早くも次の舞踏会の話題
何故か今日も一緒に昼食を取っているメイナー伯爵令嬢が訊いてきた。
「次はどうなさいますの?」
「次、ですか?」
次、とは何のことだろう?
きょとんとした顔をすれば呆れたような眼差しが返された。
「知りませんの? またすぐに舞踏会がありますのよ?」
「本当ですか?」
「ええ、本当ですわ」
兄からは何も聞いていない。
「それは、参加義務があるものなのですか?」
「新入生だけは参加義務がありますよ」
「そうなのですか?」
なら兄はもしかしたら忘れていたのかもしれない。
帰ったら確認しよう。
「教えてくださってありがとうございます」
「いえ、これくらいなんでもありませんわ。ちなみに今度の舞踏会、新入生は前回の舞踏会と同じパートナーでも問題ありませんわ」
「そうですか」
ほっとしたように言ったのはヴィクトリアだ。
「モワ様もご存知ありませんでしたか?」
「ええ知りませんでした」
あら、と言うようにメイナー伯爵令嬢が目を瞬かせる。珍しい反応だ。
そもそもマティスはともかくロンバルトも何も言っていない。先日会ったウード伯爵令息もそのようなことは言っていなかった。
それを知っていたメイナー伯爵令嬢は情報通だ。
「メイナー様はよくご存知でしたね。お兄様からお聞きしたのですか?」
ごくごく当たり前の質問をしたつもりだった。
だが何故かメイナー伯爵令嬢は挙動不審になる。
「わ、わたくしはグロス様に先日の舞踏会の帰りに聞いたのですわ」
「パートナーを申し込んでいただいたのですね」
何故か微笑ましいというような微笑を浮かべてヴィクトリアが言う。
「そ、そうですが、別に深い意味はありませんわ」
何故かメイナー伯爵令嬢は言い訳じみたことを口にする。
ますますヴィクトリアの微笑みが温かいものになる。
アナスタシアは状況についていけなくてきょとんとしてしまった。
「ク、クーパー様はまたマティス様がパートナーですの?」
無理矢理メイナー伯爵令嬢が話題転換を図る。
「一年生が参加必須ならそうなると思います」
アナスタシアも今日初めて聞いたのだ。パートナーなど決まっているはずもない。
きっとマティスも知らないだろう。
それでもマティスが参加するならバレリ伯爵夫人が領地にいる以上、パートナーはアナスタシアにはなるだろう。
「そ、そうですか。そんな目をなさって、モワ様はどうなさるのですか? またクーパー様のお兄様ですの?」
温かい目でメイナー伯爵令嬢を見ていたヴィクトリアが一瞬だけ固まったのち、首を傾げる。
「さあ? まだわかりません。私も今日初めて聞いた話ですし、セスラン様からも何も言われてはおりませんもの」
「そうですわよね。まだ招待状も届いていない段階ですものね」
言われればそうだ。
グロス伯爵令息は随分と勇み足でパートナーの申し込みをしていることになる。
そのことにメイナー伯爵令嬢も気づいたようだ。
「本当にあの方は、どういうつもりなのでしょう」
確かにどういうつもりなのだろうか?
メイナー伯爵令嬢が困惑して苛立つのもわかる気がする。
「アナ、メイナー様は本気で言っているわけではないわ」
「そうなの?」
「ええ、そうよ」
ヴィクトリアははっきりと頷いた。
アナスタシアには人の機微はよくわからない。
だからヴィクトリアがそこまで断言するならそうなのだろうと思う。
「モ、モワ様は何をおっしゃっているのでしょう」
さすがにアナスタシアもメイナー伯爵令嬢が動揺していることがわかった。
それならばやはりヴィクトリアが言っていることは事実なのだろう。
ヴィクトリアはわかっているというようにメイナー伯爵令嬢に頷く。
「そのような顔で見るのはお止めください」
「まあどんな顔でしょう?」
「生温かい微笑みですわ!」
「失礼しました。メイナー様はお可愛らしいと思ったものですから」
「ん、んまあ。可愛らしいなどと。そんなお世辞は結構ですわ。……友人同士というものは似てくるのでしょうか」
最後のほうは聞き取れなかった。
ヴィクトリアはどうだろうと見上げればにこにこと微笑っている。
「ね、アナもメイナー様は可愛いと思うわよね」
「え、メイナー様は可愛いというより綺麗な方だと思うけど」
「貴女方は本当にもう!」
今日もメイナー伯爵令嬢はテーブルに突っ伏して撃沈した。
最近ではいつものこと、になりつつある。
この状態のメイナー伯爵令嬢のことは放っておくのが思いやりだとアナスタシアも学習した。
だからメイナー伯爵令嬢をそっとしておいてヴィクトリアとお喋りしながら昼食を食べた。
*
アナスタシアは夕食の時に兄に訊いてみた。
「確かにあるな。時期が近いから新入生は前回と同じパートナーでも問題ない」
「そう」
「ただし同じ服というわけにはいかない」
やはりメイナー伯爵令嬢が言っていたことは本当だったようだ。
「先日のは所謂新入生のための練習だから男性側が一式揃えたが、次は手持ちのドレスで大丈夫だ。パートナーとは何か小物の色を合わせるくらいで構わない」
なるほど、と頷く。
それならば後で手持ちのドレスを確認しておこう。
入学に合わせていくつか作ってもらっていた。
こういう時のことも想定されていたのだろう。
「教えてくれてありがとう、お兄様」
「いや。言っておけばよかったな」
「今教えてくれただけで十分よ」
「そうか」
ほっとした様子だった兄はすぐに落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。
どうしたのだろうか?
「アナ、そのだな、」
「うん?」
兄が躊躇い躊躇い言葉を紡ぐ。
「ヴィクトリア嬢は……」
「ヴィー? ヴィーも今日初めて聞いたと言っていたわ」
「そ、そうか。ならまだパートナーは決まっていないな」
「決まってないと思うわ」
「そ、そうか」
ほっとした様子の兄に首を傾げたが、兄は気づかなかったのか、何か考えている様子で食事をしている。
それならアナスタシアが何か言ってもまともに答えは返ってこないだろう。
聞きたいことは聞けたからいいか、とアナスタシアは静かに食事を進め、その味を堪能した。
読んでいただき、ありがとうございました。
2/28は所用のため更新はお休みします。
次回更新は3/8になります。
楽しみにしてくださっている方には申し訳ありません。




