piece.34-12
僕の中に、毒が息を潜めて隠れている。
レネーマやアスパードが持っていた毒だけじゃなくて、シロさんの持っていた毒も――。
レミケイドさんが僕に警告しているのは、シロさんの毒のことだ。
僕には一切気配を感じ取ることができない、シロさんの毒。
シロさんの毒が、僕に気づかれないように、僕の体を乗っ取ろうとしているらしい。
そうなったら、僕は自分の力でそれを止められるのだろうか。
レミケイドさんが恐怖を感じてしまうような、深くて暗い毒を……。
「もし今、レミケイドさんに治療してもらったら、なんとかなるんですか?」
残念ながらレミケイドさんは首を縦には振ってくれなかった。
「芽吹く前の毒には何をしても無意味だ。毒が目覚めてからでなければ治療はできない。
だから今、君に警告をした」
僕の中にいるシロさんの毒は、まだ種のままで眠っているらしい。
少しだけほっとする。
「警告って……じゃあ、つまり僕はこれからどうすれば……」
「君の中に眠っている毒の種の気配に気づいているのは、おそらくまだ俺ひとりだ。
伊達に長く毒持ちの身でディマーズを続けていない。俺だけの特殊能力みたいなものだ。他はまだ誰も君の中の毒の存在に気づいていない。
毒の種がいつ芽吹くか、それは誰にも分からない。明日突然花開くときもあれば、その生涯を終えるまで芽を出さずに終わる者もいる。
種を持つからといって、全員を拘束することはディマーズはしない」
レミケイドさんが近づいてきて、そっと僕の肩に手を置いた。
「ボスですら芽吹いた後の毒でなければ気づけない。つまり君にはまだ毒が目覚めるまでの猶予がある。
そして君は今ここで自分の中にいる毒の種の存在を知った。つまりこの先は自身の心次第で毒の種の成長を食い止めることだってできる。
それまでに彼女を救い、彼を救えば君の勝ちだ」
「それって……僕を見逃してくれるってことですか?」
「違う」
レミケイドさんははっきりと言い切った。
「見逃すのではなく、君に賭けている」
「僕に?」
「君は自身の毒が芽吹く前に、彼女のことも、彼のことも救う。その可能性に賭けている」
僕のことをまっすぐに見つめて、レミケイドさんははっきりとそう言った。
その言葉の重さが全身にのしかかるのと同時に、レミケイドさんの信頼を受けて、心が奮い立つのも感じた。
「もし……仮にもし先に、僕の中にいる毒の芽が出てきたら……?」
「毒が目覚めた君をディマーズで拘束する。治療が終わるまでは収容区画での治療だ。
彼女のことも彼のことも、君はもう、誰も救えない」
その一言で、僕の中に覚悟が生まれた。
「そんな最悪な結末、絶対に嫌ですね。絶対に毒なんかに負けません。絶対に勝ってみせます」
レミケイドさんが目を細め、口角が持ち上がる。
冷たかった表情が、とても暖かいものへと変わる。
こんな優しい顔をしたレミケイドさんを、僕は初めて見た。
「いい顔だな。毒が逃げていく。
用件は以上だ。時間を取らせたな」
「あ、レミケイドさん、あの……」
帰ろうとするレミケイドさんを僕はつい呼び止めてしまった。
背を向けていたレミケイドさんが立ち止まり、目線だけ僕に向ける。
その表情はもう、温度が下がりきったいつものレミケイドさんの表情だった。
「あの、毒持ちの人を捕まえる訓練、もし時間があったら……レミケイドさんからも手ほどきしてもらいたいんですけど、いいですか?」
どうしてそんなことを言ってしまったんだろう。
たぶん、レミケイドさんの笑顔がすごく暖かくて優しくて、だから心の距離が近づいたような錯覚を覚えてしまったんだと思う。
僕はそのあと、死にたくなるほど後悔する。
僕とレミケイドさんの心の距離は、たしかにこの時、縮まったのだと思う。
なぜそう感じたかというと、レミケイドさんの訓練は、一切遠慮がなかったから。
レミケイドさんの訓練は、地獄のようにきつかった。
久しぶりにシロさんとの特訓を思い出すくらい、ものすごくきつかった。
下手したらシロさんの訓練よりも厳しかったかもしれない。




