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幽世の竜 現世の剣  作者: 石動
第3章 商都攻防
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第13話 『反撃』

ブンガ・マス・リマ中央商館街 〈ジェスルア大橋〉応急防御陣地

2013年 1月6日 18時21分


 救援に駆けつけたニホン兵──陸自普通科中隊第3小隊員は高機動車から降車すると、3門の84ミリ無反動砲の砲列を敷き、眼前に迫るオーク重装兵に対して榴弾を発射した。義勇防衛隊が攻撃と勘違いしたのは、カールグスタフM2のバックブラストであった。

 小隊長の赤沢あかざわ二尉は、周囲の人間が発する妙な気配を感じ背後を振り返った。

「ありゃ、驚かせちまったか」

「何だか怒っている兵士もいますね……しかし、酷いもんです」

 赤沢は顔を前方に戻した。無反動砲と同時に射撃を開始した機関銃弾と小銃弾が、一塊ひとかたまりになったオーク重装兵を切り刻んでいる。榴弾が命中する度に肉片と武具のかけらが宙を舞った。



「ガキとじいさんばっかりだ。陣地の中は血の海で、四分の一しか生き残っちゃいねぇ。危ないところだったな」

「赤沢二尉。衛生員に手当てを実施させても宜しいですか?」

 隣にいた矢野二曹が尋ねた。居ても立ってもいられない様子だ。どうみても中学生くらいの少年たちがあちこちに転がっている姿が耐えられないらしい。

「オークを撃退した後、救護を実施させよう。砲手! 敵が逃げ散るまで榴弾を叩き込め!」

 赤沢も矢野と同じ気分だった。早く目の前の豚どもを追い返して、救護に当たらせよう。そう思った。





 ベレージンは己の目論見もくろみが砕け散ったことを即座に認識した。

 認識せざるを得なかった。前方で横陣を組んでいたオーク共は、敵陣から放たれた光矢と爆炎魔術により、寸刻みの肉片と化している。あれほどの魔術投射量は、南方征討領軍本隊ですら実現させ得ないだろう。

 爆発は徐々に自分のいる中陣に近付いていた。一刻の猶予もならぬ。ベレージンは慌てて下知を下そうとした。


「も、ものども、退け! 西岸まで退くのだ!」

 既に士気が崩壊していた彼の配下は、雪崩なだれを打って退却に移った。前衛に至っては指揮を執る騎士が早々に討ち死にしていたため、パニックに陥ったオークがバラバラと橋から転落し水柱を立てていた。


 一旦退くのだ。態勢を立て直し、エギン閣下の御助勢を仰がねば……。

 ベレージンは未だ悪夢を見ているような心地でいた。今はただ安全な西市街へ撤退することだけが、彼の頭の中を占めていた。





 中央商館街のある中洲には、荷揚げや商品搬入のための広場が点在している。そのうちの一つ、〈ジェスルア大橋〉にほど近く対岸の西市街が見渡せる広場を警護していた邏卒長らそつちょうは、不思議なものを目撃していた。

 それはニホン軍の集団であった。

 正確に言えばニホン軍が行う奇妙な儀式だ。彼らは大きな鉄の車で広場に現れると、幌付きの車から何かを降ろし始めた。大きな鉄の皿を地面に敷くと、その上に筒と棒を立てている。筒は斜めに傾いでいた。

 邏卒長は、何をしているのかさっぱり分からなかった。合計4本の筒が立てられるのと同時に、周りで兵士たちが慌ただしく動き、何人かは奇妙な筒を通して対岸を見ていた。



「あいつら、何ばしよらすと?」

 邏卒長は西方訛りを隠すことも忘れてつぶやいた。

「はぁ、遠眼鏡で対岸を見ているようで……」

「あがんとこから見とるだけか。二十人ばかりおるばい。橋の守備に行けば、防衛隊がいくらか助かるんじゃなかとや?」

「何をしとるんでしょうね──お、筒のそばに一人ずつ跪いてますよ」

 確かにニホン兵が、筒に手を添えてひざまずいていた。手に何かを持っているように見えるがよくわからない。

 指揮官らしい男が何かを叫ぶと、跪いていた兵が頭に両手をあてがい、不思議な動きをした。邏卒長は何かに祈っているのだと思った。妙な音がした。



 数秒の後。対岸を見ていたニホン兵が、大声で何かを唱えた時だった。マワーレド川を挟んだ半里ほど先の西市街。そこに展開した〈帝國〉軍の近くで轟音と共に爆煙が上がった。

「な、何ね!?」

「爆発しました!」

 邏卒長たちは、呆気にとられた。はるか先の〈帝國〉軍のいる辺りで爆発が起き、明らかに混乱が発生していた。

 ニホン兵たちの動きが慌ただしくなった。筒にとりついて何かをしている。別の筒でまた祈りの動作が行われ、先程のニホン兵がまた、何かを唱えた。爆煙があがる。今度はやや〈帝國〉軍から離れた位置だ。ニホン兵たちは筒の方角を変え始めた。



 邏卒長は、ようやく合点がいった。



「魔術士の部隊ばい。あの筒は、呪具かなにかに間違いなか!」

「あんな遠くまで、ですか?」

「あの兵が呪文を唱える度に、〈帝國〉軍のおる辺りで爆発ば起きよる! 呪具で力ば強めとるに違いなかばい」

 邏卒長たちはたまらずニホン兵の近くに駆け寄った。ニホン兵による祈りの動作は淀みなく続いていた。



「ダンチャーク・マッ!」



 魔術士が呪文を唱える。対岸で爆発が起こり、ゴブリンと思しき〈帝國〉兵が吹き飛ぶのがわかった。邏卒長は、尊敬の眼差しで魔術士の男を見た。子供のような顔つきの若い男だ。しかし、恐るべき魔術の遣い手だった。

「こら凄か!」

「いいぞ! もっとやれ!」

「見ろ! 右往左往しているぞ。どこから攻撃されているか分からないんだ!」

 邏卒たちは口々に叫び喜びを露わにした。目の前の異国の兵に心から声援を送る。涙を流すものさえ出る有様だった。




 迫撃砲小隊所属の絹谷士長は困惑していた。彼の小隊は4門のL16 81ミリ迫撃砲を広場に布陣し、対岸の〈帝國〉軍に対し近接支援射撃を開始していた。

「効力射、射撃始め!」

「撃て!」

 小隊長の射撃命令が発せられ、試射による調定を完了した各砲が効力射を開始する。機械的な正確さで半装填と発射が繰り返された。

 目標まで約800メートル。迫撃砲の射距離としては至近である。砲列から直接観測が可能な位置だった。絹谷は効力射初弾の弾着秒時を計測し、発声した。

「だんちゃーく、今!」

「オオー!」

 敵軍のただ中で迫撃砲弾が炸裂した。土煙に混じって、軍馬らしい物が吹き飛ぶのが見えた。

 絹谷はいつの間にか近くに来ていたマルノーヴ人の男たちを横目で覗き見た。皆、何故か彼をキラキラした瞳で見つめ、大騒ぎをして喜んでいた。騒ぐ理由は理解できた。敵がどんどん吹き飛んでいるのだから。



(でも、なんで俺を見て喜ぶんだ?)



 さっぱり理由が分からない。

 絹谷士長は不思議な居心地の悪さを抱えながら、任務を続行することとなった。邏卒長たちの大騒ぎは、対岸の〈帝國〉軍歩兵団が壊乱するまで延々と続いた。




 破滅的な破壊が歩兵団本隊を襲っていた。レフ・エギン歩兵団長は事態の収拾を試みたが、彼ほどの胆力を持つ者は少数派であった。

 あっという間にゴブリンとコボルトが壊乱する。本隊の兵士たちにも動揺が広がった。何しろどこから攻撃されているか誰も把握できていないのだ

 本隊付参謀魔導師が、額から血を流しながら叫んだ。

「閣下! このままでは危険です。お退き下さい!」

「莫迦な。ここまで来てか!」

「既にオーク重装兵隊も退却を開始しております。現地点での立て直しは困難です」

 参謀の意見具申に対し、吼えるように返すエギンの声をかき消すように爆発が発生し、掘り返された石畳の破片が辺りに降り注ぐ。

「これは如何なる魔術かッ!? 儂は知らぬぞこのようなデタラメな──」

 爆発。旗手が破片を浴び、軍旗が倒れる。動揺がさらに広がった。


 騎乗した騎士がエギンに駆け寄る。顔面は蒼白だった。

「エギン団長! ラーイド港区方面より敵軍が迫っております。南瞑の水軍兵と思われます。その数約五百!」

「閣下!」

 相次ぐ凶報に、流石のエギンも退却を決意せざるを得なかった。戦塵で白く染まった髭を震わせ、命じる。



「全軍、退け! 一度退いて立て直すのだ!」



 だが、その命令に反応できた部隊は少なかった。オーク重装兵隊は潰滅。本隊も多くの妖魔が逃散し、部隊としての戦闘力を喪失した。

 エギンが西市街中心部でどうにか態勢を立て直した時には、配下の兵力は妖魔、人間合わせて五百騎に満たない状況に落ち込んでいたのだった。



 一方陸上自衛隊は普通科小隊及び迫撃砲小隊をもって〈ジェスルア大橋〉を奪還する事に成功。さらにラーイド港区で再編成を終えたカサード提督の水軍兵五百名と共に、対戦車小隊が反撃を開始、〈帝國〉南方征討領軍歩兵団を圧迫しつつあった。




「あのひとたちは、いったい……」

 彼らはあの恐ろしいオーク重装兵を、ネズミ駆除程度の扱いで叩き潰してしまった。ロティはぺたりと尻を地面に着け、座り込んでいた。ぽかんと口を開けたまま、ニホン兵を凝視している。


 ニホン兵はそんなロティの様子に気付いたようだった。まだら模様の鎧を着込んだ大柄の兵士が、大股で近付いてきた。ロティは緩慢な動作でニホン兵を見上げる。

 ロティの目に映るニホン兵は、顔に炭を塗り、全身から湯気を立ち昇らせた恐ろしい見かけをしていた。これなら、オークを倒してもおかしくないや。彼はそう思った。

「──?」

 ニホン兵はロティの顔を覗き込んだ。ロティはニホン兵の厳つい風貌ふうぼうの中に、心配そうに彼を見つめる瞳を見つけた。意外だった。それはとても優しい瞳だった。

 ニホン兵はロティと足元に横たわるアペルを交互に見つめ、突然ロティを抱きしめた。大きな手のひらがロティの頭を乱暴に撫でる。ニホン兵からは焦げたような不思議な匂いがした。

(おとうさんみたいな大きな手だ……)

 そう思うと、ようやく自分が生き残った実感が湧いた。そして、親友が地面で冷たくなっていることを思い出し、彼がもう二度と目を覚ますことはないのだと、理解した。

「アペル、アペルが死んじゃった……うわあああん!」

 熱い涙が両目から溢れ出して、止まらなかった。ニホン兵は大きな手のひらで、ロティが泣き止むまで、彼の背中を優しくさすり続けてくれた。




 矢野二曹が少年兵にすがりつかれている様子を、赤沢二尉は何ともいえない表情で見ていた。呼び戻すべきか……あいつ、息子があれくらいの年頃だったな。

 うん、まあ後はあいつ抜きでも大丈夫だろう。



「よーし、高機動車と軽装甲機動車(LAV)をゆっくり押し出せ! 橋の上を掃討するぞ」



 赤沢の小隊は、号令を受け前進を再開した。



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