が、機体側面のドアに据え付けられた74式7.62ミリ機関銃を地表に向けて撃ち始めた。発砲炎が煌く。隊員たちが降下する前に周囲を制圧しようとしているのだ。


 いつの間にかランプドアは大きく開いていた。制動がかかる。宝石箱の中身をばら撒いたような美しい星空の代わりに、黒々とした城壁と不気味なシルエットの建屋、あちこちで燃え盛る炎と、何者かがうごめく地表が見えてくる。機体が降下地点上空に差し掛かり機首を上げたのだ。

 重たげな太い降下索が投げ下ろされた。


「降下! 降下! 降下!」

 

「行くぞ小僧ども! もたもたするな! さっさと降りろ!」

 ローター音と射撃音で会話もままならないはずの機内に、先任陸曹の怒鳴り声が響いた。不思議なことに小隊全員が彼の声だけはどんな状況下でも聞き逃すことは無い。

 その声に蹴飛ばされるような勢いで、鍛え上げられた空挺隊員たちが2本のロープに飛びつき次々と地表へと降り立っていった。


 空挺隊員たちは地表に降り立つと素早く移動し、降下地点周囲に展開した。またたく間に円形の防御陣形ができあがる。敵のど真ん中に降り立った割に、発砲はほとんど行っていない。敵は全く混乱しており逃げ惑う烏合の衆と化しているからだった。

 ものの2分ほどで一個小隊が地表に降り立つと、1機目のCH-47JAは素早く離脱し、すぐさま次の機体が上空に進入してきた。AH-64D〈アパッチロングボウ〉が援護する中、空挺隊員たちは機械のような正確さで次々と地表に降り立ち、空挺堡くうていほを確保する。

 やがて態勢を整えた一個小隊が前進を開始した。緩やかな横隊で、逃げる敵を圧迫しつつ営庭入口に前進すると、適当な距離を保って散開し数箇所に銃座を築いた。誰も通さぬ構えだ。


 一個中隊が地表に降り立ったころには、営庭は完全に第1空挺団の制圧下に置かれていた。時たま逃げる方向を間違えて突撃してくる〈帝國〉兵が撃ち倒されるほかは、平穏が戻りつつある。中隊長は部下の報告に満足し、通信手に指示を送った。

 ほどなく、UH-60JAが地表に降着、第1大隊長を機内から吐き出した。大隊長はがっしりとした体躯を大股で進ませると、快活な態度で部下たちを労い、中隊長に向けて大声で尋ねた。


「いいぞ、よくやった。城塞守備隊指揮官はどこにいる?」


 上空を乱舞するヘリコプターの轟音と、部隊の再配置を命ずる指揮官たちの号令、城外で鳴り響く爆発音が辺りを満たす中、中隊長は営庭奥、多数の死体と半壊したバリケードがうず高く積み上げられた辺りを指差した。


 そこには、呆然とした様子で空挺隊員たちと空を交互に眺める、鎧を着込んだ集団が立っていた。


 


「主殿、私の後ろへ御下がりそうらえ」ハンズィールが固い声で言った。

「味方では?」ティカが小首をかしげる。

「ならばよいが……敵の敵が我等の友であるとは限らん」ハンズィールは全身に震えすら覚えている。「彼らは……いや、あれは我らの手に負えぬ」

 〈ジエイタイ〉の兵士たちがこちらへ向かっている。各々が周囲の警戒に余念無く、どの方角から仕掛けられたとしても即座に反撃可能な態勢であることが見て取れる。

 彼の知る限り、夜間・敵地にて鳴り物も篝火かがりびも用いることなく、これほどの素早さで堅陣を組み上げることができる軍など、神話の中にしか存在し得なかった。そしてその手に握られた鉄の杖は、ひとたび火を噴けば百騎をほふることができる。

「あれらが我等に牙をくようなことがあれば、ひとたまりも無い」

 言い伝えにある軍勢は光と闇、秩序と混沌。では、あいつらはどちらなのだ? 


「確かに驚くべき軍勢ですね」ティカは言った。「敵であるならば、とてもかなわないでしょう。私などすぐに穴だらけ。でもそれなら──」ティカの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。「考えても仕方ありません。味方だと信じて彼らを出迎えます。間違ってたら、御一緒してくださいハンズィール隊長」

「ふむ……違いない」一瞬虚を突かれたハンズィールは、次の瞬間には大きな笑い声を上げた。「随分と肝の太くなられたことよ、主殿」



「我は〈ニホン〉国〈ジエイタイ〉空中挺身旗本先手衆くうちゅうていしんはたもとさきてしゅう一の備旗頭そなえはたがしら、サトミ・タロウと申す。我が国と南瞑同盟会議の盟約に従い、後詰に参上した。寡兵かへいで、大敵の総寄せによう耐えられたな」


 その将は古風な口上を述べると、破顔一笑した。〈ジエイタイ〉は奇妙なことに兵も将も同じ甲冑と鉄兜を身にまとい、一目では見分けがつかない。目の前のサトミと名乗った武将も、その態度と面構えでようやくそれと分かるほどだ。


「私はルルェド領主、ティカ・ピターカ・ルルェドです。貴軍の来援に感謝いたします」


 ティカがそう言って進み出ると、サトミは一瞬驚きの表情を浮かべた。「このようなわらべが?」そうつぶやいたようだ。だが、すぐに気を取り直し、真っ直ぐに伸ばした右手を鉄兜の眉庇まゆびさしに当てた。見慣れない仕草だが、ティカはそれを礼法の一種だと受け止めた。傍に控える傭兵隊長を紹介する。


「こちらは傭兵隊長のハンズィール殿」

「ハンズィールと申す。まさか空から来られるとは、驚いた」胸に右拳を当てたハンズィールが言った。

「いささか急いだものでな。さて、戦の話をしよう。城方はいかほど生き残っておる?」

 儀礼の交換もそこそこにサトミがそう切り出した。




「城塞の東壁と南壁は守備隊がなんとか確保しているようです。それぞれ数十名とのことですが、最悪は脱したと見てよいでしょう。〈帝國〉軍は城外へ撤退中です」

 生真面目な口調で正木一尉が言った。

「城内は明るくなってから掃討を開始する。同士討ちや奇襲で隊員を失いたくない。この城館と外壁、それに各城門を押さえれば、問題あるまい」

「はい。そうなりますと──」

「西壁だな」

 ハンズィールと名乗った肥満体の傭兵隊長が言うには、西壁の守備隊は連絡が途絶え全滅したらしい。敵の侵入経路となった西門を奪還するには、西壁を回復しなければならない。里見二佐は決心した。


「ハンズィール隊長、西壁を奪還する。城壁を押さえれば、敵の再侵入を食い止められる」

「だが城内は未だ〈帝國〉兵どもが満ちておるやもしれん。いささか骨ぞ」

「我々は空挺だ。空から行くさ」里見はそう言って、にやりと笑った。「向こうを案内できる兵士をお借りできないだろうか?」

 里見の言葉に、面白そうな顔をしたハンズィールは、少し考えた後言った。

「見ての通り我が手勢はこの有様よ。だが、戦神ドゥクスに仕える神官戦士なら〈ジエイタイ〉の旗本先手衆はたもとさきてしゅうと共に戦うことあたうだろう」

「はた……あ、うむ。それでは5名ほど同行していただきたい」

「心得た。神官長のホーポー殿も喜ぶだろう」


 指揮官同士の話がついたことを確認した正木一尉は、さっそく第1中隊第2小隊長を呼び、出撃の準備を命じた。営庭と城館にはすでに二個中隊総員が降着し、守備陣地の構築を開始していた。そのうちの一個小隊が背後の神殿に派遣され、守備に就いている。ルルェド城兵の負傷者は、開設された救護所で処置を受けていた。


「大隊長、ルルェド側の準備が出来次第出撃可能です」4機のUH-60JAが駐機されている方向を一瞥いちべつしたあと、正木が報告した。

「おう。西壁には味方は生き残っていないという話だが、制圧射撃は同行するルルェド守備隊に確認させたのち、実施せよ。アパッチを援護につける」

「了解しました」

「ところで、正木よ。こっちの人間は古風な言い回しなんだなぁ。戦国時代みたいなもんだからだろうか?」

「といいますと?」正木は怪訝けげんな顔をした。

「大河ドラマみたいな喋りだろう、あいつら。俺たちのことをよりにもよって『旗本先手衆はたもとさきてしゅう』だぞ。おまえも『軍監ぐんかんの正木殿』なんて呼ばれているし……どうした?」里見は大隊幕僚が怪訝な顔をしていることに気付いた。

「大隊長、私はそのような言い回しを聞いたことはありません。我々のことは『空挺部隊』と呼んでおりました。私も『正木参謀殿』とは呼ばれましたが『軍監』とは……」

「本当か?」

「本当です」

 二人は沈黙し、自然と右手につけた『通詞の指輪』に目を落とした。

「……これのせいか?」




「お、おおおお! 飛んだ! 真に飛びよったわい! なんと、面妖めんようなことよ! 鉄龍の腹に収まって空を飛んでおる!」

 ドゥクス神官戦士団団長のホーポーと神官戦士コクレン、それに空挺普通科隊員一個分隊を機内に収めたUH-60JAが空中に舞い上がると、早速(よわい)六十近い神官戦士コクレンが歓声を上げた。筋骨隆々の体躯を重厚なチェインメイルで固め、巨大なメイスを携えたスキンヘッドの神官戦士が子供のようにはしゃぐ姿に、空挺隊員たちはそろって目を丸くした。

「コクレン殿、少し落ち着かぬか」ホーポーがやんわりと諭す。

「そうは言ってものう。これで落ち着けといわれても無理な話じゃよ。わしら空を飛んでおるのだ」コクレンはそう言って大きく開かれたキャビンドアから垂らした足をぶらぶらさせた。「腹がむずむずするわい!」

「ううむ。じじいにもなってこの有様。修行が足らんと言うべきか。新たなるいくさの御業みわざに触れて高揚する心栄えを、神官戦士のかがみとするべきか……」

 頭を抱えたホーポーに、第2小隊長安西二尉が声をかけた。

「ホーポーさん。西壁に味方は見えますか?」

「おお、安西殿。しばし待たれよ」ホーポーはあっという間に眼下に迫る西壁上に目を凝らした。こちらを見上げて右往左往する集団が影となって見えた。壁の上で争う様子は無い。やはり、味方は──


「見たところ、敵の手に落ちているようだ。だが、正直よく見えませぬな」

「やはり、そうですか。了解しました──OH-1改に連絡しろ。西壁は敵制圧下にある。捕虜の有無は不明。降着地点のみドアガンで掃討する!」

 安西は心の底から気の毒そうに言うと、何事かを矢継ぎ早に指示し始めた。ホーポーの見立てでは、機内に収まる奇妙な軍〈ジエイタイ〉の兵士たちは、神官戦士が帯同するにふさわしい勇者であった。見事なまでに全てが鍛え上げられている。


「ホーポーさん、本機が最初に西壁に降ります。合図したらすぐに外に出てください。壁の上に万が一味方が生き残っていたらすぐに教えていただきたい」

「承知しましたぞ」ホーポーはつるりとした禿頭をなで上げた。

「ホーポーさんは、ヘリが恐ろしくないのですか?」安西がたずねた。

「なんの。拙僧、一度翼龍騎兵の如く空を駆けてみたいと思っておったのです。まさか夢が叶うとは思っても見ませんでしたぞ」


 キャビンに座る神官戦士の背後では、空挺隊員たちが口々に感想を言い合っている。


「あれ、本当に坊さんか?」

「延暦寺の僧兵みたいなもんだろ」

「あの爺さんムッキムキだぞ。ロニー・コールマンみてぇだ」

「あっちの細い方が俺は怖い気がする。なんとなくだけど」


 UH-60JAが西壁に迫る。城壁の〈帝國〉兵が空を見上げ、そのうちの一部が弓を構える姿が見える。全てが逃げ惑っているわけではないということだ。激しい戦いになろう。

「武者震いがするのぅ」 

 迫り来る戦いの予感に禿頭を紅潮させたホーポーは、小脇に抱えた宝杖を扱くと、凄みのある笑みを浮かべた。その様子を隣で見ていたコクレンは「神官長殿もわしと同じではないか」と不満げにつぶやいた。



ヘリボーンは好きです。映像映えすることこの上ないですね。とはいえ、実際にやるとなるとムーア中佐ばりに気合いが入っていないと厳しいのでしょうが。

空中機動装甲僧兵とかいう兵科誕生の予感。






機甲折伏隊という言葉にぴんとくる方同志です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 指輪の性能、なかなかバラつきますね。面白い。ちょっと笑ってしまいました。
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