piece.30-14
「はは! やばそうな案件だってことは十分分かったよ!」
僕の顔色を見て、ポーターが笑う。
「伊達に情報屋は長くやってねえからな。自分の命が一番大事。深入りなんかしねえから安心しろって。まあもし運良く情報つかんだら、先にお前に話を持ってってやる。ただし金額次第じゃディマーズに譲っちまうけどな」
言葉がなくても、ポーターには何かが伝わったらしい。
僕の口から自然と大きな息がもれると、急に体の力が抜けていった。
「分かった。じゃあ、お金が足りなくならないように気をつけとく」
その先はポーターとは他愛もない雑談で食事を終え、帰りに厨房にいるママンへ挨拶しようと顔をのぞかせてみた。新しく若い料理人が増えたみたいで、ママンは自分の仕事をしながらも、不慣れな若い人をフォローしていて忙しそうだった。
――あの子たち、今では悪い大人から毒されてしまった子供たちを助けてくれる手伝いもしてくれているの――。
ふいにメトトレイさんが昨晩話していた言葉を思い出した。
僕はママンの邪魔をしないように声をかけず、目が合ったときに簡単な手ぶりだけの挨拶を済ませると店を出た。
寄り道をしないで早く帰るつもりだった。エイジェンの情報を僕はまったく持っていない。
アスパードに捕まった時に反省した。
危険な場所にいるのに、あの時の僕は周りに対して何も警戒できていなかった。
僕の軽率な行動のせいでセリちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかない。ナナクサやエイジェンがこのリリーパスの街のどこかにいるかもしれない以上、油断は絶対にしてはいけない。
だけど――。
僕の目が、ある一本の路地に止まる。
その瞬間、急に昔の記憶がよみがえった。
まだ僕がレネーマと暮らしていた頃の――僕が自分のことをゴミだと思っていた頃の記憶だ。
あの頃の僕は、なんとなく近づいちゃいけない路地というのが分かった。
今は近づいちゃいけない。
そういう路地の気配というのだろうか。危険のにおいとでもいうのだろうか。そういうのを感じることがあった。
それを感じたときは、絶対にその路地には近づかない。
その気配が消えて、何日か経った後で通ってみると、古い血のこびりついた跡だったり、誰かの死体が転がってることとかがあった。
今、僕の視線の先に、あの頃に感じた気配を放つ路地がある。
ぱっと見た感じでは特別な道には見えない。
大通りではないけれど、そこまで細いわけでもないし薄暗いわけでもない。
ごく普通のちょっと細めの路地だ。
普通に街の人も利用している。
だから、そんなに危ない路地ではないはずだ。
それに、ディマーズの人たちが巡回しているルートがすぐ近くにある。
街の外れの方ならまだしも、こんなにぎやかな街中で、僕の故郷のような路地があるとは思えなかった。
そんなことを頭の中で言い聞かせながら、僕の足は自然にその路地へと向かっていく。
まるで、何かに引き寄せられるように。
誰かが僕の体を操っているみたいに。
僕の体は、すでにその路地の入口に立っていた。
何かが呼んでいる。
そんな感覚を、僕はたしかに感じていた。
第30章 首魁の黒
SHUKAI no KURO
〜tradition〜 END




