piece.29-5
好きな人を殺してしまった。
その事実はセリちゃんの中で、思い出したくない記憶の一つだと思うから。
きっと、この言葉はセリちゃんにまた再現症状を起こさせてしまう。
セリちゃんは僕の言いかけた言葉を受け止めて、小さくうなづいた。
「うん、そうだよ。私の知ってる団長は死んでしまった。私の記憶ではそう。
でも団長の毒を受け継いだ人が近くにいる。その人の毒が私の毒と共鳴してる。それは私の毒が教えてくれてる紛れもない事実。そして今、その人が私の大切な人たちを傷つけてる。私は、もう誰も失いたくないの。
だから私、今度こそ団長を止めなくちゃ……」
僕は混乱している頭で、必死にセリちゃんの言葉の意味を考えた。
セリちゃんの言う『団長』の毒を受け継ぐ人というのは――それはきっとシロさんのことだ。
僕にはもう、それしか思い当たらなかった。
でもシロさんの毒がセリちゃんと共鳴してるのはどうして?
僕はさっきまでシロさんと一緒にいた。
シロさんが僕と別れたあとに、突然ひどいことを始めた理由が僕にはわからなかった。そんなこと信じられなかった。
シロさんがセリちゃんの大切な人たちを傷つける理由が分からない。
その必要性が理解できない。
なんでシロさんはそんなことをしなくちゃいけないの?
シロさんはそれをやりたくてやってるの?
セリちゃんが立ち上がり、門の外を目指そうとしたとき、暗がりから姿を現したアダリーさんが立ちふさがった。
「忠告しなかったか。ボスが来たらすぐに治療だと。
もしボスが負傷していた場合、貴様レベルの毒持ちに暴れられると厄介だ。まさかその状態で毒の制御ができるだなんてほざくわけはないよな?
それとな、私は今、非常に機嫌が悪いんだ。部屋に戻れとは言わない。レミケイドがボスを連れ帰るまで大人しくみんなと待ってろ。
……私に刺し殺されたくなければな」
アダリーさんが、先端に鋭い金属のついている鎖をちらつかせる。
脅しではなく、アダリーさんは本当に殺気を放っていた。
「アダリー、これは私の問題なの。お願い、行かせて」
「私の問題? ふざけるな! ボスを傷つけられたのであれば私の問題でもある! そのナナクサというやつに地獄を見せてやる」
「アダリーやめて! これ以上みんなが傷つくのを見たくないの!」
「じゃあ貴様が傷つくのはどうなんだ!」
アダリーさんがセリちゃんの胸ぐらにつかみかかった。
「貴様が幼い頃から毒持ちと暮らした治療困難対象者だというのも知ってる! アスパードの事件もこの目で見た! 貴様が毒に飲まれてもう救えないのであれば、ひと思いに殺してやるのが貴様のためだと思っていた! でも……でも貴様は完全に暴走した毒を抑えてみせたじゃないか!
みんな貴様を生かしたくて、全力で貴様の治療を応援しただろ? みんな貴様に賭けたんだよ! 毒を乗り越えて、一緒に治療してく仲間として戻って来てくれるって賭けたんだよ!
ひとりでなんでも抱えて毒の中に突っ込むんじゃない! 仲間を頼れ! 貴様が死んだらみんながどう思うか考えろ! バカッ! 能なしっ! 無計画っ! 暴走女っ!」
アダリーさんが泣きながら怒っていた。
最後は子供みたいに泣きじゃくって、嗚咽をあげていた。




