piece.32-13
だいぶ場の空気が和んだところで、メトトレイさんの明るい声が響いた。
「さあ他に話しておきたいことは? それかあなたが必要だと感じているものがあれば教えて頂戴。ディマーズでサポートできることがあれば手を貸すわ」
さっきまで感じていた不信感は今はもうない。
僕はここにいる人たちを信用して打ち明けることにした。
「ナナクサは他のエイジェンも殺すつもりです。アドリア以外にエイジェンの可能性がある人物に心当たりはないですか?」
メトトレイさんは口元に手を添えて、考え込んだ。
「そうね……この街は資産家も多いし、孤児の引き取りや支援や援助をする人も多いわ。でもだからといって全員がエイジェンとは思えない。
難しいわね、心当たりがありすぎると言えばありすぎるけれど、全部探るには途方もない時間と人手が必要だわ」
「あのカシアという女性は? 父親と一緒でエイジェンということはないですか?」
メトトレイさんは首を振った。
「可能性は低いのではないかしら。
彼女、お父様と折り合いがよくなかったそうよ。別宅に住んでいたのもそうだし、生活のための資金もお父様からは援助を受けていないと言っていたわ」
「アドリアとは、仲が悪かった……?」
そこが妙に引っかかって、思わず声に出た。
ではなぜハギさんと夫婦になったんだろう。シロさんの話だと子どももいるようなことを言っていた。
いろいろ疑問が浮かんでくるけど、考えなきゃいけないことはそれだけじゃない。
ひとまずこの疑問は、一旦保留にしておくことにした。
「あとは……ナナクサがこれ以上エイジェンを殺さないように、少しでも足止めしたいんです。ナナクサ自身の毒が……これ以上増えないように」
「分かったわ。他のギルドにも情報を共有しましょう。ただしエイジェンについては触れずに。
資産家を狙った凶行が起きる可能性を伝えて、治安維持を強化してもらいましょう。少しでも足止めになればいいんだけど……。
それと、ナナクサの手配書ね……。あれだけ目立つ格好をしていたはずなのに不思議なくらい何の情報もないの。きっと変装してるんでしょうけどね。
広域に手配をかけることはできるけれど、意味はなさそうね」
メトトレイさんが考えている通り、ナナクサの顔で手配書を貼り出しても無意味だ。
もしやるのであれば、シロさんの顔にしないと。
でもシロさんの手配書を出してしまうと、シロさん自身がエイジェンに狙われてしまう可能性がある。
シロさんの危険に繋がることは避けたかった。
僕は良い案が考えつかない風を装いつつ、手配書の話から別の話題にすり替えた。
「あと……ナナクサの毒を消すのは、セリちゃんにしてもらいたいんです。
セリちゃんにナナクサを助けてもらいたいんです」
僕の言葉にメトトレイさんは軽く眉を上げた。説明の続きをうながされ、僕は続けた。
「セリちゃんの毒を完全に治せるのは、たぶんナナクサだけなんです。
でも、そのナナクサ本人にも今、毒が増えつつあります。このままだとナナクサが先に毒に飲まれてしまうかもしれない。
もしそうなったらセリちゃんを助けてもらえなくなる。だから先にナナクサを助けたいんです。セリちゃんを助けるためにも。だから、セリちゃんと二人でナナクサを追わせてくれませんか?」
自分で言いながら、僕の頭の中で一つの可能性がひらめいた。
セリちゃんの毒を治せるのがシロさんだけなのなら、もしかしてシロさんの毒を消せるのもセリちゃんだけなのかもしれない。
その考えはほとんど直感に近かったけれど、思えばずっと前から、そのヒントは小さなトゲのように僕の中に刺さって残っていたように思う。
シロさんとセリちゃんは、同じ人間由来の毒を宿している。
二人はナナクサから毒を分け合った関係なのかもしれない。




