舞踏会ーーウード伯爵令息のこと
舞踏会当日。
マティスにエスコートされて会場に入る。
今日も目映いばかりの空間に華やかに着飾った紳士淑女が談笑している。
その中をなるべく人のいないほうを目指して精一杯優雅に歩いていく。
始まるまでは目立たない場所にいたほうがいいだろうと考えてのことだ。
兄とヴィクトリアも一緒にいてくれる。
今日のヴィクトリアのドレスは大人びた中に可愛らしさを備えた素晴らしいものだ。
色は淡い藤色。シンプルな形だが、胸元に大胆にフリルを使い、大人っぽさと可愛らしさを見事に調和させていた。
アナスタシアには着こなせないドレスだ。
ヴィクトリアだからこそこれほど見事に着こなせるのだろう。
聞くところによるとヴィクトリアの姉の見立てらしい。
アナスタシアはまだお会いしたことはないがセンスがいい方だというのはわかる。
ヴィクトリアの魅力がうまく引き出されていた。
銀細工の髪飾りだけは兄が贈ったものらしい。
アナスタシアの髪飾りもマティスに贈られたものだ。
その髪飾りとマティスのクラヴァットを留めているピンに使われているアメジストがお揃いだ。
婚約者でもないパートナーなのでこれくらいのお揃いでいいそうだ。
レモン色のシフォン地を何枚も重ねたふわふわだがシンプルなドレスをアナスタシアは着ていた。
子供っぽくならず似合うぎりぎりを攻めたものだ。
これできっと年相応に見えるはずだとアナスタシアは信じている。
歩きながらさりげなく周りに視線を向ける。
「アナ、誰か探している? メイナー嬢?」
さりげなくやったはずなのにマティスに早々とバレた。
何故メイナー伯爵令嬢の名が出るのかわからない。
首を傾げつつアナスタシアは答える。
「いえ、ウード様よ」
「うん? 何故彼を探しているんだい?」
「会えたらダンスをしましょう、って約束したのよ。前回会えなかったから」
だから一応探している。
前回探しもしなかったのかと軽く詰られたから。
もちろん会えたら約束通り一曲踊るつもりだ。
「いつの間にそんな約束をしたんだ。本当に油断ならない」
ぼそりと呟かれた言葉はよく聞き取れなかった。
ん? と首を傾げる。
「アナ、パートナーは僕だよ」
「そうね」
「だから僕の傍を離れないで」
「離れるつもりはないけど」
「他の人と踊るために離れるのも駄目だよ。あ、ロンとセスランなら許すよ。」
そんなに一人になるのが不安なのだろうか?
まあアナスタシアも不安だからお互い様だ。
「ふふ、わかったわ」
マティスは微笑む。
「約束だからね」
「ええ」
「ウード伯爵令息に誘われても駄目だからね?」
「え?」
アナスタシアは思わず目を丸くした。
マティスは実にいい笑顔だ。
「だって僕の傍にいてくれるって約束したでしょ?」
「確かに約束したけど……」
その前にウード伯爵令息とダンスの約束をしたと言ったはずだ。
「だけど、私、ウード様と約束したわ」
「うん。でも僕とも約束したよ。まあ、会わなければどのみち関係ないよ」
「それはそうだけど……」
でも約束したからには探さないと不誠実な気がする。
前回のことは先日軽い口調で文句を言われた。
それならやはり少しだけでも探す必要があるのではないかと思う。
だがマティスはあっさりと言う。
「だって会えたら、って約束したんでしょう? 会えなかったら仕方なくない?」
「それは、そうだけど……」
「それとも探してとでも言われたの?」
「探してくれないのは寂しい、とは言っていたわね」
確かそのようなことを言っていたはずだ。
「本当に図々しい」
口の中で呟かれた言葉はアナスタシアにはよく聞き取れなかった。
「何か言った?」
「ん? ウード伯爵令息は意外と寂しがり屋だな、って」
「え、そういうことなのかしら?」
「え、違うの?」
「言われるとそんな気もしてくるわ」
寂しかったから探してくれなくて拗ねてみた、というのは納得できる気がする。
「きっとそうだよ」
「そうだったのね」
それは気づかなかった。
ウード伯爵令息は意外と構ってほしいタイプなのかもしれない。
それを素直に出せないだけで。
「きっと本人は隠したいだろうからウード伯爵令息に言ったら駄目だよ」
男の人はやはり恥ずかしく思うのだろう。
そんな話はアナスタシアの耳にも入ってくる。
だったら気づかなくてよかったのだろう。
アナスタシアは気づいた時に顔に出さなかった自信はない。
「ええ、わかったわ」
マティスは嬉しそうに微笑った。
何故嬉しそうなのか、アナスタシアにはわからない。
首を傾げてもマティスは答えてはくれなかった。
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