piece.34-9
「君に少し用があって来た」
その言葉で、片づけをしていた僕の手が止まる。
「え? 僕にですか?」
特にレミケイドさんから呼ばれるような用事に心当たりはなかった。
思い当たることと言えば、僕はまだレミケイドさんからは一度も訓練を受けていないということくらい。
……ま、まさか……。
セリちゃんと北の山に行く以上、レミケイドさんとの訓練で合格しないといけないとか、そんな感じ?
二人きりで旅をしたければ自分を倒していくが良い。ふははは……みたいな、そういう系?
……なに考えてんだろ、僕。
レミケイドさんのイメージじゃなさすぎる。
逆立ちしたってそんなこと言いそうもない。
じゃあ、いったい何の用だろう。
手を止めて話を聞く姿勢になった僕に、レミケイドさんはいつもと変わらず静かな口調で用件を切り出してきた。
「自分が今、毒に染まりつつある自覚はあるか」
「……え? 毒って、誰の話ですか?」
そう聞き返してもレミケイドさんは黙って僕を見つめている。
僕はレミケイドさんに言われた言葉を、もう一度頭の中で繰り返した。
自分が今、毒に染まりつつある自覚……。
それって……僕に?
僕が毒に染まってるってこと?
僕にはレミケイドさんがなぜそんなことを言っているのか理解できなかった。
「ならば質問を変えよう。君はここに潜入した時にアスパードの毒を宿していると断言した。
ただしその発言の時点では毒は治療済みで、ほとんど消失していた。
しかし君は紛れもなくアスパードの毒を宿していたことを自覚していた。それは何故だ」
アスパードの毒に気づいた理由?
なんで今さらそんなことを聞くんだろう。
「それは……ざわざわするというか、アスパードに刺された所に、何かがいる気がするっていうか……そういう感じがあったから」
「それを毒だと気づけるのは、過去に一度同じことを体験しているからだろう。それが毒だと気づいた理由は」
……またか……。
また僕は尋問されている。
徐々にこの場の空気が重さを増していく。
重苦しさに耐えられず、僕の口から大きなため息が出ていった。
でも、逃げるわけにはいかない。
僕の中に毒がいるというのなら、それをなんとかしなくちゃいけない。
特に、セリちゃんに気づかれる前に――。
「僕の毒ってどういうことですか? セリちゃんの中にいる毒が僕に移ってるってことですよね?」
「順を追って説明する。質問に答えるのが先だ。最初に毒を自覚したのはいつだ。どうしてそれが毒だと気づけた」
静かだけれど、有無を言わせない迫力でレミケイドさんが僕の言葉を遮った。
最初に毒を自覚したのは……。
気がついたら手を強く握りしめていた。
そっと開いて、自分の手のひらに視線を落とす。
そうすると思い出してくる。
生暖かい温度――。
手のひらに張り付く皮膚の湿り気。
その下に眠る骨の硬さ。
呼吸を求めて、喘ぎ、痙攣する反動。
僕が絞めた、首の感触――。
爪が食い込むほどに手を握りしめた。
体が震える。
自分の中にある真っ黒な感情。
いつまでも消えない火のように燻っているのに、全く熱を感じない。
むしろ凍えるように冷たくて黒い闇が、じっと僕の中で暴れだす機会をうかがっているみたいに、わずかな気配を残している。
消えていなかった……。
毒はまだ、僕の中に残っていたのだ。




