ばかと星空
「ちょーし乗ってんじゃねえよ!」
威勢よく張り上げられた声とは裏腹に、私の耳元で鳴る音はやけに小さく感じられた。
ただ、この構図を作りたいだけ。その行動によって得られるモノは何一つとして考えてなどいない幼稚な脅し。
みっともなく床にへたり込んだ私。そして顔のすぐ横の壁に叩きつけられた足と、その状況に酔ってにやにやと笑っているいじめっ子。
―――本当にくだらない。結局私は、何も変われなかったんだ。
思わずため息が出る。しかも体勢的に相手を見上げる姿勢になるから、顔だけがまっすぐ前を向いているこの状況だと…
「え? なに睨んできてんの?」
そう言って私の髪を無造作に掴み上げて来るのは、認めたくないけど学級委員のサキ。
別に睨んでいるわけではない。むしろ、これは私自身への侮蔑だ。
○
あれは中学生のころ、それも入学式の日だったと思う。
新しい環境、小学校からの付き合いの友人たちとの再会、これから苦楽を共にするであろうクラスメイトとの新たな出会い…様々な要因でお祭り騒ぎになっていたクラスにおいて、たぶん私は浮いて(・・・)いたのだと思う。
とは言っても、特にこれと言って何か派手なことをしてしまったとか、元から嫌われていたとか、そんなことはない。
偶々友達がクラスにいなかっただけ。偶々ある本を気に入って夢中で読んでいただけ。偶々…私の周りに誰もいなかっただけ。
子供というものは不思議だ。そうやって一人になっている者に対して、無自覚に排除意識が芽生える。
そして人というものは不思議なもので、何のためらいもなく、そして慈悲もなく、適当にでっち上げた大義の元、数の利を振り回して攻撃してくる。
最初の頃はまだよかった。たまに無視される、あまり話しかけてこない、その程度だったから。仲良くしてくれる子もいたし、まだ気づいていなかった私にいじめの事実を教え、心配してくれる子もいた。
ただ、『その程度ならなんともない。そのうちに飽きるだろう』と、そう思い、いつも通りに本を読み、逆に無視した結果…エスカレートしてしまった。
後になってから聞いた話だと、『反応がないとつまらない』といった理由かららしい。
―――本当に、くだらない。
そこから本格的に私をターゲットにしたいじめは過激になっていき、物を隠される、壊されるは当たり前、お弁当を捨てられる、着替えを盗まれる、果てはそうして奪われたものがインターネット上で売りに出されていることもあった。
そうなったらもう庇ってくれる人もいなくなった。もし庇えば自分もいじめられるかもしれない、そんな思いから庇わなくなるのは仕方ないとは思うから、それについては特にどうということはないけど…そういった子たちが、やがて率先して加害者に加わっていくのを見るのは、流石に辛かった。
思えば、そうやってエスカレートする前に助けを求めるなり、話し合うなり、別の道を選べばよかったのかもしれない。
でももうそれはかなわない。気が付けば高校三年生、最後の春。私は今も、ただ這いつくばるだけ。
「大体アンタはさー、反応がなくて面白くないんだよ。そんな性格でよく生きてこれたね? 中学で友達っていたの? …あ、まずいないからわからないか。意味わかる? ト、モ、ダ、チ。アハハハハ!」
「…」
友達云々よりも、あなたの性格となんで笑っているのかが一番理解できない。そう思いながらも、火に油を注ぐだけだから言わない。ただ静かに、終わる時を待つ。
「なんだっけ、ほら、蛙の子は蛙って言うの? アンタがそんな性格なら、親はどんだけ酷いのって話。一回顔でも見てみたいよね。アンタみたいにブッサイクなんだろうけど! アハハハハ!」
―――今、何て言った?
「アハハハハ、ハハハ! ひー、あー笑った笑った。まあアンタは私を笑わせてくれる分、そこはマシだよね。よかったね! 役立たずじゃないよ! 生き恥だけどね!」
「………ふざけんな」
「…は? 何て言った?」
「ふざけんな。さっき言ったことを今すぐ取り消せ」
「は? 本当に何をを言ってるかわかんないんだけど。私達にわかるように言ってくれるかなあ。きゃんゆーすぴーく―――ぎゃっ!!」
都合よく近くにあったサキの足に思い切り爪を立てる。
周りのいじめっ子グループがざわつく中、ゆっくりと立ち上がって、尻もちをついたサキを見下ろす。図らずとも、さっきと真逆の構図になった。
「…ひっ!」
訂正してもらおう―――私に親なんていない。
○
「ねえお父さん、どこに行くの?」
「そうだな、どこか遠いところだよ」
「じゃあお父さん、ママはどこに行くの?」
「……さあ。ちょっとお出かけするんだよ」
「ふーん。ヘンなの」
私の母親は、酒癖が悪かった。一度酒が入ると少しのことで怒り、暴れ、時には仕事の同僚と飲みに行った帰りに高級なブランドバックを買って帰ってくることもあった。
父親はいたってふつうのサラリーマンで、それほど稼ぎがあるわけではなかった。母親もパートで働いてはいるが、酒や高級品で散財するばかり。それを原因とした喧嘩は当たり前、時にはつかみ合い、殴り合いにまで発展するさまを、私は昔からよく、薄い壁一枚越しに聞いていた。
両親の仲はそれほど長くは続かず、私が小学四年に上がるころには離婚していた。
それからは父親との二人暮らしが始まったけど、母親がいない分、むしろお金には余裕ができて、細々と、でも幸せな暮らしをして、新しい学校にも慣れてきたころ―――父が亡くなった。
会社に向かっている最中、車を運転していた父は、居眠り運転のトラックによる信号無視で衝突事故に巻き込まれ、脳に深刻なダメージを受けて入院し、




