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セキニン(責)

すっかり遅くなってしまい、申し訳ございません。

今度はこっちの彼支点で間章2つ目、始まります。


次話より、第2章の開始になります。






「妙ですね?」

「ああ、確かに」


 不審さを隠そうともしないで、クロウが魔杖を振り払った。

 灰色の魔光が薄くたなびいて消える。


「ここは“これほど”に魔物が“少ない”場所だったでしょうか?」


 《サーチ》の必要すらなく、先行して奥を調べるマリーたちを見守りながら、オレはクロウに同意した。


「フロストスコルピの大群は、どこに消えたんだ?」






 黄昏砂漠の北部、オルサン村からおよそ1000kmの所にサナフ遺跡はある。

 クロウ曰く、何千年も昔のここが緑で覆われていた時代に、エルフが妖精への信仰をささげる場所として建築された神殿らしい。

 全界大戦…正式な名前がないけど、いつの間にかそう呼ばれるようになった3000年以上前の戦乱時代に、この星は一度姿を変えている。

 その時の戦争によってこの神殿も大破して、修復されることなくそのまま砂に埋もれて今に至る、だそうだ。

 修復するはずのエルフ達すら、戦争で死に絶えてしまったから。

 長い年月と風化によって半地下となった遺跡は、魔物たちの格好の住処となっていた。

 日が射しこまない空間は魔物にとって居心地良かったらしい。

 魔物が住み着いたことで神殿に魔物が吐き出す黒き魔素が充満して行き、いつしか、神聖な祈りに満ちていたはずの場所はやつらに味方する邪悪な遺跡へとなり果てていた。

 そのせいで、ここにいる魔物は黄昏砂漠に現れる魔物よりも格段に強くて手ごわいやつが多い。

 昼の砂漠でも活動している魔物、スコルピ、サンドワーム、ストーンワーム、フレイムリザードは遺跡の上層部で多く見るが、砂漠と同じ種族であってもサナフに生息していることで黒き魔素の濃度が高まり、基礎戦闘力に大きな差が出る。

 更に遺跡の中層から下層部にかけては夜の砂漠で活動しているスタミナバットとアイスリザードが、同じように脅威を増して待ち構えている。

 下層部では他にも、ここで命を奪われた者たちの亡骸や魂が黒き魔素に侵され魔物として発生した、スケルトンやスピリットが同族を増やそうと狙って来る。

 そして、遺跡の最深部、神殿だった頃に妖精との交信を行ったと言われる礼拝堂に、黄昏砂漠の主、王蠍スコルピオグラドがいる。

 特に礼拝堂がある最下層には、相手にするには非常に厄介なフロストスコルピが群生していて、どこからともなく湧き出ては足止め、最悪の場合狩り取られる。

 さすがに戦い慣れたオレたちは命の危険まで感じることはないけれど、ひやりと感じる状況には何度も遭遇した。

 今回も、そうなるはずだった。




「…? いや、………気のせい、か?」

「どうかしたかー?」

「何もありませんよ、ダンはそのまま殲滅に徹してください。今回もできるだけ、魔物の戦力を削って行きます。それも以来の一部に含まれていますからね」

「おうよー! 任せろ!」


 ダンとクロウが先行して開いてくれた道を残る3人で調査しながら進んでいたオレは、先を行く二人の会話が耳に届いて、気になって顔をそちらに向けた。

 指示に従い大剣を振るい出すダンの後ろで、クロウが口元に手を当てて何か引っかかった様子を見せていた。


「クロウ?」

「あん? シュイ、詐欺師が何だって? イったか?」

「言葉尻が嬉しそうだよ、メグ。マリー、ちょっと二人にここを頼んでもいいかな?」

「はい、だいじょうぶいです」

「メグ、マリーをよろしく。オレは2人の所に行くから」

「っち、さっさと死にゃいいのに……おー、任せろ任せろ、行って来い行って来い」

「はは、ありがと」


 ひらひら後ろ手を振るメグに少し笑って、オレはクロウの隣に走り寄った。

 《サーチ》をかけているのか、魔杖の先に淡く光が灯っている。


「っクロウ!」

「! どうしましたか、シュイ。あちらで何か問題でも」

「むしろお前の方だろう? どうしたんだ、さっきから何が気になっているんだ?」

「…気にすべきかどうか、気にしているだけですよ」

「それを気になってるって言うんだろ? 何か感じているのなら教えてくれ、オレには聞く権利と責任がある」

「………薄い、と、感じられるような、気がしまして」

「薄い?」


 言葉を濁そうとするクロウに先を促すと、素直じゃない賢者はぽつぽつと教えてくれた。

 それも少し要領を得なくてもう少し砕いた説明を求めると、クロウは目を伏せてからオレを連れて3人から少し離れた。


「サナフ遺跡は魔物によって黒き魔素に侵されています」

「そうだね」

「僕が魔素を見る力に長けていることはご存知ですよね?」

「マリーが私でもそこまで見えないって誉めてたよ」

「…それには後で感謝を伝えておきましょう。僕に目にはこの場所の、今この場においても、サナフに満ちる黒き魔素やそれ以外の通常の魔素が見えているのですが、どこか違和感を感じるのです」

「薄い…前来た時よりも、ってことか」

「はい、ですがまだ確かではありません」


 魔素の変化は環境の変化の前触れとも言われる。

 土地が死ぬ時、逆に生まれる時、そこに満ちる魔力が増えたり減ったり、性質を変化させるという記録が残っているからだ。

 クロウが感じている違和感がもしそれだったなら、非常によくない兆候ということになるけど。


「原因や正体は分かるか?」

「はっきりとさせるために、《サーチ》をかけていますが…ここまでに確かな反応がありません。ただの気のせいか、この先にあるか、でしょう」

「そうか…だったら、奥に進もう。見定める義務がオレ達にはある」

「了解です。では、3人に伝えてきますね」

「よろしく」


 戻って行くクロウの背中を見送り、オレは前髪を書き上げた。

 細かな砂粒が絡まってざらつく。


「今回の依頼は魔物の動きの活性化に伴う調査と討伐だったはずなのに…、嫌な、感じだ」


 暗くこごった空気が喉に絡んで、熱い砂漠の熱気が懐かしくさえ思えた。


「何もないといいんだけどな…」


 瞼を下ろして最初に浮かんだのは、村に残した迷子の少女の笑顔だった。






 下層部に至るまで、結局目にも確かな変化は見つからず、オレとクロウは何とも言えない表情で最下層へ下りる階段に差しかかっていた。

 オレたちの空気が伝染してしまったらしく、3人も微妙な顔で後ろに続く。

 よくない傾向だと感じて、雰囲気を変えるために何か言おうと顔を上げた時、1段下のクロウが魔杖を上げて足を止めた。


「止まってください」

「!? 何か、あるのか?」

「………………」

「おい! 詐欺師! 何だって、」

「メグ、声を落として。調べてくれてるから、待ってよう?」


 駆け下りて掴みかかろうとするをメグを抑えて注意すれば、不服そうでも留まってくれた。


「っ、…早くしろよ……」

「………………」

「クロウさん…」

「………………」

「クロウ…」

「………………」


 体の前に魔杖を掲げ、意識を集中させ続ける。

 魔法がそれなりにしかできないオレでも、クロウがどれだけの魔力と精神力を注ぎこんで《サーチ》を行っているかが分かるほど、クロウの周りに溢れた魔素が漂っているのが見えた。

 そして、深呼吸に合わせてゆっくりと散って行く。


「…すぅ……はー、分かりました、大丈夫です」

「!! どうだったんだ! この先にいったい何が」


 逸る気持ちを抑えつつ、クロウの隣に降りて顔を覗きこめば、気が抜けたような困ったような顔で結果を説明する。


「何もありません。それどころか、何もいません」

「…、は? んだよそれ」

「えっと、お留守ちゃんなのですか?」


 オレを含む4人全員が、肩透かしを食らったように呆気にとられた表情でクロウを見つめていた。


「王蠍どころか、フロストスコルピの1体さえいません。この先に、敵影はゼロです」






 あれから結局、礼拝堂に至るまでクロウの索敵結果通りに1体の敵とも遭遇せず、オレたち5人は神殿の崩壊度を調べただけで地上へと戻って来た。

 魔物の討伐を考えて短くはない期間を覚悟した調査日程を組んでいたはずなのに、ふたを開けてみれば3日も経たずに目的を終えてしまったことになる。

 でも、オレとしては、この結果が本当に依頼の達成と呼んでいいのか疑問に思えて仕方ない。


「しっかしまー、何だ? 今回はずいぶん楽な依頼になったな? まああたしとしちゃ、たまにはこんな楽もあっていいと思うけど?」

「単細胞でうらやましい限りです」

「ケンカ売ってんじゃねぇよてめぇ」

「誉めてるんです。多細胞生物の僕としては、悩みや疲労を知らなそうなあなたがうらやましくて仕方ありません。微塵も憧れはしませんが」

「誉めてねぇじゃねぇか!!」


 後ろ2人はいつものことだからもう放っておく。

 浮かない顔の自覚があるまま、オレたちは1日ぶりのオルサン村へと帰って来た。


「お疲れ様でございます! 勇者御一行様!」

「うん、ただいま」

「お2人も、門の番さんお疲れ様です」

「あっ、ありがとうございます!!」

「ああ…生きててよかった……春姫様に労わって頂けるなんて…」

「…男ってやつはどいつもこいつも……そんなにお姫さんが可愛いのか? なぁおい、ダン」

「オレかっ!? まあ、マリーは普通に可愛いと思うぞ」

「裏切り者!!」

「えー」


 ある意味これがオレたちの平和な日常に思えて、オレはメグたちの騒ぎを眺めて一息ついていた。

 そこへ、管理表を持った番兵が、微笑ましげに笑いながらオレに近づいて来る。


「いつみても、勇者魔のお連れの方は、賑やかで楽しい方々です」

「うるさくない?」

「励まされます、辛い所に出くわす仕事ですから」

「ああ…そうだね、送り出すのはまだしも、迎え入れる時にひどい状況ってことも多いだろうしね」

「はい…、先日も、心が締め付けられるお帰りがありまして」

「そうなの? いつ?」


 入退管理の札を渡しながら会話していると、どうやらオレたちの前にオルサン村に帰って来た人たちがあまり良くない状態だったらしく、眉をひそめて沈んだ声で番兵が話し始めた。


「少女の守り番と教育を受けていらっしゃったのでしょう、有名なパーティの方々が、ぼろぼろの姿で夜遅くにお帰りになられたのです」

「…、へえ…」


 少女の守り番と教育?


「みなさんとてもお綺麗な方ばかりですから、余計に痛ましく感じられまして。少女も、暗がりではありましたが、血に染まっておりましたし」

「っ、そう、なんだ…」


 綺麗な人が集まった有名なパーティ?


「遠出されるおつもりはないと伺っておりましたので、不運に見舞われたのではないかと。どこまでも、この砂漠は我々に牙をむいているようです」

「……そっか…」


 何で、何でだろう、嫌な予感がする。


「しかし、彼女たちほどの実力者が、一体どんな敵に遭遇したというのでしょうか? あれほどの手負いは、初めて見たかも知れません」

「ねえ、そのパーティ、誰か教えてもらえないかな?」


 違うって言って、まさか、オレの予感が本当じゃないって、お願い。


「もしかして、さ」

「ああ、はい、勇者様が思っていらっしゃる方々ですよ。引継ぎでお戻りになっていた、ヴァルキリアスの方々です」


 ちぐはぐな迷子の少女を任せたのは、オレたちの責任なんだ。




「どういうことかの説明がっ、不足しているのですがっ、シュイッ!」

「ごめん! 先に確かめさせてくれっ!」


 番兵に話を聞いた瞬間、オレは走り出していた。

 慌てて追いかけてくる4人に、カリンに会わないと、とだけ叫んで走り続ければ、4人とも顔色を変えて追いついて来た。

 今しがた帰ったばかりで、正直体も頭もつかれてる。

 でも、休んでいようという気が起きない。

 走らないと、早く、行かないと。


「カリンちゃんに何かあったんですかっ?」

「分からないんだっ! だから先ず確かめたいっ!」

「嘘だろっ!? 何でそんなことになってんだよっ!」

「だからっ!! そうじゃないって思いたいから確かめに行ってるんだよっ!!」


 村人たちが驚いた顔でオレたちを振り返るのが視界の端に見えていた。

 でも、そんなことに構っちゃいられないんだ、今は。

 とにかく、この目で見ないと、事実を確かめてからでないと、何も考えられない考えたくない!


「宿の1階にお客はいませんっ! 駆けこんでも問題はありませんっ!」

「ありがとうクロウっ! 女将さんにはあとでオレが謝るっ!」

「そうしてくださいっ!」


バタンッッ


「なっ!? 何事だいあんたら! って、勇者様じゃないかい!」


 弾くように扉を開けて飛びこんだオレたちに、カウンターで作業をしていたらしい女将さんが目を丸くして走り寄って来る。

 みんな肩で息をして、思わずしゃがみこみそうになっている。

 オレは必死で息を整えてカリンのことを尋ねようとした。


「はぁっ、女将さんっ、っは、」

「いいから、まずは呼吸を整えてだね」


 落ち着かせようと背中をさすってくれる女将さんに、首を振って断りを示し、切れ切れに問いかける。


「すみっ、ませ、カリンは、今、」

「……あの子は…」


 カリンの名前を出すと、心配そうに俺たちを見ていた女将さんの表情が陰りを帯びた。

 そんな、と思った、時。






「私のせいでカリンが死にかけたのに、私に笑いかける権利があるなんて思えないわよ!?」






 “ 私 の せ い で カ リ ン が 死 に か け た ”






 荒かった呼吸が、凪のように静まる。

 空回っていた頭が、凍るように落ち着く。

 渦巻いていた熱が、沈むように引いて行く。

 疲れも忘れて体を起こし、真っ直ぐに声がした方を向けば、馴染みのある少女が2人階段の下に立っている。

 今、言ったのは、誰。

 聞くまでも、ない、けど。


「誰が、誰のせいで、死にかけたの?」


 ハッと気づいたように顔を上げた2人は、オレが依頼したパーティの少女たち。


「ねえ、教えてくれない? …ヴァルキリアスのせいで死にかけた子って、誰?」


 何も言わず、零れ落ちるほど目を見開いて真っ青な顔でオレを見つめる、ヴァルキリアスのリーダーとサブリーダー。

 それってつまり、肯定だよね?

 オレがカリンの護衛を依頼した君たちが、カリンを傷つけたと言う証拠だと、思っていいんだよね。






「頼りにしたオレが間違いだった」






 ちゃんと自分たちの手で、守ってあげればよかった。






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