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流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第30章 首魁の黒 〜tradition〜
337/395

piece.30-9



 僕は今まで聞いた話を思い返しながら、浮かんだ疑問を口にしてみた。


「メトトレイさんは、今でもエイジェンが残っていたことを本当に知らなかったんですね?」


「ええ。さっきも話したけれど、私は母からエイジェンは独裁者と共に消えた組織だと聞かされていたわ。母が教えてくれたのは、決して光が照らすことのない葬られた昔話――エイジェンの物語はそういうものだと思ってたの。それにその昔話を母から聞かされたのも、私がずっとずっと小さい子供のころの話。

 だから、今日エイジェンという言葉をナナクサから聞かされるまで、エイジェンなんて言葉を思い出すこともなかったわ」


 セリちゃんがそっと手を伸ばし、メトトレイさんの血だらけの手のひらに布を当てる。

 真っ白だった布が、じわじわと赤く染まっていく。


「メティさん、手、見せてください。破片が中に入ってしまうと良くないんで……」


 メトトレイさんは思い出したように自分の手のひらを見つめ、苦笑いした。


「ありがとうセリさん。原始的だけれど、やっぱりこういう直接痛みを与える方法が一番意識をはっきりさせるのには向いているわよね」


「……かなり深いですよ、これ。どれだけ握りしめたんですか、もう……レキサがまた泣くんで、やめてくださいね……」


 しゃべってる途中で、セリちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。

 一度あふれてしまった涙は、もう止まらずにとめどなく流れていく。


「……ごめんなさい、私のせいで……っ、メティさんにも、レキサにも、嫌な思いさせて……ごめんなさい……っ、私がここに来なければ……そしたらみんな、こんなことにはならなかったのに……」


「それは違うと思うわセリさん」


 メトトレイさんが怪我をしていない方の手で、セリちゃんの髪をなでた。


「ナナクサはエイジェンの手掛かりを探して私に接触してきた。彼女の目的はあなたじゃなくてエイジェンよ。

 セリさん、昔言ってたわよね。あなたに毒を植えつけた相手は、激しく自分のことを恨んでいるだろうって。もしその相手がナナクサなのだとしたら、彼女はあなたに対してそこまで強い感情を持っているようには見えなかったわ」


「でも、メティさんもレキサもひどい目に……」


「それは私がすぐにエイジェンの情報を渡さなかったから。というより、彼女が望むだけの情報を私が持っていなかった……と言った方が正しいのかもしれないわね。

 ようやくナナクサと会話した内容を少しずつ思い出せてきたわ。

 薬を嗅がされてから頭がぼうっとして、言われるがままに答えてしまった気がする……。

 ディマーズの資金援助をしてくれる資産家の名前、その資産家が手掛けている事業、援助内容……。その中でアドリア氏の名前に彼女が反応して……それからまた煙を嗅がされて、『今話したことは忘れろ』って」


「――わ、す、れ、ろ……?」


 突然セリちゃんが苦しみだした。


「セリちゃん!?」


 尋常ではないセリちゃんの苦しみ方に、メトトレイさんも緊迫した表情を浮かべている。


「再現症状ね。かなり大きい発作だわ。さすがにもう限界ね、毒が暴走する前に治療を始めるわよセリさん」


 立ち上がろうとしたメトトレイさんの手を、セリちゃんがつかんだ。


「……ま……って……。なにか……思い出せそうなんです……まだ……このまま……あああああっ!」


 頭を押さえつけたセリちゃんが、悲鳴を上げて床に転がる。

 苦しみ方が今までとは全然違う。


「かなり危険ね。カインくん、談話室にいる誰かに声をかけて、フォリナーを呼んでって伝えて頂戴。もう一回セリさんを治療するからって言えば伝わるわ」


「わ、わかりました!」


 慌ててメトトレイさんの部屋を飛び出す。その後ろ背にセリちゃんの苦しそうな悲鳴が響く。


 再現症状で苦しんでるセリちゃん。

 歴史から消えたはずなのに、今もどこかで暗躍しているエイジェン。

 エイジェンの手掛かりを探すナナクサ。

 意味深な言葉を残していなくなったシロさん。


 僕はもうなにがなんだか分からないまま、談話室へ走った。


 長い夜は、まだ終わりそうになかった。


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