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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第9章 誘起の紫 ~induction~
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piece.9-4



「……お、メシできてんじゃん」


 ようやくシロさんが目を覚ました。僕にひどいことをしたのは、何も覚えていないらしい。


 そして、謎の『あとで』のことも覚えてなさそうだ。僕は少しだけほっとした。


 あれはきっとなにかの事故だったんだ。僕も忘れることにしよう。

 そして危険だから、寝ているシロさんを起こすのは絶対にやめよう。僕はそう決意した。


「……僕の麦だけじゃ足りなかったから、シロさんの荷物の中から少しもらったよ」


「……おー……」


 シロさんはまだ眠そうだ。ぼーっとしている。


 そんなシロさんは、薄目を開けてどこか一点を見つめたまま、ぼそっとつぶやいた。


「……ちゃー……」


「へ?」


 声が小さかったから聞き返しただけなのに、シロさんはお気に召さなかったみたいだ。僕をじろりと睨む。


「…………『へ?』じゃねえよ……。茶は……? 淹れてねえの? 気が利かねえなあ。

 お前のセリちゃんは、毎朝茶を淹れてなかったか? お前は黙って飲んでただけか? 俺に淹れさせる気か……?」


 眠そうな顔なのに、なんですでに怖いんだろう。眠そうな顔だから余計に怖いのかな。なんで朝一(あさイチ)からこんな怖い思いしなくちゃいけないんだろう。


 ていうかさ、怖いから言い返さないけどさ、心の中で言わせてもらうけどさ、そりゃあさ、セリちゃんからはさ、毎朝お茶を淹れてもらってたよ。

 でもさ、それはさ、僕はシロさんの荷物のどこにお茶の葉っぱがあるかとかさ、知らないだけだしさ。

 シロさんが朝、お茶飲む習慣があるとかさ、知らないしさ……。


「……茶ー!」


 やばい。シロさんの機嫌が悪くなってる……。


「分かったよ! いま淹れるから! お茶どこにしまってんの? どれ? どこ!?」


 シロさんと朝を過ごすのは初めてなのに、なぜか僕はこのやりとりに覚えがあった。


 なんでだろう……。


 あ、思い出した。ステラだ。


 そうだ、男版ステラだ。


 わがままで偉そうで、めんどくさいんだ、シロさんって。


 不思議とそう思ったら、シロさんの怖さが少しだけ薄まったような気がした。


 こんなことで感謝するのは、おかしなことかもしれないけれど、僕は少しだけ――ほんの少〜しだけ、心の中でステラに感謝した。





 朝ごはんを食べ終えると、当然のようにシロさんは重たい荷物を指差し、僕を見た。


「これ、お前の担当な」


 持て、ということらしい。


「……ロバに乗せて運ばないの?」


 僕は知ってる。

 ロバという生き物は本来、荷物を運ぶための動物だ。ロバがいるなら、僕がこんなに重たい荷物を持たなくてもいいはずだ。


「お前バカか? こんな重たい荷物を乗せて、俺のロバリシアが乳を出さなくなったらどうすんだよ」


 ロバの名前が変わっている。


「あれ? 昨日はロバリーヌって……」


「ちゃんと持ってこいよ。持ってこなかったらお仕置きな」


 そう言うとシロさんは、ロバを連れて行ってしまう。自分の荷物はロバに乗せて――。ずるい!


「あ! ちょっと……シロさん……っ!」


 また、昨日と同じ展開だ。シロさんは絶対に僕の声が聞こえているはずなのに知らんぷりだ。


 でも僕は諦めるしかない。


 置いていかれないように、気合いの声をいれると、すぐに荷物を背負った。


 ずっしりと肩に食い込む重さに、僕は思わず声が出た。


「――おっも!!」

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