peace.26-13
人目を避けて収容区画に忍び込んだのが、つい昨日のことのように思える。
セリちゃんに会いたい一心で、無我夢中でここへ忍び込んだあの日から、どれくらい経ったんだろう。もしかしたら、一月くらいは経ったのかもしれない。
今は僕のすぐ隣にセリちゃんがいる。
敷地の中にきれいに舗装された道を堂々と歩き、普通に正面扉を開けてもらって、堂々と建物の中へ入れてもらえる。
不思議な感じだった。
自分がこんなにディマーズの人たちと馴染んでいることや、当たり前にディマーズの拠点敷地内を歩いていることが――。
静まり返った建物内。
だけど、そんな静けさの中に重くのしかかるような警戒厳重な空気はひしひしと伝わってくる。
見張りの人数は僕が忍び込んだときより格段に増えていたし、全員の顔に緊張感があった。
たぶん今のこの状況だったら、シロさんと二人で協力しても侵入は難しかったかもしれない。
そんなことを考えながら、すれ違うディマーズの巡回の人たちに軽く会釈をして通過していく。
いよいよ3階だ。ゼルヤさんが静かにノックすると、音を立てずにそっと扉が開いた。
中で待機していた見張り番の人がゼルヤさんに会釈して、僕たちを中へと引きいれる。もちろん誰も声を発しない。
一番奥の隔離部屋へ到着すると、ゼルヤさんは人差し指を立てて「しーっ」と僕らに合図をしてから小声で説明を始めた。
「どうだ初代、今の状態は」
「体中がざわざわして不快。自分にフルパワーで治療したくなる5秒前って感じ」
セリちゃんは眉をしかめながら、自分の体をさすっている。
僕はまったく何も感じない。
前にアスパードを追ってリアルガの町を歩いてた時、僕の腕の中に棲んでいた毒の虫がざわついて嫌な気分になったことを思い出した。
きっと今セリちゃんは、それを感じてるんだろう。
やっぱりセリちゃんの中には、毒が棲んでいる――その事実を嫌でも思い知らされてしまう。
「オーケーオーケー、じゃあ今からさっそく初代には今日の食べ残しのガランタ饅頭を味わってもらう。
では諸君、改めて今回の目的を説明しよう。この隔離部屋は本来、音が建物内に反響する仕組みを利用して、間接的に他の収容者を揺さぶる目的で使われる部屋だ。仲間の拷問に苦しむ声を聞かせることで、待機しているやつらの心を挫く。もしくは裏切り、自白をさらすことで結束力を断つとかな。
だが今は就寝時間……拷問タイムではない。さらに今回、この建物内に女の収容者はいない。さあ……夜に響き渡る苦しみの声……いるはずのない女……行われるはずのない拷問……どうだ? 不気味だろ?」
「……あいつらを恐怖で眠らせないつもり? ギリギリルールに抵触しそうな気がするけど。ほら、収容者の倫理的なんとかってやつに」
セリちゃんの言葉に、ゼルヤさんは不敵な笑みを浮かべ、ピースサインで返事をする。
「ギリギリセーフなのは確認済み」
「よくもまあそんな性格の悪いこと思いつけるよねえ。だからゼルヤもてないんだよ」
「ほっとけ。そうは言っても毒持ちにガランタ饅頭が効くって最初に考えたのはおれなんだぞ。おれのひらめきのおかげでどれだけディマーズの業務効率が……」
「はいはい、わかったわかった。あいかわらず私は不眠不休で働かされるわけね。
収容者は衰弱して治療抵抗性が弱まって治療が楽になるし、ガランタ効果で私の毒も抑制できる。一石二鳥ってやつね」
ゼルヤさんはチッチッチ、と指を振った。
「違うな。一石二鳥なんてもんじゃない。1饅頭たくさん毒だな」
「なにその適当な数。先に言っとくけど、私だって希望通りの記憶が出てくるわけじゃないんだから期待しないでよね。じゃあ私、毒に当てられそうだからもう食べるよ、あとはよろしくね」
そう言ってセリちゃんは大きなため息をつくと、半分残っていた『ガランタ饅頭』という名前のお菓子を一思いに口の中へと放り込んだ。
――そしてやっぱり僕の予想した通り、シロさんに手ひどくいじめられる記憶を思い出してしまったらしく、泣き叫びもがき苦しむのであった。




