表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第3章 商都攻防
39/76

第17話 『エピローグ』

エピローグ



南瞑同盟会議大商議堂

ブンガ・マス・リマ中央商館街

2013年 1月6日 22時37分




「彼の軍勢は議長閣下が?」日本政府特使の村井は穏やかに尋ねた。

 尋ねられた参事会議長マーイ・ソークーンは少し驚いた表情を見せた。

「〈ニホン〉の方々は、よい耳をもっておられる。彼の軍勢は同盟会議の援兵、ザハーラ諸王国バールクーク王国軍です。我らが西の友邦ですな」

「間に合ったのですね」

 村井の言葉に、ソークーンは苦い表情を浮かべた。

「かろうじて……いや、果たして間に合ったのか。我らは多くを喪いました」

 大商議堂内部は、〈帝國〉軍の攻撃によってもたらされた粉塵と、戦後の喧騒に包まれている。バールクーク王国軍の参着と、〈帝國〉軍の撤退が明らかになるにつれ、室内は雰囲気は明るいものになりつつあったが、参事会を取り仕切るソークーンの表情は暗かった。

 それも仕方あるまい。村井は心中を察した。



 南瞑同盟会議は、かろうじて本拠地を守りきった。しかし、支払った代償は大きい。野戦軍は壊滅し、都市の三割は灰燼に帰した。市民の死者は集計すらできておらず、その経済的損失は計り知れない。

 そして、未だブンガ・マス・リマ北方領域を敵の手に委ねたままであるという事実は、商業同盟として致命傷となりかねなかった。



──それに。



「村井さん、案の定です」背後にさり気なく近付いてきた幹部自衛官が囁いた。彼には、ブンガ・マス・リマ首脳陣や市中の様子を探るよう指示を出してあった。



「やはり、予想通りですか……?」村井が好好爺然とした顔つきで言った。ただし、目は笑っていない。自衛官は、苦々しい口調で答える。


「実際共に戦った連中は別ですが、その他の参事や市民のかなりの数の中で、〈帝國〉軍を退けたのは援軍に来たバールクーク王国軍であるとの認識が主流となりつつあります」

「初動の混乱が痛かったねぇ。我々が後手に回っている間に、被害が出過ぎてしまった。不信に思う者も多くいるだろう」

「報告によれば、バールクーク王国軍は三万を超える兵力を誇示しつつ、西市街に進軍。市民に対して庇護下に入るよう喧伝している模様です。あれは宣撫工作に近い」


 控えていた外務省の専門官が言葉を継いだ。

「バールクーク王国がどのような性格を持つかは目下情報収集に当たっていますが、戦闘の経緯とその勢力から、今後同盟会議の方針決定に多大な影響力を行使することは間違いありません」

「困ったねぇ。本省からは安全保障条約の締結に向けた交渉を進めるように指示が来ているが、横槍が1ダースは入りそうだよ……」

 おそらく異世界から現れた我々に対し、バールクーク王国軍がすんなりと協力するということにはなるまい。今後の交渉は難しいものになるだろう。

 幹部自衛官が、ややこしいことになるくらいなら、と話し始めた。

「統幕は今回の戦訓を受け、充分な兵力を投入すると言ってきています。いっそ現地勢力は、邪魔にならない程度の協力態勢でも──」



 その時、会議室内で複数の鋭い警告の声が上がった。

 一瞬にして室内の空気が変化したことを察知した経験豊富な警護官と機動隊員が素早く反応する。彼らは警護対象である村井を中心に防壁を作り上げた。いざという時は攻撃から村井を守るための、ポリカーボネートとセラミック、そして肉でできた防壁だ。


 警護官の一人は退避するための手順として、まず脅威対象を特定しようとした。しかし、それらしきものはどこにも見当たらない。

「どこだ? 何が起きている?」困惑した声が機動隊員から上がる。



 会議室内のマルノーヴ人たちは、二通りに分かれていた。戦える者とそれ以外である。

 戦える者は各々の武器を抜き放ち、室内のある一点を向いていた。ソークーン参議会議長も手にしたスタッフを構え、アシュクロフトギルド長に至っては長剣を振りかぶり突進している。



 しかし、その場の日本人たちには、『敵』の姿が見えない。



「どういうことだ? 彼らは何と戦っているんだ?」

「何もいないぞッ!?」

「陣形を崩すな。特使閣下を守れ」



 魔術士が光の矢を放ち、アシュクロフトが虚空に向けて長剣を振り抜いた。何かを切り裂く生々しい音。断末魔の叫び。



 警護官たちが見ている前で、何もないはずの空間が揺らめき──そして、褐色の肌を血に染めた女が現れ、床に倒れた。

「〈悪疫〉だ! 〈帝國〉の雌犬どもだぞ」

「こんな所まで入り込んでいたか。出入り口を封鎖しろ、急げ!」

 衛士たちが口々に叫ぶ。魔術士が言った。

「アシュクロフト殿、この部屋にはもはや感じません」

 アシュクロフトが長剣の血を払いながら答える。

「探索を館内全域に広げよ」

「はッ! 」

「混乱に乗じて入り込んだとみえる。油断も隙もないな」




 いち早く冷静さを取り戻した村井がつぶやいた。

「魔法、というやつだろう……警部どうだ? どう思う」

 警護責任者の警部が、冷や汗を拭いながら答えた。彼は村井が何を尋ねたのか理解している。


「与太話では無かったのですな。あれが、『姿を消す』魔法だとして……いくつか試すべき手段はありますが、厄介ですな。このような施設内ならば対抗策は色々ありましょうが……」

 9ミリ拳銃をホルスターに収めた幹部自衛官が苦々しい口調で言った。

「三好一佐を殺ったのは奴らだ。くそ、でたらめな奴らめ。暗視装置か、熱源探知、または動体センサー……検証が必要です特使閣下。速やかに」



 村井はそれらの言葉を聞きながら、アシュクロフトのいぶかしむような視線を感じていた。彼ほどの手練れなら、すぐに我々に敵が見えていなかったことに気づくだろう。そう思った。

「彼らには対抗策があるようだ。今までは『我々が何をできないか』を彼らに隠して付き合ってきたが、今後はそうもいかんかもな」

「と、いいますと?」

「『魔法』を舐めると痛い目に遭うよ。我々は早く信頼できる相手を見極めなければならない──この世界で戦い抜くために」




ナバート亜大陸南方海域

2013年 1月7日 12時18分


 海碧マットブルー色の海原がどこまでも広がっている。風は穏やかで、ビロードのようになめらかな水面は、わずかにうねりがあるのがわかる程度だ。

 ナバート亜大陸沿岸部を南に遠く離れたこのあたりの海域は、行き交う交易船の姿もない。



 翼長2メートルに及ぶカモメに似た海鳥の群れの中の一羽が、海面に一休みできそうな枝を見つけた。海鳥は高度を下げる。


 ところが、海面ににょっきりと突き出た枝は、みるみるうちにその数を増やした。そして、海碧色の水面が黒い影を映し出した。

 海鳥は、それを彼らを狙う大型海竜だと思ったのだろう。甲高い声で一鳴きすると、慌てた様子で高度を上げていった。



 それは、海竜では無かった。しかし、全くの間違いという訳でもない。影は数十秒の後、白波を立てながら水面を割り、漆黒の姿を海上に現した。




 その名を〈そうりゅう〉と言う。




 瑞祥ずいしょう動物の名を冠した海上自衛隊初のAIP潜水艦が、大湊湾からアラム・マルノーヴへつながる〈門〉を密かに越えてから、すでに二週間余りが過ぎていた。




 吸音タイルが貼られたセイルの上で、重々しい音と共にハッチが開かれると、機敏な動作で数名の人影が外に飛び出してきた。青色と濃紺色二種類の作業服に身を包んだ彼らは、皆一様に深呼吸をすると、それぞれが己の配置についた。



「やっぱり外の空気は最高だな。この瞬間のために俺は潜水艦乗りをやっているに違いない」

 〈そうりゅう〉艦長、木梨洋一きなし・よういち二等海佐が軽口を叩いた。

「艦長の『潜水艦乗りをやる理由』は、これで17個目ですね」

「ん? そうだったか? まぁ、細かいことは気にするな。それだけ潜水艦が魅力的なんだ」

「はいはい」

 隣に立った航海長兼副長の大竹雅孝おおたけ・まさたか三等海佐がぞんざいな合いの手を入れる。幸運にも新鮮な空気を胸一杯吸い込みながら任務に就く見張り員は「また始まった」と聞き流した。



「レーダー、目視共付近に目標無しです、艦長」

 副長が照りつける日の光に目を細めながら報告した。木梨二佐は、うん、と大きくうなずくと「交代で乗員を上げろ。虫干しだ」と言った。



 彼の率いるAIP潜水艦〈そうりゅう〉は、極秘の任務を遂行すべく、異世界の大海原を西に向けて航海を続けていた。一度洋上で補給を受けた以外は、徹底的に人目を避けている。交易船が行き交う海域では、潜航するか潜望鏡深度を保ち続けてきたのだった。


 その時、艦内へ通じるハッチから、よろよろと這い出てくる者がいた。青ざめた白い肌は不健康極まりない印象で、長い金色の髪はぺたりと顔に張り付いている。

 今にも倒れそうな顔色のその人物は、彫像のような整った顔をこれ以上無いくらいにしかめ、大きく息を吐いた。



「艦長どの。わたしはいま大いなる精霊に一言申し上げたい気分で一杯だ。『なぜ、このような理不尽な苦難をわたしに与えたもうたのですか? わたしが何かしましたか? 今季の供物は充分だったはずですが?』と」

 その人物──リユセ樹冠国『西の一統』百葉長、マウノ・エテラマッキは長く伸びた耳を力無くたれ下げた。浅い呼吸を繰り返している。



「艦内生活は、色々と難儀なようですな」

 木梨が気の毒そうに言った。

「わたしは森と海に生きる妖精族ですよ。役目の重要性はわかっているのですが、この船はあまりにも……。あなた方は、ヒト族というよりは、あの面倒くさい髭モグラどもに近いと思います! 狭いし臭いし、風を感じることができない。何とも冒涜的な船を作ったものです」

 エテラマッキは、早口でまくしたてた。よほど鬱憤うっぷんが溜まっているらしかった。

「みなさん良くしてくれるのですが、だいたい食事もわたしには合いません。何で毎日毎日獣の肉をふんだんに使った料理ばかりなのですか! もっとこう、野草と豆を用いた質素な食事にすべきではありませんか? わたしのように美しく、長生きできますよ?」

「暴動が起きますな」木梨が斬って捨てる。

「うぬぬ」

 エテラマッキは、悔しげに口をつぐんだ。大竹が、申しわけなさそうに尋ねた。

「ところで、仕事の話をしたいのですが、現海域からあとどれくらいでしょう?」

 大竹の問いかけに、外の空気のお陰でようやく回復してきたエテラマッキは、静かにうなずくと目を閉じ、低い声で何かを詠唱し始めた。

 艦橋に小さなつむじ風が起きる。ぼんやりとした光が彼の肩口で光った。

 すっと、目を開く。



「今より北西に1日。それで陸が見えましょう」

 大竹が、エテラマッキの言葉を受けて、ジャイロコンパスを確認する。示された針路は真方位320度を指していた。

 エテラマッキが〈そうりゅう〉に乗艦した目的は、水先案内にある。彼は熟練した航海士兼外交官として、異界の船を目的地へ導くためにここにいるのだった。



「ようやく目的地か。そういえば『積荷』どのはどうしている? 副長」木梨が聞くと、大竹は肩をすくめた。

「ベッドでひっくり返っています。船酔いと閉鎖空間への怖れ。それにあれやこれやで。飯も喉を通らない様子です」

「……陸に着けば復活するさ。俺たちの任務はあれを無事に送り届けることだ」

「彼はよく耐えていますよ。初めて乗った潜水艦ですし」

「と言うか、『世界』からして違うからなぁ」木梨は短く刈り込んだ頭をかきながら言った。




「ソーナーから艦長、『パッシブ探知。方位023度』」

 電話を被った伝令の言葉に木梨は意識を向けた。自らソーナー室と繋がる送受話器を握る。

「何かわかるか?」

『音の感じは……鯨に近いですな。海洋生物の可能性が高いです。ただし、いままで聴いたことがない音です。でもってこいつは、間違いなくデカいですよ。近づいてます』

 普段は物静かな水測員長の声には抑えきれない興奮があった。

「どう思う? 副長」

「聴知方位は本艦の右63度。近づくとすれば脅威となりうるかも知れません」

「見張り、何か見えるか?」

「その方向、何も視認できません!」

 双眼鏡を構えた見張り員が海風に負けないように声を張り上げた。木梨は腕を組み唸った。未知の何かが本艦に近づいている。



「ピンを打ちますか?」副長が真剣な口調で言った。「少なくとも、距離と的針的速が分かります。それに『何』なのかも分かるかも……」

 アクティブソーナーで目標を探知できれば、音の変化や音質の違いからその物の動きや材質を探ることができる。木梨もその利点については理解している。

 いっちょ、試してみるか?

 木梨がそう考えたとき、エテラマッキが不意に声をかけてきた。

「艦長どの? ピン、とはもしかして以前この船が出していた『鳴き声』のことだろうか?」

「そうです。音の跳ね返りを測って、相手の位置や動きを探ります」木梨が説明した。



「それは、やめた方がよい」



 エテラマッキの表情はとても真剣だった。ゆっくりとした低い声で、続ける。



「この辺りには、様々な連中が棲んでいます。命知らずの交易船乗りを震え上がらせる巨獣たちが。わたしの叔父上もこの辺りで手足を失いました。確かに〈ソウリュウ〉は恐るべき船だが、奴らを侮るべきではありません。奴らの体躯はこの船に劣らない」



 ごくり。大竹三佐は思わず唾を飲んだ。思わずパッシブ探知方向を見た。きらきらと光る海面には何も見えない。



「やめとくか」木梨が言った。

「はぁ」

「この艦は轟天号じゃないし、俺も神宮司大佐じゃないから、マンダに出てこられても困る。刺激しないよう距離を開こう」

「賢明な判断です」エテラマッキが頷いた。




「ソーナー、方位変化知らせ」

『方位、左に変わります』

「右に取ろう。面舵、060度宜候」

 木梨の指示に従い、〈そうりゅう〉の全長84メートルの船体が大きく右に針路を変えた。

 木梨は、艦首が立てる白波を眺めながら(まぁ、大したロスにはなるまい。それはそうと、もしデカブツとやり合うとして、89式魚雷は通用するかな? 試してみてぇなあ)と思った。

 その気分が顔に出ていたらしい。



 ニヤニヤと笑う艦長の横顔を見て、大竹三佐は、また何か良からぬことを考えているぞと、嫌な顔をした。





ブンガ・マス・リマ西市街

2013年 1月7日 14時24分



 1月6日夜。

 〈帝國〉軍本営に対する陸上自衛隊戦車小隊の攻撃と、西の盟邦バールクーク王国軍の到着により、〈帝國〉軍は北方へと撤退した。商都は危ういところで虎口を脱したのだった。

 自衛隊側の損害は少なくない。先遣隊長三好一佐を始め幕僚団は本部とともに壊滅、普通科一個小隊が壊滅。全体で殉職者の数は100名に近い。海自もミサイル艇〈くまたか〉が中破、〈わかたか〉が小破し、陸戦隊にも被害が出ていた。



「大敗北だ」

 統合幕僚監部では幕僚が真っ青になっていた。100を超えるオーダーの死者を出したことに対して、各方面からの突き上げは激しいものになることは間違いなかった。

 しかし、日本政府に撤退の意志は無い。現地部隊には増援到着まで治安の維持と拠点守備命令が下されていた。

 柘植が率いる陸上自衛隊マルノーヴ先遣隊戦車小隊も、その中のひとつであった。



 通りのあちこちから、瓦礫を片付ける男たちの掛け声が響いている。人々は昨日の恐怖を振り払うように、精力的に復興へと動き始めていた。

 とはいえ、昨日までの商都を巡る攻防は人々に深い傷を与えている。広場の端に90式戦車を停止し、警備に当たる柘植の目にもそれは明らかだった。

 数千を超える人間が死んでいた。柘植自身、無造作に横たえられた死体の山を見ている。高温多湿のこの地では腐敗も早い。未だ行政機能は麻痺したままで、横たわる遺体は尊厳を回復されぬまま朽ち始めていた。



 車長席の柘植は自分に向けられた視線に気付いていた。この地の人々は遠慮がない。広場に鎮座する異形の物体と、それを操る男たちへの対応は大きく分けて二通りであった。



「騎士さま、騎士さま」旅装を解いたばかりなのか、足に頑丈な脚絆きゃはんを巻いた中年の男が、柘植に呼びかけていた。乾いた泥があちこちにこびりついている。

 柘植が目を向けると、男の顔がぱっと明るくなった。よく見ると背後には照れくさそうに父親らしいその男に隠れる、二人の子供がいた。

「ああ、やはりあの時の騎士さまだ。昨日は危ないところをお救いくださりまことに有り難う御座いました。ほれ、お前たちも御礼を申し上げなさい」

「きしさま、ありがとうございました!」

「ました!」



 二人の男の子は、笑顔を満面に咲かせ元気に頭を下げた。どうやら昨日マワーレド河畔で危機を逃れた避難民らしい。柘植ははにかんで言った。

「どういたしまして。無事で良かった」



 父親は90式戦車を見上げると、感心したように言った。

「昨日はあの有様でよく見られませんでしたが、これは見れば見るほど厳めしい魔獣で御座いますなぁ」

「おとうさん、この中にまじゅうがいるの?」

「そうだぞ。異界の騎士さまが使役する魔獣がいるのだ。見なさいこの鎧を」

「おおきいね」

「おもくないのかな?」

「そりゃあ重いさ。それでも凄いはやさで動くのだ。〈ニホン〉の騎士さまたちがいてくだされば何も心配することはないよ」

 父親の言葉に、二人の男の子は大喜びで飛び跳ねた。柘植はその様子を微笑ましく見守った。魔獣か、この世界の人々が戦車を見たらそう思うしか無いのかもな。



 しばらくはしゃいだ父子は、もう一度深々と頭を下げると、雑踏の向こうへと去っていった。



 柘植はその様子を眺めながら、自分たちに向けられたもう一種類の視線に意識を向けた。

 それは、疑念・警戒・不信そういったものの集まりだ。部下からも話は聞いている。街の人間の中には、あからさまにはしないものの、自衛隊に対して良くない心証の者も多かった。

 無理もない。

 柘植は思った。初動の遅れ、防衛体制の不備、そして援軍としてのバールクーク王国軍の出現。自衛隊に守られなかった者たちが我々に不信感を抱くのは仕方のないことだ。そして、軍人が得体の知れない異物を警戒するのも当然のことだ。



 柘植の、ここ数日で以前より頬のこけてしまった、本来ならのんびりとした印象の丸顔が、鋭く歪んだ。



──あれは、カルフ?



 柘植の心中に痛みに似た何かが走った。視線の先にいたのは間違いなくカルフという名の少年だった。しかし、その控えめで優しかった顔には何の表情も無い。

 敬愛する衛士団を失い、柘植に「力を持ちながら、何故救ってくれなかったのか」と叫んだ少年は、ただ暗い瞳でこちらを見ていた。

 柘植は炎天下の車長席で微動だにできなかった。目をそらすこともできない。そのうちに、カルフは口髭を生やした数人の男たちに導かれるように、半壊した家屋の陰に消えていった。

第3章『商都攻防』はこれにて終わります。

以後〈帝國〉との戦争が本格化し、拉致被害者救出のための活動も活発化します。


次章は内容の修正等が必要になりますので、少し間が開きます。


御意見御質問御感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ