piece.33-10
「でもさ、あのまま何もしないで、突然再現症状を起こすことの方が何倍も危険だと思わない?」
「そりゃあそうだけど……、じゃあ、セリちゃんには、うまくいく自信があったの?」
セリちゃんは僕の質問を笑い飛ばした。
「そんなのないよ。でもやらなきゃ進めないならやるしかないでしょ?
やりながらうまくいく方法を考えて、それで乗り越える。そういう感じだよ」
「なら、どうやったの?」
「んーとね、私はレミケイドみたいに説明がうまくないから、なんていうかイメージで説明すると……従来のディマーズ流の治療だとね、毒である団長のことを弱らせて、私に影響しないようにするって方法だったんだよね。
だけど私の場合はそれをやっちゃうと自分自身も弱らせてしまうから、考え方を変えて、団長へ攻撃するんじゃなくて、『痛いの飛んでけ』で毒から攻撃されている自分を守るイメージで対抗してみたの」
「そうするとどうなるの?」
「んー、まあ、結局のところは持久戦だね。団長の毒が私を弱らせてくるから、私は負けないように自分自身を守る。つまり私がどこまで耐えられるかってだけの話なんだけど。
それでね、さらにイメージを追加してみたの。私の後ろでカインが応援してくれてる。そういうイメージができたらすごく頑張れたわけなんだ……だけれども……」
なぜかセリちゃんの顔が苦笑いになる。
「だけれども?」
「カインと一緒に兄さまがいるイメージになってしまってるせいで、いよいよ団長の圧に負けて、私の気持ちが折れそうになってくるとですね……、背後で『ちっ!』って兄さまの舌打ちの音が聞こえるんですね……」
あ。それは嫌なやつだ。
想像しただけで、僕の背筋までぞわっとなった。
そしてセリちゃんの口調が、いつぞやかの怖い話をするときの口調になっている。
「やだなあ怖いなあ。ふりかえりたくないなあ。ここで引き下がったら兄さまに殺されるなあ。いろんな意味で終わりだなあって思ったら、自分の奥底に眠る、絶体絶命の時にしか目覚めることのない真の力が目覚めちゃったみたいで、結果的に団長の毒にも屈しなかったっぽいんですよねえ。いやあ、あるんですねえ、こういうことって」
すごい。シロさんパワーが偉大すぎる。
やっぱりシロさんはセリちゃんの毒の特効薬だ。もうここまで来たら決定だ。もうシロさんがアルカナでもおかしくない気がしてきた。王子どころのレベルじゃない。
「なんかそんなこんなで、『んのぉぉぉぉうっ!!』って叫んだら、団長の毒に負けずに記憶を思い出せたの」
いつの間にかすっかりナナクサっぽさが抜けたセリちゃんは、ぐっと拳を握りしめて力説する。
セリちゃんらしいセリちゃんに戻ったみたいだ。
「あはは、変わった気合いの声だね」
「兄さまが背後にいるなんて、恐怖以外の何ものでもないからね。
失敗なんかしたら……」
そこでセリちゃんは急に黙りこんだ。
「セリちゃん?」
セリちゃんは深刻な顔をして、考え込む。
「……違うかも……」
「違うって、何が?」
セリちゃんは眉を寄せて、思いつめた顔をしていた。
「兄さまは、私が戻ると……頭を撫でてくれて……あれ……?」
「……え?」
「……あ……でも、撫でるなんて優しい感じじゃなくて、ぽんって頭に手を乗せる程度のことなんだけど……。
……あれ……? 怖くない兄さまって、いつ見たんだっけ……?」
セリちゃんは難しい顔をしているけれど、僕には容易にそのイメージができた。
僕の知ってるシロさんは、そういう人だ。
口ではひどいことを言うし、もちろん行動でもひどいことをするけれど、なんか急に不意打ちで優しくしてくる人だ。
それがなんでかすごく嬉しくて、それが嬉しいことが悔しかったりするんだ。
僕はセリちゃんの髪にそっと触れる。
僕がシロさんの代わりになれるわけじゃないのは分かってるけど、急にそうしたくなった。
「ごめん、シロさんじゃないけど。
頑張ったねセリちゃん。お疲れ様」
シロさんの真似をしてセリちゃんの頭にそっと手を乗せた。
セリちゃんは驚いたように僕を見つめ――そして困ったように笑う。
「なんかカインってば、どんどん大人になっていっちゃうなぁ。背だって越されちゃうしさ。
私、ときどき自分が情けなくなっちゃうよ」
「そんなこと思わなくていいのに。
僕は嬉しいよ。だってずっと早く大人になりたいって思ってたし」
「え? そうなの? なんで?」
「そりゃあ……」
言いかけたけど、やめた。
セリちゃんのことが守れるくらい強くなりたかったし、セリちゃんを支えられるくらい立派になりたかったし、セリちゃんを抱き上げられるくらい力持ちになりたかったわけだけれど……そんなことをいちいち口にするのは、子供っぽい気がして、恥ずかしいから。
だから僕は笑ってごまかした。




