piece.7-4
ロキさんが帰ってこないので、今夜は僕とワナームさん、ブライトさん、そしてステラの四人でごはんを食べた。今夜ももちろん、イモのスープだ。
ワナームさんは片方の腕だけ、肘から先がない。だから地べたに座ってごはんを食べるとき、ワナームさんは膝を立てて、器用にお椀を挟み込んで食べていた。
「なんだい? 片腕がメシ食ってんのがそんなに珍しいのかい?」
じっと見すぎてしまったのかもしれない。ワナームさんが肘から先がない方の、右腕を僕の方へ振って見せた。
「あ、うん。大変そうだなって思って……。いつから手がないの?」
僕が尋ねると、ワナームさんとステラは目を合わせてにやりと笑った。目が見えないブライトさんも、同じタイミングで笑う。僕がなにか変なことを言ったのだろうか。
「……聞きたい? ボウヤ?」
ステラがニヤニヤしながら僕に尋ねた。ステラが僕を『あんた』ではなく『ボウヤ』と呼ぶときは、大体がバカにしている時だ。昨日今日のつきあいだけれど、僕はすでにそのことを嫌というほど思い知った。
「僕はワナームさんに聞いてるんだけど」
僕はステラを睨むと、ワナームさんの方へ顔を向けた。そんな僕たちのやり取りに、ワナームさんは楽しそうに笑っている。
「お嬢、しゃべってもいいっすか? ほら、姉御のこともあるし……」
ワナームさんが姉御と呼ぶのはセリちゃんのことだ。セリちゃんとどういう関係があるんだろう。
「そいつの腕を斬り落としたのは、セリよ」
ステラがとんでもないことを口にした。
僕が驚いてワナームさんの右腕を見つめると、ワナームさんは苦笑しながら肩をすくめた。否定はしない。ということは――?
僕はまだ頭が追いつかない。
「そいつね、もともと最低の変態野郎なのよ。
抵抗できない小さな女の子を狙っては、部屋に忍び込んで襲ってた変態野郎なの。どう? 変態でしょ? 最低でしょ? クズでしょ? 死んだ方がいいでしょ?
でね? たまたま私とセリが立ち寄った町で、こいつが私のこと狙って、夜中に宿屋へ忍び込んできたの。そこをセリにとっ捕まって、ね?
ほら、見せてやんなさいよ、あんたの勲章」
僕がおそるおそるワナームさんの方を見ると、ワナームさんは膝に挟んだお椀を地面に置いた。
そして、照れくさそうにしながらも、ちょっと嬉しそうに立て襟の留め具をはずしだした。
あらわれた首元には、青紫のあざが真横にくっきりと残っている。ところどころ濃くなったり薄くなったりいているそのあざは、まるで――鎖の跡だった。
僕は無意識に腰のポーチに入っている、セリちゃんの鎖に手をのばした。ポーチの中で鎖がじゃらりと重たい音を立てる。
「そう、それそれ。その鎖で首絞められちゃってさ、俺」
笑いながらワナームさんは、僕のポーチを指さして、まったく笑いごとではない言葉を口にする。
ここでステラが口を挟んだ。
「そんで意識が薄れてく途中で目にした私の姿があまりに美しく神々しかったから改心したのよね」
は? そんなバカな。騙されるもんか。
ステラは絶対に僕のことをからかうために嘘をついている。そうとしか思えなかった。
でもワナームさんは、穏やかな笑顔を浮かべながら首のあざをなでて、懐かしそうにうなづいている。
「オレの首絞めてる姉御の目、めちゃくちゃ怖かったなあ……。どうせろくな死に方しないだろうなって、昔から思ってたからさ、すぐ観念したんだ。
だけどさ、苦しいんだけど……なんか変なんだ。一枚一枚汚れた服が脱がされてくような……何年かぶりに体を洗えたときみたいな……見えてる世界が、明るくなっていくっていうか……」
「その瞬間、目にうつった私が女神に見えたのよね?」
「ええもうそりゃあもう。こんなきれいな女性は見たことないって思いましたよ。気高くて凛々しくて、女神の生き写しですって」
……ステラ、邪魔。話の腰を折らないでほしい。
僕はいきなりワナームさんの話に割って入ってくるなり、ご満悦になっているステラを睨んだ。
「毒が消えたのだよ」
ポツリとブライトさんがつぶやいた。
「セリちゃんがワナームさんの毒を消したってこと?」
僕が尋ねるとブライトさんは静かにゆっくりとうなづいて言った。
「ディマーズ秘伝の業でな」
「私のことを一生守る騎士になるって誓ったんだもんね?」
「ええもうそりゃあもう。この命、お嬢のためにいつでも捨てる覚悟でお供してますから」
なんだろうこの二人、まだやってる……。いったい、いつまでこのやり取りを続ける気なんだろう。なんかイライラしてきた。
うんざりしている僕の方を見て、ステラが楽しそうに笑った。
「ま、そんなでワナームの毒も消えたし、改心してるようだから信用してもいいんじゃないかって私は言ったんだけどね。セリがやっぱり信用できないって言い張って、もう女の子に変なことしないって誓うなら、利き腕一本出しなさいよって……もうあっという間」
ステラのあとを継いで、ワナームさんが手刀の真似をした。
「ズバッ! ボトッ! ブシュー! でしたよね! んでそこからのじっさまの神技!!」
ワナームさんに声をかけられたブライトさんが、嬉しそうにゆっくり大きくうなづいた。
「うむ」
「大騒ぎするワナームを黙らせながらのブライトの処置は早かったわね~! ブライトの目が見えてたら、切り落とした腕を、もう一回くっつけるくらいできたかもね~!」
ステラにも褒められ、ブライトさんはにんまりと笑みを深めてまたうなづいた。
「うむ」
そこからは三人が懐かしそうに当時の話で盛り上がっていた。
腕を切られた当のワナームさんは全然気にしてなさそうだけど、僕はどうしても想像できなかった。
セリちゃんが、人の首を絞めたり、腕を切り落としたりするところを。
その時のセリちゃんが、いったいどんな顔をしていたのかを。
「お。なんか盛り上がってんな!」
ロキさんが帰ってきた。ワナームさんとステラが同時に声をかける。
「あ! 兄貴! メシ食います?」
「遅い! 護衛が雇い主をほったらかして遊んでるなんてありえないわ。報酬引くわよ」
「おーこわ。おちおちデートもしてらんねえな。でもほら、ワナームもいるし、俺がいなくても大丈夫だったっしょ? メシはいいや。店で食べてきたし」
「じゃあ腹ごなしにつきあってくださいよ!」
ワナームさんが剣を出してきた。ロキさんもニヤリと笑って剣を抜く。
「お! いいね! 食後の運動な!」
盛り上がった二人に釘をさしたのはステラだ。
「私もう寝るから、うるさくしたら怒るわよ。なんてったって私、昨日から寝ないで働いたんだからね。
だけどね、護衛なんだからちゃんと私の近くにいてよね。分かってる? ちゃんと私のこと守るのよ! いいわね?」
ロキさんとワナームさんは、馬車の中に入っていくステラの後ろ姿を呆然と見送っていた。
「おたくのお嬢様は、めちゃくちゃなことおっしゃいますなあ」と、ロキさん。
「じゃあ音が出ないように寸止めの稽古にしますか」と、ワナームさん。
ブライトさんが、ひとり静かに食後のお茶を飲む中、ワナームさんとロキさんは、剣の音を少しもたてずに剣術の稽古をしていた。剣が風を斬る音と、二人の息づかいだけが響く。
僕はそれをずっと見ていた。
二人のことを見ていたけれど、頭の中に浮かんでいるのは、セリちゃんとナナクサが踊るように戦っていたときの光景だった。
僕も、剣が使えるようになりたい。
僕はいつしか、そう思うようになっていた。




