気乗りしないお茶会とマティスの憂鬱4
午前中に開かれていたお茶会も軽い昼食を食べてお開きになった。
叔母はクーパー邸まで送ってくれて、屋敷に上がらずにそのまま帰っていった。
帰り際に
「せっかくお洒落したんだからそのまま出掛けてきなさいよ。じゃあ、またね」
と言い置いて。
少し考えてアナスタシアはマティスに会いに行くことにした。
正直に言えば着替えるかは迷った。
迷ったが、このまま行くことにした。
マティスならこのような格好で行ったとしても馬鹿にはしないだろう。
正直に言えば時間が惜しい。
実はマティスのことが気になっていた。
昨日のマティスはどことなく元気がなかった。
周りからも遠巻きにされていたような気がする。
アナスタシアにはわからないが、そういう時はたいていマティスの色気が増しているのだという。
本当は朝から様子を見に行きたいと思っていたが、今日はお茶会があったから無理だった。
先触れはマティスの屋敷だからいいだろう。
マティスからもロンバルトと兄以外との訪問時以外は先触れはいらないと言われている。
先触れを出すとマティスが使用人とやりとりをしなければならなくて嫌なのだそうだ。
極力人との交流を減らしたいマティスの気持ちもわかるので、アナスタシアもロンバルトも兄も基本的に先触れなしでバレリ家を訪れることにしている。
出迎えた執事長に馬車の用意を頼む。
「承知しました」
執事長は一礼してその場を離れる。
アナスタシアは馬車の準備をしてもらっている間に庭に回り、庭師に花を切ってもらう。
綺麗な花束にしてくれた庭師に礼を言って玄関に戻る。
執事長と御者が待っていてくれた。
「お嬢様、馬車の用意ができました」
「ありがとう。バレリ家へお願いね」
「承知しました」
御者の手を借りて馬車に乗り込む。
「いってらっしゃいませ」
執事長が丁寧に腰を折る。
「いってくるわね」
向かいに侍女も乗り込んで、扉が閉まる。
「出発します」
一言告げて馬車が動き出した。
途中、思い立ってお菓子屋さんにも寄り、手土産のお菓子を買ってからアナスタシアはバレリ家を訪れた。
顔馴染みの執事が申し訳なさそうな顔で告げる。
「申し訳ありません、お嬢様。坊っちゃまは一人になりたいと部屋にこもっておいでです。誰も近づけないようにとのことです」
「私でも駄目かしら? 昨日マティスが元気がなかったから心配なの」
執事は逡巡するような様子を見せた。
アナスタシアは畳みかける。
「扉の外から声をかけてみてもいいかしら? マティスが会いたくないと言えば諦めるわ」
「……わかりました。ご案内致します。お荷物をお持ち致しましょう」
アナスタシアは侍女に合図して大きな紙袋のほうを執事に渡す。
「これは、貴方たちで食べて。こっちはマティスに見せたいから自分で持っていくわ。もし、マティスが中に入れてくれたらお茶とお皿を頼めるかしら? 三人分お願いね」
「承知しました。我々にもありがとうございます。後でみなに分けますね」
「お願いね」
執事は近くにいた使用人に紙袋を渡し、諸々の指示を出した後でアナスタシアを案内してくれる。
「マティスの様子はどうかしら?」
普通なら他家の者に主人の情報を渡しはしないだろう。
だがちらりとアナスタシアを見た執事は答えてくれる。
「お嬢様ですのでお話し致しますが、元気がないのです。それに昨日からは色気が増しておりまして。私どもも容易に近づくことができません」
色気についてはやはりわからないが、元気がないのは使用人の目から見ても明らかなようだ。
よほどマティスに余裕がないらしい。
「そう」
やはり様子を見に来て正解だったようだ。
「教えてくれてありがとう」
「いいえ」
執事は少しだけ振り向いて微かに笑った。
すぐに前を向き、それ以上は何も言わなかった。
そのまま無言で進んでいくうちにマティスの部屋の前まで辿り着く。
「ありがとう」
アナスタシアは笑顔で礼を言った。
「お嬢様」
真剣な顔で呼びかけられる。
「何かしら?」
「マティス様のことをよろしくお願い致します」
執事は深々と頭を下げて下がっていった。
アナスタシアはうん、と一つ頷くと扉を叩いた。
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