piece.31-2
僕は屈んでシロさんの顔をのぞきこんだ。
息が荒い。
汗もかいている。
かなりひどい怪我なのかもしれない。
「シロさん……どうしてこんな怪我を……?」
シロさんは返事をしない。ぐったりとうなだれたまま動かない。
シロさんの苦しそうな呼吸の音だけが響いている。
このままシロさんを放っておくわけにはいかない。
「シロさん待ってて。今、手当てするもの買ってくるから」
立ち上がろうとした僕の襟首を、突然シロさんが強い力でつかんだ。
「誰も……連れて、くるなよ……」
かすれ声のシロさんが、低く脅すような声で僕に釘を刺す。
威圧的な鋭さを放つ視線の中に、不気味な虚ろさを感じた。
初めてシロさんに会った時のことを思い出す。
冷たくて、空っぽで、なんにもない。
暗い光を宿した目をするシロさんを見ているうちに、僕はなんだか無性に悲しくなってきた。
でも僕は、シロさんを安心させるように笑ってうなづく。
「うん、分かってる。誰にも見つからないようにこっそり戻ってくるから。だからもういきなり襲わないでよね」
シロさんは僕の目をしばらく睨んでいたけれど、僕の言葉に嘘がないことが分かったらしく、少し表情を緩めてくれた。
「食いもんと、飲みもんも頼む。あと……適当に着るもんも……」
「わかった。すぐ行ってくるね」
路地を引き返す僕の背中に向かって、シロさんが声をかけた。
「あー、あとは……抱き心地が良さそうな女も適当に」
シロさんにいつもの冗談を言う余裕があるのが分かって、僕はほっとする。
「それは自分で探して。そもそも『誰も連れてくるな』でしょ?」
シロさんが鼻を鳴らす。
笑ってくれたみたいだ。
「20秒な」
あいかわらずの無茶苦茶な要求。
でもそれがいつものシロさんだ。
「さすがにそれじゃあ何も買ってこれないよ。なるべく急ぐからさ、おとなしく待っててよね」
僕はタイミングを見計らい、暗い裏路地をそっと抜け出す。
この路地へ誰の意識も向かわないように。
誰もこの路地に興味をひかれないように。
誰の注意も引かないタイミングで、普通の人のための路地へと合流する。
誰にも怪しまれないように。
普通の人たちに溶け込みながら、普通の人たちがする、普通の買い物のための散歩を装いながら、普通に歩く。
普通の人のふりをしながら、僕は目的の商店通りを目指した。




